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「ねえ、ママ?パパは今日も遅いの?」
「今日は早く帰ってきてくれるって約束してくれたんでしょ?」
「うん…」
暫く忙しくなると言っていた夫を思い浮かべる。
さすがに子供の期待を裏切ったりはしないだろうけど、仕事ばかりは仕方がない。
「きっと大丈夫よ。もう少ししたら、お祖父様とお祖母様も来てくれるからね」
「ほんと!?」
この子は本当に私の両親が好きらしい。
あのお父様ですら、この子の前では威厳も何もあったものではない。
私ももちろんこの子をつい甘やかしてしまう。
この子に対して毅然とした態度を取れるのは、家族では夫以外居なかった。
ただ…そんな態度の夫の事が、この子は一番大好きだというのだから、私や両親としてはやるせない気持ちになってしまう。
一度、お父様が夫と同じ様な態度をこの子にとった事があるけど、その時は一週間ぐらい口を聞いてもらえなかった。
その事が教訓となり、私達はこの子に毅然とした態度が取れなくなってしまった。
暫く2人で遊んでいるとチャイムが鳴った。
モニターで確認すると両親の姿が映っていた。
2人で玄関まで迎えに行く。
「おじーちゃん、おばーちゃん…いらっしゃい!!」
私達の出迎え…いやこの子出迎えが嬉しかったのだろう。
早速お父様の顔が綻んでいる。
「誕生日おめでとう!!」
そう言って子供の頭を撫でるお父様の姿を見る度に思う事がある。
娘の私にはあんな事はしてくれなかったのに…。
別に悔しいとかそういう事が言いたいのではなく、なんとなく腑に落ちない。
「あんな顔をする様な人じゃなかったのにね…。きっと彼のおかげなのでしょうね」
「お母様…それはどういう事?」
「あなたは知らないだろうけど…あの人はずっと孤独だったのよ。宝生グループの社員の生活に対する責任が自分にはある…。その思いから仕事に打ち込んでいたの。それと…あなたにもかなり厳しくしてしまったといつも後悔してたのよ」
そんな風に思われていたなんて…知らなかった。
「こうして結ばれたのだから…もうそろそろあなたに話してもいい頃ね」
「……?」
「優哉君があの人と面談した時に、私もその場にいたのよ」
そんな話は彼からも聞いた事がない。
私はお母様に続きを促す。
「疑問に思わなかった?いきなり下について働きたいと言うのよ…。その見返りがあなたに好きな人と結婚出来る様にしてほしいとか言われても、なにか……率直に言うと財産目当てか何かと思われても仕方ないでしょ?」
私がもし2人の立場でも、そう思っただろう。
「彼ね?あの人の課題をクリアした上に、さらにとんでもない事を言ったのよ」
「な、なんて言ったの…?」
「たしか…『僕の条件を受け入れてくれなければ、僕はあなたにとって忌々しいと思われる存在になります。でももし受け入れてくれるならば…お嬢さんとその伴侶になる方を生涯かけて支え続けます』だったかしら」
そんな事を言っていたのね。あの時の話はいくら聞いても教えてくれなかった。
察するにきっと恥ずかしくて言えなかったのだろう。
「彼は学業だけではなく、仕事においても優秀だった。あの人、すっかり彼の事が気に入ってしまってね。本気であなたと結婚させようとしてたの。でもそれを彼がずっと拒んでいたの。でもあまりにしつこいので最後は観念してね?もしあなたが自分を選んでくれたらその時は結婚すると言ったのよ。その代わり、財産をあなたともし子供がいればその子に全て委ね、自分は放棄する旨をあの人に誓ったらしいのよ。あの人が彼を信用しているのは…彼の昔からの努力の賜物なのよ」
知らなかった…。彼にそこまで想われていたなんて。私は涙が溢そうになるのを必死で我慢した。
「あらあら…。今日はお祝いなんだからそんな顔しないの。別の日に話すべきだったかもしれないわね…」
「だ、大丈夫。すぐに落ち着くはずだから…」
「ママ?どこか痛いの?」
心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫よ。少し嬉しい事があっただけだから…。お祖父様に遊んでもらってなさい。パパもそろそろ帰ってくるからね」
そう言ってお父様の元に戻っていく姿を見て、ほっと一息つく。
泣き顔を見られる訳にはいかない…。そんな事を考えていると
ガチャ…。
玄関から扉が開く音が聞こえた…。
私は急いで玄関に駆けつける。
彼は既に靴を脱いでこちらに向かっていた。
私は駆けつけた勢いそのままに彼に抱きつく。
「おや?今日のお出迎えは…いつもより豪華だね」
そんな事を言う彼に答えず、抱きついたまま彼の胸に耳を寄せる。
心臓の音が聞こえる…私の心が落ち着く大好きな音だ。
「あ〜、ママずるい!!パパに抱きつくのはあたしのなのに!!」
私に文句を言いながら、後ろから走ってくるのが分かる。
「ほら…たまにはママにも譲ってあげなさい。いつも最初に抱きついてきてるだろ?」
「だって…」
「夕依にはほら…。プレゼント買ってきたんだぞ?」
そう言って彼は手に持っていた紙袋を差し出す。
「あけていいの?」
「ああ、もちろんだとも」
綺麗に包装されたプレゼントを嬉しそうに抱えている娘を見てこちらも幸せな気持ちになる。
急いで開けたい気持ちを抑えながら丁寧に包装紙を取っているのがとても愛らしい。
大きさからしておそらくぬいぐるみか何かだろう。
「うわっ!!パパありがとう!!」
中身は予想通り、娘が最近ハマっているキャラクターのぬいぐるみだった。
「それはパパとママからだよ。ママにもちゃんもお礼を言わないとだぞ」
「そうだったの?ママもありがとう!!」
「どういたしまして」
「でも…少し残念。ママには別のものをお願いしたかったのに…」
娘がこうしておねだりするのは珍しい。
「そうだったの?夕依…何か欲しいものがあったの?」
「うん…。あのね!?ゆい…お兄ちゃんかお姉ちゃんが欲しいの」
「ぶっ…」
「パパ汚いよ!!」
「すまない…」
夫が驚きのあまりそんな失態をしてしまったのを横目に私は娘の頭を撫でる。
「お兄ちゃんかお姉ちゃんは無理だけど…ゆいが良い子にしてれば、弟か妹ならもしかしたら神様が授けてくれるかもしれないわよ…」
「そっか…お兄ちゃんかお姉ちゃんが無理なら、弟か妹でいーよ!!」
そう言って無邪気に笑う娘に対して、苦笑いを浮かべる夫。そんな夫に小声で囁く。
「そろそろ2人目も考えてくれてもいいでしょ?」
「そ、そうだね…。今の仕事がひと段落したら…少し時間も取れるかもしれないから考えておくよ」
彼は顔を真っ赤にしてそんな答えを返してきた。
両親の方を見れば、2人とも笑っている。
新たな孫を見る事が出来るかもしれないという期待感に胸を弾ませている様に見える。
私はこうして…あの日の決断がもたらしてくれたこの幸せな日々を過ごしている。
私が彼との結婚を望まなかったら、今頃どうなっていたのだろう…。
私はあの後…宝生グループの会社には入らず、すぐに彼の妻となった。
彼を支えるためだけに生きる道を選んだのだ。
私が望んでいた…可愛いお嫁さん。
彼と彼女のおかげで私の夢は叶えられた。
私はこれから先も2人と…娘。そしてまだ見ぬ子供達と歩んでいくのだろう。
この幸せがずっと続く様に…私は再び彼の鼓動を聞く為に胸に耳をあてた…。
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
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