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あの日…私は彼に自分の置かれている状況について相談した。


彼はその日のうちにお父様と面談したいと申し出た。

お父様は忙しい人なので当日に申し出て会える事はほぼ不可能なはずだと記憶していたのだけど、彼はその不可能を可能にしてしまった。

これは本当に後になって教えてもらったのだけど、お母様も同席したとの事だった。


その日を境に…彼は学校に来なくなった。

連絡を取ろうにも、私は彼の連絡先すら知らなかった。

一身上の都合で休学。学院側に聞いてもこれしか答えてもらえなかった。


また、私の前から突然消えた…。昔ほどショックを受けるような事はなかったけど、それでもまた…と言う気持ちは胸の中に燻っていた。


それから月日は流れ卒業を迎える事になった。

私はこの春より、国内最難関の大学に通う事になっている。

あれから私は必死になって勉強を続けた。

全てが無駄に終わると分かっていても、今更私に出来ることはこれしかなかったのだ。


ただ一つ…なせがあの日を境にお父様は結婚については何も言わなくなった。

それどころか最近のお父様は以前にも増して元気なように見える。

最近は仕事をセーブしているとの話も聞いているし、昔に比べて家に居る時が増えた。

そして…一番の変化が、愛想のなかったお父様が食事中によく笑うようになった。

これにはお母様も驚いているようで、こっそり私に打ち明けてきた。


大学の4年間もあっという間に流れていった。

門限はある程度設けられたものの基本的に自由だった。

親友と呼んでもいいぐらいに仲の良い友達も出来た。

彼氏こそ出来なかったものの、色んな所に旅行に行ったし、本当に良い思い出が出来た。

これからの私は、宝生グループの為だけに生きる存在とならなければいけない。


その為に、大学の間は自由を許されたのだろう。

迎えた卒業式…。この日はお父様とお母様も出席する事が出来たらしく、この後は外で食事にしようと言われていた。

本当は、友人達と最後に集まりたかったのだけど、流石に我儘は出来ない。


その後、お父様の友人が経営しているレストランに足を運んだ。

こじんまりしたお店なんだけど、美味しいと有名で予約は一年先まで詰まっていると聞いた事がある。

私も何度か連れてきてもらった事があるけど、お父様は本当に特別な時にしかここには来ない。


何かあるのだろう…。


私はついつい身構えてしまった。

店内の個室に通され席に着く。


頼みたいものを聞かれたけど、特になかったのでオーダーをお父様に任せた。


「おめでとう。無事卒業を迎えたな。この春からはお前もついに宝生グループの一員として頑張ってもらうからな」


「あらあら…。伊織が卒業するのをずっと心待ちにしていたからって卒業してすぐにその話をしなくてもいいのに」


「お母様、私も自分の立場は理解してますのでお気になさらず…」


とは言うものの、これから始まる生活を考えると少しだけ落ち込んでしまう。

大学の4年間を楽しませてもらったんだ…諦めるしかない。


「そう言えば、彼はそろそろ来るのかしら?」


「あいつもそろそろ着くはずだ。今日は午前中にどうしても外せない商談があってな…」


「あら?そうなの?だから卒業式に居なかったのね」


「ああ…。本人は出席したがっていたが、今日の商談はあいつ以外に任せれるのが居なくてな」


「そんなに大きな商談だったのかしら?あなたが行かなくて良かったの?」


「まぁ…本当は私が行く方が良いのだが、今後を考えるとあいつにも経験を積ませておきたくてな」


なんか私だけが置き去りにされてしまっている。

私は俯いたまま黙って話に耳を傾けていた。


「それで商談の結果はもう聞いているのかしら?」


「ああ…うまくいったようだ。今回の商談は狭間グループと競っていたから、どうなる事かと思ったがな」


その名前に思わず顔を上げてしまう。

狭間グループは宝生グループと同等と言われているけど、少し前に代替わりして最近は勢いが増したと言われている企業だ。


「その商談、噂のあの方が出て来なかったのかしら?」


「まさか…。プロジェクト自体もそこそこの規模だ、何よりそれに関わる機関も軽視出来る様な所ではない。この仕事を落とすと色々不都合が生じる訳だ」


「話を聞いていると、それますますあなたが行くべきだったと思うけど…」


「だが、今日は伊織の卒…じゃなくて、あいつがこの5年で学んだ事を試したのだ」


「そう…。ならそういう事にしておきましょうかしら」


5年…?その期間に引っかかりを覚えた。

まさか…?いや、そんな事はないはずだ。だって理由がないもの…。


「おお、ちょうど来たぞ」


「申し訳ございません、遅れてしまいました」


「気にする事はない。ご苦労だった。とりあえず座りなさい」


「はい、それでは失礼します。ですがその前に…」


入って来た男性はそう言って私の隣に駆け寄る。

私はその人の方に視線を向ける。

そこにはあの日私の前から消えた彼が居た。

もしかしたら…とは思っていたが、彼がここにいる理由が分からない。

そんな私を気にもかけず、彼は話始める。


「卒業おめでとう!!」


そう言って私の前に長方形の箱を差し出してくる。

私が困惑していると…珍しくお父様が助け舟を出してくれた。


「おい…優哉。久しぶりの再会なんだから、もう少し前置きとかあって然るべきだろうが…」


「これは失礼しました。ですが、私だけが卒業式に参加出来なかったので、つい…」


「まあ…よい。伊織、せっかく彼が準備してくれてたのだから受け取ってあげなさい」


「あ、ありがとうございます…」


そう言って私は彼からのプレゼントを受け取る。

中を開けてみると、ボールペンとシャーペンのセットが入っていた。


「お前…それは…」


「あらあら…」


お父様とお母様が反応しているが、私にはその理由が分からない。

そんな私に彼が小声で説明してくれる。


「それは僕が前に君のお父さんからプレゼントしてもらったものと同じものなんだ。あ、正確には色違いだけどね…」


「先を越されてしまいましたね…」


「ふんっ…」


そう言ってジト目で彼を見るお父様が、私の知らない人の様に見えた。

そして、私の隣の席に座る彼。


「改めて、卒業おめでとう」


「あ、ありがとう。でも…どうして…?」


そのどうしてには色々な意味が含まれている。

彼もおそらく察したのだろう。


「私から説明してもよろしいでしょうか?」


「構わんよ」


「ありがとうございます」


お父様の了承を得た彼は、これまでの事をゆっくりと話始めた。


あの私が彼に泣きついてしまった日、彼はお父様と面談をしていたのは今でも覚えている。

その時に話が出たのは私の結婚についてだ。

彼がお父様に頼んだのは、私の気持ちを尊重してあげて欲しいという事だった。


彼が提示した条件は、それが叶えられるなら自分が直ぐにでもお父様の下で働くという事だった。

宝生グループに一生身を捧げる覚悟はあると…。


その時お父様は…彼に試験を課した。

彼が優秀だとは知っていたとしても、それはあくまでただの学生での話だ。

お父様に認められたのは偶然だったと彼は言っていたが、おそらく謙遜しているだけなのだろう。


現にお父様の顔がそれを物語っている。


そうして彼はあの日からお父様の下で仕事をしていたらしい。

私が楽しく過ごしていた4年間も、彼は必死に生きていたのだ。

でもどうして彼はそんな道を選んだのだろう。

私の為と言うのは理解できたけど、そこまでの事をしてもらう理由が分からない。

彼があの日言ったゆなの言葉をふと思い出した。


『ゆうにぃ、いっちゃんはね?本当は可愛いお嫁さんになりたいの。でもパパがそれを許してくれないんだって。なんでも…会社の偉い人?になってお仕事するんだって。いっちゃん、強がりなんだけどすぐ泣いちゃうから心配でさ。そんなわけでゆうにぃが元気になったら二人でいっちゃんを助けてあげようね』



ま、まさか…。妹とのあの約束を守る為だけにここまでの事をしていたの?


お父様が仕事の電話で席を外しお母様もそれに続いたタイミングで私は彼に話しかける。


「ねえ?どうして、そこまでしてくれるの?」


「あの日君が泣いていたから…」


「それじゃ理由として弱いわ」


「確かに…。前に心臓移植した話はしたよね?」


「聞いたわ…」


「あるんだよ…実は」


「何が?」


「信じないかもしれないけど、ゆなの記憶が薄っすらだけどあるんだ。僕は幼い頃に君と会っていない。なのに君に会っていたと錯覚する程度にその時の事を覚えているんだよ」


「嘘…」


「信じられないのは仕方ないよ。僕も最初は困惑したからさ…。君と会った頃のゆなは絶望の只中にいたんだ。理由は僕が長く生きられない事を知ったからなんだけど。その時に君と出会い笑える様になったんだ」


知らなかった。ゆなは私と会った頃から笑っていたイメージがあっただけにその話を聞いてもそこについては思い出せない。


「君は人の記憶はどこに宿ると思う?頭かな?それとも心臓かな…?僕が思うに『両方』なんだと思う。だって僕は優哉であると同時に夕凪でもあるのだから…」


突然の話に私はどう返していいか分からない。


「君がくれた優しさを今度は僕達が返す番だったんだよ。その為に僕達はずっと努力してきたのだから…」


何も言えず…涙が零れ落ちる。

私は思い違いをしていたらしい。彼等は私の前から突然姿を消したのではなく…ずっと支えてくれていたのだ。

自分の浅はかさを反省すると同時にいたたまれない気持ちになる。


「あの…私…「無理に何かを言おうとしなくていいよ」」


私の言葉を遮り優しくそう言ってくれる彼。


2人が戻ってきたので、ここで話を打ち切った。


お父様が私に問いかけてくる。


「彼は一応…お前の婚約者にと思っている。だが彼の意向でお前が選んだ人にして欲しいとの事でこの話は保留になっている。お前の気持ち次第だ…」


「社長、今日はその話はしないという約束では!!」


話が違うとばかりに、彼が慌てて反論する。

私はこの場で答えなければいけない訳ではないのに…自然と返事をしてしまった。


「彼と一緒になりたいと思います」


なぜあの時言ってしまったのか…。

今振り返ってもあの日の事は説明できないでいる。

それぐらいに…彼と…彼らといる事が当たり前なんだと…私はきっと思ってしまったんだろう…。

終わりませんでした…。

今度こそ次で終わらせたいと思います。

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