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月日の流れはあっという間で気づけば既に3学期を迎えていた。
そろそろ来年の進路を決めないといけない。
とは言っても私には選択肢はなく…この学院ならではのクラスに進む事になっている。
普通の学校なら文系・理系と別れるのだろうけど、この学院には『経営学』を加えたクラスが存在する。
これは元々の女子校だった頃から存在していて、巷でも有名な話だったりする。
全ての教科に経営学を加えた通称『経営者クラス』と言われるそのクラスは、朝から晩まで勉強漬け…。
別名『青春の終わり』とも呼ばれている。
この青春真っ盛りの時期をただひたすらに勉強に費やす日々を過ごすのだからそんな呼称がついてもなんら不思議ではない。
2年でこのクラスを選択し、耐えきれず3年で他のクラスに転向する『天国落ち』と呼ばれる生徒も毎年必ず出てしまうぐらいに過酷だと聞いている。
私は将来、宝生グループを背負っていかないといけないからこのクラス以外を選択するという自由は存在しない。
私同様に、親がある程度の規模の会社の経営をしている者は、男女を問わずこのクラスを選択するだろう。
3学期もあっという間に過ぎていき、2年生になった。
もちろん私は『経営者クラス』に進んだけど、ここで意外な事が起きた。
なんと彼もこのクラスを選んでいたのだ…。
確か…親はどちらも公務員と聞いたはず。なぜこのクラスを選択したのだろうか?彼の頭なら将来経営者になりたいと言われても不思議ではないので、おそらくそういう事なんだろう。
1年の時のテストでは、彼には一度も勝てなかった。
悔しさを通り越して、ここまで見事に負けたら清々しいとさえ思えた。
そして、そんな彼は2年になっても首席の座を一度たりとも譲る事はなかった。
3年にあがると同時に宝生家に大事件が起きた。
お父様が病で倒れたのだ。幸い命に別状はなかったものの、それでも今同様に働くのは難しいと医者から宣告された。
焦ったお父様は、私の成長を待つよりすぐにでも後継者になれる婚約者を探す方向に舵を取ろうとした。
私はそれを納得出来なかった。せめて自分の望む相手と結婚したい…その為に私は今まで勉強以外の全てを犠牲にしてきたのだから…。
その努力が…泡と消えようとしていた。
ある日の放課後、家で喚く事も出来ず…誰もいない屋上で、私はその現実を嘆き涙していた。
「ねぇ?どうして泣いているの?」
突然かけられた声に驚き振り返る。
そこには、彼が立っていた。
「別にあなたに関係ないわ。申し訳ないのだけど、用がないならお引取りいただけないかしら?」
泣いてる姿を見られたくなくて、つい語気が強くなってしまう。
「用は特になかったんだけど、ここに来たら用が出来た」
「何を言ってるのかしら?」
「宝生さんどうして泣いているの?僕で良かったら話を聞くぐらいは出来るけど…」
「あなたに聞いてもらいたい話なんてないわ。いいから向こうに行ってくださらないかしら?」
「まったく…女の子は素直にならないとダメだよ?泣いた後には笑わないと幸せが逃げていくよ…」
泣いた後には笑わないと…。
私はどこかでこの言葉を聞いた事はなかっただろうか…?
『………ちゃん。……っちゃん』
またこの感覚だ。思い出そうとしても靄が消えてくれない。
私が忘れてしまった事は何なのだろう?
「やっぱり話してくれないか…。困ったな…。夕凪だったら何て言うかなこういう時…」
ゆうな…。
彼が不意に口にした名前が私の耳に残り、心の中で繰り返し呟く。
ゆうな…。ゆうな…。ゆな…っ!?
彼を急いで見上げる。ああ…。
彼に幼かった彼女の面影が重なる。あの頃はまだ小さかったけど…あの子が大きくなったら、今の彼に少し似ているかもしれない。
「ねえ…おかしな事を聞いてもいいかしら?」
「質問かい?なんでもいいよ」
「あなたに…お姉さんか妹さんいるかしら?」
彼が一瞬寂しそうな顔をする。私は聞いてはいけない事を聞いてしまったのだろうか?
「うん、いるよ。妹がね…」
「やっぱり。もしかして妹さんて…『ゆな』じゃないかしら?」
「うん…多分君のイメージしてる『ゆな』が僕の妹だよ」
私の中の靄が消えた。思い出した…。私が忘れてしまっていたのは『ゆな』だ。
「嘘…。ね、ねえ!?ゆなに会わせて!!お願い…ゆなに会わせて!!」
私は彼に懇願する。幼い頃、自分の運命を知り絶望していた私を励ましてくれた女の子。
突然私の前から姿を消してしまったショックで、おそらく私の記憶から抜け落ちてしまったのだろう。
だけど、今の私がいるのはあの子が居たからだ。
忘れてしまっていたので、自分で言っていて説得力に欠けるのは分かっているが私はあの時のお礼を彼女に伝えなければならない。
「ごめん…それはちょっと無理かな…」
寂しそうな眼差しで言う彼になおも食ってかかる。
「お願い…ゆなに会わせて…。お願いします…」
涙が止まらない。昔みたいに助けて欲しい…彼女以外に頼れる人が今の私にはいない。
「少し話をしよっか…」
「…………」
泣きじゃくる私を無視して彼は話を進める。
「君の事は夕凪から聞いてた。自分と同じぐらいの年齢なのに大人みたいな子供が居るって」
私は泣き止もうとするがそういう時に限り涙が止まらない。だけど彼の話に耳を傾ける。
「昔の僕は病気でね。ずっと病院にいたんだ。夕凪は毎日お見舞いに来てくれてね。君との話を僕に聞かせてくれたんだ」
「僕が治ったら君を紹介してくれるって言ってた。可愛い子だから好きになっても振られるだけだから見るだけにしときな…って言ってたよ」
苦笑しながら、昔を思い出しているのだろう。彼の視線が憂いを帯びていた。
「でも僕は、そこまで長く生きれないのが分かっていたから…。だから夕凪に友達が出来て少し安心していたんだよ」
「え…?」
「ああ、ごめん。実は僕は心臓が悪かったんだ。そのせいで本当は長く生きられなかったんだよ。だから僕は妹がこれからやっていけるか心配でね。君との事を楽しそうに話す妹を見て安心してたんだ」
「でも…そんな想いは予期せぬ方向に行ってしまった。妹が君の前から消えたのは………」
言いづらそうにしている彼を見て、その先を連想してしまった。
私の考え違いであって欲しい…彼の言葉の先を不安な気持ちで待つ。
「妹は事故に遭って他界してしまった…。僕が今…生きているのは妹のおかげなんだよ。妹はここにいるんだ」
そう言って胸に手をあてる彼。
あぁ…やっぱり…。私が想像していた通りの結末だった。
「妹から言われた事には続きがあってね…」
「……………」
ショックで相槌を打つことすら出来ずにいる私を気にしながらも彼は話を続ける。
「ここからは妹の言っていた通りに伝えるね」
そう前置きする彼。
「『ゆうにぃ、いっちゃんはね?本当は可愛いお嫁さんになりたいの。でもパパがそれを許してくれないんだって。なんでも…会社の偉い人?になってお仕事するんだって。いっちゃん、強がりなんだけどすぐ泣いちゃうから心配でさ。そんなわけでゆうにぃが元気になったら二人でいっちゃんを助けてあげようね』」
その時のゆなの顔が想像できた。
バカ…。私が泣き虫みたいに言わないでよ…。あなただって無茶苦茶な事を言って私を振り回してたじゃない…。
「ちょっとごめんね…」
そういって彼に抱き寄せられた。
彼の心臓の位置に頭をつけられた。
「聞こえる?夕凪の心臓の音…」
私は彼の…彼女の心臓の音に意識を集中した。
もう大丈夫…私達に任せて。なんだかそんな風に言われているような気がした。
次ぐらいで完結させたいと思います。