国王と女子の秘密(3)
次に向かった場所では、悲惨な光景が俺を待ち構えていた。
「……これは一体……」
踏み荒らされた花壇。
取り尽くされた果実。
根こそぎなくなった野菜は土にボコボコと跡を残しているだけ。
裏庭の小さな菜園は、見るも無残な状態で放置されていた。
「酷いな……これも奴の仕業なのか」
俺は言葉を失って口元を抑えた。シャープも隣で絶句している。
食べられそうなものが綺麗さっぱりなくなっているということは、恐らく備蓄庫を襲った者と同一だろう。
あんなに綺麗に植えられていた花たちが抜かれて打ち捨てられているのはきっと、根菜かどうか確認したためだ。
そして、犯人の姿は既になかった。
「シドには見せられんな……」
ここは、耕作地を管轄する末弟シドの個人的な菜園だった。
彼がこれを目にしたらものすごく悲しむだろう。それを想像するだけで涙を禁じ得ない。
「いや、もう遅い」
シャープが低い声で呟いて、俺ははっと振り返った。
――背後には、一番この場にいてほしくなかった人物の影。
「シド……」
両手に抱えていた荷物をドサッと落として呆然とするシド。
目は驚愕に見開かれ、腕はガクガクと震え、菜園に向かって歩みだした足はもつれて今にも転びそうだった。
「兄貴たち……これ、どういうこと? おれの畑が……っ」
シドは菜園の縁まで来るとガクリと膝をついて、愛情かけて育てた草花の残骸を掬い上げる。
肩が小刻みに震え、かすかな嗚咽が耳に届いた。かける言葉も見つからず、俺は目を伏せた。
表の喧噪は届かない。しばらくの間、弟の悲しみに寄り添う。
「……さっき、陛下が裏庭に行くのを見たって人から聞いて……何の用だろうって思って来たんだけど、そしたら、こんな……」
シドがかすかな声で呟く。
地面に着いた手が土と共に悔しげに握りしめられるのを見て、俺は先程シャープに胸倉を掴まれたことを思い出した。
可愛い弟たちに疑いの目を向けられるのは今日これで何度目だ。胸の奥がズキリと痛み、背中を冷たいものが伝う。
「聞いてくれシド、俺は――」
「うん、分かってる」
弁解の言葉は即座に、だが優しく遮られた。
「分かってるよ、トーン兄貴じゃないって。おれの育てた花を綺麗だって褒めてくれる人が、こんなことするわけないから」
力なく泣き笑うシドの手の中で、一輪の花が自然に散るのを待たず踏み潰されてその一生を終えていた。
――何故、ここまでする。
俺を陥れようとする魂胆なら俺だけを狙えばいいのに、何故弟が涙を流さねばならない。
俺はこの非道に怒りを覚えた。
「絶対に、許すわけにはいかない……!」
拳を握りしめて決意を新たにする。と、そこで突然シドが顔を上げた。
「兄貴、おれの畑から野菜を盗った犯人、知ってるの!?」
あまりの剣幕に、一瞬たじろぐ。きっと怒り心頭でとっちめてやりたいのだろう。
「あ、あぁ。というか、今まさに追っている最中だ。お前の無念は俺が晴らして――」
「早く見つけないと可哀想なことになるかも!」
「へ?」
かわいそう?
予期せぬ言葉を聞いて、俺の心の敵討ちに燃える炎がじゅっと音を立てて鎮火した。
シドは、これを見て、と野菜が植えられていた一角を指し示す。
「この根菜、歯型が残ってるだろ。抜いて生のまま洗わずここで食べたんだと思う。ここはおれの実験畑で、農薬の種類や量をいろいろ変えて発育状況を確かめてるんだ。今使ってる薬がかなり強めのものだから、食用には適さないというか、むしろ」
そこまで言うと、シドは取り落とした荷物の中からとある物を拾ってきて、畑の隅にグサッと刺した。
『毒野菜 食べるとしぬ』
白い立て看板には、ドクロのマークと共におどろおどろしい文字でそう書かれていた。
「…………」
俺とシャープは思わず顔を見合わせる。
「本当はもう少し早く設置する予定だったんだけど、なんて書こうか迷ってたら日が経っちゃってさ。やっぱりこのくらい強い表現の方が手を出しにくいよね」
さっきまで泣いていたのが嘘のように、シドは照れ笑いを浮かべながらそう説明した。
「た……確かに、これを読んでいたら食べようとは思わなかったかもしれんな……」
捻り出すようにそうコメントしたものの、犯人がそもそも文字を読むかどうかという問題と、もう既に荒らされた後である問題は置き去りのままである。まぁ要するに後の祭りというやつである。
シドは使用人を呼ぶと、菜園の片付けを頼んでいた。
ここまで徹底的に破壊されたらいっそ一から組み直す楽しみができていい、と笑う弟はまた一段と大きく見えた。クヨクヨせず前向きでいられるのは誰にでもできることではない。
「この野菜は確実に死ぬほどの毒性はないけど、今頃お腹を壊してると思うよ。大丈夫かなぁ」
まぁ、野菜泥棒の体調を心配してやる義理もないとは思うが。