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国王と七音の旋律 ~ムジーク王国記~  作者: 卯月慧
第十二話 国王と愛の大団円
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国王と愛の大団円(7)

 芸術の国として名高い、リタルダンド王国。

 ムジークやフェルマータに比べると国としての歴史は浅いが、現リタルダンド国王が俺の父オクターヴやスラーの父ヴェルテ氏と懇意だったこともあり、俺個人としても幼い頃から世話になっている。

 非常に気さくな人柄で、此度の会場提供を申し出てくれた。

 用意された婚礼の舞台は、まさに望んだ通りのものだった。

 秋晴れの空の下で、なだらかな緑地に広がる紺碧の湖のほとり。

 緻密に編まれた樹木のアーチと、水上にせり出すように設計された、広々とした石造りの祭壇がある

 そしてその祭壇に向かうバージンロードは、よくある赤い絨毯ではなく、草地に敷き詰められた白い花びらだ。

 豪華すぎず、質素すぎず。

 威厳を保てるくらいには華美で、鼻につくほど嫌味でもない。

 関係者のための椅子は祭壇の周囲に半円上に並べられ、後方には一般参列者のためのスペースも十分に確保されている。

 向かって右側にムジーク王国、左側にフェルマータ王国の民が集まり、式の開催を待ちわびている。

 俺は、少し離れたところにある湖沿いの屋敷に用意された控え室から、その様子を眺めていた。

――ついに、俺が、結婚するのか。

「な、なぁフラット。変なところはないだろうか」

「もう、それ聞くの何度目です? 大丈夫ですってば」

 呆れの混じった苦笑で返されて、すまんと小声で謝る。

 今日のために新たに仕立てられた婚礼衣装は、普段は滅多に着用しない騎士団最高司令官としての制服をアレンジしたものだ。

 身体に沿うすっきりした胴回りの上着に、右肩から大綬を掛ける。

 片方の肩から背中を覆う程度の長さの左右非対称なマントに、王家の紋章飾りを留め、白い手袋に白いブーツ、腰には鞘だけ白い婚礼仕様にしたいつもの剣を携える。

 国王としての式典ではないので、王冠はない。金髪を軽く整えた程度だ。

 創樹祭パレードの引きずるような重苦しい超重ね着ではないので動きやすくてありがたいが、全体的にムジークの象徴である純白が輝きすぎて眩しい。花嫁のスラーより白いのではないかと心配になるくらいだ。

「馬子にも衣装って、このことだよね」

 ヘオンが冷やかしの笑みを浮かべれば、

「マゴ? トーンにぃ孫どころか子供もまだだよな?」

「そのマゴじゃない」

 勘違いしたソファラの発言に脱力し、

「子作りする暇なんざなかっただろーが」

「そーゆー下世話な話してるんじゃないのよ」

 さらに勘違いを被せてくるシャープの腕をレミーがつねる。

 シドは皆のやりとりを眺めながら、

「皆の晴れ着姿だって似たようなもんじゃない? 見慣れなくて面白いよ」

 と微妙にブラックな言葉をにこやかな笑顔で吐いていた。

 俺の着付けを終えてスラーを待つ間、兄弟だけで過ごせる時間が取れたのだった。

 俺は弟妹たちのいつもと変わらぬ調子にホッとして、自然と笑みが浮かぶ。

「ありがとう。俺がこの日を迎えられたのも、お前たちのおかげだ」

 改めて感謝の気持ちが湧いてきて、頭を下げる。

 弟妹たちは一瞬きょとんとしたのち、皆が同時に微笑んだ。

「何を今更」

 少し照れて、ヘオンは顔を背ける。

「トーン兄貴が一番頑張ったんだろ?」

 シドは自身が育てた花のように朗らかに笑う。

「へへ。アタシたちも、ホッとしてるよ」

 ソファラは鼻の下をこすり。

「父さんと母さんも、きっと見に来てくれていると思いますよ」

 フラットは少しだけ涙ぐんで。

「本番はこれからなんだ、堂々と胸張っていけよ」

 どん、とシャープが俺の胸を拳で叩く。 

「今泣くんじゃないわよ、涙はスラーに会う瞬間までとっておかなきゃ」

 最後にレミーに釘を刺されて、緩みそうになっていた涙腺を慌てて引き締める。

 ということは、これはもうスラーが出てきたら俺は絶対に泣くと予言されたようなものではないか。

 そして俺にも絶対泣かないという自信は微塵もない。ハンカチを手元に用意しておかねば。

 しばらく談笑していると、やがて扉が数回ノックされた。

――来た。俺の身体が緊張で強張る。

 フラットとレミーが扉に近寄り、外の者と二言三言話している。

 そしてこちらに目配せしてきたので、頷いた。

 二人は入口の両端に立ち、同時にゆっくりと扉を開いていく。


 俺は、息を呑んだ。

 今度こそ、目の前に本物の天使が現れたのだと思った。


 単純な言葉では表現しきれない、圧倒的な『白』が、そこに在った。

 翼のように背後へと広がるヴェールに包まれていても尚、内側から輝かんばかりの光を放つ、麗しき花嫁。

 半年振りに会うスラーは、その間に俺が想像したどの姿よりも美しく、そして、心から焦がれた存在そのものだった。

 彼女が長いドレスを引いて一歩近づく度、胸の鼓動が高まる。輪郭があやふやになっていく。

 駄目だ、まだ泣くな、もっと見たいんだ俺は、と自分を叱咤するも、無駄な抵抗に終わる。

「お久し振りです、トーン兄さ――えっ、も、もう泣いていらっしゃるんですか?」

 目の前まで来たスラーが、驚いたような、苦笑混じりの声を出した。

「……すまん……あまりに、綺麗で……」

 ハンカチで目元を拭いながらやっとそれだけ答えると、スラーはぽっと顔を赤らめた。

「あ、ありがとうございます。……やだな、わたしまで泣けてきちゃうじゃないですか」

 そう言って声を潤ませたので、レミーが「メイク落ちちゃう!」と叫んで慌てている。

 兄貴やっぱり泣いた、やれやれ、と俄かに騒ぎ出したきょうだいたちを前に、何とか俺とスラーは涙を引っ込めたのだった。

 改めて、花嫁衣装のスラーを見つめる。

 首元から肩、腕にかけてを繊細な刺繍が施されたレースで包み込み、なだらかな腰のラインと、そこから広がるドレスは美しく弧を描いている。

 床に長く広がる裾はまっさらな雪原に似て、彼女の国の情景を思い起こさせた。

 聖女のような佇まいで、薔薇色の唇には幸福に満ちた微笑を湛えている。

「本当に綺麗だ、スラー」

 今度は、目を見てきちんと笑顔で伝えられた。スラーも、眩しそうに俺を見上げる。

「トーン兄さまも、とても格好良くて、どきどきします……」

 二人、しばらく見つめ合う。

 が、俺たちを無言で見守るいくつもの視線に気づき、途端に照れくさくなって、お互いぱっと離れた。

 スラーが、彼らに向かって深々とお辞儀をする。

「皆さま、本当にありがとうございます。今までお世話になったこと、感謝してもしきれません」

 それを、先程の俺の時と同じように、笑顔で受け止めるきょうだいたち。

「気にしなーいの。当たり前でしょ?」

「アタシたち、スラーが大好きだからさ!」

 レミーとソファラが、スラーのそばに寄って軽く肩を抱く。

「それに、過去形じゃないんだよ。お世話するのも、されるのも」

 シドは軽く諭して微笑み、

「私たちは名実ともに、本当の家族になるのですから」

「ほん、とうの……家族――」

 継いだフラットの言葉を、小さく反芻するスラー。

 揺れ動く瞳が、俺を見る。

 スラーは実の両親と兄を革命で失ってから、ムジークの国王夫妻に引き取られて王宮で暮らしてきた。

 その生活には、やはりどこか遠慮があったように思う。

 俺たちがいくら家族同然のつもりで接しても、スラーにとっては必ずしもそうではなかったのだろう。

 鏡の悪魔に「居場所がない」とこぼしていたこともあった。「本当の家族ではないから、真実を話してくれないのか」と問われたこともあった。

 だがそれも、過去のこと。思い悩む必要はなくなるのだ。

 俺はスラーの手を取る。

「これからは、俺が君の隣にいる。スラーはもうひとりじゃない」

 スラーの瞳に、再び涙が浮かんだ。

「今まで……どうしても寂しくなってしまう時があって。周囲の人たちはみんな優しいし、わたしはこんなに恵まれているのに何でだろうって、思ってたんですけど。今日、やっとわかりました」

 湿り声の告白を、ここにいる誰もが、笑顔で静かに聞いている。

「ずっと、憧れてたんです。……家族が、欲しかったんだって」

 そう言って、彼女は泣きながら微笑む。

「わたしに居場所をくれて、ありがとうございます」

「……あぁ」

 俺は、ヴェールごとスラーを優しく抱きしめた。


 俺が彼女に居場所を与えただなんて、思い上がったことは考えていないけれど。

 それでも、こんなに喜んでくれるのなら。

 これからもずっと、彼女の居場所を守れるよう、この身を尽くそう――そう思った。


 俺はスラーを離し、微笑みかける。

「さぁ、笑って。祝福の日に涙は似合わない」

「……はい!」

 スラーは指先でそっと涙を拭って、満面の笑みを見せてくれた。

「率先して泣いてた長兄が言うセリフじゃないよね」

「こ、細かいことはいいだろう」

 ヘオンの痛いツッコミが場を和ませていると、そろそろお時間でございます、と知らせが入った。

 近衛騎士兼、付添人として伴うシャープとソファラを除き、皆は一足先に会場へと向かっていく。

「ソファラお前、ドレス踏んづけるんじゃねェぞ」

「わかってるよー、ちゃんとシーツで練習したからだいじょーぶ」

「あはは、シーツですか!」

 騎士兄妹のやりとりにスラーがくすくす笑うのを微笑ましく思いながら、俺は手を差し伸べた。

「――では、行こう。皆が待っている」

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