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国王と七音の旋律 ~ムジーク王国記~  作者: 卯月慧
第十二話 国王と愛の大団円
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国王と愛の大団円(6)

 あの後すぐ、俺の部屋に戻ってきたフラットに事の次第を伝えると、弟は感極まって泣き出してしまった。

 部屋に入る前から既に涙ぐんでいるように見えたのは、きっと気のせいだろう。

 まぁ、俺とスラーのことに一番気を揉んでくれていたのはフラットだし、多大な心配もかけてしまったからな。

 二人で礼を言うと共に、これからは安心させてやらねばと誓う。

 そして、すぐに晩餐会の会場へと赴き、ムジーク国王として不参加を詫びつつ、俺とスレイア女王の婚約を発表した。

 突然のことに各国関係者たちは目を白黒させて驚いていたが、特に表立った禍根もないため概ね祝福してくれていたようだ。

 リタルダンド国王などは手を打って大いに喜んでくれて、仲人を買って出てくれたりもした。


 二つの王室、それも国王同士の婚約という、他に類を見ない大きなニュースは、瞬く間に世界中を駆け巡った。


 挙式は、ムジークとフェルマータの中間地点であるリタルダンド王国で執り行う運びとなった。

 両方の国でそれぞれ一度ずつ挙げるとなると準備も大変だろうし、民たちも両方の式を見たくなるだろうから、どうせなら等距離の場所で、とリタルダンド国王が申し出てくれたのだった。

 ご迷惑ではないかと尋ねたら、「ついでに近くの街に立ち寄って金を落としていってくれればいい」と豪気でしたたかなことを仰せられた。いやはや、俺はどうにも頭が上がらないことばかりだ。

 いろいろなことが決定した戴冠式から帰国すれば、国中に降り続いていた雨はようやく上がり、雲間から光が差していた。

 人々は久し振りの太陽と、同時にもたらされた慶祝の報せに歓喜し、手荒く祝福してくれた。

 俺のことを孫のように思っていたと豪語する城下町の長老は、口をふがふがさせながら「いつまで待たせたんじゃこの親不孝モンが」と罵った後、顔をしわくちゃにして「早くひ孫を見せとくれ」とのたまった。

 ひ孫か。気が早いな、と苦笑したものの、長老の年齢を考えるとあんまり悠長にもしていられない。

 善処するとだけ伝えてサッサとその場を逃げ出した。

 王宮では、召使いたちが気忙(きぜわ)しく働いていた。

 あまりに慌ただしいので何があったのか問うたら、今夜内々で行うパーティーの準備に加え、挙式へ向かう俺の衣装や馬車の設えについて吟味しているところだという。

 あまり派手にしてくれるなよ、と頼んだものの、すっかり祝賀ムードなのは嬉しくもあった。

 それだけ、俺が皆を長いことやきもきさせていた証左でもあるのだが。


 弟妹たちに報告した時の反応は、それぞれ次の通りである。

 

 シャープは、何故かベッドの上で筋力トレーニングをしていた。

 先に部屋に戻っていたフラットから一部始終を聞き、挙式までこのまま寝ているだけでは身体が鈍る一方だと始めたそうだが、まさか騎士団長として護衛しながら参列するつもりなのだろうか。

 確かに大人しく貴賓席に収まっていられる男ではないと俺も思うが、気が早すぎではないだろうか。

 怪我人なのだからなるべく安静を心がけて、今は先に早く治してほしいものである。

 まぁ言ってもどうせ聞かないので、無理はするなとだけ伝えておいた。

 フラットも、監視しておくから大丈夫だと言ってくれたので任せることにする。


 へオンには、なんで挙式をわざわざ隣国でやるのかとめちゃくちゃ文句を言われた。

 曰く、他国は精霊分布も違うし、国防と遠征警護をどう両立するのかという話のようだが、要約すると面倒くさいらしい。

 折角の遠出なのだから、もっと肩の力を抜けと言ったら、「長兄はホントお気楽だよね」と鼻で笑われた。

 魔法障壁管理者として普段から王宮を出られないぶん、何だかんだと外遊に憧れているようなので、何とか理由をつけて連れ出してやりたいところではある。


 レミーと顔を合わせた途端、スラーへの求婚方法について根掘り葉掘り聞かれたので、王宮中を逃げ回る羽目になった。

 とりあえずちゃんと筋を通して俺から告白した、とだけ明かし、後は倉庫の隅に隠れてやり過ごした。

 そんなこっ恥ずかしいこと、いくら妹でも言えるか!

……だが、どうせ後日スラーから直接聞き出すのだろう。

 スラーがどんな風に伝えてくれるのか不明だが、ありのままにせよ誇張が入るにせよ、どのみち弄られるのは目に見えている。

 あぁ、憂鬱だ。


 廊下の向こうから、樹木と身紛うような大きくて豪華な花束が足を生やして歩いてきたので、何事かと思ったら、シドだった。

 どうもなかなか会えないなと思ったら、やはり既に隣国に行っていたらしい。

 式場に前乗りして、バージンロードを飾りつけるのだという。報告以前の問題だった。

 そして、雨が止んだことについて俺に礼を言ってきた。

 元はといえば俺が落ち込んだせいで雨が降ったのだから、礼を言われる筋合いはないのだが、「めでたいことなんだからいいじゃないか、トーン兄貴はやっぱり笑ってた方が素敵だよ」などと笑顔で言われ、俺は今弟に口説かれているのか? と本気で悩んだりもした。


 ソファラは、杖を巧みに使いながら王宮内をランニングしているところを捕まえた。

 精霊魔法の勉強は早々に飽き、とにかく身体を動かしたくて仕方ないらしい。

 ウチの怪我人はどいつもこいつも動きすぎなのだ。さすがはシャープの部下である。褒めてない。

 俺の顔をじっと見つめてから、「トーンにぃ、泣き止んだんだな。えらいえらい」と背伸びして頭を撫でられた。

 何のことかと思いきや、シドに『あの長雨は俺の心の涙』だと教わったらしい。

 アイツめ、何て恥ずかしいことを。単純な――いや純真なソファラが信じちゃってるじゃないか。

 うーむ、間違っているわけでもないので訂正もしづらい。

 今後、普通に雨が降っただけで俺が泣いていると思われても困るんだが。


 通常の執務をこなしつつ、婚礼の準備もつつがなく進められた。

 慌ただしい日々が瞬く間に過ぎていく。

 寂しいなどと思っている暇もなかった。

 きっとスラーも、これから国を治めていくためにたくさん勉強していることだろう。

 宗教が異なる二つの国の君主同士が婚姻し、且つ、いくら縁あるとはいえ無関係の第三国で婚礼の儀式が行われるなど、異例中の異例だ。

 ただでさえ、国家要人の結婚には神経を使う。

 そこに、予算の計上と金銭供与、三ヶ国合同警備、何かあった時の責任の所在や、経済効果の取り分という諸問題が加わって、各国の官僚たちは非常に頭を悩ませたという。

 それでも、古くから続くムジークと新生フェルマータの国力に差がある現状を鑑み、どちらでやるかを揉めたり、二国でそれぞれ格差のある挙式をしたりして今後の禍根を残すよりは、リタルダンド国王の申し出を受ける方が良いと判断したらしい。

 君主の都合に振り回される者たちの苦労があってこその婚礼なのだと、俺たちは肝に銘じなければならない。


――そして、半年後。

 会場へと向かう馬車が、留守を守る者たちに盛大に見送られ、ムジーク王国を発った。


   * * *


 婚礼を見守った吟遊詩人は後に語る。

 ムジーク国王とフェルマータ女王の挙式は、紛れもなく後世に語り継がれるべき偉大なる歴史の一頁となるだろう。


 精霊の国、ムジーク王国。

 世界を成す、万物を司る精霊。そしてそれを束ねる精霊王と深い(よしみ)があるムジークは、南の小国ながらその神秘性と精霊の加護のもと、長らく他国からは武力に依っての不可侵領域とされてきた。

 それは人の定めたものではなきにしろ、他宗教で言うところの『神のおわす聖地』と理解するのが妥当であろう。

 その聖地を踏みにじったグランディオ皇国には天罰が下った。

 かの地を狙う不届きな輩は滅びて然るべきだったのだ。

 ムジーク王国の民は、精霊の言語を解し、語りかけ、かの力を行使する。

 中でも素晴らしいのは、特に親密な精霊の色を髪に宿すという奇跡だ。

 私は見た、美しい花畑のような光景を! 人々が集うだけで、あのような芸術的な景色を生み出したのだ!


 そして、神の竜の国、フェルマータ王国。

 この大陸に住む者なら必ず目にするであろう、急峻なる岩山、霊峰フェルメトは、永久にそこに在り、人々を導く目印となる。

 霊峰が生み出す鉱石は美しく強靭で、繊細な細工にも耐えられる、非常に価値の高いものだ。

 採掘する術は、神の許しを得たフェルマータ王国の民のみぞ知る。

 そう、雲を貫く山頂近くには『神の竜』たる飛竜が棲まう。

 フェルマータ王家の中でも選ばれた者しかその背に乗ることを許さぬ気高き竜。

 それを見守り、育てるために、民たちは一年の大半を雪に覆われる厳しい環境で暮らす。

 姓に霊峰の名を戴くフェルマータの民にとって、神の竜と共に生きるのは栄誉なことなのだ。

 只人の身で神の竜を意のままに操らんと欲すれば、たちまちその身を業火に灼かれるであろう!


 精霊と共に生きる王、トーン=スコア=ムジーク。

 女王にして神の竜の御子、スレイア=トラウム=フェルマータ。


 かの二人が結ばれることは、人智を超えた奇跡!

 かの二人の前途を、心より祝福せよ! 

 さすれば導きの光は天から降り注ぎ、我らに等しく幸福を分け与えるのだ――

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