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国王と七音の旋律 ~ムジーク王国記~  作者: 卯月慧
第十二話 国王と愛の大団円
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国王と愛の大団円(2)

「トーン国王陛下。大変お世話になりました」

「長い間本当に良くしていただきまして、感謝の言葉が尽きません」

 荷物を下ろしてから、ルグレとフィーネが深く一礼した。

「こちらこそ。スラーの世話という責務を超えて我が国に尽くしてくれたこと、心よりありがたく思う。祖国でも息災でな」

 ありがとうございます、と顔を上げた二人は、晴れやかな笑顔をしていた。

 二匹の飛竜は再び大空を舞い、俺とスラー、ルグレとフィーネを乗せて無事グランディオに到着した。

 雪はまだ残っているものの、以前よりも開放的な雰囲気に満ちた街を懐かしそうに眺めてから、二人の従者は俺たちに一礼して城の中へと入っていった。

 顔見知りの者たちに歓迎されている様子が見て取れる。

 これからやらなければならないことが山積みだろうから、きっと今まで以上に忙しくなるのだろう。

 俺はスラーを連れて城内を奥へと進む。

 グランディオ兵が俺たちを見るなり、「おかえりなさいませ!」と次々に活力の満ちた敬礼をしていった。

 楽にしていい、と声をかけながら片手を振って応える。

「陛下! よくぞご無事でお戻りになりました」

 俺たちのグランディオ帰還の一報を聞きつけたフラットが、小走りで駆け寄ってきた。

「ご苦労だったな。安心しろ、シャープは無事だ」

 双子の片割れとして一番気になっているであろうことを真っ先に伝える。

 弟は心底安堵したようで、大きく息を吐き出した。

「良かった……! そう簡単に死ぬ人ではないと思っていましたけど、今回はさすがに肝が冷えましたね」

「そうだな。俺も寿命が縮んだ思いだ」

 フラットは軽く目元を拭って、スラーに向き直る。

「スラーも、よく頑張りましたね。シャープを助けてくださってありがとうございます」

「いえ、とんでもないです。元はと言えばわたしが――」

「おっと、その先は言いっこなしですよ」

 謙遜しようとしたスラーを、フラットは唇に指を当てて制止した。

「私たちは皆、自分の意思に従って行動したまでなのですから」

 にっこりと微笑まれて、スラーはこくこくと頷くしかないようだった。

「こちらの状況はどうだ」

 奥へと続く道を歩きながら、フラットに問いかける。

「パシオネによる薬物中毒はほぼ解消し、研究所にあった薬の在庫も全て廃棄しました。グラッセ派の者たちはあの後少し暴れましたけど、まとめて牢に入ってもらっています」

「大丈夫だったのか、それ」

「洗脳が解けた兵士さんたちが頑張って取り押さえてくださいましたので、特に被害もなく。処分は保留にしてありますが、いかがなさいますか?」

 ふむ、と顎に手を当てて考える。

 俺がグラッセに対して遺恨はあれど、ここは他国の地であり、ムジークの権威が及ぶところではない。

 この国の法に則って粛々と対処すべきではないだろうか。

 隣を歩くスラーをちらと見る。

 不安の色を隠せない瞳はきょろきょろと、周囲で(せわ)しなく働く人々を見回していた。

 法の整備はおろか、女王になることすらまだ明言していない彼女に今、全ての判断を委ねるのは酷だろう。

 俺はひとつ頷く。

「保留のままにしておこう。この国が落ち着き次第、然るべき手段で裁かれるはずだ。ただし、民を導くために立ち上がった新しい為政者の寝首を掻こうとする者はこの俺が許さない、と釘を刺しておけ」

 このあたりが、俺にできるギリギリの対処か。

 かしこまりました、と一礼するフラットだが、ふと、首を傾げる。

「陛下。立ち上がった、とは――」

 俺は目を見て、頷いてみせる。

 フラットは俺の視線の意味を珍しく察しかねた様子で、スラーと俺を交互に見、そして驚愕に目を大きく開いた。

 何かを言おうとしたフラットを制し、俺は歩みを止めずに告げる。

「城の者たちを玉座の間に集めてくれ。直々にお達しがある」

 一瞬の間の後、はい、と短く返答して、フラットはひとり反対方向へと走っていった。

「トーン兄さま」

 隣から、不安そうな声が響く。

「本当に、わたしでいいんでしょうか」

 こういう局面で未だに迷う気持ちは、俺にも経験があるから痛いほど分かる。

 それだけでなく、少し前まで何の力もない子供だったスラーにとって、これから臣下となる人々はほとんどが自分よりも人生経験を積んだ大人なのだ。『使う』ことに抵抗を抱くのも無理はない。

 俺はスラーの背中をぽんと撫でて微笑んだ。

「不安な気持ちを消そうと頑張らなくていいから、胸を張って、まっすぐ前を見て立っていてくれ。それだけでいい。大丈夫だ、俺がついている」

「……はいっ」

 少しだけ気合の入った返事を聞いて、俺は頷いた。




 グランディオ皇国、玉座の間。

 二年前に訪れた際は、グラッセの趣味でゴテゴテに飾りつけられていた部屋だが、主がいなくなってからの数日間で、無駄な装飾はごっそり取り払われていた。

 これが本来の姿なのだろう。質素ながら威厳を保った玉座は好感が持てる。

 集められた人々は、これから始まるであろう演説に期待半分、不安半分といった眼差しで、空の玉座を見つめていた。

 俺はそれを控えの間から覗き見ながら、後ろに立つスラーに声をかける。

「行けるか?」

「あの、待ってください」

 スラーは胸に両手を重ねて立ちすくんでいた。

「き、緊張で倒れそうです……ちょっとだけ、手を握ってくれませんか」

「分かった」

 言われるまま、スラーの手を取る。

 少し汗ばんだ手は指先まで冷えて、小刻みに震えていた。

 俺はそれを両手で包み込む。

「あぁ、あったかい……」

 スラーは目を閉じ、安堵のこもった声で呟いた。

「ゆっくり息を吸って、吐いて」

 俺の言葉に合わせて、深呼吸するスラー。

 次に目を開けた時には、強い意志の光が灯っていた。

「ありがとうございます。落ち着きました」

 握った手を名残惜しげに離して、スラーは微笑んだ。

「良かった。――では、行こう」

「はい」

 スラーは頷いて、一歩、足を踏み出した。


 まず俺が姿を現すと、玉座の間のざわめきが止まる。

 跪こうとした者たちを制して、楽にするよう手振りで示す。

 俺も国王という肩書きを持つとはいえ、他国の民に膝をつかせるのは気が引けた。

 後に続いて登場したスラーは、清楚な白いワンピースドレスに身を包み、堂々と皆の眼前を歩く。

 玉座の隣に立って優雅に一礼した。ほう、と溜め息が観衆から聞こえる。

 俺は、しっかりと前を見据えるスラーを見て頷き、正面に向き直った。

「まず初めに、復興で忙しい中の足労を感謝する」

 御礼の挨拶と共に、軽く頭を下げる。

「皆も知っての通り、グラッセ皇帝は残念な事故により身罷(みまか)られた。僭越ではあるが、かつて友好国だった(よしみ)で、ムジーク王国国王トーン=スコア=ムジークがこの場を取り仕切らせていただくことをお許し願いたい」

 一拍置いて、スラーを掌で示す。

「さて、皆に改めて紹介する。こちらにおわすスレイア=トラウム=フェルマータ姫は、かつてのフェルマータ王国国王ヴェルテ=トラウム=フェルマータ殿のご息女であらせられる。此度(こたび)、主君を失ったグランディオ皇国を憂い、今一度フェルマータ王国を復活させ、その女王として立つことを決意なされた」

 ざわっ、と沸き立つ観衆。

 静まるのを待って、俺は再び口を開いた。

「スレイア姫は、幼少の頃より我が国にて俺の兄弟同然に育った。その人となりは俺が保証する。姫には、ムジーク王国の窮地を――そして俺の弟の命を救っていただいた大恩がある。ムジーク国王としてこの恩に報いるため、新しい女王の後ろ盾となることをお約束した。きっと皆に寄り添った、優しい国を築いていってくれるであろうことを信じている」

 語り終え、目礼する。

 拍手が起こる中、スラーに挨拶を促す。

 彼女は一歩前に出て、丁寧にお辞儀した。

「スレイア=トラウム=フェルマータです」

 再び、静まり返る室内。

 第一声は僅かに震えていた。俺は心の中で声援を送る。

「まずは、わたしの外見に皆さまも驚かれていることと思います。本来わたしは、今日で十歳になるはずなのです」

 聴衆がざわつく。

 この地で祝福されながら生まれた姫君の誕生した年を、よもや忘れるはずもないだろう。

「心を操られた飛竜を鎮めるため、ムジーク王国の精霊魔法を使って、八年間、自分の時間を進めました。ですから、今のわたしは十八歳となります」

 事実かどうかを見極めるように俺へと送られる多数の視線に、肯定の頷きを返す。

 周囲が俄かにどよめいた。

「わたしの叔父グラッセが、いたずらに国を混乱させてしまって、ごめんなさい。怪我をした人も、病気になってしまった人もたくさんいらっしゃると思いますが……一日も早い回復を祈っています」

 スラーは一旦言葉を切る。

 胸の前で両手を組み、軽く目を閉じた。

「トーン国王陛下からご説明がありましたが、わたしは新たなフェルマータ王国の女王として立つことを決めました。お父さまが――ヴェルテ国王がどのようにして皆さまと接してこられたのか、この国がどういう道程を歩んできたのか、わたしにはわかりません。まだまだ未熟で、至らない点も多くあると思います」

 瞳を上げ、前をまっすぐに見つめる。

 もう、声の震えは止まっていた。

「でも、この国にいなかったことを言い訳にはしたくない。わたしはわたしなりに、皆さまが笑って暮らせるよう頑張りますので、どうかお力を貸してください」

 わあっ、と今度こそ大きな歓声と拍手が巻き起こる。

 民は、主君となる姫の帰還を、温かく迎え入れてくれた。

 かつて革命が起きた国のこと、歓迎せぬ者も中にはいるだろうと予想していたが、杞憂だったらしい。

 それだけ、神と崇める飛竜を颯爽と操る姿は印象強かったのだろう。

 スラーはホッとした面持ちで深々と礼をして、顔を上げた時には毅然とした笑みを湛えていた。

――この国は、きっと大丈夫だ。

 そう確信した俺は、民と共に拍手を送る。


 これが、新しいフェルマータ王国の、誕生の瞬間だった。

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