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国王と七音の旋律 ~ムジーク王国記~  作者: 卯月慧
第十一話 国王と決戦の舞台
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国王と決戦の舞台(1)

「そこ、足元気をつけろ」

 シャープの指示に従いながら、山中の道なき道を、馬を引いて進む。

 俺が乗っていては地面の細かい起伏を歩かせるのが難しいからだ。

 荷物こそ馬に持ってもらえるものの、普段あまりしない運動のせいでさすがに息が切れてくる。

 それは行軍慣れしないフラットやレミーも同様のようだったが、弱音も吐かずに頑張っていた。

 この少人数で、皆も他者を助ける余裕などないことが分かっているのだろう。

 何より、目的のためにここで立ち止まるわけにはいかないという気迫を感じる。

「見えてきたよ」

 一番先頭を行くシドが振り返り、前方を指差す。

 木々の隙間から覗き見る。霊峰フェルメトに抱かれしグランディオ城は、二年前と変わらず威圧感のある表構えでそこに在った。

 あの頃より雪は少ないものの、それでも刺すような寒さは気軽な来訪を拒んでくる。

 案内役を買って出たシドは、リタルダンドとの国境からここまで、グランディオの兵士に見つからないルートを完璧に把握していた。

 本人は「植物探しの副産物だよ」と謙遜していたが、そんなついでみたいに身に着けられる技術だろうか。

 シャープが本気で騎士団に参謀として勧誘しようとしていたが、別に今やるべきことでもないので止めておいた。

「さすがにここから先は視界が開けちゃうから、まったく見つからずに行くのは難しいだろうね」

 白い息を吐き出しながら、シドが見解を述べる。

「城の後ろが岩山ってのも地形が悪いな、裏口探そうにも回り込めねェし。いっそ正面突破しちまうか」

「あのね、後のこと考えなさいよ」

「どうせ乱戦になンなら一緒だろ?」

「乱戦になる前提で行動するのが馬鹿だって言ってるの!」

「こんな時まで、やめなさい二人とも」

 恒例となってしまったシャープとレミーの喧嘩をフラットが呆れ顔で諌めてから、俺に向き直った。

「偵察に私の使い魔を出そうと思います。ここからなら魔力も城の内部まで届くかと」

「うまく動いてくれそうか?」

「時間がなかったので私の命令を完全に理解するところまでは至りませんでしたが、周辺を探るだけなら何とかなるはずです」

 俺はその提案に頷く。

「では、よろしく頼む」

 かしこまりました、とフラット。

 荷物から白い鼠を三匹取り出して目線を合わせて掲げ、

《ビス、テル、コーダ。貴方たちの見たもの聞いたことを私に伝えてください。目標はグランディオ城の内部です》

 偵察を指示する念魔法を、識別用に命名した彼らへ言い聞かせるように紡ぐ。

 地面に解き放たれた鼠たちは、しばらく辺りを右往左往した後、迷いながらも城の方向へと走っていった。

「ねぇフラット、コウモリより可愛いと思うんだけど、ずっとアレじゃダメなの?」

 小さくも長い尻尾を見送ったレミーがこぼす。

 フラットは困ったように苦笑した。

「知能は確かに高いんですけど、身体が大きいですし、何よりじっとしているのが苦手でしてね。視覚の情報を追うのが大変なんですよ。私のコウモリちゃんはあの小ささで空も飛べますし。まぁ季節の問題もありますから、何とか棲み分けしていきたいですね」

「ふーん。……便利そうだし、わたしも何か飼ってみようかしら」

「動物を使い魔にするには、まず闇の安らぎを与えて自分に慣れさせるところから始めないといけませんからねぇ……どうでしょう」

 フラットが言葉を濁したにも関わらず、言わんとしていることを察してしまったらしいシャープが、

「お前、兄貴と同じで闇の精霊との相性最悪じゃなかったか?」

 などと、レミーの明るい橙の髪を指差しながらあけすけに言ったのでめちゃくちゃ睨まれていた。怖い。

 俺は話題を変えるべく、控えめに手を叩く。

「ほらほら、無駄話をしている場合ではないぞ。この間に俺たちが城へ近づく方法を考えなければ」

 使い魔に意識を集中し始めたフラットを除く全員が、俺の方を向いた。

「まずは、クロス・コスモスの香りで本当に兵士の洗脳が解けるかどうか試してみないことには始まらないな」

「うん、そうだね。最初はおれが行くよ」

 シドが懐から取り出した小さな瓶には、クロス・コスモスの香水が詰められていた。

 軽くシュッと一吹きして、甘い香りを身に纏う。

「これで近づいてみて、効果があるようなら合図するね」

「分かった。だが相手は武器を持っている、危ないと思ったらすぐ逃げるんだぞ」

「大丈夫だよ。道を尋ねる善良な旅人だろ、どこからどう見ても」

 シドは両腕を広げてくるりと一回転した。

 確かに同行の騎士たちを含めても一番人畜無害な格好をしているし、末弟の柔和な笑顔は争い事の空気を欠片も感じさせないだろう。

 それでも、グランディオに良い思い出のない俺が心配を拭いきれないでいると、シドはあっけらかんと笑って、

「おれだって農家のじいちゃんたちに心身ともに鍛えられてるから、多少の難癖くらいは対処できるよ。ヘオン兄貴からも氷の盾が出るお守りをもらってるしね。心配しないで」

 むん、と力こぶを作ってみせた。

 そうだ、シドは俺よりずっと若いし背も高くなったし、何よりもう一方的に守られるだけの小さな弟ではないのだ。

 俺は彼を信頼し、任せることでその成長を認める。

 行ってくる、と言い置いて森からひとり抜け出るシド。

 残された俺たちは、彼の一挙手一投足を逃すまいと固唾を呑んで見守る。

 怪しまれないための工作か、無関係の住人にも声をかけつつ、やがて巡回中らしき兵士に近づいていく。

 不審な者がいないか目を光らせ、発見次第いつでも斬り捨ててやると言わんばかりの殺伐とした気を放っていた兵士だったが、シドが近づいた途端、突然武器を取り落とした。

 目で見ても分かる、何かに驚いている様子――いや、急に我に返って状況を飲み込めていない様子と言った方が正しいか。

 とりあえずシドが危害を加えられることはなさそうなことに胸を撫で下ろす。

 シドは二、三言葉を交わし、小瓶をいくつか兵士に手渡してこちらに手を振った。

 兵士もこちらに向かってぺこりと礼をしたかと思うと一目散にどこかへ走っていく。

 笑顔で戻ってくるシドに尋ねるまでもなく、効果はあったと見ていいだろう。

「あはは、ここまで綺麗に仮説が実証されると考察のし甲斐があるなぁ」

 まるで新しい肥料を開発している時のように、シドは目を輝かせる。

 研究対象への飽くなき探究心、こういうところはヘオンと似ているなぁと思うし、話が合うのも頷ける。

「兵士さんに事情を話したら、城下町の詰所で香りを広めるのを引き受けてくれたよ。これで街の中はグラッセの支配から解放されると思う」

「ありがとうシド、よくやった」

 シドは少し照れくさそうに笑うと、馬の荷物から小瓶のストックを出して各自に配布し始めた。

「今みたいに自分の身体に纏わせる程度でも、軽い催眠なら解けるね。催眠の深度によっては直接吹きかけたり、飲ませたりする必要があるかもしれないけど、匂いを感知して様子が変わったなら大体パシオネの影響を受けてる人だと思っていいよ」

「そうか。……操られているだけの者を傷つけたくない。できる限り、クロス・コスモスの香りで敵の戦力を減らしてほしい。効かない者は恐らくグラッセの腹心だ、見極めたら応戦できない者はすぐに逃げろ」

 俺の発言を聞いて、シャープが不敵に笑う。

「ってコトは、効かねェヤツを見つけたら遠慮なくやっていいワケだな?」

 シャープの足元で鈍く煌めく槍斧の刃は頼もしくも恐ろしい。

 騎士団は護るために力を振るうのだし、もちろんシャープも無駄な殺生はしない男だと知っている。

「……なるべく殺すなよ、話を聞く必要があるからな」

 それでも極力手を汚させたくなくて苦し紛れにそう伝えると、シャープは「ったく兄貴は甘ェなァ」と渋い顔をした。

 その時、遠雷のような低い音が響いた。

 同時にフラットが何かを察知したようで、こちらに掌を向けた。

 静かに、の仕草だ。

「……これは……」

 眉間に皺を寄せる表情に、何か良からぬことが起きている気配を感じる。

「鼠たちが怯えて統制が効かなくなりました」

「怯える?」

「自分よりはるかに強い生き物の怒りに当てられた恐怖で、パニックを起こしています。……っ、駄目だ、目が回る。一旦戻らせます」

 念の精霊語で帰還指示を出した直後、青い顔をしてフラットが座り込む。

 それでなくとも一度に三匹の鼠の視界を見ているのだから、脳への負担は相当なものだろう。

「大丈夫か」

 はい、とふらつきながらも立ち上がろうとするフラットを支えてやる。

 弟は軽く頭を振り、今まで見聞きしたことを説明してくれた。

「城の中心に、兵が召集されました。足音と喧騒でよく聞き取れませんでしたが、これからグラッセが何らかの演説をするようです。『スレイア』の名もちらほら聞こえます。鼠たちのパニックの原因は、恐らく飛竜の怒りの咆哮かと」

「え、ちょっと、待ってよ……スラーがいて、飛竜が怒ってて、それでまだグラッセは兵を使って何かをしようとしてるの?」

 レミーが呆然と呟く。

 スラーには飛竜を使役する力がある。

 彼らの無慈悲な暴力をやめさせるために、スラーは自らグランディオに行くことを決意した。

 つまり、飛竜はもうグラッセの言いなりにはならないはずだ。

――スラーの意思が、スラー自身の元にある限りは。


 レミーの言葉は、二つの可能性を示唆していた。

 一つは、スラーが飛竜を使役し、たったひとりでグランディオと対峙していること。

 もう一つは、スラーの心身は既にグラッセの手に落ち、飛竜が再びパシオネで操られていること。


「……くっ」

 そのどちらもが筆舌に耐えがたい。一刻を争う事態に拳を握りしめる。

「様子を見ている時間はなさそうだ。何としても飛竜の怒りを、グラッセを止めねばならない」

 俺はクロス・コスモスの香水を身に振りまきながら、告げる。

「フラット、シドは兵士の薬物中毒を中和することに専念してくれ。シャープとレミーは俺と共にスラーを奪還する。後の者はフラットたちのサポートと、香水が効かない者への対処を頼む」

 俺の指令に、全員が頷く。

「目的地はグランディオ城の中心部、ここからは各自の判断で動け。――行くぞ!」

 森を抜け出して馬に飛び乗り、腹を蹴る。

 馬は長旅の疲れをものともせず、俺の逸る気持ちを受けて颯爽と雪のない大通りを駆け出した。

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