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国王と七音の旋律 ~ムジーク王国記~  作者: 卯月慧
第十話 国王の葛藤と決意
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国王の葛藤と決意(4)

「でも、どうやって奪還するつもり? まさか無策ってワケじゃないわよね」

 レミーに問われ、押し黙る。

 否定できるほど策があるわけではないことは事実で、今の俺にあるのはスラーを助けに行きたいという熱量だけなのだ。

「それを考えるのが私たちの役目ですよ、レミー」

 フラットが助け舟を出してくれた。

 続けてヘオンが口を開く。

「手順をいちから考えるより、問題点に対する解決策を練る方が早いね。気になる点を順番に挙げてみようか」

 眼鏡を指で押し上げながら、指を立てる。

「飛竜の襲撃は再度あるかもしれないけど、その時に姫を連れてくる保証はない。奪還するならこちらからグランディオに乗り込むことになるね。まずひとつめ、誰が行くのか」

「当然、俺は行かなければならないと思っている」

 俺の発言に、ヘオンがあからさまな溜め息をついた。

「まぁそう言うとは思ってたけどね。でも国王が出るなら、それなりの人数連れていかないとまずいでしょ」

「しかし、俺の個人的な都合のために、無関係な者たちを巻き込むわけには……」

 俺が言い淀むと、ソファラがベッドに横になったままハイハーイと挙手した。

「アタシたちだけで、バレないようにこっそり行って帰ってくる、とか」

「無茶言わないでよ」

 レミーが半眼で諌める。

 が、俺には存外、理に適う提案に聞こえた。

「可能ならばそれが理想だと思う。連れていくとしても、近衛騎士隊から意志のある者を募って数名程度だろう」

「ましてや国境ふたつ超えてさらに雪道だ。人数が増えりゃ増えるだけ、移動にも時間かかるしな」

「事情を知る人が少ない方が、口止めも簡単だね」

 シャープとシドの同意に対し、眉を下げたのはフラットだ。

「相手の戦力が不明な今、国王陛下が矢面に立つのは危険に過ぎるかと」

「そりゃオレの護衛が信用できねェって意味か?」

「貴方のことはもちろん信頼していますが、限度があるでしょう」

「まぁまぁ、シャープ。慎重意見も必要だ」

 喧嘩、とまではいかないものの言い争う空気を見せる双子を宥める。

「少人数で行くことについては、確かに危険ではあるが、俺はそのリスクを押してでもスラーの迅速な救出を目指したい。各自、自分の身は自分で守るくらいの心づもりで準備してほしい。俺もそうする」

「……分かりました。ですが、皆が知らぬ間に行って帰ってくることは不可能ですよ」

「そう、それ。国王自身が他国に乗り込むことについて、皆にはどう説明するつもりさ? これがふたつめ」

 ヘオンが立てた二本目の指を凝視して、思わず唸る。

 確かに、国王は移動に――それこそ王宮を一歩出たいと思っただけでも――様々な手続きが付きまとう。

 間違っても危険なことがあってはならないし、ましてや他国に、しかも喧嘩を売りに行くなどと言えば問答無用で却下、言語道断である。

 だからといって俺の命令で兵だけを向かわせるようなことをすれば、それは立派な戦争になる。

 父と母がその身を賭して守った決意を汚すことはできない。

「リタルダンドの国王に文を飛ばして、口裏を合わせてもらうか。グランディオの飛竜について内密に意見を交わしに行く、とでも言えば大臣も納得するだろう」

「大臣どころか、リタルダンドにも後で怒られそうだけどな」

「……そこはまぁ、どうにかする」

 シャープの冷やかしに渋面を作っていると、ヘオンがさらに指を立てた。

「いざ行ったとして、グランディオではどう考えても僕たちは歓迎されない。むしろ未だにムジーク領地を狙ってるってことは、本気で殺しにかかってくる可能性の方が高いね。しかも地の利はあちらにある。――みっつめ、この戦力差を埋める方法があるかどうか」

「こちらの人数を増やせないのなら、相手を削るしかないな……」

 精霊魔法で駆逐する、交換条件を持ち出して投降させる――いくつか案は浮かんだものの、どれも決定打に欠ける。

 顎に手を当てて思案していると、

「あ、それなんだけど」

 戦う、という言葉に一番縁遠いと思われるシドが、控えめに手を挙げた。

「どうした?」

「パシオネの効力について、ちょっと報告があって」

 グランディオに咲く麻薬植物パシオネを知らない者のために簡単な補足をしながら、シドは鞄から書類を取り出した。

「二年前の事件でグランディオの兵士が見せた統率力は、多分このパシオネの麻薬成分によるものなんじゃないかっていうのが、おれとトーン兄貴の推測だったんだけど」

 書類を皆に見えるよう掲げ、赤い花と実の写真を指し示す。

「この間国境で見つかって王宮に護送されてきたグランディオ兵、調べてみたらやっぱりパシオネと同じ麻薬成分の中毒症状だったよ。薬を与えてくれる皇帝に心身を捧げるよう洗脳されてたみたい」

「え、じゃあグランディオにはグラッセに操られた兵士がわんさかいるってこと?」

 ぞっとした様子で、レミーが自身の両腕を抱える。

「残念なことにね。ただ、一般国民にまで影響してるようには見えなかったから、戦力となる兵士を中心に薬漬けにしてるんだと思う」

 その言葉からシドが単身グランディオに行っていた事実を拾ったらしいフラットは眉を(ひそ)めたが、この場では特に小言が飛ぶことはなかった。きっと後で個人的に叱るつもりなのだろう。

 そんな眼差しにも気づかずに、シドはシャープへと視線を投げる。

「シャープ兄貴。あのグランディオの兵士さん、駐屯地にいた頃は話もまともにできなかったんだっけ?」

「あぁ。勾留中の半月間、有意義なことは何一つ聞き出せなかったみたいだぜ」

 国境遠征中のルナ騎士隊によって保護されたグランディオ兵は、薬が切れた禁断症状からか、時を経るごとに支離滅裂な発言が目立っていったという報告は、俺も聞いていた。

「でも、王宮でおれが面会した頃には、だいぶ受け答えがはっきりしてたんだ。あれ、聞いてた話と違うな、と思って」

 その言葉で何かを思い出したらしいシャープが腕を組む。

「そーいや護送を担当した騎士からも報告があったな。馬車で国内を移動してたンだが、城下町に入ってしばらくしたら、今まで譫言(うわごと)みてェにブツブツ言ってた兵士が、急に分かる言葉を話し始めたンだとよ」

 そこなんだよ、と指差して、シド。

「ろくに会話もできないほどの薬物中毒が回復したなら、何らかの体内への働きかけによって中和反応が起こってたはずなんだ。だけど護送中は何も口にしなかったって言うし。口からじゃないなら、考えられるのはひとつ」

「! 匂いか!」

 俺の出した解に、シドが頷く。

「そう。それも、クロス・コスモスの香りだと思ってる」

 クロス・コスモスは、黄色と橙が交互に並んだ八枚花弁から成る、ムジーク王国の国花である。

 香油やポプリ、石鹸などに加工して、甘くフルーティな香りは国民の間でも親しまれている。

 また、綺麗な十字に色分かれする奇跡から王立修道院の意匠に使われており、精霊信仰における神聖な花としても崇められているものだ。

「クロス・コスモスの開花時期は秋だけど、名産にしてるポプリの香りは人の多いところだと一年中漂ってるだろ。この国で暮らしてると麻痺しちゃうけど、他国から来るとこれが結構強い香りなんだよ」

 よく国外に飛び出すシドらしい発言だな、と思いながら先を促す。

「おれが麻薬植物としてのパシオネの存在を知らなかったのは、仮に持ち込まれたとしてもムジーク国内では効果が薄いからだったのかもしれない。アロマセラピーって言葉があるくらい、『香り』による脳への作用は大きいものなんだ。その後兵士さんにはさらに強い香りを嗅がせて、ほとんど中毒症状がなくなったのを確認済みだよ」

「ちょっと待って。国中に漂うクロス・コスモスの香りが中和すると仮定して、ムジーク襲撃時のグランディオ兵や飛竜には効いてなかった気がするのはどう説明するわけ?」

 挙手するヘオンに、シドはこめかみを押さえて唸る。

「匂いの届かない空から直接王宮に来たから、中和の必要量に満たなかったんだと思う。すぐ帰っちゃったしね。飛竜は元々身体が大きくて中和も簡単ではないだろうし、襲撃の途中にもパシオネを与えてたみたいだから尚更かも」

「うーん……理に適ってはいるけど、推論だね。そもそもたった一人を正常に戻しただけじゃ、試行回数が少なすぎてはっきり効果があるとは断言できないと思うけど」

「一応、簡易だけど動物実験もしてそれなりの結果は出てるよ。もっと時間があれば詳しく調べられるんだけどな」

 シドが悔しそうに天を仰ぐ。

 ヘオンの指摘はもっともだが、埒が明かないと判断したのか、フラットが意を退ける。

「新たに人間で検証できない以上、手段も時間もない今は縋るしかなさそうですね」

「ぶっつけ本番? 怖いなぁ。慎重派の三兄が珍しいね」

「シドの直感に基づく実験で結果が出ているなら、信ずるに足ると私は思いますよ」

「こっちに分がある賭け事ってわけね、なるほど」

 やれやれ、と肩を竦めるヘオン。

「仮にクロス・コスモスの力で一般兵はどうにかなったとして、問題はまだあるよ。戦力差のもうひとつの原因、飛竜をどうするか」

 先日ムジーク王宮に攻めてきた時に直接対峙したヘオン曰く、精霊魔法との相性はすこぶる悪いらしい。

 脳が人のそれとは違うから念魔法が効かず、眠らせたり幻を見せたりできない。

 強靭な鱗があるから、氷や岩、風の刃などの物理的な攻撃はほとんど効かない。

 体内で炎を生み出せる以上、当然火にも強い。

 複数匹の飛竜を凍らせて動きを止めるにはヘオンの魔力を全て使っても足りないらしい。

 時魔法も反動中が無防備になって危険なため使えない

 可能性があるとして、光や闇で視界を妨害するくらいか。

「雷は効く可能性があるけど、雪山だと難しいかもな。雷の精霊の絶対数が足りない」

「ムジークを襲った時の様子を見るに、スラーさえ無事でいてくれれば、血の盟約の力で飛竜はグラッセよりもスラーの命令を聞いてくれるはずなんですがねぇ……」

 フラットの言う通り、あの時飛竜はスラーの制止の声に応じて攻撃を止めた。

 それよりも速く斬り込むつもりだったとはいえ、実際に炎を吐かれていたら俺もどうなっていたかは分からない。

「スラーはもちろん無事であると信じて行動する。俺たちはそのために行くのだからな。スラー救出までは、グラッセや飛竜に見つからぬよう移動するしかない」

「はぁ……いろいろと綱渡りの作戦よね」

 レミーの重い溜め息に引きずられて、部屋の空気も重くなった心地がした。

「とりあえず、大まかな方針は決まったかな。そしたら、最初の問題に戻ろう。誰が行くのか、具体的に決めないといけない」

 雰囲気を変えるように、へオンが改めて提言した。

「長兄と、それを護衛する次兄は確定でしょ。三兄はどうするの?」

 話を向けられたフラットは、少しだけ辛そうに目を伏せた。

 胸の前で重ねた手を震わせている。基本的に争い事とは無縁の男だからな。

「今回は確実に戦闘が発生する。無理はしなくていいぞ」

 俺が言うと、フラットは意外にも強く否定の意思を示した。

「いいえ、二年前ついていかなかったことはずっと後悔してきました。ここで怖気づいて、さらにその苦しい気持ちを深めたくありません。……私も行きます。きっとお役に立ってみせますから」

 その毅然とした眼差しに、俺は頷いてみせる。

「分かった。できる範囲で構わない、手を貸してくれ。あとは――」

「おれにも行かせて。パシオネを薬に加工してる根源は何としても潰さないと。植物に罪はないんだ、パシオネが人を陥れる道具として悪者扱いされるのは見てられないよ」

 シドの植物に対する責任感は本当にブレがない。

 スラーだけでなく、罪なきグランディオ兵たちも救うなら、パシオネの問題は切り離せないだろう。俺が了承の意を返すと、

「はいっ、わたしも行く!」

 その横で高い声で名乗りを上げたのはレミーだった。

 こういうことは適任が他にいるとか何とか理由をつけて避けたがるタイプだと思っていたので意外だ。

 妹同然のスラーのためなら、ということか。

 だが、正気を失った兵がうろつく危険な場所に武力を持たぬ妹を連れていくことに、俺は難色を示す。

「俺の護衛ですら満足に連れていけない状況で、あまりに危険では……」

「まぁ、わたしがかよわい女の子だって事実は認めるけど。どんな扱いを受けてるか分からないスラーを助け出すのに、女手は絶対必要だと思うのよね」

「……む」

 確かに、その視点は思い至らなかった。

 スラーもきっと、仲の良いレミーがいた方が安心するだろう。

「それに――」

 言い淀んで、ちらり、と横に流した視線の先にいたのはシャープ。

「……あン? 何だよ」

 気づいたシャープが片眉を上げる。

 反応されると思っていなかったのか、レミーは慌てて目を逸らした。なんなんだ。

「だ、誰かが怪我とかするかもしれないじゃない。精霊魔法は兄弟の中ではへオンの次に扱えるわ。医療への転用もある程度は心得てるつもり。へオンとソファラはこんな怪我だから留守番でしょ」

「ちょっと、行かないって勝手に決めつけないでよ。僕は口さえ動けば――」

 シャープではなくへオンが抗議の声を出すが、俺はレミーの代わりにそれを片手で遮る。

「お前、その腕じゃ自力で馬を駆るどころか、誰かの後ろに掴まるのも難しいだろう。恐らく馬車で行く余裕はないぞ」

「か、身体をロープで結びつけるとか……」

「危ねェよ馬鹿。落ちたら道連れだ」

「馬鹿って、次兄にだけは言われたくない」

 頬を膨らませ、子供のようにふてくされるへオン。

 魔法障壁維持の任があるせいで国外に出ること自体がめったにない上に、怪我の原因が飛竜ということもあって鬱憤を晴らしたいのだろうが、俺としても無理をさせたくはない。

「すまない、へオン。お前には、俺たちが不在の間ムジークの皆を護っていてもらいたい。万が一入れ違いで飛竜が襲ってきた場合、冷静に対処できるのはきっとお前だけだ。頼む」

 しっかりと目を見て、告げる。

 へオンは珍しく泣き出しそうな顔で言葉に詰まった後、大きく息を吐き出した。

「……仕方ない、今回の外遊も諦めてあげるよ。でも、ちゃんと皆で帰ってこなかったら許さないからね」

 きっとそれは、苦渋の承諾。

 二年前両親が身罷(みまか)った時、国にいて何もできなかった後悔を抱いていたのはフラットだけではない。

 それでも呑んでくれたことに感謝して、頭を下げる。

「約束する。……ありがとう」

 へオンは、ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 不機嫌なのではなく照れ隠しだと、赤く染まった耳を見ればすぐ分かる。

「あーあ、アタシも行きたかったなぁ」

 ベッドの上で両手を枕にして、ソファラもぼやく。

「スラーが戻ってきたら、アタシ、今度こそ絶対最後まで護り抜いてやるんだ。このままじゃ専属護衛の名が廃るよ」

「そうだな、スラーもきっとそれを望んでくれると思う。だからソファラも護衛ができるようにきちんと怪我を治すんだぞ」

 ソファラの頭を撫でてやると、妹はくすぐったそうにしながら、頑張る、と笑った。

「レミねぇ。アタシの分まで、スラーをよろしくな」

「任せて。きっと助けてみせるわ」

 妹たちの握手を見届けて、

「……これで、決まったか」

 立ち上がり、弟妹たちの顔を見回す。

「今回のことは、父と母が残してくれた平和な国で過ごしてきた俺たちが、初めて直面する脅威だ。ここを乗り越えられなければ、俺たちだけでなくムジーク王国自体の存続の危機になり得る。グランディオに発つ者も、留守を預かる者も、等しく責任重大だ。皆、心してかかれよ」

 それぞれが思いを胸に、決然とした眼差しを俺に向けていた。

「準備完了の目途がつき次第、召集をかける。――解散!」

 俺の合図と共に、きょうだいたちは自分の役目を果たすため動き出した。

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