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国王と七音の旋律 ~ムジーク王国記~  作者: 卯月慧
第一話 国王と臣下の間柄
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国王と臣下の間柄(4)

「陛下も物足りないのでは――って、そういう意味だったんですね……」


 全てが片付いた夜、王の私室にて。

 長椅子に腰掛け、ティーカップを両手で包み込みながら、フラットが溜息と共に呟く。

 俺も実際ファレにその言葉を言われた時は、何故弟であるフラットに欲情せねばならんのだと疑問に思ったものだ。フラットの性別を知らなかったのであれば頷ける。

「ヴェラは娘に、フラットが男だと教えていなかったのか」

「我々を小さい頃から世話していましたから、逆に盲点だったのかもしれませんね。当然の事実すぎて」

 情けなさそうに笑うフラット。

 意外にもショックを受けているようなので、お前が女みたいな容姿をしているからだ、とは言わないでおいてやる。

「しかし、ヴェラ……いつからあんな計画を企んでいたんだ」

「いつからも何も、最初からだろ」

 俺の独り言のような問いに、窓辺に立ってコーヒーを飲んでいたシャープが答えた。

「気づいてたのか?」

「いや、むしろアンタが気づいてなかったことの方が問題だよ。あのオバサンがこの城に居座ってる理由考えたら分かンだろ」

 呆れた様子で、シャープは続ける。

「ロクなコトしねェだろうと思ってたから、前々からオバサンの動きには警戒してたのさ」

「今回お見合いの話を持ちかけてきて、ついに動いたか、と思ったものです」

 双子は得心尽くといった様子で同時に頷いた。

 ヴェラが紅茶に仕込んでいたのは強力な媚薬だったそうだ。

 ファレの針で俺を弱らせ、紅茶で一気にオトす二段構え。妃に迎えると言質を取れれば万々歳。

 俺は何も知らなかった。

 遠縁なのにいつまでも面倒を見てくれて、世話好きな人なんだなぁくらいにしか考えていなかった。鈍すぎるだろう、と自分自身に嫌気が差してくる。

「尋問で動機を吐いたぜ。『国の重役を身内で固めていい気になっている若造が許せなかった。同じ王家の血筋なのに、たった一度の王位継承争いに敗れただけでこんなに差がつくなんて理不尽だ』、ってよ」

 シャープの報告に、フラットが苦笑混じりで付け加える。

「先王の従兄殿下のお嫁さんである、ヴェラさんのお姉様がそれを言うならまだ分かるんですけどねぇ。こちらからしてみればそんな欲望まみれの怨恨、それこそ理不尽極まりないですよ」

 ムジーク王国の法律では基本的に嫡男が王位を継ぐことになっているが、俺の祖父の代で一悶着あって王位継承権争いに発展したという。

 まぁそれも戦や暗殺といった血生臭いものではなく、あくまで穏便に話し合いで決着がついたらしい。


「王位継承……か」


 呟きつつ、俺は考える。

 王の持つ権力は絶大だ。

 この国における地位と名誉は最上級、暮らしにも不自由せず、豪華絢爛な日々を送れる。

 現在の王位継承順位は一位がシャープ、二位がフラットとなっているが、俺が結婚して男の子が産まれれば自動的に一位は息子になる。

 目の前にぶら下がっていた『権力』という実が横から掻っ攫われた時、二人はどう思うのだろう。

 悔しいと思う気持ちなどゼロだと、果たして言い切れるのだろうか。

 ヴェラのように考える気持ちも分からなくはない。愛する弟たちに恨まれるのが怖くて、結婚から――ひいては子を作ることから逃げていたのだ。

 身近な人間と油断し、ヴェラの策略を見抜けなかった俺だ。そもそもこんな甲斐性なしが王の座に就いていていいのだろうか、今の内に譲ってしまった方がもっと良い国になるのではないだろうか……。

「兄さん、妙なこと考えてますね」

 後ろ向きの思考に沈んでいたところを急遽引き戻される。

 フラットが半眼でこちらを見ていた。

「な、何のことだ?」

「誤魔化さなくても、顔に書いてありますよ。今回の件は単なる言いがかりなんですから、気に病まないことです」

 にっこりと笑いながら近づいてきて、俺の両頬を持ってむに~っと伸ばしてくる。痛い。

 そして後頭部に、ごん、と追撃。

 みるみるうちにタンコブが出来ていく俺の頭をまったく心配する様子もなく、殴ったシャープが肩に腕を乗せてくる。


「オレたちは兄貴だからついていくって決めたンだぜ。兄貴を補佐するために、自力でこの立場まで登りつめたオレたちの努力を無にするつもりなら、覚悟は出来てンだろうな」

「そうですよ。今の玉座に、兄さん以上の適任はおりませんから」


「……!」

 俺の悩み事が杞憂だったと分かり、心が一気に安堵感で満ちていく。

 涙が出そうになるのをこらえて、俺は笑顔で頷いた。

「ありがとう、お前たち。……明日から気合い入れて頑張るとするか!」

「ふふ、『だらけ王』の汚名返上ですね」

 三人で笑い合う。そうして、兄弟水入らずの夜は更けていくのだった。

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