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国王と七音の旋律 ~ムジーク王国記~  作者: 卯月慧
第七話 国王と幼姫の慕情
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国王と幼姫の慕情(1)

 麗らかな日差しが窓から降り注ぎ、俺の脳に容赦なく眠気をおびき寄せてくる。

 惰眠への誘惑を何とか乗り越え、書類仕事がひと段落ついたところで、ふわぁ、とあくびしながら伸びをした。

 創樹祭から一ヶ月。

 ムジーク王国の短い冬は名残惜しささえ感じさせながら去っていき、春の息吹はそこかしこに小さな花をほころばせていた。

 以前腰に受けた刺し傷もほぼ完治し、こんな風に動いても痛みを感じなくなっている。

 今朝方医師からお墨付きをもらって、周囲に気づかれないよう念魔法で騙し騙し執務をしていた日々ともお別れだ。

 解放感から思わずスキップしたくなる。しちゃおうか。


「トーンにぃ、ちょっといいか?」

「うぉ!?」


 突然開いた扉に、必要以上に驚いて叫んでしまった。

 ……完全に油断していた。もしかしたら俺の脳にも花の種が飛んできて咲いているのかもしれない。

「な、何だよ、邪魔しちゃマズかった?」

「いやマズくはないが、ノックをしろといつも言ってるだろう、ソファラ」

 咳払いで動揺を誤魔化しつつ注意すると、ごめんごめん、と全然反省していない口振りで入室する赤い髪の少女。コイツはいつもそうだ。


 ソファラ=ムジーク。俺の一番下の妹だ。

 ムジーク騎士団近衛騎士隊員で、最近はスラムとの折衝役も務めている。

 花が咲いた俺の脳よりも軽い頭の持ち主であり、何事も深く考えない――良く言えば前向きな性格が、スラム街の住人に良い刺激を与えているのかもしれない。一般居住区の民との間で潤滑油になってくれているようだ。


「居住区拡張の計画書が上がってきたよ。これで今スラムにいる人の大多数の住居は確保できると思う」

「そうか、ありがとう。ということは、それに伴う雇用も創出できそうだな」

 手渡された書類を斜め読みしながら言うと、ソファラも笑顔で頷いた。

「うん。スラムの人たち、体力有り余ってるみたいでさ。早く仕事くれってめちゃくちゃ催促されてるよ」

「ははは、別のことで発散されてしまう前に急いで整えないとな」

 創樹祭の『誓言の儀』で、俺が「スラムをなくしたい」と具体案を挙げて勝手に宣言したことについて、翌日大臣に長時間の説教をくらった。

 何せ家臣団に一切相談なしの、国王特権を濫用した独断発言だったからな。

 あの時の正座は、怪我のことを抜きにしても正直こたえた。

 まぁ、内容自体はそこまで酷いものでもなかったようで、連日会議に取り上げられ、ようやく具体的に物事が動き始めたところだ。

 スラムの住人の移住先が決まれば、住めるようにするために様々な仕事が生まれる。

 当面はこれを国の事業とし、洗礼――『染髪の儀』が資金不足で受けられない者を雇い入れて、修道院への支払いの代替手段にする。

 スラムの住人にとっては、仕事を得られる上に堂々と住む場所もできて、さらに洗礼の支払いも免除されると良いことづくめだ。

 国としても、スラムがなくなれば治安も良くなるし、全ての民を管理下に置けるので決して悪いことではない。国民の声に、よりきめ細やかに応えてやれるようになるだろう。

 修道院も、最初こそ洗礼を受ける者が少なくなって収益が減るのではと心配していたが、それはどうやら杞憂に終わりそうだ。

 生まれたままの白い髪でいても良い、と言われて実際そうする者は少なく、大半の国民はこれまで通り洗礼を受ける選択をするようだ。

 何せ生活に密着した精霊魔法の、精霊相性が一目で分かることによる恩恵は大きいからな。外見的に個性も出るし。

 逆に白い髪に戻りたい者から半額ほどの寄付金を取ることで、減った収益の分を埋めるという。

 うーん、がめつ……いやいや、したたかだな。

「あ、それとな」

 ソファラが急に真面目な顔つきになって、声を一段階低くした。

「トーンにぃにどうしても会いたいって人を連れてきてるんだけど、通してもいいか?」

「ん? 来客なら面会予約を取るか、午後の謁見で――」

 いや、とソファラが言葉を遮る。

「多分正面からでは会っちゃダメな人だと思うんだよね。だいじょーぶ、シャープにぃには許可取ってあるから」

どういうことだ? と俺が首を傾げているうちに、ソファラは扉から廊下に向かって手招きする。

 同行の騎士から引き渡されて入ってきたのは、よく日に焼けた肌に映える、真っ白な髪をした男。――忘れもしない人物だった。

「アクート……!」

 男の名を呟き、ガタッと席を立つ。

 アクートはそんな俺を見るなり、突然その場に平伏した。

「この度は……っ、本当に申し訳ありませんでした! 国王陛下には、お詫びの言葉もございません……!」

 額を床に擦りつけ、絞り出すような声で謝罪するアクート。

 本心から謝っていることは、震えている身体を見れば分かる。

 そんな彼の側へ近づいて屈み、肩にそっと手を置いた。

「アクート、顔を上げてくれ」

「そんな、滅相もない」

「いいんだ。俺はきちんとお前の顔を見て話したい」

 アクートは、恐る恐る、といった様子で頭を上げた。

 戸惑いに揺れる紫色の瞳に、以前のような狂気の色はない。

 改めて見ると、根は真面目そうな美丈夫だ。迫害される環境下で、正義感が暴走して取るべき手段を間違えてしまったのだろう。

 話したいと言った以上、こちらから話題を振るのが筋だ。俺は言葉を投げかける。

「驚いたぞ、まさかお前が来てくれるとは思っていなかったからな」

 笑いながらそう告げると、アクートが呆然と目を見開いた。

「怒って……いらっしゃらないのですか」

「怒る? 俺が?」

 俺の反応に、ますます困惑の表情を浮かべるアクート。

「あのような暴挙に及んだ私が、何の咎めもなく釈放されたことに驚きました。お怪我のことも、結局最後まで公にされず……。きっと此度(こたび)のことは極秘裏に処理したいのだなと思い、直接罰を与えていただくためソファラ様に無理をお願いしたのです」

 そばに立っているソファラを見ると、妹は肩を竦めてみせた。

 アクートによる俺の怪我は、家臣団はもちろん、弟妹も一部の者しか知らない。

 現場にいたシャープとフラット、応急処置をしたヘオン、それとここにいるソファラも近衛騎士隊員としてシャープから情報共有されていた。

 レミーが知ったら責任を感じてしまうだろうし、スラーにも国民から刺されたなどとわざわざ教える必要はない。シドはもしかしたら気づいているかもしれないが、特に何も聞かれないのでそのままにしている。

 俯いているアクートに向けて、口を開く。

「あの時言ったはずだぞ、お前たちの怒りを受け止めた、と。俺が怒る理由などどこにもないし、お前が怪我のことを黙っていてくれたことにむしろ感謝しているくらいだ」

「そんな……」

 感謝、などという罰とは対照的な言葉を聞かされて、アクートは面食らっている。

 実際誓言でも礼を言ったくらいで、俺の気持ちに嘘はないのだが。

「罰を与えられないと気が済まんと言うなら……そうだな」

 しばし考えた後、頷く。

「お前は精霊魔法を二種以上使いこなせるほど頭がいいし、あれだけの人々をまとめ上げる人望もある。これからスラムという殻を破って巣立っていく者たちが迷わないように、どうか先頭に立って導いてくれ。途中で投げ出すことは許さない。――これが、俺がお前に与える罰だ」

「……っ、陛下……!」

 アクートは途端に顔面をくしゃりと歪めると、大粒の涙を落とした。

 再び額を床に擦り付けながら、ありがとうございます、と呪文のごとく何度も呟いている。

 宥めるように肩を叩いてやりながら、隣のソファラを振り仰ぐ。

「それにしても、よくシャープが許可を出したな」

 ん? とソファラは首を傾げて、

「最初は嫌そうだったよ。連れてった時、すっげーおっかない顔で睨んでたし」

 と、思い出すも恐怖みたいな表情で両肩を震わせた。

 やはりな、と思う。

 アクートを牢に入れた後、極秘裏に釈放するよう頼んだのは俺で、その時もシャープにはめちゃくちゃ反対されたのだった。相応の罰を受けさせるべきだ、と。

 確かにその方が筋が通っているのは分かるし、国王に仇なした者に与える罰など推して知るべしだ。

 そうしたくなかったから、などというのは単なる俺のエゴで、それに付き合わせてしまったのは正直悪かったなと思っている。

「だけど、アクートが真剣に謝りたいって頭を下げたから、『きちんとケジメつけてこい』って送り出してくれたんだ」

 アタシもついてるしな、と得意気に鼻の下をこするソファラ。

 実際、ソファラが連れていくなら大丈夫だろうと判断したからこそ、シャープは今ここにいないのだろうしな。成長したなぁアイツも。

「ありがとう、ソファラ。アクートとこうしてきちんと話ができて嬉しかったぞ。これからも、王家の人間としてサポートしてやってくれ」

「うん!」

「うんじゃなくて、はいだ」

「はいっ、へーか!」

 びしっと取って付けたような敬礼をしてから、ソファラはにかっと笑顔を向けた。

「ほら行くぞ、やることいっぱいあるんだからなー」

 未だにぐすぐすしている大の男の首根っこを引っ掴んで、ソファラは元気に部屋を出ていく。

 若さ故の逞しさが眩しいな。俺にもあんな輝いていた頃があったかどうか、思い出そうにも一向に脳内検索に引っかかってこないが。

 ともかく、ソファラの襲来でさっきまでの眠気は吹っ飛んでしまった。

 折角だしもうひと頑張りしておくか。

 紅茶を淹れ直し、砂糖を多めに投入して、再び執務机を舞台に書類との格闘を開始した。

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