【精霊葬】
白い衣服に身を包んだ人々が、列を成して歩いていく。
ムジーク王国の『精霊葬』。厳かで神妙な葬列に向けて、道行く人も足を止め、短い祈りを捧げていった。
やがて先頭の者が立ち止まる。彼らの目の前に広がるのは大きな森――墓森と呼ばれている――その始まりの縁。
白く塗られた棺が、幾多の涙と共に土の中へと埋められてゆく。
その上に、小さな苗木が植えられた。
遺族の一人が苗木に近づいて、故人の名が書かれた札と、二色の組紐を枝に結び付けた。
組紐の色は、故人の運命色と、ムジーク国民が等しく持つ白。
運命色の染料は時を経て色褪せ最後には白くなるため、生まれた時の色に還るという意味を込めている。
僧侶に倣って、参列者たちが弔いの祈祷を口にする。
この世を司る十種の精霊の言語で構成され、ひとつ歌うたびに苗木はその聖なる色の光を宿していく。
それはこの国で国王が年に一度執り行う祭祀――創樹祭の『誓言の儀』を模していた。
その身は次なる生命の糧となり、
その心は精霊となりて、
安らかに我らを見守りたもう。
僧侶の祭詞に合わせ、十色の光は天高く昇っていく。
この儀式をもって、故人は精霊になったとされる。
木は精霊の力を受けて成長し、豊かな恵みをもたらすだろう。
墓森は、死して尚この世に生きてゆくといわれる神聖な場所だった。
森の一部となった木を墓として参る者は少ない。
だが故人に会いたいと願う人は、その幹に触れれば、精霊となった故人の気配が感じられると言われている。
* * *
地上からのぼってきた、かすかな燐光が宙を舞う。
森羅万象を司る『精霊』。
その中でも、熱の精霊がもたらす気温の変化は、固い蕾を少しずつ緩ませ、野山に動物の姿を呼び戻す。
ムジーク王国の短い冬は終わりを告げ、暖かな春がやってきた。
さぁっと風が吹いて、白い小さな花々が鈴を鳴らすように音を立てる。
フラットは舞い上がった髪を片手で押さえると、澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「……いい季節になりましたね」
自然に口元を綻ばせ、誰にともなく呟く。
「今年は少し遅くなってしまってすみません、創樹祭の前後にいろいろありましたもので」
腕に抱えた花束を地面に置くと、フラットは謝罪と共に苦笑してみせた。
周囲には彼以外誰もいない。
在るのは足元の小さな石だけ。二つ並んだそれが返事をすることはないが、会話を拒むこともなかった。
王宮の裏手、国土を一望できる山の中腹。
なだらかな崖の縁まで、一面に花畑が広がっていた。海までも見通せるこの場所で、フラットはしばし景色を眺める。
国境を兼ねる山は青く霞み、稜線を空の青に溶け込ませていた。
麓に広がる田畑は自然の生命力を奔放に発揮し、沖に浮かぶ小さな漁船は海の恵みを詰め込んで、国民の生活に潤いをもたらすだろう。そこには何の脅威も見当たらない。
ムジーク王国は平和だ。それは精霊たちが安定した力を顕している証左でもある。
そしてそれを支えているのが、国王の持つ『王気』。
他ならぬ兄――トーン=スコア=ムジークの存在だった。
「兄さんは立派な王になりました。他の皆も元気にやっていますよ」
そっと、滑らかに磨かれた石を撫でる。日の光を浴びてほんのり温かかった。
「この二年間、残してくれたもののおかげで何とかやってこられました。兄弟で力を合わせて、これからもやっていけると思います」
慈しむように、刻まれた文字に指を沿わせて。
「それでも、もっと話をしたかった。……会いたいと願ってしまう。こんな私を叱ってくれませんか……父さん、母さん」
憂いを帯びた声音は、陽光煌めくこの場所にわずかばかりの影を落とした。
ここから、同人誌版『国王と七音の旋律 ~ムジーク王国記III~』に収録されたお話です。




