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国王と七音の旋律 ~ムジーク王国記~  作者: 卯月慧
第七話 国王と幼姫の慕情
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【精霊葬】

 白い衣服に身を包んだ人々が、列を成して歩いていく。

 ムジーク王国の『精霊葬(せいれいそう)』。厳かで神妙な葬列に向けて、道行く人も足を止め、短い祈りを捧げていった。

 やがて先頭の者が立ち止まる。彼らの目の前に広がるのは大きな森――墓森(はかもり)と呼ばれている――その始まりの(ふち)

 白く塗られた棺が、幾多の涙と共に土の中へと埋められてゆく。

 その上に、小さな苗木が植えられた。

 遺族の一人が苗木に近づいて、故人の名が書かれた札と、二色の組紐を枝に結び付けた。

 組紐の色は、故人の運命色と、ムジーク国民が等しく持つ白。

 運命色の染料は時を経て色褪せ最後には白くなるため、生まれた時の色に還るという意味を込めている。

 僧侶に倣って、参列者たちが弔いの祈祷を口にする。

 この世を司る十種の精霊の言語で構成され、ひとつ歌うたびに苗木はその聖なる色の光を宿していく。

 それはこの国で国王が年に一度執り行う祭祀――創樹祭(そうじゅさい)の『誓言(せいごん)の儀』を模していた。


 その身は次なる生命の糧となり、

 その心は精霊となりて、

 安らかに我らを見守りたもう。


 僧侶の祭詞に合わせ、十色の光は天高く昇っていく。

 この儀式をもって、故人は精霊になったとされる。

 木は精霊の力を受けて成長し、豊かな恵みをもたらすだろう。

 墓森は、死して尚この世に生きてゆくといわれる神聖な場所だった。


 森の一部となった木を墓として参る者は少ない。

 だが故人に会いたいと願う人は、その幹に触れれば、精霊となった故人の気配が感じられると言われている。


   * * *


 地上からのぼってきた、かすかな燐光が宙を舞う。

 森羅万象を司る『精霊』。

 その中でも、熱の精霊がもたらす気温の変化は、固い蕾を少しずつ緩ませ、野山に動物の姿を呼び戻す。


 ムジーク王国の短い冬は終わりを告げ、暖かな春がやってきた。


 さぁっと風が吹いて、白い小さな花々が鈴を鳴らすように音を立てる。

 フラットは舞い上がった髪を片手で押さえると、澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「……いい季節になりましたね」

 自然に口元を綻ばせ、誰にともなく呟く。

「今年は少し遅くなってしまってすみません、創樹祭の前後にいろいろありましたもので」

 腕に抱えた花束を地面に置くと、フラットは謝罪と共に苦笑してみせた。

 周囲には彼以外誰もいない。

 在るのは足元の小さな石だけ。二つ並んだそれが返事をすることはないが、会話を拒むこともなかった。

 王宮の裏手、国土を一望できる山の中腹。

 なだらかな崖の縁まで、一面に花畑が広がっていた。海までも見通せるこの場所で、フラットはしばし景色を眺める。

 国境を兼ねる山は青く霞み、稜線を空の青に溶け込ませていた。

 麓に広がる田畑は自然の生命力を奔放に発揮し、沖に浮かぶ小さな漁船は海の恵みを詰め込んで、国民の生活に潤いをもたらすだろう。そこには何の脅威も見当たらない。

 ムジーク王国は平和だ。それは精霊たちが安定した力を(あらわ)している証左でもある。

 そしてそれを支えているのが、国王の持つ『王気』。

 他ならぬ兄――トーン=スコア=ムジークの存在だった。

「兄さんは立派な王になりました。他の皆も元気にやっていますよ」

 そっと、滑らかに磨かれた石を撫でる。日の光を浴びてほんのり温かかった。

「この二年間、残してくれたもののおかげで何とかやってこられました。兄弟で力を合わせて、これからもやっていけると思います」

 慈しむように、刻まれた文字に指を沿わせて。

「それでも、もっと話をしたかった。……会いたいと願ってしまう。こんな私を叱ってくれませんか……父さん、母さん」

 憂いを帯びた声音は、陽光煌めくこの場所にわずかばかりの影を落とした。

ここから、同人誌版『国王と七音の旋律 ~ムジーク王国記III~』に収録されたお話です。

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