人見知りの精霊魔法使い
「確かに、受け取りました」
担当者の男がパラパラと流し読みした原稿を机で叩いて揃え、大事そうに鞄にしまい込む。
その様子を横目で見ながら、ヘオンは早くも次の原稿に取り掛かっていた。それは今ここにいる男の属する出版社から依頼されたものではないが、文句を言われる筋合いはないのも知っているので気遣いなどはしない。
「今回もとても面白いです。特にこの、生活の中で起こり得る精霊トラブルを架空の物語風に切り出したコラム。きっと幅広い年代の方々に受けると思いますよ!」
「あぁ、そう」
担当者の熱量に対してヘオンの返事は冷淡だ。
ヘオン=ムジークは、ムジーク王国国王の弟にして魔法研究所の所長を務める、精霊魔法のスペシャリストだ。
国内外で有名な魔法障壁の管理統括から、最新複合魔法の研究、本の執筆など、精霊に関する仕事は多岐に渡る。
「ヘオン様は本当にお仕事が速くていらっしゃるので、私どもも大変助かっております」
「タスクを溜め込むの、苦手なんだよね。特に他人から期限を設定された仕事は一刻も早く手離したい」
なるほど、と口の中で呟くように男は言って、
「多数の精霊語教本を執筆なさるヘオン様が教壇に立たれないのは、時間的拘束がつきものだからなのですね」
勝手に納得したらしくうんうんと頷いている。
実際そういった仕事を受けない理由は、極端な照れ屋なため人前で愛想を振りまくなんてもってのほかだからなのだが。
わざわざ否定してやる気も起きずに、ヘオンはペンで額を掻いた。
「そんな時間があったら自分の研究に使うよ」
ですよねぇ、と幾分ガッカリした声が聞こえ、訝しく思ってチラと視線を送ると、男が胸に厚紙の束を抱えて上目使いでこちらを見ていた。
「サイン会は無理なのはわかりました。百歩譲って、サイン色紙の読者プレゼントなんてのも……駄目ですかねぇ?」
おねだりというより懇願に近い切羽詰まった声音は、恐らく彼の上司に原稿以外の何らかの成果を持ち帰るよう脅されているのだろう。
「……別に、いいけど」
サイン会を諦めさせた罪悪感から同情したヘオンの言葉に、男は表情を輝かせてお礼を述べ、色紙五十枚を押し付けて意気揚々と帰っていった。
結局時間を売る羽目になり、溜め息をひとつ。
「あーくそ、今からサインも考えなきゃいけないじゃないか……」
第7回Text-Revolutions内有志企画、『第3回キャラクターカタログ』に寄稿させていただいた、ヘオン紹介用の掌編です。




