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精霊魔法使いの活用術

「もう一度聞くよ。なんで僕がこんなことしなきゃいけないの」

 溜息混じりの問いかけは、これで何度目だろう。尋ねた相手――僕の数歩先を歩いている――は、もはや振り返りもしない。

「天気が良かったからじゃない?」

 返事も適当だ。きっと面倒くさくなってきたに違いない。天気が良いことと、僕が今こうしている理由に、一体何の因果関係があるというのか。もう少し論理的な解を求めたい。

「いくら天気がいいからって、この僕を炎天下に引っ張り出すなんて信じられない。だいたい、僕じゃなくたってもっと適任がいるでしょこんなの」

「えーなに? 聞こえない」

 橙色の髪が振り向きざまに揺れる。あぁ、やっとこっち見た。

「な、ん、で、僕なの!」

 先程の長い愚痴は周囲の喧噪に紛れてしまったので、伝えたいことだけ要約して声を張り上げる。焼けつくような暑さの中、無駄に体力を消耗するのは避けたいところだけど致し方ない。

「お兄ちゃん直々のご指名よ。文句ないでしょ?」

 小憎らしい微笑みとともに告げられた言葉は、続くはずだった僕の文句を宣言通り封じ込めた。ずるい、とだけ胸の奥で呟く。

 彼女の言う『お兄ちゃん』とは、僕から見ても兄にあたる。この国の頂点に君臨する、国王トーン=スコア=ムジークその人だ。王様かつ七人兄弟の一番上という絶対的な権力を、普段の僕はだいたい無視している。が、今回はその暇すら与えられなかった。

 王宮内を歩いていたら、突然背後から羽交い締めにされて布でグルグル巻き&目隠し&猿轡、ガッチリ拘束されてあれよあれよという間に城外へ放り出されたのだ。やっと解放されたと思ったら、既に周囲は子供たちでいっぱい。何故か手まで繋がされて、夏の日差し照りつける街道を延々と歩いているのである。研究室に篭っている僕にとって、この状況は拷問に近い。両手が塞がっていたら、眼鏡がずれても直せないし。

「……手段は選びなよ」

 僕は、僕を誘拐した張本人――妹のレミー=ムジークを睨めつけた。いくら長兄でも、僕を相手にこんな暴力的な手段を講じるわけがない。だってあの人は弟妹のことが大好きだから。つまり彼女の拡大解釈ゆえの強行突破ということになる。力尽くとなると、騎士団長の次兄あたりも関与していそうだ。

「だってヘオンに本気で抵抗されたら、か弱いわたしなんかひとたまりもないじゃない。魔法が封じられてる王宮内での不意打ち拘束と、無力で純粋な未来ある子供たちによる包囲。むしろ最適解であると断言できるわ」

 キリッと眉を吊り上げて、自信満々に言い切る妹。これが全くもって反論できないから腹立つ。ていうか長兄の指名であることを隠れ蓑にして文句を受け流す姿勢がずるい。帰ったら僕の怒りの矛先が長兄に向くのを見越しての余裕である。

 この脆弱な包囲網を破ることは容易い。だけどそれをしたらもっと面倒なことになるのは目に見えているし、僕もそこまで自分勝手じゃない。つまり、完全に嵌められたのだ。

 子供たちの無邪気な笑顔を眩しく思いながら、僕は不平不満の吐露を諦めて黙々と歩みを進めた。


 目的地の浜辺――小さな入り江の王族用プライベートビーチ――に辿り着いた頃には、僕は既にヘトヘトになっていた。運動不足なのよ、とせせら笑う妹をひと睨みして、首元の汗を拭う。

 いっそ憎らしいほど晴れ渡る空。その青と双璧を成す瑠璃色の海は、白銀の波しぶきと共に潮風を運んでくる。灼けるように熱い砂浜では藍色の小さな蟹が数匹そろりそろりと歩いていて、うっかり紙に飛び散らせたインクみたいだなと思った。

 そういえば、海に直接来るのは何年振りだろう。数えるのも面倒なほど昔なことは確かだ。今の僕は魔法研究の要として王宮を出るに出られない事情があるし、元々出不精だからそれは別に苦ではないのだけど。

 空気も、色彩も、匂いも、温度も。全身で体感する景色は、文字表現でしかない旅行記で読むよりずっと刺激的で、否が応でも気分が高揚する。嬉しさを前面に出してしまうと妹がしたり顔をするのが分かりきっているので、表向きは平静を装っておく。

 子供たちは嬌声をあげて次々と海に突撃していった。引率のシスター数名が拠点をテキパキと組み立てていく。真っ先に立てられたパラソルの下に妹が潜り込んだ。ヘオン様もどうぞ、と勧められたので遠慮なく僕も続く。

「どう? 久し振りに海に来た感想は」

「暑いよ」

「当たり前じゃない」

 妹は日除けに着ていた衣服を脱ぎながら苦笑した。現れた水着はビキニタイプ、普段のシスター服とは露出度が格段に違う。

「あの子たち、修道院でワケあって預かってるんだけど、海に行ったことがないらしくてさ。いい季節になったし連れてきてあげたかったんだー。さ、よろしくね」

 突然、両腕を広げたポーズでそう言われて、僕は眉をひそめる。

「よろしくって、何を」

「日焼けしたくないの。闇の精霊あたりに、それっぽいのをチャチャッとお願いできない?」

「僕は便利屋じゃないんだけど」

 随分適当なことを言ってくれる。が、精霊たちにどう説明したら日焼け防止の効果が得られるか、というお題には、精霊魔法研究家として少し興味が湧いた。

 僕たちの周囲に存在する精霊は、火、水、地、風、光、闇、雷、熱、念、時の十種類。各精霊に固有の言語があり、対応する言葉を紡ぐことで魔力と引き換えに魔法を発動できる。相性も重要で、僕は全ての精霊と仲良くなるために今までの人生を捧げてきたと言っても過言ではない。「できない」なんて、プライドが許さない。

 要するに、日光が直接肌に当たらないようにすればいいのだ。

《闇よ、僕の妹の皮膚表層を薄く覆って》

 僕が闇の精霊語で呟くと、妹の肌が一瞬にして黒ずんだ。

「えー、こんなの嫌! ビーチで輝くわたしの美白が台無し!」

「めんどくさいなぁ、僕たちしかいないのに誰に見せるっていうのさ」

 どうにもお気に召さない様子。もうひと手間加える必要がありそうだ。

《光の精霊、僕の妹の皮膚色を闇の膜の上に反射させて》

 今度は光の精霊語で肌色だけを上書きする。普通こんな使い方はしないので、精霊たちが困惑している雰囲気がちょっとだけ伝わってきた。

「これで大丈夫なのね? ありがと!」

 肌の色が戻った妹はくるりとその場で一回転し、喜び勇んで砂浜へと飛び出していった。

 騒がしいのがいなくなってせいせいした。用意された椅子で読書でもしようかと振り返った時、昼食の準備をしていたシスターたちと目が合った。

「ヘオン様は泳ぎに行かれないのですか?」

「うん。別に泳ぐつもりで来てないし」

 そう答えると、シスターの一人がそれでしたら、と指を組んで遠慮がちに微笑みを向けてきたので、少し嫌な予感がした。

「炭になかなか火がつきませんで……少し見ていただけないでしょうか」

 やっぱり。なんで僕が、と今までさんざん繰り返した文句が再度喉から出かかったが、ぐっと飲み込む。断ると後々居心地が悪い。

 億劫にパラソルから出て、石で簡単に作られた竈を覗き込む。炭の形がバラバラで、うまく組み上げられそうにない。今日はほぼ無風だし、これは確かに着火には難儀するだろう。……仕方ない。僕は炭を指差す。

《この炭を燃やして》

 火の精霊語。続けて、

《風よ、火を絶やさないように炭の周囲を踊って。僕がやめろと言うまで》

 風の言語を紡ぐ。赤い炎が炭を包み、緩やかに流れる空気によってやがて炭がその赤を内包し、料理に足る熱を放ち始めた。風を送っている限り僕の魔力は吸い取られ続けるけど、微々たる量だし特に問題はない。

「ありがとうございます!」

「さすがですわ、ヘオン様」

 シスターたちが口々に僕を褒め称える。大したことはしていないけど、気分はまぁ悪くない。

「ヘオンさま、もっと魔法見せてよ!」

「見たい見たい!」

 偶然近くで見ていた子供たちまで騒ぎ始めた。普段の僕なら無視するところだけど、こんな至近距離で目をキラキラ輝かせられると少しだけ期待に応えたくなる。

 浜辺を見回すと、波打ち際で砂遊びをしている子供の姿が目に入った。何かを作っているらしい。あれを真似してみようか。

「ここでいいかな」

 少し広い砂地に移動する。使う言語は地、水、風。適度に水分を含ませた砂を積んで固め、風でザクザクと削り取る。それを繰り返して完成させたのは、僕の身長ほどの『砂の城』だ。

「わーすっげー! ムジークのお城みたい!」

「ねぇ見て、ここ通れるよ!」

 別の場所で遊んでいた子供たちも集まってきて周囲が賑やかになる。わんぱくな子供の遊びにかかれば砂の城なんてすぐに壊れてしまうけど、この儚さも含めての芸術というものだ。

 他にも動物の像を作ったり、砂に埋まりたい子を埋めてやったり、自分で作ろうと頑張る子に指導したりしていると、結構な時間が経っていたらしい。海で遊んでいた妹が子供たちを連れて戻ってきた。

「ヘオン、わたしかき氷食べたい!」

「……食べたいのは子供じゃなくて君なの?」

 その開口一番で呆れる。じゃじゃーんなんて効果音と共にジャムとシロップを取り出してみせたので、最初からそのつもりだったんだな、とさらに呆れた。

 妹が子供たちに手際よく器を配っていく。そして僕の元から縦に並ばせようとしたので、

「違う、横一列」

 と伝えた。妹も子供たちも戸惑いつつ、全員が僕のほうを向き、器を抱えて並ぶ。

 だって、普通に一杯ずつ作ったってつまらないから。こんなくだらないことを僕に頼むなら、せいぜい見栄えだけでも派手にしないと面白くない。何せ、氷は僕の最も得意とする魔法だ。

 僕は彼らの前に立ち、両手を空に向けて掲げる。

《純なる水よ、集まれ》

 水の精霊によって集められた水が球を成して宙に浮かび、

《その水を急速冷凍》

 熱の精霊が大きな氷塊にして、

《薄く削って皆が持つ器の中へ!》

 風の精霊が撫でるように削り出した氷は、上等なシルクのように美しく連なって宙を踊る。周囲を舞う細かい氷のかけらが水になって太陽光を反射して小さな虹を作り、宝石を思わせるきらめきを一度に各々の器へ盛り付けた。

 一連の魔法を見ていた皆が呆然としている。口溶け滑らかなふわふわ氷はすぐに溶けてしまうから早く食べたほうがいい。僕は笑みを浮かべて、言った。

「シロップはお好みでどうぞ」

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