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第一王子の企み

「俺も星闘祭に出たい」

「……は?」


 春の初めの、麗らかな昼下がり。中庭東屋にて。

 唐突に飛んできた言葉に対して、フラットがやっと返せたのはそんな間抜けな一音で、そこに込められた様々な意味を伝えきれずあっという間に春風にさらわれていった。

 こほん、と一つ咳払いし、姿勢を正して、目の前の兄に向き直る。

「出たい……とは。兄さんも父さんと一緒に、貴賓席で観戦予定でしょうに」

「観戦ではなく、俺が出場したいのだ」

 フラットは耳を疑って、今度こそ言葉をなくした。

 現国王の嫡男にしてあまりのパッとしなさに巷で『昼行灯』と囁かれる、ムジーク王国第一王子トーン=スコア=ムジーク。

 フラットが弟として観察する限り、確かにこの兄は要領が良くないし、そんな自分を自覚しているのか普段からどこか手抜きをしているようにも見える。

 だらしない部分を補って余りある魅力があるのをフラットは知っているが、民たちには知り得ないことだ。

――どうしてこんな時だけ、無駄にやる気満々なのだ。

「星闘祭は、騎士団員選出のための闘技大会なんですよ?」

「改めて言われなくてもそれくらい知ってるさ」

 馬鹿にするな、とでも言いたげな表情で腕を組むトーン。

 ムジーク王国の『星闘祭』。

 春の終わりに催される、闘技大会を主にした祭だ。

 国中から腕に覚えのある者たちが集まってその技を競う。が、単に力で勝ち抜いて頂点に立てば良いというものではない。

 戦闘技術だけでなく、礼儀作法や忍耐力、主君に対する忠誠心を併せ持った者を試合の中で見出し、王国騎士団に推挙するというのがこの大会の主目的である。

 選ばれた者が騎士見習いとして最初に配属されるのが(ステラ)騎士隊であることから、祭の名に星が冠された。

「兄さんも騎士になりたかったんですか? それにしては決意が遅い気もしますが」

 フラットには双子の兄シャープがいる。

 彼は五歳の頃から騎士になるための鍛錬を積んでいて、五年前――十二歳の時に星闘祭少年の部で優勝し、今は騎士団員に名を連ねている。

 フラットも同じ五歳から修道院での修行に入っているのでシャープの生活は知らないが、幼い頃からの鍛錬が実を結んでいること、そして今も努力を積み重ねているであろうことは容易に想像できた。

 二十三にもなったトーンが今更同じ道を歩もうとするなら、フラットは止めてやらなければならない。――いずれ王になる兄を護るべく騎士を目指したシャープのためにも。

 ところが、返ってきたのは違う言葉だった。

「騎士になりたいのではなくて、騎士と同じ目線に立ってみたい。いずれこの国の守護を担う騎士のたまごたちも、国の跡継ぎが率先して戦う姿を見れば気合が入るだろう?」

「……そもそも兄さん、武器扱えるんですか?」

「護身剣の先生には筋がいいと言われた。俺も机に向かって勉強しているよりは剣を振っている方が好きかもしれん」

「はぁ」

 好き嫌いと、試合として成り立つ腕前かどうかはまた別の話だと思ったが、続く言葉に思考は遮られる。

「俺は、ただ護られているだけの王にはなりたくないんだ。王になってからではこんなこと気軽にできなくなるだろうしな。騎士団に頼りきりにならずとも国を護ってやるという気概を、一度民に示しておきたい」

「……っ」

 真剣な面持ちで告げられて、フラットは先程とは別の意味で言葉を失った。

 冗談でも、この場の思いつきでもない。トーンなりに深く考えた末のその意志は、フラットが「無茶だから」と簡単に却下していい類のものではなかった。我知らず、ごくりと喉が鳴る。

「で、それを何で私に言うんです」

 フラットはこと戦いに関しては門外漢だ。そう尋ねた途端、トーンはフラットの手を両手でぎゅっと握ってきた。

「親父とシャープを説得する方法を一緒に考えてくれ!」

「……そんなことだろうと思いましたよ」

 その懇願するような響きに呆れ声を返して、フラットは溜め息をつく。

 思慮深い一面を見せたと思いきや、こういうところは行き当たりばったりだなと率直な感想を抱きながら、フラットの頭は早速二人を口説き落とす文句を考え始めたのだった。



 説得作戦は入念に練り上げられた。トーンが父王に思いの丈をぶつけ、フラットがそこに説得力のある注釈を添えることで、最終的に『闘技大会前の模範試合としてシャープと戦う』という結論に落ち着いたのだった。

 シャープが相手ならそこまで危険はあるまい、とフラットも胸を撫で下ろした。……はずだったのだが。

「ヤだよ」

「え?」

 騎士宿舎のシャープの私室を訪れた際に浴びせかけられた一言は、フラットの舌を凍りつかせるのに十分な威力を持っていた。

「オレも騎士だ。兄貴が相手だろうが、やるからには勝つ」

 拳を握り締め、気合十分に宣言するシャープ。

 確かに、トーンに花を持たせるために八百長紛いのことを持ちかけたのはフラットだ。

 双子の兄が素直に従うかどうかは、王子としての立場と騎士の誇りとを天秤にかけて五分五分だろうと思っていた。五分どころか、まさかこうも即答されるとは。

「……もう少し考える素振りくらい見せてくれても」

「考えたって結論は同じだろ」

 装具の手入れをしながらの返答はにべもない。

「貴方と兄さんではあまりに力の差がありすぎますよ。一瞬で勝負がついてしまいます」

「何が悪ィんだ?」

 睨まれて、思わず言葉に詰まるフラット。

「勝負ってのはそういうモンだ。兄貴だってそれくらい覚悟してンだろうし。それとも何か? 兄貴の決意を単なる見世物にしてェのか」

「それは……」

 そうですけど、と続く言葉は語尾が掻き消えていく。

 シャープの言うことはもっともで、戦いに縁遠い身から出た甘い発想であると、フラットは今初めて自覚した。

 わざと負けてくれなどという身勝手は、二人の兄を同時に侮辱するに等しい行為なのだ。

 恥ずかしさに俯くフラットへ、シャープは少しだけ口元を緩めて言った。

「手加減はしねェ。怪我もさせねェ。……これでいいか?」



 金属が撥ねる甲高い音が響く。伴う歓声は波のように高まっては消えていく。

 ぐるりと囲む観衆、闘技場の中心で切り結ぶは、ムジーク王国の第一王子トーンと第二王子シャープだ。

 武器の選択は出場者に委ねられる。トーンは腕力がない分機動性の高い片手剣と円盾で軽快に動き、シャープは愛用の重量級槍斧で豪快な大立ち回りを披露する。

 武器の間合いの関係で、シャープが一方的に攻撃を仕掛け、トーンがそれを躱しながら相手の懐に潜り込む機会を窺うという緊迫した状況が続いていた。

 父王の隣で観戦しているフラットは、胸の前で両手を組む。それは祈りにも似ていた。

 模範試合とはいえ命を落としかねない状況で兄たちが戦うことの恐怖、何もできない自分へのもどかしさ。二人の意志を尊重したい気持ちと今すぐ止めに入りたい気持ちがせめぎ合い、かといって目を閉じて逃避することも許されない。フラットもこの国の王子として、父王と共に見届けなければならないのだ。

 一進一退の攻防。事態が動いたのは一瞬のことだった。

 鋭く磨き上げられた槍斧の穂先が唸りをあげて迫ると、小振りな盾が宙を舞った。

 不可視の力で弾き飛ばされたように見えたがそうではない。刃が届く前にトーン自ら手離したのだ。

「!」

 フラットは思わず腰を浮かす。喉まで出かかった悲鳴を抑え込んで。

 視界を横切る円盾にシャープの意識が僅かに逸れる。

 軽鎧の脇ベルトを断ち切られながらも、トーンは凶悪な刃を避け切った。

 同時に身を翻し地面を蹴ると、一気に間合いを詰めてシャープの懐に入り込む。

――そして首元に剣先を突きつけた時、シャープの動きが止まった。

「そこまで!」

 審判の高らかな宣言と共に、観衆がどっと沸き上がる。

 二人の王子の戦いぶりは会場を高揚させ、これから始まる星闘祭の本番への期待感を大いに高めた。

 地盤を揺るがすような大歓声、その熱気と反比例するように、フラットは血の気の引いた頭を振ってよろよろと立ち上がると、貴賓席を後にする。

 どうしても、ひとこと文句を言ってやりたい気分だった。



 特別控え室の近くまで来た時、既に二人の兄は第二回戦を開始していた。

「片手剣が戦場で盾を捨てるとかありえねェから!」

 入口から覗き込むと、シャープがトーンの胸倉を掴んで吠えている。

「今回は戦場ではなくて試合だろう」

「屁理屈言うな! あんな捨て身の攻撃、死ににいくようなモンだ! こっちの肝が冷えたっつーの」

「そうか、俺の読み通りだったな」

「あァ?」

 何故か上機嫌なトーンに向けて、胡乱げな声を出すシャープ。

「ああいう手でも使わなければ勝機はないだろう? 俺はお前を信じていたからな」

 は? と理解しかねた様子で目を見開くシャープとは反対に、フラットは肩の力が抜けてしまって目を閉じた。

 シャープがトーンを傷つけられないことを見越した――相手がシャープだったからこそ採れた作戦。

 それはトーンにとっても賭けだっただろうに、弟に寄せる全幅の信頼がそんな無謀を可能にしたのだ。

「貴方はまだまだ甘い、ってことみたいです、シャープ」

 言いながら部屋に足を踏み入れる。二人が同時にこちらを向いた。

「どーゆーこったよ」

「兄さんの掌の上で踊っていたんですよ、貴方も私も」

 フラットの言葉に、トーンが満足げな表情でうんうんと頷いている。それがやけに腹立たしい。

 相談を持ち掛けられた時から、こうなることを予測していたのだろう。

 結局、第一王子としての面子を保って国民に力を示せたトーンの一人勝ち。無意識に手加減させられたことに気がついたらしいシャープは兄の服を離すと、

「クッソそういうことかよ、ずるい!」

 子供のような態度で地団太を踏み、

「今に見てろ、グゥの音も出ねェくらい強くなってやるからな!」

 と涙目で決意を叫んで飛び出していってしまった。

「あー、火をつけちゃいましたね兄さん」

「何が悪いんだ?」

 不敵な笑顔でいつぞやのシャープと同じ言葉を言ってのけるトーン。

 いいえ何も、と答えて、フラットも微笑むのだった。

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