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国王と七音の旋律 ~ムジーク王国記~  作者: 卯月慧
第六話 国王と平和への祈り
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国王と平和への祈り(4)

 山から吹き下ろす風が、冬の到来を告げる。

 木が寒々しく葉を散らし、景色は彩りを失っていくが、それと反比例するようにムジーク王国の都は煌びやかな装飾に包まれていく。

 時を止める処理を施したクロス・コスモスの大きなリースに、色とりどりの花をモチーフにしたオーナメント。

 家々や通りの街路樹はもちろん、主役となる『精霊の樹』も国民によって大いに飾り付けられ、夕闇の中でも輝く枝葉を揺らして存在感を示していた。

 創樹祭まであと五日。準備は着々と進んでいる。


「――以上が、今日までの報告です」

「うむ、ご苦労だった」

 俺は報告を終えたフラットに労いの言葉をかけ、手元の書類を眺めながら執務椅子にもたれかかった。

 スラム潜入捜査の報告書。そこにはシャープが実際に見聞きしたことが事細かに書かれている。

 シャープにこのような文章を書く能力は恐らくないので、フラットが口頭で聞いたものを書き起こしているのだろう。

 スラムの現状としては、アクートという男が白髪の民数十人をまとめあげて蜂起のタイミングを計っているらしい。

 白髪の民の地位向上を訴える目的で、恐らく創樹祭当日か、その前後を狙っているだろうという見立てだ。

 シャープは『シャル』と偽名を名乗ってアクートの傘下に入った風を装いつつ、内部の構成員に探りを入れているようだ。

 リスト化された名簿にはそれぞれの役割や、そこに至った経緯などが記されている。ただ結束が固く、内部から離散させるには時間が足りないとのこと。これはやはり、こちらから語りかけるしかない。

 そして、レミー。

 シャープが組織に入り込んでいることには気付いていない様子で、スラムの色付きの民を白髪に戻しているという。

 これもアクートが仲間を増やすための作戦だと思うと、何故それに加担しているのか気にかかる。

 修道院からは反省のためにスラムへと送り込まれたのに、これでは逆効果ではないだろうか。

「レミー……一体何を考えているんだ」

 俺は不可解を滲ませて呟いた。

 それに沈んだ声で返事をよこしたのはフラット。

「……もしかしたら、私への反発かもしれませんね」

「お前への? 何故だ」

 フラットは、自嘲気味に笑う。

「前に責められたことがあるんですよ。『修道院長にもなっておいて、お金にがめつい上層連中に一言も言えないの!?』と」

「……キッツイな、それは」

 妹はワガママだが、それは己の道を貫き通す信念の裏返しでもある。

 高額な寄付金を納められない者が差別を受ける現状を憂えて、兄であり上司でもあるフラットにそんな正論をぶつけたのだろう。本来は俺が言われていてもおかしくない。

「レミーの言う通りなんですよ。私は修道院長とはいえ若輩者、古老の司祭たちに物申しても聞き入れてもらえません。かといって宰相として政治を取り仕切れるわけでもなく、兄さんの側近として補佐のみに甘んじる現状。……最近自分の中途半端な立ち位置に悩んでいます」

 儚い表情で苦笑するフラットに、少し危機的なものを感じる。

 ここのところ忙しくしているせいで精神的にも余裕がないのだろう。

「何を言う、お前はよくやってくれているし、むしろ働きすぎなくらいだ、今日はもう休んでいいぞ」

「そうはいきません、まだ仕事が」

「ここで無理をして今お前に倒れられたら、俺が困る。いいから休んでくれ」

 言葉を遮って強調すると、フラットは渋々とだが頷いてくれた。

「ではお言葉に甘えて、早めに休ませていただきますね。……あ、シャープは今夜は王宮の仕事を片づけるそうですので、何か疑問があれば直接お話しになるとよろしいかと。呼びますか?」

「うーん……いや、アイツもきちんと休ませてやりたい。病み上がりに無理を強いてから働かせすぎだからな。緊急の仕事以外は明日に回して、もうお前たちいっぺんに寝ろ」

 俺の言い方がツボに入ったらしく、フラットはクスクス笑って「分かりました」と頷いた。

「私の使い魔が使えたら、もうちょっと楽になるんですけどねぇ……」

 フラットは頬に手を当ててぽつりとこぼした。

 彼が使い魔としているのは小さなコウモリで、主に諜報に利用されるが、秋から春先にかけて冬眠してしまうのでその期間は全く使えないらしい。

 代わる手段を探しているところなんですけど、と付け加えてフラットは苦笑する。

「まぁ季節的なものは仕方ないさ。その分暖かい時期に活躍してもらおうじゃないか」

「ふふ、そうですね。それでは、自室で待機しておりますので何かありましたらお呼びください」

 一礼して退室しようとするフラットの後ろ姿を呼び止める。

「そうだ、ヘオンとソファラを呼んでくれないか。二人に話があってな」

「ヘオンとソファラ、ですか? また珍しい組み合わせですね……。かしこまりました、すぐ顔を出すよう伝えます」

 そう言ってフラットは扉の向こうへと姿を消した。

 別の案件の書類と睨み合いながら時が過ぎる。

 空がすっかり濃紺色に変化し、俺の腹が鳴り出した頃、ようやく扉を叩く音が聞こえてきた。

「トーンにぃ、ヘオンにぃ連れてきたぞー」

「……入ってくれ」

 やはり時間がかかったのはヘオンのせいか。奴のマイペースに付き合わされるのはいつものことなので、もはや怒る気にもなれないが。

「いやー、ヘオンにぃの部屋にノックしないで入っちゃって、そのせいでなんか間違えたとかでヘソ曲げられて大変だったよ」

 で、その原因を作ったのがソファラ、と。

 部屋に入るなり開口一番あっけらかんと報告してきたので、俺は呆れて頬杖をついた。騎士団がノックしないのは仕様なのか。

 ヘオンは既にソファラへの怒りを昇華した後らしく、澄まし顔で立っている。

「長兄、僕たちに話って何?」

 その問いに俺は頷き、机から地図を取り出した。

「創樹祭の、パレードのルートがどうなったか聞きたくてな」

 基本的に国王は馬車に乗って手を振っていればいいだけなので、どこを通るかを細かく把握する必要はない。

 だが今回はスラムの件もある。シャープにまんべんなく回ってくれと頼みはしたものの、最終判断は警護する騎士団に委ねたのだ。

 二人が机に近づいて、地図を見下ろす。

 ソファラが口頭で解説を加えながら指先を走らせ、やがて終着地点まで辿り着いた。

「そうか……やはり、スラムは避けたのか」

 俺の呟きに、ソファラが真面目な顔で頷いた。

「パレードは移動するから、警護が難しいんだ。ここを通らなくたって、どこから誰がどんな風に狙ってくるか分からないし、だったら最初から危険が予測できるスラムには近づかないで、その分隊列の守備を厚くした方がいいって」

「国境警備から人を戻せば手は足りるだろうけど、ただでさえ国中が浮かれて油断だらけになる日にそれはしたくないでしょ?」

 ヘオンもそう付け加える。

 騎士団がそう判断したのなら、俺はそれを受け入れるしかない。

 スラム前を通る意見を無理に押し通したとして、俺だけでなく騎士たちまで危険な目に遭わせてしまっては元も子もないからな。

「分かった、ありがとう。……そうなるとやはり、スラムの民には何らかのフォローをしないといけないな」

「フォローったって、長兄が直接慰問するのはもう駄目だからね」

 ヘオンがしっかりと釘を刺してきた。さすがに俺も同じ過ちは犯さない。

 自分用に走り書きした紙を取り出して、

「お前たちからスラムの話を聞いてずっと考えていたんだが。俺が行くのではなく、スラムの民の方から来てもらうというのはどうだろうか」

 と提案してみる。ソファラとヘオンは顔を見合わせた。

「王宮に招致して、どうするの? ご飯でも振舞う?」

「急に王様から呼び出しくらったら、なんかの罰を言い渡されるのかもって思うんじゃないかなぁ。アタシがシャープにぃに呼ばれた時は大体怒られてるよ」

「それは君が怒られるようなことばっかりしてるからでしょ」

「あ、そっか」

 てへへ、と舌を出して笑うソファラだが、確かに指摘はもっともだ。

 不法占拠をしている事実がある以上、スラムの民の心情的にはソファラに近いかもしれない。

 俺はさらに走り書きの先に目をやる。この案が可能なのかどうか自信はないが、言うだけならタダだ。

「俺が招こうと思っているのは、創樹祭の『誓言の儀』。その最前列だ」

「は?」

 ヘオンが理解不能と言わんばかりの声を出した。

「無理でしょ。そんなに近くて何か起きたらどうするの」

「あーでも、パレードを警護するよりは楽かもな。最前列ならこっちからも見やすいし」

 ソファラから思わぬ援護を受けて内心驚きつつ、俺は続ける。

「衆人環視の中で暴挙に出る者はいないと見ている。仮にいたとして、ソファラの言う通り騎士団の守備を重点的に固めておけば大事には至らないだろう」

「そうだね、物理攻撃についてはそれで防げると思う。でも魔法で攻撃されたら――あ」

 反論しようとしたヘオンが、突然動きを止めた。

 頭をがしがしと掻いて、苛立たしさを露わにする。

「……あぁもう、僕が呼ばれたのはそういうことか。まったく人使いが荒いよね」

 俺がこの後何と言おうとしたのか、ヘオンは察してくれたようだ。

 顔全体を疑問符でいっぱいにしているソファラのために補足する。

「今ヘオンが作っているのが、王宮を包んでいる魔法障壁の小型携帯版でな。あれは外からの魔法を通さない代わりに、内部での魔法も制限される。目には見えないから、こっそり囲ってしまえば民たちにバレることなく魔法対策ができるんだ」

「へぇー! すごいなヘオンにぃ!」

 瞳をキラキラ輝かせて感心するソファラの反応に、少しだけ気分を良くしたらしいヘオンは、腕を組んでふんぞり返った。

「ま、まぁね。本当は長兄が持ち歩く用に作ってるんだけど、今回は特別に僕が使ってあげるよ。長兄以上に無防備になるから、騎士団は僕のこともちゃんと護ってよね」

「ということは、可能なのか?」

 俺の問いに、ヘオンは視線で是を示した。

「内からの長兄の魔法だけを通す調整に難儀してたんだけど、それをしなくていいなら多分間に合う。消費魔力も僕が使うなら問題ないしね。……だから」

 くるり、と隣のソファラを見下ろして、

「下の妹は、創樹祭が終わるまで魔法研究所の建物自体に立ち入り禁止ね。なにが! なん! でも! 絶っっ対、入ってくるな!」

 言葉を区切るたびに指を突き付けながら、ソファラにそう宣言した。

 まぁ確かに二度も妨害されたら、それだけ念を押したくもなるだろう。ソファラは気圧されてコクコクと激しく頷いた。

「ありがとう、ヘオン。では、スラムの民へ告知を正式に行おうと思う。書面は別途作成させるが、スラムへの掲示を――ソファラ、お前に頼みたい」

「え、アタシ!?」

 心底驚いた様子で、ソファラはひっくり返った声をあげた。

「何も一人で行けとは言っていない、むしろしっかり護衛をつけてくれ。ただし、きちんと騎士団の正装で、国王の名代として行くんだ。王の妹自ら掲示したなら、それが偽物の告知だと疑う者はいないだろう」

「うーん……アタシにそんな大役務まるかなぁ」

 不安そうに視線を彷徨わせるソファラ。

 俺は席を立って目の前に立つと、その両肩をしっかり掴んだ。

「俺の妹でありながら、騎士団員として鍛錬を積んでいるお前にこそ任せたいんだ。別件で動いているシャープの助けにもなる。大丈夫だ、お前ならできる」

 力強く言い切って微笑むと、ソファラの揺れた視線が一点に定まった。紅の髪と違わぬ炎が瞳に宿る。

「分かった、やってみる!」

 そう言って握り拳を作ってみせる。

 頼んだぞ、と言いながら頭を撫でてやると、ソファラは堂々と頷いた。

「その軽い頭で、余計なこと口走らないか心配だよ」

 やる気に水を差すようなことをヘオンが言ったので、俺は「こら」と窘めておいた。

 告知は明日朝、質問に対する回答集も用意させる旨を伝える。どれだけの民が来てくれるか分からないから、場所の確保も直前まで調整しなければならない。同時に、スラムの民をまとめているというアクートへの会談の申し入れも行うことにした。

 ヘオンは早速作業に取り掛かるからと、サッサと部屋を出ていく。

 ソファラも明日に備えて戻るようにと伝えたが、何か言いたいことでもあるのかその場で足踏みしていた。

「どうした?」

「んーと……さ。スラーのことなんだけど」

「スラー?」

「レミねぇのことで結構落ち込んでて、アタシも最近忙しいから満足に外に連れ出してやれてなくてさ。本人はお世話係のフィーネさんもいるし寂しくないって言うんだけど、そうは見えなくて」

 あぁ、と俺は理解する。

 教育係として一緒にいたレミーがいなくなって不安だろうに、俺もバタバタしていて樹木の冠の件から顔を見ていないことを思い出した。

 前に遠慮せず言いたいことは言ってくれと伝えたが、やはりスラーの方から俺の予定に割り込むのはとても勇気が要ることなのだろう。そんなことも察してやれないなんて、相変わらず俺は父親代理失格だな。

「……そうだな、なるべく早めに顔を見てやることにしよう」

「うん、ありがとう!」

 俺の言葉にホッとしたような表情を見せて、ソファラも退出していった。

 俺は取り急ぎ明日必要な書面の準備だけ済ませてしまおうと、事務官を執務室に呼んだ。

 だが、早く片付けたい時に限って次々と仕事が舞い込む。解放されたのが真夜中になってしまい、結局その日はスラーの寝顔を見るだけに終わった。

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