与太話Lv.-1
それは三年前の事。まだリヴァルと出会う前のエーリッヒとクロノが、リィンシュタット全域を襲った大事件を颯爽と解決していった頃のお話。
闇市場。それは駐屯兵団によってある程度の秩序が保たれているリィンシュタットにおいても、決して払う事の出来ない影として存在していた。この事件は、そんな闇市場にとある代物が出品された事から始まった。
竜角。
それは真竜のみが額にいただく、至高の器官。そこには真竜の持つあらゆる知識が詰め込まれており、一欠片手に入れるだけでもその後一生遊んで暮らしていけるだけの叡智と栄光、そして莫大な富を手に入れる事が出来ると言われている。そして真竜は、一般人は決して立ち入る事の出来ない浮遊大陸にのみ生息している。
つまり、それが市場に出たという事は誰かが浮遊大陸へと足を踏み入れたという事である。浮遊大陸への渡航は組合によって厳しく制限されており、そこから持ち帰って来たものも全て組合の管理下に置かれる。闇市場に出回る事などあり得ない。しかし、現実はどうだ。闇市場は竜角の話題で持ち切りであり、誰も彼もがその所在を巡って、血で血を洗う争いを起こしている。我こそが全竜垂涎の至宝を手に入れるに相応しい存在であると自負して。
これでは組合の信用は地に落ちたも同然である。自らの管理能力に不足がない事を証明するため、組合は可及的速やかに件の竜角を手に入れ、それを売りに出した個人ないしは組織を捕らえ、入手方法及び浮遊大陸への渡航方法を吐かせねばならない。
組合から直々に事件の真相究明の依頼を受けたエーリッヒとクロノは、即日調査を開始。幾つもの裏組織を潰し、彼らは半月と経たずに事件の黒幕へと辿り着いた。
葬列織り成す福音者。それが黒幕率いる組織の名前である。彼らの目的は組合の予想したもの――市場に混乱をもたらす事で競争相手を潰し合わせ、自らがその覇権を握る事――などではなく、それよりも遥かに大きなものであった。
「――まさかこんな馬鹿な事をしでかした阿呆共の目的が、竜角の力を使って市場を牛耳る事ではなく、竜角を複製して組織の人間を全員竜人化させる事だったなんてね。市場に大量の劣化コピーをばらまいたのは、より正確な複製を作るためのデータ採取が狙いだったって訳だ」
リィンシュタット都市国家連合第三都市、ツェリエガ。その中心部から少し外れたところにある集合住宅の一角に、エーリッヒはいた。白地に金で縁取されたロングコートを着こみ、腰には一対のホルスター。動きやすさ重視の編み上げブーツに白のズボン。白いシャツとチェック柄のベスト、サスペンダーにジャケット。仕事に臨む時の出で立ちである。
そして彼の前には、上から下まで黒ずくめのスーツで固め、目線を隠す黒いサングラスをかけたお揃いファッションの無機質な集団。三階近くまで天井をぶち抜かれた空間でエーリッヒ達と向き合う彼らは、優に二十人はいるだろう。全員が全員歴戦の猛者とでも言うべき雰囲気を纏っている。
「あー、あー、そんな没個性な格好しちゃって、まぁ。髪型まで七三に揃えちゃって、なに、おたくら合わせ鏡ごっこでも持ちネタにしてぇの?」
エーリッヒの隣で大口を開けて欠伸するのは、エーリッヒのものとは色違いの黒地に青で縁取されたロングコートを羽織り、右手に木刀を持ったクロノ。各所に金属をあしらった武骨なブーツを履き、紺色のズボンに黒いシャツ、藍色のネクタイ、紺色のジャケットという、実に対照的な出で立ち。これが彼のスタイルである。
「まぁまぁ、もしかしたら渾身のボケを披露してツッコミ待ちをしているかもしれないんだから、それを解説させるような無粋な真似はやめようよ。滑ったギャグを説明させられるほどつらいものはないでしょう?」
「違いねぇや。んじゃあ俺らは俺らで観客らしい反応をさせてもらいますかね。なにそれ、ぜんぜんおもしろくなくてぎゃくにわらえてくるー、あははのはー」
「あははのはー」
直後、黒ずくめの集団からひりつく程の殺気が膨れ上がる。しかし二人は気にしない。
直後、黒ずくめの集団に明らかな変化が起こる。全身の筋肉が異常なまでに膨張し、スーツを引き裂く。露わになった皮膚は見る間に滑らかな鱗に覆われていき、骨格そのものも変容していく。しかし二人は気にしない。
直後、黒ずくめの集団は人間大の大きさの、二足歩行する亜竜人の集団へと変貌していた。彼らはどこから取り出したのか、その手に見るからに凶悪な湾刀を携え、金属製の丸盾を構えていた。しかし二人は気にしない。
直後、元・黒ずくめの集団は雄叫びを上げ、手にした武器を振りかざして二人目掛けて突っ込んでくる。彼我の距離は多めに見積もっても精々二十歩ほど。限界を超えて強化された元・黒ずくめの集団の脚力ならば、ほんの二、三歩で踏破出来る程度のものでしかない。しかし二人は気にしない。
「こんな所で使い捨てられてるってこたぁ、こいつら失敗作だな。それか『本番』前の試作品か」
一歩踏み出し、逆袈裟、返し刃、袈裟斬り。手首のスナップを利かせて刃を返し、大きく踏み込んだ左足に体重を乗せて横薙ぎ。上体を屈めて横からの攻撃をかわし、股下から一息に切り上げる。更に二歩進む間に三度上空へ刃を振り、僅か息を止めて前方に渾身の突き。
「いや、変化が中途半端だし、これは竜角のコピーじゃなくて竜核を使った結果じゃない?」
一歩下がり、右に二発、左に三発抜き撃ち。首を左に傾けて敵の一閃を紙一重に避け、顎下に銃口を押し付け引き金を引く。背後からの敵は振り向きざまに胴体を蹴り飛ばして距離を作ったところで頭と胸へ二発。片足が浮いた隙を狙ってきた相手は、その頭蓋を視線も向けずに撃ち抜く。
常人の数倍の身体能力を持つはずの元・黒ずくめの集団は、頭上に投げたコインがまだ地面にも落ちてもこないような僅かな時間で、あっという間に全滅した。
「ここじゃなかったって事はシャルーヴィかグリュンデルの方かね」
「僕がシャルーヴィに行くよ。クロノはグリュンデルの方をお願い」
「お前さりげなく近い方を取りやがったな」
「遅い方が悪い。ちなみに僕は今日の晩御飯用意する気さらさらないからね」
「つまりお前よりも早く終わらせてお前よりも早く帰っておけと。全く何様だよって話だな」
「何様も何も、旦那様だよ、君のね」
「俺も旦那様だけどな、お前の」
「それじゃ気を付けて、ダーリン」
「そりゃこっちの台詞だ、マイハニー」
そうして分かれた二人は、向かった先でそれぞれ災害級の敵と遭遇し、死闘を繰り広げる事となるのだが、それはまた次の機会に。