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猫箱  作者: 日向晴希
1/6

与太話Lv.1

それはある日のこと。少し曇りがちな空を不安げに見上げながら、人々が夕飯の買い出しに出かけていた時間帯でのこと。

何が安い、これが買い時だと声を張り上げる露店の店主たちを横目に、今日の夕飯は何にしようか、冷蔵庫には何が残っていただろうか、と、もそもそと思考を走らせるクロノ。若干首元のくたびれた長袖Tシャツに膝の伸びたズボンというなんともラフな格好で、市場を物色していく。と、そこで、彷徨わせた視線の先に見慣れた銀髪を見つける。瑞々しいリンゴを手に取り、目の前の果実と同じくらい真っ赤な瞳を細め、眉間にしわを寄せながらじっくりと検分している。

「あれ、銀ピカ痴女じゃん。なにしてんの」

「……誰かと思えばあなたですか。そちらこそこんなところで何を?」

「いや、買い物だけど」

「であれば私だって買い物でしょう。何を当たり前のことを聞いているんですか、あなたは」

「いや、親の仇を見てるような目つきでリンゴを見てたから。それ、そんな珍しい?」

「珍しいか否かで言えば珍しいですね。こんな大きいリンゴは初めて見ました」

「ほーん、そうなん」

「自分で聞いてきたくせに」

「あぁ、うん、そうなんだけどさ、正直元からあんま興味なくって」

「はっ倒しますよ」

「はっはっは、ごめんごめん」

「言葉に誠意が感じられません」

クロノのすねにアーシェのつま先がめり込む。

「いっ!? ばっ、おま……!!」

「ひとのことを痴女などと言うからバチが当たったのです」

「えー……夕飯」

「レアステーキ」

「デザート付き」

「ワイン」

「一晩留守にする」

「あ、それはいりません」

「さいで。じゃあ交渉成立ってことで?」

「いえ、全然?」

「ならなんで条件挙げたし」

「いえ、ノリで」

「ずいぶん変わったよな、あんた。前だったらそういう冗談口が裂けても言わなさそうだったのに」

「毒されましたからね、あなた方に」

「そこは変わったって言わない? なんか俺らが悪役っぽい」

「実際悪役ですし。なんで私がまだこの街にいると思ってるんですか?」

「うん、ガトーショコラにしよう」

「そこはタルトタタンでしょう。私が何故リンゴを手に取っていたと思っているんですか?」

「リンゴ好きなん?」

「行く先々で味の違いを比べてみる程度には」

「めっちゃ好きじゃん。よし、分かった。タルトタタンね」

「あ、リンゴ飴でもいいですよ」

「なんぞ、それ?」

「は?」

「いや、そんなブリッジで歩く亀竜見たみたいな顔されても」

「なんですか、それ。蜘蛛竜が毛玉吐いたとかそういう感じのアレですか?」

「うん。たぶんそんな感じ。知らんけど」

「で、どうするんですか、リンゴ飴」

「リンゴすり潰して飴に混ぜ込めばいい?」

「は?」

「いや、作り方知らねえんだから教えてくれよ。さすがの俺でも今初めて知ったもん何の知識もなしに再現すんのは無理だわ」

「仕方ないですね。私も厨房使わせてもらいましょう」

「油はねるかもだけど、その格好だと死なない?」

「油はねくらいだったらその場で治るので平気です」

「そんな、ヘルメットがなければ即死だった、みたいなこと言われても」

「なんです、それ?」

「いや、知らんならいいよ」

「よし、張り倒しましょう」

「きゃー、おまわりさーん」

「この人が私にこんな格好強要してきたんですー。よよよ」

「よし、シャレにならないからやめよう」

「あなたの汚い高音が不快だったので、つい」

「リンゴを飴に混ぜ込むのが不正解だとすると、リンゴは形を残すのが正解?」

「むしろ一切手を加えずに上から飴ぶっかけてそのまま固めるのが正解です」

「ぶっかけるだなんて、そんな」

「きゃー、おまわりさーん」

「この人ローブの下に爆弾巻いてまーす」

「ローブめくるのやめろ!!」

「人前でめくられてキレるくらいなら、最初からまともに服着ときゃいいのに」

「自分で見せるのと他人に暴かれるのとでは違うんですよ。心構えが出来ないじゃないですか」

「いや……うん、まぁ、まぁいいや」

「あと、純粋に厚着すると気持ち悪いんですよ。だからローブなんです」

「ふぅん?」

「鱗の上に何か身に着けることなんてありませんでしたからね。たぶんそのせいかと」

「ほーん」

「えいっ☆」

再びクロノのすねにアーシェのつま先がめり込む。

「…………うん……うん。うん、そういうのやめよ? 頼むから」

「ひとを痴女なんて言うからです」

「それいつまで引きずんの」

「向こう三日くらい」

「わー、うかつなはつげんしちゃったなー」

「向こう三日夕飯たかりますのでよろしく」

「あぁ、それなら別に。食べてくれる人が増えるのは純粋に楽しいし嬉しいから構わないぜ」

「そういうものなんですか?」

「そういうものなんだよ。まぁ、人それぞれだろうけど」

「そうですか。ではついでに星の王子さまも呼んでみましょう」

「なんかマジで知らない固有名詞が出てきて純粋にびっくりしてるんだけど。誰それ」

「さぁ、私もいまだにあれがどういうものなのか理解していません」

「それ、家ん中で放し飼いにしても大丈夫なタイプ?」

「さぁ、出たとこ勝負ですね」

「そろそろ新居の探し時なのかなーーーーーー?????」

「わざとらしい物言いはやめてください。怖気が走ります」

「あぁ、うん。それも目的のうちだから」

「三日間三食全部たかりますよ?」

「あぁ、うん。そのくらいなら別に」

「ついでに星の王子さまも三日三晩あなたの家に放置します」

「オーケイ、戦争だ。武器を構えろ」

「冗談ですよ、さすがに」

「講和条約結ぼうぜ。こっちの条件は、台風被害は一日だけにしてくれ、だ」

「今日リンゴ飴とタルトタタン。明日フォンダンショコラとガトーフロマージュ。明後日シャルロットとティラミスで」

「オーケイ、締結な」

「では、楽しみにしておきましょう」

「しっかり期待してろな。それでもびっくりさせてやる」

そう言って二人は別れた。

後日、リンゴを売っていた露店の店主は、店の前でいきなりS級とA級の狩竜者が険悪なムード醸し出し始めて死ぬかと思ったと語ったという……。

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