地球の外でーー
西暦2070年ーー。
人類は初の火星到達により、新たなるエネルギーを手に入れることに成功した。
そのエネルギーの名を「Σドライブ」と称された。
Σドライブにより、人類は次々と新たなる試み、そして宇宙開発における超重要資源として使用されることにより、次々とロケットの打ち上げ成功、人工衛星やスペースコロニーの製造に貢献した。
しかし、西暦2100年。開発途中の宇宙エレベーターの爆発がきっかけに21世紀の終わり。世界は豹変したーー。
窓の向こうに見えるのはいつも見ていた青い空ではなく、果てることなき星々の輝きが続く宇宙だった。
「なぁ、ハチ。ついに俺たちも宇宙で暮らせるんだな」
俺の横に座る二枚目俳優のようにかっこいい男はチェン・ホワンという俺と同期で宇宙関係の仕事に携わるやつだ。
「そうだな。それと俺のことをハチとかいうんじゃねぇよ。俺の名前は星野八郎だ」
悪い悪い、と反省しているのかしていないのかよくわからない態度をとるチェン・ホワンに俺も少し笑ってしまった。
「終点の月です。お忘れ物のございませんようご注意ください」
という機内アナウンスの呼びかけに応じて俺とチェンは荷物を持って、宇宙飛行線を後にする。
俺とチェンは、配属先が書かれた書類を受け取り、地図通りの道を通って向かった。
そして、扉の前に一度立ち止まり深く深呼吸して自動ドアが開いた瞬間、出せるだけの大きな声を出した。
「本日から、デブリ課に配属となりました。星野八郎です!宜しくお願いします」
深々とお辞儀をして周りの反応がないことに気づいた俺は、ちらっともう一度扉に書かれた文字を読むと、そこにはデブリ課ではなかった。
「残念だが、ここはデブリ課ではなく、管制課だ。デブリ課は、一番下の階だ」
「し、失礼しました……」
後ろでくすくすとチェンは笑っていた。
「気づいていたろ。おまえ……」
「まぁね、けど、ハチがあんなに堂々と入っていくもんだから止めるのも面倒になっちゃって」
「そこは止めろよ」
はははっと笑ってごまかしているうちに、エレベーターが止まった。
「じゃあ、僕はこの階だから。ハチも頑張れよ」
「ああ、おまえもな」
それから、しばらく止まることなく下へ下へとエレベーターは降下していく。
そろそろ止まってもいい頃合いじゃないかと思ったとき、エレベーターは最下層にたどり着き、扉が開かれる。
ここが、今日から俺の職場になるのかと考えると緊張せざるおえない。固唾を飲み、拳を握りしめ深呼吸をしてドアの前に立つ。
あれ?開かない?
宇宙船内は全て自動ドアって聞いてたんだけどな。
「あの〜、ここは自動ドアじゃなくて、手動ドアよ」
振り向くと、えらい美人そこにいた。
黒髪ロングの背の高い女性。完璧と言わざるおえないようなスタイルと輝かしい笑顔。
何より、あらゆる男たちを惑わす大きく膨らんだ胸が自然と視線が持っていかれる。
そんなことを考えているうちに、美しい女性は、ドアを開けて中へと入る。
俺もそれにつられるように中へと入り、管制課同様の挨拶をした。
だが、しかし周りの反応がない。ひょっとして間違えた?
俺から、見て右方向にいるパーマがかかった細身の黒人がそのまた横にいる太ったややハゲ気味の中年男性に涙を流しながら、すがりついていた。
「かっ……課長……。ついに、この……デブリ課にも来たんですね……」
「ほ、ほんとだよね。幻なんかじゃないんだよね……」
「ほんとですよ。我々にもついに救いの神さまが来たんですよ!課長!」
「やった。やった!ついに来たんだ新入社員が!」
二人は抱きつきあいながら、うれしさを噛み締めているようだった。
しかし、なぜそんなに喜ぶんだ?
手動ドアがまた開かれる。
男二人は、おお!っと期待したような顔をしたが、中へと入ってきたのは、宇宙服を着た人間だった。
「なんだよ。アリスちゃんかー。二人目とはいかなかったか……」
「まぁまぁ、一人来てくれただけでもよかったじゃありませんか」
男二人は、残念そうな顔をしているが、今の俺には興味のない話題だった。
それ以上に目の前に本物の宇宙飛行士がいることの方が何倍も感動する。
「誰だ?こいつ」
宇宙服の中から、声が聞こえた。
「アリスちゃん。その人は新入社員だよ。期待の新人だよ」
「こんなのが?……ふーん」
宇宙服の頭を外して、長い髪の毛を払う。宇宙服を着ていたのは、どう見ても俺より年下の女の子だった。
「なにさっきからじろじろ見てんのよ。この変態。先輩にはまず最初挨拶するもんでしょうが」
「あっ、はい。今日からデブリ課に配属されました星野八郎です。よろしくお願いします」
ぱちぱちと拍手を送られる中、宇宙服を着た少女は俺とは目を合わせようとはせず、扉の外へと出て行った。
「そうだ。今日はパーティーしようよ。新入社員歓迎会」
「いいですね!店の方には予約入れときますね」
「それで決まり!じゃあ、今日はもう終了。いつもの店行くよ!」
ぽかんと突っ立っていると、こっちこっちと黒人の男に導かれるままに俺はデブリ課を後にした。
「これより、新入社員歓迎会を始めたいと思いまーす!幹事は私部長マイケル・エジソンが勤めさせたいと思います。では皆さま、お手を拝借。……かんぱーい!!」
「かんぱーい!!!!!」
いつもの店と言われてやってきたのは、会社から約5分程度の距離の場所だった。
薄気味悪い裏路地を通り抜けて、ぽつんと構える居酒屋。店の名前は、「ストロベリーナイト」というらしい。
店の雰囲気も悪くない。少し狭かったりするが、気にするほどでもない。
ぐびぐびと酒を飲み交わす中、幹事である部長マイケルさんは、すっと立ち上がり、自己紹介をしようと言い出した。
それでは、まず課長から。と、和やかな雰囲気の中、自己紹介が始まった。
「えーっと、僕がこのデブリ課の課長のトーマス・ミュラーです。今日はパーティーなんで楽しく飲んでってください!」
「えー、続きまして私アメリカから宇宙に出て、早くも15年。今では、このデブリ課の部長を務めさせてもらっているマイケル・エジソンです。お見知りおきを」
そう言って、頭にかぶっていた帽子を取り出すと、中から、クラッカー音が響いた。
マイケルさんは、ジョークジョークと笑って自己紹介を終えた。
次は私ね。と立ち上がったのは、俺がデブリ課の扉の前で突っ立っているところを救ってくれた美人のお姉さんだった。
「えーっとですね。私の名前は、西浦ありさと言います。日本人です。これから先よろしくお願いします」
礼をした際に胸元寄せることで顔より、胸の方に自然と視線を奪われる。
そして、もう一人未だにこの場において自己紹介をしていない人物がいる。
その人物は、飯だけ食べてあとはずっとだんまりしている先ほどまで宇宙服を着ていた少女だった。
課長とマイケルさんが、ほれ、次はお前の番だぞ。と、うまく乗せようとするがそれでもだんまり。
やや、赤が入った黒髪ロングに、子供と間違われてもおかしくないほどの背丈。
どうやって宇宙服着てたんだ?この人。
そして、固く閉ざされていた口がようやく開く。
「音無アリス。日本人。ーー以上」
結局、わかったことは彼女の名前と国籍だけか。
「ところで、このデブリ課って、何をする仕事なんですか?自分まだその辺よくわかんなくて……」
俺のふと思った質問に、ごほん、と咳払いをして俺の素朴な質問に課長が答える。
「僕たちは、宇宙のゴミ拾いをしているんだよ」
「ゴミ拾い?」
「そう、ゴミ拾い。けどね、僕たちがデブリを拾うことは宇宙開発にとってとても大切なことなんだよ」
「どうしてですか?」
「秒速8キロを超える速度で地球の周りを周回しているデブリが実はものすごくいることを知っているかい?」
「いえ、知らなかったです」
課長は、酒を飲みながら、細かく説明をする。
「例え、ボトルサイズでも、宇宙船の一つくらい粉々にできてしまうほどの威力を持っているんだ」
「だから、我々デブリ課が存在するわけ」
付け足すように、マイケルさんが応答する。
「デブリ課って、これで全員なんですか?」
「いや、まだあと3人いるけど、みんな忙しくてさ。今日は来れなかったみたい」
へー、と聞いた割には、あまり興味なさそうな返事をついしてしまったことに後にして申し訳なさを感じてしまうが、そんなことは、酒を飲んで忘れればいい。
結局、終始どんちゃん騒ぎで楽しく交流を深め、これから先、同じ職場で働く人たちのことをよく知れた中、ただ一人、自己紹介を終えてから一言も喋らずに終えた人物がいる。
音無アリスーー。
彼女が一体何を考えているのかわからないまま、ーー俺の歓迎会は終了した。
「これが、宇宙服ですかー。なんか感動しますね」
「は?意味わかんない。それより、画面に表示されてるのをクリックしてみて」
「こう?ですか」
言われるがままに、クリックすると、一気に画面が拡大された。
「拡大されてる?」
ええ、大丈夫です。と答えると、今日はもうおしまいと言われ、俺の宇宙服を完全に着こなす訓練が終了した。
宇宙服を脱ぎ外すと、いかに宇宙服が重かったのかがわかる。体は汗でびしょびしょだし、体力的にもかなりきている。
俺が、壁に寄りかかり座り込むと、音無が近寄ってきた。
「もうへばっているの?情けないわね。宇宙服はユニフォームみたいなもんなんだから早く扱えるようにしておくこと。いいわね?」
そう言い残して音無は去って行った。
しかし、音無はまたこちらに戻り、宇宙服を再び着始めた。
「あの、どうしてまた宇宙服に着替えてるんですか」
「仕事が入ったからよ。あと、邪魔だから出てって」
「なんでですか?」
「着替えるからに決まってるでしょ!!女の子が着替えるんだからとっととあんたも着替えてきなさい」
近くのものをやたら投げつけてくる音無に恐れをなした俺は宇宙服を担いで別の部屋で着替えることになった。
ん?待てよ。俺も出るのか?宇宙に?
「こちら、管制官。ターゲットまで残り、60秒。十分に注意を払って、推敲してください。you copy?」
「i copy。こちらPS12、ターゲットを確認した。これより、回収する」
そう言って、管制官との無線での通信が終了したようだ。
「あの、音無さん、操縦席で話している人って誰ですか?僕、まだよくわからないんですけど……」
「あの人は、マリア・フレデリカさんよ。この船のキャプテン」
キャプテンか。俺の視線に気づいたのかマリアさんは振り向き、俺の方を見やる。
「あんたが、新入りさんかい?いきなりで悪いけど人員不足なんでね。早速だけどデブリを拾ってもらうよ。you copy?」
「ゆ、ゆこぴ?」
音無さんが、俺の耳を引きちぎるように引っ張る。
「you copy。わかったか?ってことよ。そんなのも知らないで宇宙飛行士になろうとしたの?」
「あ、なるほど。はい、わかりました」
「i copyでしょうが!!」
さらに、耳を引っ張られ俺の耳は、不快な音を響かせて激痛が走る。
「ほら、到着だ。さっさと回収してきな」
はいよ、と音無さんは返事をして俺の耳を摘んだまま足早にコックピットから去って行った。
小型デブリ回収船に乗り換え、デブリの位置まで移動する。
まだ、着慣れない宇宙服に違和感を覚えつつ、操縦をしている音無さんの背中だけをぼーっと見つめていた。
ふと、左側を見てみると、そこにはとても大きく、美しい青い地球があった。
「すごい、こんなに近くから地球を見れるなんて、初めてですよ」
「何言ってんのよ。宇宙に来る間に何度も見てるでしょうが地球なんて」
「全然違いますよ。だって、今、自分の足元に地球があるなんてすごいことなんですよ」
無線越しに音無さんのため息が聞こえる。
「あの、これから拾うデブリってなんなんですか?」
「はぁ?資料読んでなかったの?」
「資料なんてもらってませんよ」
またまたため息と舌打ちが無線越しに聞こえる。
「宣誓書よ。第三次世界大戦中に起きたロシアとアメリカとの終戦、およびアフリカの植民地支配を廃止することのね」
今の内容を聞く限りでは、それが宇宙にさまようデブリなのか。俺には分からなかった。
俺の考えに間違えがなければ、それはきっと。
「音無さん。その宣誓書を本当に拾うんですか?」
「何言ってんのよ。拾うに決まってるじゃない。それがデブリである以上はね」
「そんなのダメですよ!!絶対に。だってその宣誓書は平和のためにあるものでしょう。それを拾ったらダメですって。デブリだからって拾っていいものとそうじゃないものがあるでしょう」
「何言ってんのよ!?そんな平和だなんだのなんてどうでもいいのよ。それがデブリである以上私たちは拾わなきゃいけないの。それが私たちの仕事なのよ!」
無線越しで荒げた口調と舌打ちだけが耳に入る。
「絶対に拾っちゃいけないですよ。アフリカの人たちの人たちのためにも」
「いい加減にしろ!デブリがあるってことは危険なことなんだよ。たとえボトルサイズでも宇宙船を破壊できちまうんだよ。それをみすみす見逃せと?ふざけるんじゃね!!」
音無さんは思い切り俺の腹を蹴飛ばす。その蹴りで、俺は宇宙に放り出された。
あっ、やばい。宇宙船が遠のいていく。
このままじゃ漂流してしまう。足場がない。捕まるものも何もない。幸い、命綱があるだけ良かったものの、これからどうすればいいのかわからない。この果てしなく続く暗闇の中で音も何も存在しない世界に流されていくなんて。
そして、小型宇宙船が停止する。
「ほら、着いたわよ」
ゆっくりと宇宙船に近づき、目的のデブリと対面する。
だが、そのデブリは俺の想像としていたものとはかけ離れていた。
「……これが、平和の為に作られた宣誓書?どう見たって会社の広告じゃないか……」
その宣誓書には、言葉の上での平和は書かれているものの、その大半は軍の広告だった。
「笑わせるわよね。平和だのなんだのと聞いてていい言葉を並べてある割には、結局自分たちのことしか考えてないのよ。確かに、こんなのいつまでも放っといたら、問題になるかもね」
俺は、強く拳を握りしめた。どうして、こんなものを作ったのだと。どうして平和の為に作られたものがこんなことしか書かれていないのだと。
「音無さん。早く拾っちゃってください。これがデブリである以上」
「言われなくても拾うわよ」
小型宇宙船は、アームを使ってデブリを掴みそのまま動き始めた。
あとは、持ち帰ってリサイクルするだけか。青く光る地球をぼーっと見つめていると、小型宇宙船はPS12とは、真逆の方向へと動き始めた。
「あの、音無さん。宇宙船とは真逆に進んでるんですけど……」
「うるさい」
あ、はい。と、弱々しい返事をしてしまった。
そして、小型宇宙船は停止しアームでデブリをパージする。
「ちょっと、音無さん。何やってるんですか?デブリがどこかに行っちゃうじゃないですか」
「黙って、見てなさいよ」
言われるがままに、デブリを見続けていると、デブリは地球の大気圏に突入した。
すると、デブリは燃え始めたが、美しい虹色の光を放っていた。
「今日はね、その宣誓書が樹立した日でもあるのよ。だから、アフリカの人たちにとって、あの虹色の光が流星のように見えるはず。希望を示す光のように。そう思えば、あの役立たずのデブリにも作った甲斐はあったとは思わない?」
希望の光……。本当に綺麗だった。
「マリア。こちらデブリを処分に成功した。これより、帰投する」
「i copy。あんたにしては、気がきくことをしたわね。ーーこちらPS12。ターゲットを処分し、これより基地へ帰投する」
「i copy。こちら管制官、目的のデブリの処分を確認した。お疲れ様、アフリカの人たちもきっと見て喜ぶわ」
青い地球の中に、虹色の光が消えていく。
そして、音無さんはこちらに振り向き、親指を立てて俺を見る。ちょうど太陽と被さって輝いているように見えた。
「これで今日はおしまい。戻るわよ。you copy?」
「i copyです。音無さん」
そして、小型宇宙船はPS12へと、帰投した。