第六話:空戦騎《零》
二ヶ月ぶりの更新になります
お待たせしました
四日後。
有本 僚は現在、着ている真新しい制服の袖を捲った状態で、《試作三号機》の機体を下ろし立ての綺麗な雑巾で拭いている。
この場にもし深雪が居たら「上着くらい脱ぎなさいよ」とでも言われそうだが、彼女は現在ここには居らず、彼自身もその辺をあまり気にしないタイプだった為そのまま作業をしていた。
「君、ちょっといいかしら?」
「あ、はい。
何でしょうか?」
そんな彼に誰かから声がかかり、僚は反応した。あの戦闘からもう四日経ち、既に艦内にいた人達には粗方挨拶を済ませていたのだが、先程の声は初めて聞いた気がしたので彼は声の方を振り向いてみる。案の定知らない女性だった。
二十代前半くらいの「お姉さん」的な雰囲気を漂わせているその女性は見た限り僚よりかは歳上だろう。
「《信濃》の航空隊の隊長に御挨拶にと思って。
この辺りに居ることが多いと艦長から伺って・・・」
言いかけた女性は何かに気付いた様子で中断し、
「あら・・・?」
僚のことを見つめる。より正確に言うと彼女は、僚の顔から少しずれた辺りを見つめていた。
「あの・・・どうか、されましたか・・・?」
聞き返した直後、
「貴官が有本隊長でありましたか」
「え───あぁ・・・」
いきなり敬語になった所で、ようやく僚は視線の先が自身の襟元だと気付き、そこに手を触れた。
やはりというか、彼女の視線は襟元の階級章に行っていた様だ。
僚の階級は現在《准尉》だ。これがどの位置かというと《曹長》の一個上で《少尉》の一個下。
こないだの戦闘で大半の所属不明機を単騎で撃墜したことを評価されたというのもそうだが、隊長に任命されただけあり《曹長》以上の者をも指揮することになる為にこの階級となったのだ。
目の前の女性は階級章を見たところ《曹長》だったので彼女にとって僚は上官ということになる。
「制服が真新しいので、新人の方かと思ってしまいました。
ご無礼を───」
「気にしていないので大丈夫ですよ。
僕自身似たようなものですし」
彼女が詫びを入れるのに対して、僚は愛想良く返した。
「フフッ」
軽く微笑み、
「岩川航空基地より転属して参りました、桃山 縁と申します。
階級は曹長。
以後、宜しくお願い致します」
そう言って彼女、桃山 縁は僚に敬礼を返す。
僚も、彼女に返した。
「えっと・・・《信濃航空隊》隊長となります、有本 僚 准尉です。
こちらこそ、よろしくお願いします」
ちなみに余談だが、集会前に挨拶に来た隊員は彼女だけだった。
時刻、〇九〇〇。
《信濃》に新しい搭乗員達がやって来た。
新任艦長である神山 絆像の挨拶から始まった全体ブリーフィングも終わりを告げ、役職別ブリーフィングが始まる。
艦載機格納庫にて。
ここでは現在、航空隊と整備科、応急修理班がブリーフィングを行っていた。
「艦載機整備科主任、吹野 深雪です」
「応急修理班、班長の香坂 狼牙だ。
よろしく頼むぜ」
「応急修理班副班長の獅子谷 聖だ。
皆、良い面構えだ。
これからよろしく頼む」
その一角である航空隊員の集まりでは、真新しい航空隊制服を身に纏った僚がその場を仕切っていた。
「本日付で《信濃》航空隊隊長を務めます、有本 僚です。
よろしくお願いします」
平気そうにしながらも、僚は場の空気に押されていた。
見回してみただけでもかなり個性的な隊員達だった。
(なんかこの人数、思ってた以上に多いな・・・)
などと思いながらも辛うじて意識を保っている状態の僚。
その時、隊員の一人が「隊長さん、ちぃと質問良いか?」と尋ねてきた。
隊員の名は確か、火野 龍弥、だったはず。
彼に対し「はい、何でしょうか?」と返すと、龍弥が一人続けて言う。
「あんたがこないだの戦闘で《零》に乗っとった、言うんはホンマか?」
彼の質問に対し一瞬考えた僚は、
「・・・その情報、どこから・・・?」
思わず聞き返す。すると龍弥は淡々と述べた。
「俺の親父、情報屋やから。
どっかの誰かさんが機体の宣伝に戦闘ん時のデータ使ってた、ゆうて」
「え?そうなの吹野さん?」
整備科の班長で、近い位置に居た吹野 深雪に話を振ると、彼女はこっちを一瞬見たあと、目を逸らして「うぐぅ」と気まずそうに唸っていた。
本当なんだ・・・。そう思った直後、
「て、いうんは半分冗談」
龍弥がそう付け加えた。
「・・・半分?」
「うちの親父が情報屋で、それ聞いた、言うんはホンマのことや。
けどな───」
少し間を開ける龍弥。
「見とったんや、《九六式艦戦》から。
アンタが《信濃》に着艦した《零》から降りんのを」
それを聞き、そういえば、と思い出した。あの日、確かに《九六式艦戦》の編隊が飛んでいたのを頭の片隅程度になら覚えている。どうやら彼はその内の一機に乗っていた様だ。
「あんた、凄いな。
新型機単機で敵戦闘機と《騎甲戦車》を多数撃墜したんやてな」
彼は一度、僚を称える。だが「でもな」と一度話を区切り、
「隊長としての程度はどうなんやろか?」
と続けた。
「・・・」
僚が何も言うことも無いまま、龍弥はさらに続ける。
「親父が情報屋って言ったろ?
あんたが防大附属の工兵科専攻だったのも知っとるんや。
そん時の履修科目もその成績もな」
「・・・あまり、輝かしい成績は無かったでしょ?良くも悪くも、平均かそれ以下」
「せや。だから納得いかんのや。
なんでそないな坊主が隊長として俺達を従えることになったんか」
「まぁ、そうですね・・・」
年齢的にはあまり変わらないはずなんだけどな、というのはこの際どうでもいい。
段々と話が良くない方向に進んでいってる気がした。
少なくともそれは僚だけでなく、火野 龍弥という男を今ここにいる中で一番良く知る三人組も同じだった。
「なぁ、何であいつあそこまで躍起になってんだ?」
「さぁ・・・本人に聞いてみれば?」
青雲 幸助、菅野 花梨がこそこそと話す。
「龍弥、手柄一人占めされてイラついてるだけだろ」
そこに、城ヶ崎 小太郎がボソッと呟く。さらにそこから「あと、俺らが全員《信濃》に配属されるついでに一緒に連れてこられて大層ご立腹なんだろうな」と続けるから、二人は納得して吹き出してしまう。
「しかも隊長、准尉だってよ」
「准尉?
っていうと、アレ・・・小太郎さんって曹長だよな・・・」
「あぁ。
あと、俺以外にも曹長がもう一人居る」
「ってことは隊長、小太郎さんの一個上の階級なんだね」
「そういうことだ」
花梨の確認に答えながら、小太郎は未だに龍弥に喰って掛かられる僚を瞳の中で捉えていた。
「隊長も隊長で、まだ若い・・・ってか、幼い」
「まぁ、年下だし」
「お前アホか。
そういうことじゃなくてだな・・・あーいう性格なんだろうが、他人に強く言えない、って感じにみえる」
「あんだけ喧嘩腰でボロクソ言われちゃ強く言えないでしょ?」
「そんな態度だと隊長として部下に舐められんぞ、っていう話だ」
三人組がこそこそと話していたその頃、こちらの方でも話は進んでいた。
「僕も正直、納得できていません。
正直なことを言うと、なぜ吹野さんが航空隊の隊長に僕を選んだのかも、本心までは分かりません」
口を開く僚。
言おうかどうか迷った様に見せたが、言った。
「ですが、選ばれたからには最善を尽くすつもりです。それが、選ばれた者としての義務であり、責任だから。
少なくとも僕はそう思っています」
そう言ったら彼は「ほぅ」と反応した後、「吹野整備士長」と深雪を呼び、「出せる機体あるやろか?」と彼女に聞いた。
一瞬「はぁ?」と言った深雪は、
「あなた達が乗る簡易量産型機《二一型》は今頃製造中よ。
それに《試作型》は大体配付されてるか未完成か搬入されてないかで、艦内にある機体では《試作九号機》以外に空席で使える機体は無いわね」
深雪はそう伝える。すると、龍弥は「一機ありゃ十分」と返した後、僚に一つ提案する。
「有本隊長、俺と模擬戦せんか?」
直後に深雪は驚愕し「はぁ!!?」と叫び声を上げた。
ちなみに航空隊または応急修理要員班からは「良いぞ!やれやれ!」とか煽ったり「ふん、くだらん」と呆れたり。
それに対し、
「・・・いいですよ、構いません」
僚はそう返した。「ちょっと、僚!!?」と反応する深雪。それを他所に「ただし、条件を二つ程、付けさせて貰います」と続けた。「なんだ?」と龍弥が返すと、僚が条件を提案した。
「まず一つ。模擬戦中は《交戦規定【特一条】》を発令、武装の弾を全弾実弾で行う。
二つ。戦闘中は規定に則り、《迦楼羅》の使用を許可する。
ってことでよろしいですか?」
これには、格納庫に居たすべての搭乗員が驚愕する。
《交戦規定【特一条】》───自軍の機体を奪取された、または機体のパイロットが敵に寝返った時などに発令する規定だ。
味方機識別システムをカットし《FFS(Friendly Fire Safety=味方誤射防止用安全装置)》を強制解除する。それでいて目標の撃破を最優先事項とする為、誤射率の高い広範囲攻撃兵器の使用やそれを含む特攻が許可される。
《迦楼羅》とは、《零》に装備されている自爆装置だ。
これには深雪や龍弥だけでなく、他の者達も唖然としてしまうのに無理はない。
「おいおい、正気なん?
そんなこって、コクピットに電磁投射砲で『ズドンッ!』なんてことやってもええんか?」
そう言ってきた龍弥に対し、
「その時は───お互い『その程度の奴だった』ってことでいいんじゃないですか?」
僚はそう、煽り口調で言葉を続けた。
「・・・えぇで、気に入ったわ」
しばし黙った龍弥が、
「やったるわッ!!」
中指立てながら絶叫したことにより、現時刻一〇〇〇、模擬戦と言う名のデスマッチが始まった。
「ねぇ、僚・・・」
機体に乗り込む直前、深雪に止められる。
「はい?」
「あまり、無茶しないでよね?
《試作三号機》、まだ全快じゃないのよ」
言いながらも、僚に《試作三号機》の起動キーを渡す深雪。
「特に右腕。
反動が強いロシア製の銃なんて使ったせいで、間接部の消耗も酷いわ」
「・・・ありがとう、心配してくれて」
そう返したら深雪は、「え゛っ!?」と反応し、その直後に、
「べ・・・別に・・・アンタのことじゃないんだからっ・・・かっ、勘違いしないでよね!!?」
慌てる様な素振りでそう返してきた。
「機体のことでしょう?分かってますよ」
「そ、そうよ!
・・・分かってるなら、良いわ・・・」
そう言って、会話が切れる。
僚が《試作三号機》のコクピットに入り込み、機体を起動する。
あの日の如く、機体の起動シークエンスが始まる。
その時、
「あれ・・・?」
画面に映った表示に違和感を感じ、
「・・・あっ」
それの正体───画面に表示された機体名の違い───に気が付いた。
『《零式艦上空戦騎 試作型三号機》
SISTEM GREEN ZONE
TAKE OFF STANDBY』
「空、戦・・・騎・・・?」
英語表記こそ《ZERO Type Transfer-Of-Knight-Machine Ship Carried Fighter PT Model 03rd》のままだったが、漢字表記名が改まっている。
「・・・かっこいい」
素直に感想を述べる僚だった。
戦艦《信濃》の飛行甲板に敷設された、この一週間でちゃっかり改修を受けていた空戦騎専用 超電磁カタパルト《天之梯子》二基より、二機の《零式TOKM艦上戦闘機》───改め《零式艦上空戦騎》───《試作三号機》と《試作九号機》が飛び立った。
しばらくして、僚のもとに通信が入る───《試作九号機》からだ。
通信を繋ぐと、龍弥の顔がウインドウに現れる。僚は出会い頭に煽ってみた。
「意外でした。
僕以外でも飛べるんですね」
『まともに航空機乗ったことないド素人にも操れるんや。
安心して乗れるわ』
煽り返される。
平行して飛翔していた二機の機体が、左右二手に別れた。
そして互いに離れていき、別れた位置から直線で8kmは離れたであろう辺りで、二機は方向転換して正面に向き合った。
『『交戦規定《特一条》発令。
FSS、解除。
各戦闘員は味方への誤射に注意して下さい』』
各々のサブモニターからアナウンスが鳴り、直後に互いのレーダー画面に映る互いの反応から『友軍機』を意味する表示が消えた。
『・・・ほな───』
「───戦闘開始です」
そう言い合って互いに通信を遮断し、互いに前進した。
互いに衝突コース。
だが、互いに撃たない。互いに回避をしようともしない。
この場合の定石は『先手必勝』か、はたまた『先に出る者が敗れる』か。二つに一つ。
だが、互いに出ない。
いや、片方は既に『先手必勝』に賭けていたのかもしれない。
《試作九号機》コクピットにて。
龍弥は僚が撃つまでは撃たないつもりだった───勿論、彼の戦法を見極める為に。
「隊長、まだ火器使わないんか!?
もう機関砲の有効射程内やぞ!!?」
だが、もう距離が1000mを切っていた。
電磁投射砲の有効射程は2000m、最大射程は3500m。回転銃身機関砲の有効射程は1100mで、もう撃たれてもおかしくない距離だった。それだと言うのに、僚は撃ってこない。
「電磁投射砲どころか回転機銃すら使わんとはな!」
500、400、300。
段々と近づいていく。
100を切った。50、40、30、20。
そして、残り10mになった。
避けようとする龍弥。その時───《試作三号機》が“兵士形態”に変形し、右腕で殴ってきた。それも、避けようとした先を狙って。
「ファッ!!?」
慌てて回避しようとするが、ギリギリで間に合わず若干掠った。機体そのものには大したダメージにならなかったが、バランスを崩すには丁度良く、霧揉み状態になり落下しかける。
「いきなり変形して近接格闘?
やりおって・・・ッ!」
そう言いながら、逆噴射で体勢を戻す。しかし、変形はまだ使わない。
彼の脅威───本来想定されていない “兵士形態” から “戦闘機形態” への変形を行えるということ───を知っているから、龍弥はすぐさま攻撃して速攻で決着をつけようとした。攻撃し続け、変形する暇を与えなければいい。そう考えたが故に、彼は電磁投射砲と機関砲を斉射した。
蒼穹を縦横無尽に駆け巡り《試作九号機》の弾幕を回避する《試作三号機》。機体がステップを踏む様に移動する度、様々な方向からくる圧力で「ふっ」「はっ」と息が漏れる。
龍弥の弾幕から「変形させないつもり」という意図が丸見えだった。
「なら───こうする!」
そう言って僚は操縦桿を操作し、頭部近接防御機関砲を放つ。
自動照準だが、狙いはコクピット。
フルオート射撃。
簡単に回避されるが目標を止めるには十分、攻撃が止んだその隙に変形する。
「甘かったですね」
そう言って、後ろに付いた僚はレールガンを最大出力で撃った。
電流が迸るかの様な感覚を感じる。
「くぅっ!」
後ろから来た電磁投射砲の弾丸を回避した《試作九号機》。
そして、回避行動に合わせて《試作三号機》の後ろに付いた。
「これで終わりやぁっ!」
龍弥が吠えながら撃とうとしたその時、警告が鳴った。
「───なっ・・・!!」
R 〇/三二 , L 〇/三二 。
電磁投射砲の残弾が尽きた。先程、躍起になって撃ち過ぎた為だ。
一度冷静になって、変形して頭部機関砲を撃てば良いと考えた頃には遅かった。
《試作三号機》の電磁投射砲が後ろ、つまり《試作九号機》の方を向いていた。
電磁投射砲は可動式の為、後ろに向けて撃てる。
「んなアホな───」
次の瞬間、最大出力で加速された70.0mmの鉛弾が、《試作八号機》の電磁投射砲を主翼ごと根刮ぎ穿っていった。
その衝撃で彼は意識を失った。
若干話が遡り、視点は僚に移る。
《試作九号機》の後ろから、僚は電磁投射砲を最大出力で撃った。その弾丸を辛うじて回避する《試作九号機》。
そして、回避行動に合わせて《試作三号機》の後ろに付く。
だが、撃ってこなかった。
おそらく、先程躍起になって撃ち過ぎた為に電磁投射砲の残弾が尽きたのだろう。
否、僚はそろそろ弾切れだろうと見計らっていた。
だから、龍弥が回転機銃を撃つなり変形するなりするより先に行動できた。
《試作三号機》の電磁投射砲を後ろ、つまり《試作九号機》の方を向ける。
この機体の電磁投射砲は可動式の為、後ろに向けて撃てるのだ。
「王手、かな」
引き金を引く。
「あ・・・」
そこで、僚は気付いた。最大出力のまま撃っていたことに。
次の瞬間、最大出力で加速された70.0mmの鉛弾が、《試作八号機》の電磁投射砲を主翼ごと根刮ぎ穿っていく。
「やっちゃった・・・」
主翼を失い墜落する《試作九号機》。
パイロットの火野 龍弥は衝撃で気絶しているか、例え気絶していなかったとしても、機体は主翼を失っており、飛行することができないだろう。どちらにしても機体が身動きせずに落下していくのに変わりはない。
そして《試作九号機》は下に広がる海へと落下していく。もし落ちたら、それこそ大惨事となりかねない。
「間に合うか・・・!?」
僚は全力で《試作三号機》を駆り、墜ち行く《試作九号機》の救援に向かう。
「───間に合わない・・・いや───!!」
そして、ある程度近づいたら僚は《試作三号機》を “兵士形態” へと変形させ、
「───間に合わせる!!」
機体の右腰部に装備されたワイヤーアンカーを射出し《試作九号機》に打ち込んだ。
牽引し、機体を受け止め墜落を阻止しようとしたのだ。アンカーが《試作九号機》の腰に当たって打ち込まれ、ワイヤーが伸びきった直後、コクピット内に物凄い衝撃が走る。
「ぐぅっ!!」
右手が無意識に力み、それから少し遅れて、視界がブラックアウトしかねない程の衝撃に僚は襲われる。
「───ぁあっ!?」
実際に一瞬だけ意識が飛んだらしく、機体がバランスを崩しかける。
だが、
「まだだっ!!」
自分を鼓舞し、全身のスラスターを吹かして無理矢理体勢を立て直し、ワイヤー巻き取りの操作をして《試作九号機》を回収する。
機体の右腕を伸ばし、《試作九号機》の胴体部を抱えながら《信濃》へ戻った。
その頃、艦内では
「緊急着艦準備、急いで!!」
青ざめた表情の深雪が指揮を執っていた。
「豪ー!
早く早くー!」
「うぅむ、着任初日から初仕事か・・・」
「ハッハッハ!新参は皆威勢が良いな!
なぁ聖!」
「全く・・・威勢が良いだけなら、良かったんだがな」
艦載機整備科だけでなく応急修理班までもが、あせあせとマットやらネットやらを運んでは繋げ乗せては繋げをバケツリレー方式で繰り返し、二機の緊急着艦の準備をしていた。
「ぁあんの、バカぁ・・・!!」
ボロボロになった《試作九号機》を抱えながら、《試作三号機》が帰還した。
緊急着艦用マットを敷き締められている後部飛行甲板に《試作九号機》を降ろすと、その反動で過負荷に何とか耐えきった《試作三号機》の右腕が肩の関節から外れマットからはみ出た甲板上に落っこちる。装甲の各所にも、大なり小なりの擦り傷や凹みがあった。
そのまま《試作三号機》はその場で方膝立ちになり、双眼の光を落として沈黙した。
そこに一人、駆けつける少女がいた。深雪だ。
《試作三号機》のコクピットを開き、一息吐こうとした僚に対して彼女は、コクピットに入り込んで彼の胸ぐらに掴みかかる。そして、彼が何事かと反応する暇すら与えずに彼の鳩尾に正拳突きを咬ました。
「ごふぁっ!!」
衝撃で気を失いそうになる。次の瞬間、
「バカっ!!」
罵られた。さらに、彼女は「バカバカバカバカバカバカバカぁっ!」と連呼しながら僚を殴り付けた。
正拳突き、裏拳、平手打ち、手刀打ち、様々な攻撃が僚に襲いかかり、右頬、左頬、眉間、側頭部と、散々彼女の拳で打たれる。ある程度して殴るのを止めた深雪は、息を荒げながら彼の胸ぐらに掴みかかりながら怒鳴った。
「あんた、ねぇ・・・また無茶して、こっちがどれだけ心配したと思ってんのよ!!
無茶すんなって言ったじゃない!!
今度またやったら、シースパロー喰らわせるわよ!!」
深雪の顔が視界に入り、僚は、彼女が泣いていることに気が付いた。
「ごめん・・・」
僚は謝ったが、直後両肩を掴まれ、
「ごめんで済むかぁっ!」
鳩尾に二度目の盛大な頭突きを喰らった。
その一撃が爆ぜ、一瞬で彼の意識がブラックアウトした。
目が覚めたら、見たことない部屋のベッドで寝かされていた。
「ここは・・・?」
言いかけたとき、
「・・・起きた?」
女性の声が聞こえた。思わず「えっ?」と反応して声のした方を見ると、ベッドの隣で、深雪が椅子に座っていた。
「ごめんなさい・・・。
ちょっと、躍起になっちゃって・・・」
そんなことを言い出す深雪。
「気にしなくて良いよ。
それに、僕の方こそ・・・ごめん。
君が頑張って作った機体を、ボロボロにしちゃって・・・」
「そんなことは良いのよ・・・」
呆れる深雪。
「私はただ、あんたが無理したのを咎めたかっただけで・・・。
───い、いや!何でもない!
・・・別に何でもないわ!」
「何が何でもないんだか・・・」
僚はそう言いながら、近くに置いてあった鏡を見る。顔中痣だらけだったが、人の顔の形は留めているから別にいいかと思う。
と、ふと思った。
「そう言えば、火野さんは?」
「ふぇっ?あ、あぁ。
火野兵長ならまだ医務室で寝てるわ。
命に別状はないけど、様子が気になるなら行ってみれば?」
そう言って彼女は部屋を出る。
扉を閉める前に「あーそうそう。ここ、あなたの部屋だから。いっつもコクピットで寝るのもアレだろうから用意しといたわ」とだけ言って彼女は扉を閉めた。
僚は時計を見る。もう数秒で一五五四を迎えるといったところだ。・・・四時間近く寝てたんだな。
「様子、見てくるか」
そう言って、僚はベッドから起き上がる。
まだ鳩尾辺りが痛むが、気にするほどではない。いや、気になるレベルだったが気にしないことにした。
靴を履き、部屋の扉を開いた。
部屋の扉が開いたその時、通りかかった二人の少女と目が合った。
僚は一瞬戸惑い「え?」と目を凝らした。その二人に見覚えがあったからだ。
「あら、僚の部屋ここだったの?」
片方が言ってきた。その声を僚は良く知っている。
「陸駆 雷華さん、と電子さん・・・?」
彼女達は双子の姉妹だ。陸駆 雷華が姉で、陸駆 電子が妹。
中学一年の時からの知り合いで、二人共僚の同級生だった。二人共、高校は飛び級で卒業していったけど。
ちなみに先程尋ねてきたのは姉の雷華だが、次に妹の方の電子が聞いてきた。
「僚さん、名前覚えててくれてたのですね!」
彼女の言葉に対し「まぁ、中学時代からの付き合いだし」と返した。
そして、ふと疑問が生じる。
「そういえば二人共、なんでここに?
確か二人共陸軍部の歩兵科だよね?」
彼女達は海軍部ではなく陸軍部のはずだ。まぁ、自分もそうだったが。
「あー、それについてはね。
海軍の人に『新型艦載機のパイロットにならないか?』って赤紙が来て、航空機の訓練も一応やってたし断る理由もないから来ちゃったのよ。
新型機貰える、って待遇良さそうだし」
「え、二人共?」
「え、まぁ・・・はい」
二人共この艦の航空隊に配属となっていた様だ。まぁ、可変機だし仕方ないね。
と、「それにしてもさぁ」と話題を変えようとする雷華が、
「あの暴力女、なんなの?
僚のこと滅茶苦茶殴ってさぁ・・・少し懲らしめてあげたいわねぇ───」
とか言い出した。心無しか若干表情がマジで怖い。
「気にしなくて良いよ。
やり過ぎたって謝ってきたし、僕だって機体二機も壊しちゃったこと反省してるし」
そう言って雷華を宥める。
「そう?・・・なら、いいわ」
そう言って和らぐ雷華。
時計を見やる僚。時刻は一六〇二だった。
「それじゃ、ちょっと医務室行ってくる。
龍弥さんそろそろ目覚めたかな」
そう言って、二人と別れた。
目覚めたら《信濃》の医務室だった。
時計を見たところ、時刻はもうすぐで一六三〇になる辺り。
そこに「あ、火野兵長」と呼ぶ声が掛かった。
彼を呼び止めたのは衛生兵科の久々利 奈々緒。階級は上等兵だった気がする。
そこで龍弥は奈々緒に事情を聞くことにした。
主翼を失い墜落する《試作九号機》に対し、《試作三号機》は機体の腰部に装備されたワイヤーアンカーを機体に打ち込んで牽引し、機体を受け止め墜落を阻止したらしい。
ちなみに当の本人は「また無理をした」と深雪にフルボッコにされたらしい。「『また』ってなんや」と突っ込みかけたが何となく察することができたので止めた。
そこまで話したところで奈々緒は「それでは私は鏑木中尉に呼ばれているので、これで」と言って、退室していった。
そろから何分間か横になっている。
「・・・暇やな」
あまりにやることがなく、そうぼやいた。
「気が付きましたか?」
丁度その時、僚が部屋に入ってきた。
その顔は痣や紅葉跡だらけである。本当に殴られたんやな、と思った龍弥はさすがに痛々しかった為に、
「怪我、大事か?」
尋ねてみたが、僚は「いえ、大丈夫ですよ」と返すだけだった。
しばし、沈黙する。
沈黙を破ったのは───龍弥だった。
「何で、受けたん?」
「はい?」
すっとんきょうな返事が返ってくる。
質問が悪かったか、と、龍弥は聞き直した。
「なんでお前さん、隊長になるん?
言うてたんから察するに、本当はやりとうないんと違うか?」
質問に対し僚は「・・・さぁ・・・何ででしょうね」と呟いた。
自分でもようわかっとらんのか、と突っ込みかけたところ、
「なんとなく彼女が・・・似てるからかな、って・・・」
そう、僚は返してきた。
「彼女?」
一瞬考えてしまったが、すぐに『彼女』が吹野 深雪だと察することができた。
「・・・似とるって誰に?」
「幼馴染みです。
・・・あそこまで尖った性格じゃないですけど、幼い頃一緒にいた女の子に」
「・・・これまたメルヘンな話やな」
聞いた龍弥は、中々に呆れていた。
「で、なんや。
吹野はんに惚れとんのか?」
「べ、別にそんなんじゃ・・・!!」
「ハハハ、まぁ、何となく分かったわ」
軽く苦笑した龍弥はそこまでで少し咳き込み、
「・・・認めたるわ」
その一言を、気恥ずかしそうながらも言った。
一瞬、「えっ?」と僚がすっとんきょうな反応をしたが、あまり気にせず龍弥は続ける。
「お前さんを隊長って、な」
「・・・ありがとう、ございます」
そう言って、手を差し出した。
そうして、二人は握手した。
次の日のことだが、陸駆 雷華及び陸駆 電子には専用機として《零式艦上空戦騎 試作型》が配当された。より正確にいうなら、当初から配当予定だった機体が搬入し終わった為受け渡された。
それぞれ《試作型七号機》と、《試作型十一号》。
深紅色に塗装されているのが《七号機》で、対照的に濃紺色なのが《十一号機》。
一方で《試作三号機》と《試作九号機》は演習の結果を見れば一目瞭然であろうがどちらも破損してしまった為に、格納庫奥にある艦載機用簡易整備工敞で修理することになった。
《試作三号機》は右腕と肩部機関砲が右肩から脱落したのを含め全身各所の関節部の修復のみで一週間もあればなんとかなる様だったが、一方で《試作九号機》は両翼を完全に失った為、替えのパーツができなければしばらく飛ぶことが許されない状態だった。
次回予告
演習を経て、あとは出航を待つのみとなった《信濃》
その艦長室に巫女服姿の謎の女性が現れる・・・?
次回、紅蓮の艦隊 -the Great Battleship of Scarlet Fleet-
第七話
『天岩戸の巫女』