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踏み台勇者のテンプレ的日常  作者: ちとし
1章:踏み台勇者と成り上がり主人公
3/12

前兆:消えた主人公

 ようやくだ。ようやく待ちに待った時が訪れた。

 今日、俺達勇者はダンジョンへと足を踏み入れる。

 召喚されてから約二週間、短いようで長かった。とても長かった。

 元の世界にいた頃からの憧れ。募る思いに胸を膨らませていたが、それがようやく現実の物となる。

 いつもより三時間早く起き、身だしなみや装備もバッチリ整えた。王宮食堂が稼動していないことも想定済み。食堂で事前にパンのようなものとジャムのようなものを頂いてある。

 朝食を終えた俺は訓練場へと向かった。胸が弾んでいるせいか、いつもより早足だ。

 道中、俺は来るべき理想の未来を思い描いていた。自分の死を偽装し、自由の身となった後の人生。俺が本当に自由となれる第三の人生。

 異世界のあちこちを冒険し、世界中に点在するダンジョンを攻略し、ドラゴンとか精霊とかファンタジー溢れる生命体と出会う。

 ああ、待ち遠しい。早く冒険者ギルドに登録したい。ステータス確認時に受付のお姉さんが「少々お待ちください!」と慌てて奥に駆け込み、奥からギルド長が登場するシーンを生で見たい。


「……あれ?」


 そうこうしているうちに現場へと着いたのだが、どうも様子がおかしい。


「誰もいない」


 集合場所である訓練場には、誰の姿も無かった。よくよく考えてみれば当然の事だった。本来の集合時刻は今から二時間以上も先なのだから。

 結局、俺はその場で二時間以上待ちぼうけを食ったのだった。







 約二時間後、訓練場に集合した勇者一同は訓練教官の騎士から今日の訓練の説明を受けた。

 勇者五十名は三班に分かれ、護衛の騎士十名と共にここ『アヴァンテ』から少し離れた位置にある三つのダンジョンにそれぞれ向かうそうだ。

 俺の班が向かうのは『ライダバ』と呼ばれるダンジョンだ。もう百年以上も前に攻略されたダンジョンで、今では新人の騎士や新米の冒険者が経験を積みに訪れるいわば『初心者専用ダンジョン』だ。

 何万回にも及ぶ潜入から収集された情報は正確で、滅多なことがない限り大事に至る危険はないということも証明されているらしい。

 そのため、今回のダンジョン探索には戦闘能力が低いクラスメイトも加わっている。いざという時のために、少しでも体を慣らしておけというお達しだ。

 この物語の主人公こと緒方は、お約束通り大川率いる不良組みと一緒だ。緒方と西条のやり取りに嫉妬した大川が何かしでかさなければいいけど。

 佐竹も緒方と同じ班にいることだし、後で話を聞いてみよう。


「よし。では、出発!」


 道中に盗賊や魔物などの襲撃は無く、舗装された道に沿って歩くこと約三十分。

 俺達はアヴァンテ全体を見下ろせる丘の上にあるダンジョン『ライダバ』へと到着した。

 そのまま石造りの階段を降り、ダンジョン一層目へと降りた俺達。

 ダンジョン内は思っていた以上に快適だった。特に湿気が多いわけでもなく、空気が淀んでいるわけでもない。壁もコケやカビが見当たらず比較的綺麗な状態を保っている。

 階段を下りた先には円形の広間があり、そこから道が四方八方に分かれていた。どの道から進めばいいのか分からない状態だ。

 騎士達は各々好きな道を選べという。『階段を勝手に降りない』というルールを守れば、後は好きなように行動してもいいらしい。

 どこからか罠の危険を指摘する声が上がるが、先頭の騎士が暢気な声で返答する。元々、このダンジョンには罠や隠し罠が存在していないそうだ。


「もう何十年も前に攻略され、隅々まで調べつくされたダンジョンだからな。その気になればいつでもコアを破壊できる」


 騎士の言葉を聞いて安心したのか、何人かが安堵のため息をこぼした。

 せっかく昨晩から気合を入れて準備していたのに、少し拍子抜けだ。まあ、初心者向けダンジョンだから仕方がないか。

 騎士の「解散」という声を合図に、俺達はバラバラと行動を開始した。

 俺も好きな回廊を進もうとするが『踏み台勇者』という肩書きは伊達ではない。合図と同時に、班の大半のクラスメイトが一緒に進もうと声をかけてきた。

 仲間は沢山いるに越したことはないのだが、さすがに十人以上で束になって行動するのはマズい。

 今回の目的は実戦闘の感覚に慣れること。こうも大人数で行動しては仲間内のお気楽ムードが拭いきれない。言ってしまえば、緊張感に欠けるのだ。


「こらこら、そんなに固まったら意味ないだろ!ケイゴ、お前は一人で行け。他は三人一組で行動すること!」


 騎士様の鶴の一声により、事態は解消された。

 しぶしぶといった様子でクラスメイト達はそれぞれチームを組みダンジョンの奥へと進んでいった。

 一人残された俺は近くの回廊へと歩を進めた。回廊には電球のような光を放つ物体が左右の壁に一定の間隔で取り付けてある。

 これほど胸が高鳴るのは、物語という本を手にした時以来だな。

 俺の目指す未来は『異世界出身冒険者』。こういったダンジョンの探索も、俺が真に求めていたものの一つ。

 小説の主人公達が通った道を、今自分が通っているのかと思うと感慨深い。


「ただ、空の宝箱ばっかりって言うのは何だかなぁ……」


 これまでに幾多の戦士達が訪れたダンジョンだ。宝箱の類は全て無いものと思っていたが、実際に目の当たりにすると少し気が沈む。


「まあ、今回はこっちの方がメインだし。一丁やってみますか」


 俺は腰に掛けてあった鞘から剣を抜いた。

 空の宝箱を確認し背後へと振り返ったその先には、ぶよぶと蠢く緑色の球体がいた。

 地面をズルズルと這いずりながら進むそれは、全体をぷるぷると揺らしながらこちらへと向かってくる。

 本来なら【解析】のスキルを使いスライムのステータスを確認したのだが、毒々しい色をしたスライムの体に触れるのは少し気が引ける。

 【真実の瞳】も相手の嘘を見抜くだけで、敵のステータスを表示したりは出来ない。


「敵のステータス表示は緒方(主人公)の仕事……ということにしておこう」


 俺は片手で剣を軽く振った。同時に、十メートルほど先にいたスライムはまるで水風船が割れるように弾け飛んだ。


「やっぱりこうなるよね」


 『踏み台勇者』特有の異常に高いステータスの前ではスライムなど紙切れ同然だ。

 少なくともこのダンジョンを攻略する間は戦闘で苦労することはないだろう。

 その後、俺はダンジョン内を探索しながらスライムを数匹倒し、一同が集う二層へと続く階段前へと到着した。


「よし、これで全員揃ったな。今回の訓練はここまでだ。一度地上へと帰還するぞ」

「えっ、俺達まだまだいけますよ」

「敵も全然強くなかったし」

「もうちょっと探索を続けたいです」


 初めてのダンジョン探索で気分が高揚しているのだろう。クラスメイト達は一様に探索続行の意思を見せる。


「ダメだ。ダンジョンにいる間は時間感覚が狂ってしまう。調子に乗って長時間潜って、うっかり大事な約束をすっぽかしてしまうことだってあるんだぞ。ここにも一人、根をつめすぎて入団試験をすっぽかした奴がいる。なあ、スティーブ」

「ちょっと先輩!勇者様達の前でその話はやめてくださいよ!」


 二人の騎士のやり取りを見ていた周囲からは思わず笑みがこぼれる。場の空気を掴むのがうまい人だ。

 結局、今回の探索は一層のみで終了となり、一同は地上へと戻った。

 つい先ほどまで青かった空はいつの間にか茜色に染まっており、ダンジョン内では本当に時間感覚が狂ってしまうのだと改めて実感した。

 俺達はダンジョン探索の感想をそれぞれ漏らしながらアヴァンテへと帰還した。







 夜、俺は念話スキル【ファイ】を使用して佐竹に今日の探索の話を聞いていた。


「マジかよ。あいつら初っ端からやらかしたのか」

「ああ。俺も人伝てだから詳しくは知らねえんだけどよ」


 佐竹曰く、大川率いる不良組は早速緒方を罠に掛けたらしい。

 佐竹達の班も俺達と同様に一層のみを自由に探索したそうだ。だが、俺達の探索したダンジョンと違い佐竹達の探索したダンジョンには一つだけ注意点があったらしい。


「ダミートラップ?」

「ああ。一本道の一番奥に宝箱があるように見せかけて、実は一本道の途中に転移魔法が仕掛けてあんのさ」

「行き先は?」

「完全にランダムらしい。未だに仕組みが解明出来なくて解除もままならないんだと。んで、苦肉の策として立ち入り禁止のロープをぶら下げたそうだ」

「ロープがあったんだろ?何で緒方はロープの向こう側にある魔方陣に乗ったんだ?」

「さあな。こっからは人伝てと俺の知識から生み出された予測混じりの情報になるんだかいいか?」

「頼む」


 佐竹は順を追って説明を始めた。

 まず、班がそれぞれのダンジョンに向かっている最中の事だ。大川達は緒方に自分の荷物を全て押し付けたそうだ。

 荷物自体はそう重たいものでないのだが、運動を苦手とする緒方にとってはそれがかなりの負担になったらしい。

 列の最後尾にいた緒方は徐々に列から離れ始める。それに気付いた西条は緒方に近寄り、一緒に荷物を持って歩き始めた。

 それに気付いた大川の表情は強張り、取り巻きたちはご機嫌取りに走る。その際に三人は色々と話し込んでいたらしい。佐竹は少し離れた位置にいたため、内容を聞き取るまでには至らなかった。

 ダンジョン到着後は俺達の班とほぼ同じ流れだ。一つ違う点として、佐竹の班ではダミートラップには決して近づかないようにと注意喚起が行われた。


「そして、これは俺の予想。多分あいつ、自分で回復薬を落としたんだ。帰り道で回復薬もったいねーとか言ってたし」

「なるほど。ダミートラップを発見して、そこでわざと回復薬を通路に向かって落としたわけか」

「ああ。で、これが目撃情報。大川の奴、雷のスキルを通路に向かって放っていたらしい」

「ダメ押しか」

「多分な。目撃した奴も、なんでトラップに向かってスキルを放ったのか分からないって感じだった」


 その後、一同が集合した場にはもちろん緒方の姿は無いわけで。

 クラスメイト達は先にダンジョンを離脱し帰還、護衛の騎士の一部がダンジョンに残って緒方を現在も捜索中と。

 騎士達が答えにたどり着くのは時間の問題だろう。


「緒方の事は皆知ってるのか?」

「一応他の班には話すなって言われたけど、西条の奴が盛大に焦ってたからなぁ……多分、明日になれば全員にいきわたってるんじゃないか?」


 これもお約束の展開だな。主人公を心の底から心配するヒロイン。きっと今頃悲しみにくれる西条の隣では島田が「大丈夫」と慰めていることだろう。

 そして、下心を紳士という名のメッキで覆い隠した大川が「大丈夫だ。俺がそばにいてやる」と寒い台詞を吐く姿が容易に想像できる。


「後は緒方が無事戻ってくるかどうかだ」

「そうだな。とりあえず、俺は俺で動いてみるよ。元気なさそうな奴に声掛けてみる」

「流石は羽追!俺に出来ないことをを平然とやってのけるッ!そこにシビれる!あこがれるゥ!」

「……なにそれ?」


 佐竹の冷やかしが始まったためスキルを解除。

 俺はベッドにもぐりこみ、まどろみの中へと落ちていった。


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