分断:ダンジョン攻略中
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ダンジョン『マイラ』。
地下へと続く階層型ダンジョンで、現在は第十層までが攻略されている。
内部は全面石造りの構造だ。通路の縦幅は緒方の身長よりも一メートル程高く、横幅は俺達が一列に並んでも余裕で歩けるくらい広い。
俺達はリーシャの案内の下、第十層へと向かった。騎士達の攻略の定石として、下へ降りる階段に続く道には一定間隔で光源魔法具が設置されている。これにより次に来た探索者は、迷うことなく階段にたどり着くことが出来るのである。
「ッ!敵だ」
緒方がそう言うと同時に、西条達は戦闘態勢に入った。
俺の【探知】にも、突き当たりの右側から迫ってくる敵の魔力反応が映っている。敵の数は二体。
「ナルザだ」
俺達の前に現れたのは、全長一メートル程の青いエリマキトカゲのような生物だった。
「奴らは直線の行動は素早いが、逆に横の動きは鈍い。まずは回避に専念しろ。直線軌道だから回避か簡単だ。回避後は脇から敵を切りつける。それで終わりだ」
リーシャは盾と矛を構え、周囲に指示を出した。
西条と島田は剣を構え敵を睨む。俺も一応剣を抜くが、二人のように構えることは無い。緒方は棒立ちのまま、敵を見据えていた。
「来るぞ!」
リーシャが叫ぶと同時に、ナルザ二頭は直進移動を開始した。
ナルザの移動速度は確かに速かった。しかし、アヴァンテ最強の騎士と勇者の中でもトップの実力を誇る二人の敵では無いだろう。
予想通り、ナルザの攻撃を危なげなくかわした三人はナルザを脇から攻撃した。
リーシャは矛で一突き。西条と島田は二人で剣を振り下ろす。
二頭のナルザは息絶え、消滅した。
「よかった。これくらいなら何とかなりそう」
「余裕だったね」
「まあ、このダンジョンで我々に勝てる魔物はいないだろう」
余裕の表情を見せる三人の乙女達。何とも頼もしい限りだ。
西条と島田はまだためらいが残っていると思っていたのだが、どうやら心配ないらしい。アヴァンテの攻防戦を戦い抜いた彼女達は、身も心も勇者となりつつあるようだ。
俺達は次の階層を目指した。その後の戦闘もリーシャ、西条、島田の三人が中心となって行った。俺と緒方はただ見ているだけである。
しかし、そんな俺にもいよいよ出番が訪れた。十字路で三方向から同時に敵が現れたのだ。
「今度は三方向だ。オガタは後方の警戒を頼む。サイジョー、シマダは左の通路、ハオイは右の通路、私は正面を相手にする」
俺達は武器を構え、敵が姿を現すのを待った。
「ッ!スピリットか」
「スピリット?」
リーシャがスピリットと呼んだ魔物は、青白い大きな火の玉だった。
リーシャの説明によると、スピリットは普通の魔物と違い体の造りが異なるらしい。
なんと、スピリットには実体が無いのだ。そのため剣や槍による物理攻撃は意味を成さない。
スピリットを倒す手段は魔法による攻撃か魔力を使用したスキル攻撃の二択となる。
「なら話は早いね。茜、よろしく!」
「任せて!【雷光】!」
西条の【雷光】スピリット一体を消滅させた。
「【炎迅槍】!」
リーシャは矛に炎を纏わせスピリットを貫いた。
さて、俺はどうするか。普通に魔法で倒してもいいし、西条と同じように【雷光】を使ってもいい。だが、俺はここで別なスキルを使わせてもらう。
いつの間にか覚えていたスキル【爆撃】。使い始めたばかりで、まだレベルの低いスキルだ。
【爆撃 Lv3】・魔力を元に炸裂弾を発生させる。
勇者にのみ発現するスキル。
せめて【雷光】と同じレベル7までは上げておきたいところだ。
「【爆撃】!」
俺は【雷光】と同じ要領で魔力を集中し、変換。すると、俺の右手の平にオレンジ色のソフトボール大の球体が現れた。
俺はオレンジ色の球体をスピリットに向かって投げつけた。球体はプロ野球選手顔負けの速度で直進しスピリットを爆散させた。
「よし、行くぞ」
俺達は更に下の階層を目指した。
◇
「本当に見つからないね」
十層に到着した俺達は階層内をくまなく調べた。確かに魔力反応は下から感じられる。先の情報通り、下に階層があることは間違いない。
今回の探索の肝だったはずの緒方も特に変わったものを見つけられず、一同は途方にくれていた。
一体どうしたものか。もういっその事、床を【爆撃】で破壊して進んではどうだろうか。ためしに提案してみたが、当然却下された。
「……ん?」
俺達が向かい合い方針を決めている中、突然緒方が明後日の方向を向いた。
目ざとい西条はそれに気付き、緒方に何かあったのかと問いかける。
「匂いがする」
「えっ?」
「奇妙な匂いがする」
そう言って、緒方は歩き出した。
俺達は緒方の後を追った。すんすんと匂いを嗅ぎ回りながらダンジョン内を散策する緒方。
しばらく歩き回り、とある通路を前にしたところで緒方は停止した。
「ここだ」
「何がだ?」
「ここに階段がある」
「え、ここさっき通った道だよ?階段なんてどこにも……」
「全員、下がっていてくれ」
俺達は言われるがままに距離をとった。
足を大きく開いた緒方は右拳を握り、大きく腕を引いた。
「破ッ!!」
緒方は大きな掛け声と同時に引いていた右拳を前に突き出した。
突き出された拳のスピードは凄まじく、俺の目を持ってしても移動中の拳を見切ることは出来なかった。
おそらくジェバディエグの尾と同等、もしくはそれ以上の速度で動いただろう。
「!」
凄まじい風切音と同時に緒方の正面の景色が歪んだ。
一本道はぐにゃぐにゃと左右に波打つように歪み、中に隠されていた物が露となる。
一本道の丁度中ごろに、下へと続く階段が現れた。
「すごい!ユキ君、どうして分かったの!?」
「どうしてと言われてもな……ここだけ変な匂いがしたとしか言いようがない」
「いやいや、匂いなんて全然わからないから」
興奮する西条と乾いた笑みを浮かべる島田。リーシャにいたっては声すら出せないようだ。
順調に人間を逸脱し始めているな、緒方。ハーレムと同じで、人外化も主人公に課せられた使命の一つだ。
「行くぞ」
ワクワクを抑え切れなかった俺は先行して階段を下りた。
攻略されていない十一層は真っ暗だった。俺は荷物から光源魔法具を取り出し階段の壁に取り付けた。
道は前と右の二方向。どういった攻略を行うかは皆が降りてきてから考えよう。
全員が十一層に降りたところで、攻略方法の話し合いが行われた。
「じゃあそっちはお願いね、羽追君」
「羽追、ヘマすんじゃないよー」
お約束通り、主人公組と俺は別行動となった。一応、途中で道が分かれたら緒方と女性陣が別行動を取る予定である。
まあ、女性陣が約束を守ろうが守るまいが、俺にとってはどうでもいい話だ。
ダンジョン、ダンジョンだぞ。未探索の、自力による、ダンジョン攻略だぞ。
明かりを確保しながら、隅から隅までを調べつくし、遭遇する敵を倒して、宝箱を空ける。
俺の求めていた異世界冒険ファンタジーが、今、ここにある。
「!」
俺の【探知】が正面から接近する魔力反応を捉えた。だが、前方は暗闇のため敵の姿は見えない。
暗闇に赤い二つの光が見えた。ぺたり、ぺたりと石造りの地面を走る音が聞こえる。
「!」
敵が暗闇から姿を現した。赤く光る瞳と、周囲の暗闇とほぼ同化してる黒い体毛。四足歩行で地を走るその姿は犬や狼のようだ。
俺はこの魔物に見覚えがあった。ドゥーオだ。
「ハッ!」
俺はドゥーオを正面から切り伏せた。ドゥーオは短い悲鳴をあげ地面に倒れた。
俺は【探知】で周囲に敵がいないことを確認し、探索を続けた。
光源魔法具を置きながら歩くこと数分、俺はある物を見つけた。
「宝箱!」
異世界で初めて見る中身の入った宝箱だ。俺は急いで駆け寄った。宝箱の大きさはバスケットボール程の小さなものだった。
上蓋を軽く持ち上げてみた。動く。この宝箱には鍵がかかっていないようだ。俺は上蓋を開き中身を確認した。
中には紐でくくられた草の束があった。
毒消し草:草原に生える薬草の一種。体内の毒を中和する成分を有している。
【解析】の結果、宝箱の中に入っていた草の束は毒消し草であることが分かった。
少し期待はずれというか、自分が想像していた宝箱とは少し違うというか、何ともいえない気分だ。
毒消し草を荷物の中にしまった俺は、探索を再開した。
「あ、羽追!こっちこっち!」
しばらくして、俺は島田と鉢合わせた。俺の前方では島田が右手を大きくふって左手である方向を指差している。島田の後方には緒方達の姿もあった。
俺は早足で島田の元へと向かった。島田と合流し、島田の指差す方を見た。長い一本道の先に、下へと続く階段があるのが見えた。
島田は階段の方へと歩き出した。俺も島田の後に続こうと右足を一歩踏み出した。その時だ。
「待て島田!そこはダメだ!」
俺の左側から大声が聞こえてきた。声のしたほうへと顔を向けた次の瞬間、俺の横を突風が駆け抜けた。そして、緒方の巨体が俺の隣に現れる。島田は緒方の声に反応し、一本道を少し歩いたところで振り返っていた。
「緒方、どうしたの……おぉおっ!?」
突然、島田の足元が音を立てて崩れ始めた。どうやら、罠が仕掛けられていたようだ。
俺の隣を再び突風が駆け抜け、緒方が島田の前に現れる。緒方は落ちゆく島田の手を掴んだ。しかし、緒方自身の体も既に宙に投げ出された状態である。緒方は地面の淵に手を伸ばすが届かない。崩壊の止まらない地面は緒方から遠ざかっていった。
「ユキ君!」
俺が動き出そうとした瞬間、いつの間にか俺の隣にいた西条が緒方の救出に向かった。崩壊の止まった床の限界まで接近した西条が、身を乗り出し手を伸ばす。緒方はその手を掴んだ。
元いた世界とは違い、今の西条のステータスならば緒方と島田の二人を片手で支えることも可能だろう。俺は安堵のため息を漏らした。
「キャッ!?」
だが次の瞬間、西条の足場が一気に崩れた。西条のいた位置は崩壊の止まった床の淵だ。おそらく、崩壊して脆くなっていた床が三人の重さに耐え切れなかったのだろう。
俺は【加速】を発動させ、一歩前へと踏み込んだ。
「オガタ!」
そして、俺の体は斜めに倒れた。背後から突然リーシャが飛び出し、彼女に押しのけられた俺は完全に態勢を崩した。
俺は斜めになった視界で行く末を見守ることしか出来なかった。リーシャは咄嗟に矛の柄を伸ばし、西条はその柄を掴んむ。
だが、三人分の重さに耐え切れなかったのか、リーシャは態勢を崩し全員奈落の底へと落ちていった。
俺は慌てて起き上がり、淵まで駆け寄った。
「……ふう、無事みたいだな」
四人の魔力をだいぶ下から感じる。とりあえず、全員生きてはいるようだ。
さて、一人残された俺はここからどうするべきか。向こう側までは五十メートル程ある。助走をつけて飛び越えようにも、後ろの距離は十メートル程しかない。【加速】を使ったとしても、階段の所まで無事たどり着けるかどうかは判断しかねる。
飛行魔法のような便利な魔法も会得していない。左右どちらかの壁に張り付いて伝う、もしくは左右の壁を交互に蹴って向こう側まで渡る手もあるが、俺は今ここで危ない橋を渡るつもりは無い。目的を達成するまでは、出来るだけ博打や無茶を避けて通りたい。
このまま四人の後を追って落ちるという選択肢も無しだ。今言った通り、博打は避けて通る。
落下の衝撃がステータス的に耐えられるものであれば問題ない。だが、落下して死を免れない状況に陥った一同を『緒方が』助けたとなっていれば、一人で落ちた俺はまず助からないだろう。
この世界にはお約束が満ちている。四人が主人公組だから助かったという可能性もなくはないのだ。
「都合よく主人公組だけパーティーから分断……本当に、よくできた世界だ」
俺は階段に背を向けた。そして、その階層を一通り探索し、地上へと戻った。
日が落ちても緒方達は戻らず、俺は御者役の騎士と夕食を共にすることとなった。一応、三日分の食料を用意しておいたが、それまでに緒方達は戻ってくるだろうか。
「はぁ……」
今頃四人は主人公組特有のイレギュラーな事態に見舞われ、そして手に汗握る戦いとドラマが展開されるのだろうな。その他の登場人物はいつも決まって蚊帳の外。まったく、うらやましい限りだ。
「どうされましたか?」
「……いえ、何とも味気ない食事だなと」
「ハハハ、慣れると中々いけるものですよ。これ」
俺はショートブレッドのような固形ブロックをサクリ、と噛み締めながら、夜空の星を眺めた。