道中:主人公の黒歴史
謁見の間へと呼ばれたのは俺だけではなかった。
「羽追か」
「緒方?」
謁見の間には、島田と訓練をしていたはずの緒方がいた。
そして、緒方の前には純白のドレスを身に纏う王女レイティスがいた。
「……」
レイティスが一瞬だけ不機嫌な顔をしたように見えたが、すぐに身を翻してしまったためよく見えなかった。
レイティスは少し距離を取ると俺達に向き直った。俺は緒方の隣へと並んだ。
「待っていましたよ、ケイゴ・ハオイ。そしてユウト・オガタ。不在の国王に代わり、私が国王の命を伝えます」
レイティスは少し間をおき、命令を伝えた。
「早速本題に入りましょう。あなた方には、とあるダンジョンを攻略していただきます」
俺達が呼び出された理由。それは、最深部へと続く階層が存在しないダンジョンの攻略だった。
そのダンジョンの名は『マイラ』と言う。マイラは地下へと続くタイプのダンジョンなのだが、どういうわけか十層から先に続く階段が見つからないそうなのだ。
【探知】では十層よりも下から魔力の反応があるのだが、十層のダンジョンには十一層へと続く階段、転移魔法陣が一切ない。
騎士達は他の階層も入念に調べたが、結局、隠し通路等を発見することは無かった。
「そこで、勇者の中でも飛びぬけた力を持つあなた方二人のお力をお借りしたいのです」
話は大体分かった。しかし、これは俺達に依頼する意味はあまり無いのではなかろうか。
ダンジョンの探索においては、俺達勇者よりも騎士達の方が遙かに優れているはずだ。騎士達は初心者用ダンジョンしか経験していない俺達勇者と違い、幾多のダンジョンで探索の経験を積み重ねてきた。
生憎俺は探索に優れたスキルを保有していない。緒方が探索に優れたスキルを有しているのであれば話は別だが、もし緒方もスキルを保有していないとなると、俺達が行く意味はあまりなくなってしまう。
「特にオガタ様は、あの魔窟といわれたダンジョン『フォルモテバ』を攻略し帰ってきた本物の強者です。オガタ様なら必ず出来ます!」
魔窟か。緒方はお約束通り極悪な環境に飛ばされてしまっていたのだな。
その魔窟とやらを攻略した緒方の力で、マイラの下層へと続く道を見つけようというわけか。緒方の存在が今回の探索の肝となりそうだ。
というか王女様。あなた、緒方の呼び方が途中から変わっていますよ。視線もさっきから緒方の方を向いてばかりでこっちを一切見ようとしない。
……嫌な予感がする。
「失礼する」
謁見の間の扉が突然開いた。俺と緒方は扉へと目を向けた。
「騎士リーシャ。参上仕りました」
扉の先にいたのはリーシャだった。リーシャはきびきびと歩き、俺達の隣で停止した。
「騎士リーシャ。あなたにはお二方の護衛をお願いします」
「はっ。了解いたしました」
「オガタ様に、傷一つつけてはなりませんよ」
何故王女はリーシャを呼んだのだ。よりによって、何故リーシャを呼んだのだ。
護衛なら他の騎士でもよかったはずだ。まさか最後の台詞が目的なのか?緒方を守るためだけにリーシャを呼んだのか?アヴァンテ最強の騎士を、緒方を守るためだけに呼んだのか?国王よ、一体どんな判断だ。
「馬車は既に手配してあります。その馬車でマイラに向かってください」
俺達は謁見の間をあとにした。
旅の準備を整えるため俺達は一旦解散。俺は自分の部屋へと向かい必要な荷物をそろえ始めた。
いよいよだ。俺の初めてのダンジョン攻略が、いよいよ始まる。初心者用ダンジョンと、騎士達が大活躍したホルンのダンジョンはノーカウントだ。
初心者用ダンジョンは攻略し尽くされ、環境もそれなりに整備されたダンジョンだった。ホルンのダンジョンにいたっては、俺の出番など何一つ無い。
マイラも調べつくされたダンジョンらしいが、十層から下の階層は完全に未知の領域だ。
誰にも手を付けられていないダンジョンが、俺を待っている。
「……フフ」
最近の表情筋はよく仕事をしてくれる。ああ、本当に楽しみだ。絶対に隠し通路を見つけてやるぞ。
準備は整った。俺は集合場所である城門前へと向かった。
「……なんだ?」
城門が見えたところで、俺はおかしな光景を目撃する。馬車の前で待機する緒方の前に、三人の男が横たわっているのだ。
騎士の普段の格好とは違う。あの三人は騎士ではない。俺は三人を注視しながら歩を進めた。
彼らの正体は、俺が城門前に近づくにつれて判明していった。
「大川達か」
大の字で横たわり、途切れ途切れの息をしていたのは大川率いる不良組だった。
俺は近くにいた緒方に話を聞いた。大川達が緒方に喧嘩を売ったそうだ。こいつらは緒方がジェバティエグを倒したという事を聞いていなかったのか。
まあ、プライドの高い大川の事だ。今まで見下してきた奴が自分よりも強いという事実を認められなかったのだろう。
覚醒した主人公に対して相変わらずの上から目線、もしくは主人公の実力を認められず喧嘩を売り、そして敗れる。これもお約束の展開の一つだ。
今の大川 の心中は穏やかでないだろう。
「行くか」
「ああ」
今回の件は完全に自業自得だ。同情の余地は無い。俺達は大川達を無視して馬車に乗り込んだ。
馬車の中には既にリーシャが乗り込んでいた。
「よ、ようやく……来た……ね」
「また……はぁ、はぁ……会ったね、羽追……君」
そして、覚えの無い面子も乗り込んでいた。西条と島田だ。
何故彼女達がこの馬車に乗り込んでいるのか。俺の疑問に対し、彼女達は自ら説明してくれた。
簡単な話だった。彼女達は、三つの初心者用ダンジョンをクリアしていたのだ。
島田は謁見の間付近で緒方を待ち構え、緒方から事情を聞きだす。そしてどこからともなく現れた西条も緒方から事情を聞く。
俺が準備を整えここに到着する間に彼女達はヴァルゴの承認を得て、こうして馬車に乗り込んだのだそうだ。
道理で息が絶え絶えな訳だ。
「全員そろったな。では、行くぞ」
リーシャは御者役の騎士に合図を出し、馬車はアヴァンテを出発した。
マイラはアヴァンテから南へ四時間ほど走らせたところにある。魔物の強さは初心者用ダンジョンより少し強いくらいだそうだ。まあ、この面子なら戦闘で苦労することはまず無いだろう。
俺達は途中休憩を挟みながらマイラを目指した。特に女性陣は緒方のヒロインということもあり、道中の会話は緒方を中心とした話で盛り上がった。俺達は和気藹々とした楽しい時間を過ごしていた。和気藹々とした楽しい時間を、『過ごしていた』。
それは、突然やってきた。
「そういえば、緒方はどうしてそんな姿になったんだ?」
俺の何気ない一言が全ての始まりだった。そして、後の悲劇をまだ知らない緒方は俺に説明してくれた。
「おそらくは称号の効果だ」
「称号?」
「ああ、称号にもステータスに作用をもたらす効果があるらしい」
そう言って、緒方は俺にステータスカードを見せてくれた。
名前 :緒方幸利
レベル:XX453
称号 :幻
・それは現実の世界に存在しない偶像。脆く儚い偽者の存在。
しかし、それを心の底から望むのであれば
脆く儚い偽者はやがて本物となるだろう。
種族 :人間
体力 :XX5464
魔力 :XX4575
攻撃 :XX6456
防御 :XX7867
敏捷 :XX5342
スキル:【天地鳴動】
・大自然の流れを汲み取る力。
全ステータス上昇(極大)
緒方曰く、『幻』という称号が急なパワーアップに関わっているらしい。
「体力1の俺が大川の雷撃から生き残れたのは、俺が心の底から死にたくないと望んだからだと思う。あの時は本当に苦しくて、本当に痛くて、泣きそうだった。死にたくないって、本気で思ったんだ」
この時、緒方は何もスキルを持っていなかった。大川のスキル攻撃を受ければ無事で済むはずが無い。
何のスキルも持っていない自分が何故生きているのか、考え抜いた緒方は自分の称号が何かしらの影響を与えているのではという考えに至ったそうだ。
その仮説は、ダンジョン生活に入ってから正しかったことが証明される。
緒方が飛ばされたダンジョンは自然豊かな洞窟だった。ダンジョン内を俳諧する巨大な魔物達の姿を見た緒方は戦慄した。
自分のステータスではどうあがいても勝てない。緒方は隠れ、逃げ、何とかダンジョンを脱出しようと試みる。
食事などはその辺の木の実で食いつなぎ、ダンジョン内をこっそりと探索する緒方だったが、ついに一匹の魔物に見つかってしまう。
頭でどつかれ、爪で背中を斬られ、尾で叩きのめされ、満身創痍となった緒方はいよいよ自分の死を覚悟する。
「さっき言ったことと同じになるけど、この時も死にたくないと心の底から思ったんだ。そして、俺の力が目覚めたのはこの時だった」
謎の力に弾き飛ばされた魔物はゆらりと立ち上がり、緒方をにらみつける。緒方はその魔物を見て、こう思ったそうだ。
死にたくない。ここで終わりたくない。負けたくない。
気が付けば、緒方は魔物を殴り飛ばしていた。緒方の攻撃を受けた魔物は一直線に吹き飛び消滅した。
体の違和感に気付いた緒方は自分の体を見て驚愕した。
「あの時は本当に驚いた。思わず、この体は本当に自分の物なのかと思ってしまった。服も完全に破けた状態だったし、いろいろな意味で、これから俺はどうなるんだと思ったよ」
それを心の底から望むのであれば、脆く儚い偽者はやがて本物となる。緒方の強い思いに称号が反応した結果が今の姿だというのか?
素っ裸の緒方はダンジョンを探索し、宝箱から服と靴を調達。ダンジョンの魔物を叩きのめしつつ出口を探した。そして、ダンジョンの奥地でジェバディエグと数え切れないほどの魔物に出会う。
俺は緒方がジェバディエグを倒したところしか見ていないからいまいち信じられないが、意外なことに、緒方はダンジョン内でジェバディエグとその配下に苦戦を強いられたそうだ。
絶対に生きて帰ってみせる。満身創痍となった緒方は無理やり自分を奮い立たせ、魔物の大群に向かっていった。
「そうしたら急に周囲が輝きだして、気付けば最初に来たダンジョンの魔法陣の上で倒れていた」
おそらく、称号が緒方の『絶対に生きて帰る』という思いに反応したのだろう。その後、ダンジョンの外に出た緒方は遠くで戦いが始まっている事を感じ取る。向かった緒方が目にしたのは、倒れる俺達とジェバディエグに迫られる西条。
そして、俺の見た光景に繋がる、ということらしい。ふむ、緒方がダンジョンで送ってきた生活はだいたい分かった。
しかし解せない事が一つある。緒方が登場した時のあの格好だ。あれほど独創的な服が、ダンジョンに都合よく転がっているものだろか。
俺は緒方に聞いてみることにした。
「いや、肩のアレは自分でつけた」
なんだ、あれは自分でつけたのか。そうだよな、あんなおかしな服がその辺に都合よく転がっているわけない。
というか緒方。今、肩のアレを意図してつけたと言ったが、それは、その、なんだ。
俺もあまり詳しく知っているわけではないが、よく似た服に自作の小物やアクセサリーなどを取り付けて、カツラを被って写真を取る人達がいるらしいのだが。
お前のやっていることは見方を変えると、架空のキャラクターと同じ格好をして、そのキャラクターになりきる人達とやっていることが同じではなかろうか。
いや、待て。緒方が意図せずつけた可能性もある。ここは試しに一つ、質問をしてみることにしよう。
「じゃあ、例の暗殺拳も使えたりするのか?」
「いや、一度試してみたが指がめり込むだけで何も起こらなかった。少し期待していたんだがな……」
緒方は少し悲しそうは表情を見せた。ああ、これは確定だな。
どうやら緒方のやつ、ダンジョンでの世紀末ライフをそれなりに満喫していたようだ。
まあ、気持ちは分からなくも無い。俺も異世界に飛ばされた舞い上がった男だ。俺は、その事についてとやかく追求するつもりは無い。そっとしておこう。
「やっぱりユキ君のあれ、コスプレだったんだね!私、一目で分かったよ!そっくりだったもん!」
「ッ!……いや!ち、違う!」
だが、西条は全力で突っ込んだ。しまった、といった表情を見せた緒方は慌てて弁明を始めた。あの格好には特に深い意味は無いのだと。
しかし、一度走り出した西条は止まらない。
「隠さなくてもいいよ。ユキ君『あの漫画』好きだったもんねぇ。その体も、もしかして『あの漫画』の主人公に憧れていたからなのかな?」
待て、西条。そこは思っても口にしないのが優しさだ。誰だって、一時のテンションに身を任せてしまうことはある。
「あたたたたーって言うアレも格好良かったよ!しっかり再現してたね!」
「あっ、あれは違う!あれは、その、アレだ……」
「あー、私も少しだけ知ってる。確かに今の緒方なら似合ってるかなー……漫画の主人公の真似なんて、結構カワイイとこあるじゃん。私も見たかったなぁ」
島田も乗るんじゃない。そっとしておいてやれ。そこはデリケートな部分なんだ。
「前は一人称『僕』だったのに、いつの間にか『俺』になってるし。ふふっ、ホントにかわいいなぁユキ君」
「いやっ、その、これは……」
やめろ西条。もうやめるんだ。見ろ、緒方の顔が真っ赤になっているだろう。
「お前達は一体何の話をしている」
異世界トークについていけないリーシャは一人首をかしげた。
緒方は慌ててリーシャに弁明しようとするが、それよりも先に島田が口を開いていた。
島田の説明を聞いたリーシャは西条達の会話を理解した。
「別に物語の主人公に憧れるのは普通だろう。私も昔、英雄『バルトミア』の物語を読んではよく真似をしたものだ」
よかった。リーシャはいい方向に解釈してくれたようだ。
「それよりも、私は緒方が見せた技の方が気になる。確か『神破滅光撃』だったか」
「!!!」
や め ろ。これ以上緒方の傷口に塩を塗るような真似をするんじゃない。そこは一番触れてはいけない部分だ。
お前達もさっき緒方のステータスカードを見ただろう。緒方のカード表記には【天地鳴動】以外のスキルはなかった。
つまりそういうことだ。それ以上は追求してはいけない。
緒方が探索に優れたスキルを持っていなかった事とか色々聞きたいことはあるが、今はそれどころではない。
緒方、お前は『成り上がり主人公』だ。そして俺は『踏み台勇者』。本来なら相容れぬ存在の俺達だが、今回ばかりはお前を助けよう。
お前の気持ちはよく分かる。俺も異世界召喚された主人公として、妄想の中で幾多の強敵を必殺技で倒してきた。
俺とお前はある意味『同士』だ。助けない道理は無い。
「フフッ」
「どうしたの羽追君?」
「いや、男は皆考えていることが同じなんだなと思ってさ」
「えっ!?羽追もそういった事考えたりするの!?」
「もちろんさ。俺も男だから」
「どんなこと考えてたの!?」
「そうだな、まずは……」
マイラに到着するまでの間、俺は即興ででっち上げた過去を皆に披露した。
そして、緒方の心は救われた。