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踏み台勇者のテンプレ的日常  作者: ちとし
2章:踏み台勇者と魔王の娘
10/12

相談:悩める乙女達

 早朝、俺は騎士達の訓練に混じり剣を振っていた。

 クラスメイト達のレベルもある程度上がり、俺達勇者は自由に初心者用ダンジョンへと行けるようになった。

 もちろん護衛兼見張りの騎士も同伴するが、ダンジョンの攻略は基本的に勇者が基準となって行うようになっていた。

 かういう俺もここ最近はずっと初心者用ダンジョンとアヴァンテを往復する毎日だった。

 訓練教官のヴァルゴが言った「三つの初心者用ダンジョンを攻略し終えたら他のダンジョンに行ってもいい」という口約に従い、俺は三つの初心者用ダンジョンをすぐさま攻略にかかった。

 『踏み台勇者』の高ステータスの前では初心者用ダンジョンの魔物など石ころ同然だったため、三つのダンジョンは何の苦もなく攻略することができた。

 今日の早朝訓練が終わり次第、俺は新たなダンジョンの探索を許可してもらうためにヴァルゴの元を尋ねる予定だ。


「これにて早朝訓練を終了する。一同、解散!」


 しばらくして、早朝訓練は終了した。

 今日の訓練教官はヴァルゴではなかったが、念のためにダンジョンの件を聞いてみることにした。


「ああ、その話か。それならヴァルゴに頼む。あいつが訓練総取りまとめ役だから」


 訓練教官は俺にヴァルゴの居場所を教えてくれた。今の時間帯は大抵訓練教官室にいるそうだ。

 俺は一言礼を述べ、ヴァルゴの元へと向かった。道のりならここ数日の探索で把握済みだ。

 そういえば、城を探索していた時にうれしい誤算があった。なんと、俺に近寄ってくる人物は誰一人としていなかったのだ。

 物珍しさからあれこれ話しかけられると予想していたが、城のメイド達は俺達勇者を見ても動じることなく仕事をこなしていた。


「勇者様勇者様!おはようございまーす!」


 いや、一人だけ例外がいたな。ミリーと言うお転婆メイドが。勇者に向かって背中からタックルをかますメイドなど初めて聞いたぞ。

 後に『メイド長』なる人物からキツイお説教を受けたようで、最近はタックルをかますことはなくなったのだが、彼女の持ち味である『おしゃべり癖』は未だ健在だ。

 一度しゃべり出すと服を掴んで離さなくなるので、今は接触を避けたい。今日は朝一で新しいダンジョンに向かう予定なのだからな。


「羽追」


 突然、俺の背後から声がかかった。一瞬ドキッと心臓が跳ねたが、声色からしてミリーで無い事はすぐに分かった。この声は、島田のものだ。

 俺は背後へと振り向いた。


「あのさ……ちょっといい?」


 島田は深刻な表情を浮かべている。どうやら俺に相談したいことがあるらしい。俺は今すぐにでもヴァルゴの元へ向かいたいのだが、頼られてしまった以上無視する訳にはいかない。仕方がない、少しだけ付き合おう。

 俺は島田に連れられ食堂へと向かった。


「それで相談って言うのはね……茜と、緒方の事なんだけど」


 俺は島田が持ってきた飲み物を口に含みながら、島田の悩みをじっと聞き続けた。

 どうやら人間関係の悩みらしい。異世界にきてずっと一緒だった西条が、最近はずっと緒方に付きっ切りで会う機会が減っているそうだ。

 そして行動に出るきっかけとなったのは数日前の訓練のこと。小学校から剣道を続けていた島田が、剣で西条に敗れたのだ。

 会う機会が減るにつれて、西条はどんどん実力を身に付けていっている。気になった島田は西条の後をこっそりと後を付けてみることにした。


 なんと、西条は緒方と一緒に秘密の特訓をしていたのだ。


 今までずっと隣にいた相手に置いていかれる。それが怖かった島田は自主訓練を始めた。しかし、それでも差は広がる一方だ。

 そして本題。自分はこれからどうすればいいか、だと。


「何で自主訓練?緒方達の特訓に混ざればいいじゃん」


 島田と西条は親友同士。今更遠慮する間柄でもないだろう。軽く声をかければすぐにでも仲間に加えてもらえそうだが。


「だ、だって……その……お、緒方が……」


 言いよどんだ島田は俯き顔を赤らめた。なるほど、要は恥ずかしいわけだな。

 しかし、島田よ。残念だが今の俺には他人の色恋話にいつまでも付き合っていられるような時間はない。少々手荒だが、お前の悩みを解消してやろう。

 前に踏み出せないのであれば、俺が背中を押してやる。


『緒方、食堂に来てくれ』

『ッ!……わかった』

『……一応聞くけど、お前は緒方幸利で間違いないよな?』

『ああ、出席番号4番。緒方幸利だ』


 俺は念話スキル【ファイ】を使い緒方を呼び出した。

 いきなり聞き覚えのない低い声が聞こえてきて少し焦ったが、どうやら本人で間違いないらしい。

 飲み物をちまちまと飲みながら待っていると、食堂に緒方の姿が見えた。

 世紀末風の格好ではなく、騎士達が鎧の下に着ているアンダーシャツにニッカポッカというラフな格好だった。


「何か用か?」

「お、緒方……君……!」


 突然の緒方の登場に、島田の顔は真っ赤に染まる。俺は緒方に対し淡々と用件を伝えた。


「緒方、島田の特訓に付き合ってやってくれないか?」

「ええっ!?」

「……何?」


 島田は大声をあげ立ち上がった。依然として顔は赤いままだ。緒方は要領を得ないといった顔をしている。

 島田はすがるような目で俺を見てくる。大丈夫だ、抜かりはない。ちゃんとそれらしい言い訳を用意してある。


「実は今、島田に相談を持ちかけられたんだ。もっと強くなりたいから稽古をつけてくれってな。だが、俺はこれからヴァルゴの所に用事があるんだ。だから、島田の訓練には付き合えない」

「それで俺に稽古をつけろと?他のヤツではダメなのか?」

「俺とお前を除いて、島田の実力はクラスの中でもトップ2に入る。相手を出来るのは西条くらいしかいない」

「だが、俺は……」

「頼むよ緒方、頼れるのはお前だけなんだ」


 緒方はゆっくりと島田へ視線を向けた。島田は俯いたまま小さくなっている。

 何をしている島田。ここまでお膳立てをしたんだ。あとは「お願いします」と一言言うだけでいいんだぞ。

 しかし、島田は俯いたまま沈黙を続けている。もうこれ以上は時間の無駄だ。業を煮やした俺が言葉を口にしようとしたその時、小さくため息をついた緒方はこう言った。


「分かった。とりあえず、今日は付き合うとしよう」

「ッ!!……ほ、本当!?」

「ああ。それで、いつ頃から始めるんだ?」

「えっ、あっ、い……今すぐ、が……いいかな?」

「そうか。ならば行くぞ」

「あ、ちょっと待ってよ緒方!」


 島田は跳ねるように緒方の後を追った。二人は食堂を出て行き、そして、俺は一人取り残された。

 何か……釈然としないな。まぁいいか。これでようやくヴァルゴの元へ行ける。

 席を立った俺は、ヴァルゴがいるであろう訓練教官室を再び目指した。


「あっ、待って羽追君!」


 食堂からでたばかりの俺を呼び止める女子が一人。彼女の名前は西条茜という。


「ちょっといいかな?」


 俺は再び食堂へと戻ってきた。

 俺は二杯目の飲み物に口をつけながら、西条の話に耳を傾けた。だが、西条は最近の調子やら何やらで会話をつなげるばかりで本題を一向に話そうとしない。

 なので、こちらから聞いてみることにした。西条に「用件は何だ」と尋ねると、少し焦りながらぽつりぽつりと語りだした。


「あ、あのね、実は最近ユキ君の周りに女の影が見えるの」


 言い回しが既に怖いのだが。女の影って、それ完全に嫁さんの台詞だよ。

 というか、お前達付き合っているのか?表ではそういった素振りは全然見せなかったが。


「お前達は付き合っているのか?」

「つっ、つつつつつつつ付き合うとかそういうのじゃなくてねっ!あの、あれ!私達は幼馴染と言うか、き、姉弟きょうだいみたいな感じと言うか、そんな感じ!べ、別に結婚とかはまだ早いし、子供だってまだ私達学生だし、それに」

「わかった!わかったから少し落ち着け」


 現在はまだ、ただの幼馴染だがゆくゆくはそういった関係になりたいと、そういうことか。

 なら別に今女の影があっても問題ないじゃないか。お前達二人はただの幼馴染であって、男女の関係ではないのだろう?緒方が誰を好きになろうと勝手じゃないか。

 俺は思った事をそのまま西条に伝えた。


「ダメッ!!!!!」

「ッ!!?」


 西条は大声をあげ、木製の机を両手で思い切り叩いた。


「ユキ君とずっと一緒にいていいのは私だけなの。小さい頃からずっと一緒で結婚しようって約束もしたし一緒に寝たり一緒にご飯食べたり一緒にお風呂に入ったり私にだけしか見せない顔も知ってるしユキ君の優しさはとても暖かくてもうすべてを捧げてもいいと思えるしユキ君が初めておねしょした時一緒に寝ていたのは私だし泣いているユキ君を慰めたのは私だしそれにユキ」

「ちょっ、待て!少し落ち着け!周りに聞こえるだろう!」


 俺は声を張り上げ、自分の世界に入り込んでいだ西条を現実世界へ連れ戻した。

 周囲から注目されていることに気付いたのか、西条は顔を真っ赤にして小さくなった。

 俺は大きくため息をつき、俯く西条に語りかけた。


「なあ、西条。お前達は十年以上の付き合いなんだろ?一緒に育ってきた間柄なんだろ?何を恐れているんだ。お前達の絆はそう易々と切れるようなものじゃない。学校で緒方の様子を何度か見たことあるが、アイツが一番頼りにしていたのは間違いなくお前だったぞ」

「本当!?」

「俺が言うんだ。間違いない」


 俺が言っている事は事実だ。緒方がクラスメイトの中で一番気を許していたのは西条で間違いない。西条が自身を持って接していれば、緒方もちゃんと答えてくれるだろう。

 ただし、人の心は永遠ではない。時が経つにつれて心が移り変わってしまうこともある。

 結局の所、俺から西条に言えるのは「勇気を持って一歩前へ」。これだけだ。いかに早く想いを伝えられるかが、今後の勝負の鍵となるだろう。

 俺は自分の考えを西条に伝えた。


「そっか、結局は私次第なんだね」


 当たり前だ。お前は友達か両親にでも告白の代理ををお願いするつもりだったのか?

 小さく頷いた西条は改めて俺を見た。


「……うん、ちょっとだけ気が楽になったかな。ありがとう、羽追君」


 そういい残し、西条は食堂を出て行った。

 やれやれ、だいぶ時間を取られてしまったが、これでようやくヴァルゴの元へ行ける。俺は席を立った。


「ハオイではないか。奇遇だな」


 俺の体は硬直した。

 この特徴的な声、聞き間違えるはずがない。俺は振り返ることなく、呼びかけてきた相手に返事を返した。


「ええ、奇遇ですね。リーシャ様」

「『様』は余計だ」


 リーシャは朝食の乗ったトレイを机に置き、俺の正面に座った。


「まあ、座れ」


 俺は無言で席に着いた。さて、ミリー以上に面倒な人と出会ってしまったぞ。

 ここ最近の付き合いで、リーシャが人の話を聞かない奴だということが判明している。それがはっきりと分かったのは俺が療養中の時、荷馬車を置いて戦場に駆けつけた理由を問いただされた時だった。

 俺が事前に用意していた言い訳は一つも通らなかった。何故通らなかったのか。リーシャが俺の言葉を一切聞かなかったからだ。


「朝食はまだか?」

「いえ、もう食べました」


 俺は咄嗟に嘘をついた。


「そうか。そこの君、飲み物を頼む」


 リーシャは近くにいた給仕に呼びかけ、飲み物の入ったポットを持ってこさせた。

 リーシャは給仕からポットを受け取ると、無言で俺のコップに飲み物を注ぎ込んだ。


「さて、君に少し相談したことがあるのだがいいだろうか?」

「い、いえ、今は少し時間が……」

「まあ聞け。あれは今から三日前の事だ……」


 三日前に起こった出来事を物語口調でたらたらと語りだした。

 くどい言い回しが多い上に個人的な感想が大半を占めるリーシャの体験談を、俺は無表情のまま聞き続けた。

 そして、リーシャのトレイに乗ったみずみずしいサラダがしなび始めた頃、彼女の話はようやく終わった。リーシャの話を要約するとこうだ。


 手合わせして、緒方の強さに惚れた。


 これを言うだけに何分使うんですかあなたは。

 一度、周り見てください。朝食を取っている奴なんてもうどこにもいませんよ。


「で、惚れたから何なのですか?」

「協力しろ」

「どういった協力ですか?」

「印象操作だ。緒方に私のいいところを伝えて欲しい」


 自分でやってください。それに、人伝ての情報というのはあまり当てにならないものですよ。

 人によって許容範囲は変わってくる。自分が「かわいい」と思っている物を、他人は「ブサイク」と思っている事もあし、逆に自分が「面白くない」と感じた物を他人が「面白い」と感じている時だってある。

 俺がどれだけリーシャのいいところを伝えても、その情報が緒方に正確に伝わるとは限らない。

 理想と現実のギャップにがっかりして、イメージダウンにつながる可能性だってあるのだ。


「これは決定事項だ。異論は認めない」


 俺の協力はいつの間にか決定事項となっていた。

 リーシャはいつの間にか空になっていた朝食のトレイをその場に残し、颯爽と去っていった。そして、食堂には俺一人が取り残された。

 はあ、朝から災難だった。朝一でダンジョンに行く予定は狂うし、他人の色恋沙汰に巻き込まれるし、飲み物飲みすぎて腹の中がたぽたぽいってるし。

 とりあえず今日は許可だけとって、ダンジョンへは後日改めていくとしよう。ヴァルゴはまだ訓練教官室にいるだろうか。

 俺は席を立ち、食堂を後にした。


「勇者殿、王女レイティス様がお呼びです。大至急、謁見の間へとお向かいください」

「……はい」


 食堂を出たところで鉢合わせた騎士団長『ハボイラ』から召集の命を受けた俺は、とぼとぼとと謁見の間に向かった。

Q.緒方はずっとケンシ○ウのままなの?

A.ケンシ○ウネタはあの一回限りですよ。

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