プロローグ:異世界召喚
一人称のつもり。
『幼少の頃より文武を学び、周囲の三歩先を行く生き方をせよ』
子供のうちにに苦労しておけば、その苦労は成功という形で帰ってくる。人生が成功すれば私のように不自由の無い生活を送ることが出来るのだ、と父は得意げに語っていた。
俺『羽追圭吾』は父に従った。周りが友達同士で遊ぶ中、俺は家庭教師に囲まれ机にかじりつく。一緒に下校するクラスメイト達を他所に、俺は一人で迎えの車に乗る。偶然耳に入って来たクラスメイトの家族旅行自慢を思い出しながら、俺は家政婦さんと一緒に夕食を食べる。十二年前、小学校に入学した頃の話だ。
その結果、俺の表情筋はロクに仕事をしなくなった。口数も少なくなり、小学校では自分から口を開くことは無くなった。
そんな俺にも、ようやく趣味と言っていいものが出来た。それは読書だ。物語と呼ばれる書物は俺の心を掴んで話さなかった。
家と学校を往復するだけの色あせた人生を送る俺にとって、ファンタジーやSFといったジャンルの本はまさに心のオアシス。
一度本を借りて家に帰ったことがあった。こんな面白いものがあるんだ、と興奮気味に言った俺に対し父はこう返した。
「そんな非現実的な夢物語に現を抜かす暇があったら、将来に向けてもっと勉強しろ」
この日から、俺は父の考えに疑問を持つようになった。
表面では父に従いつつも、内心では悪態をつく。俺の反抗期はひっそりと始まった。
中学校に進学しても状況は変わらない。小学生時代をなぞるような中学生活。家と学校を往復する毎日。友達はもちろんいない。唯一違うことといったら、性に目覚めた女子生徒の取り巻きが出来たことくらいだ。
英才教育で身に付けた速読により、図書館の物語は二年もしない内に読みつくした。同じ本を読んでも、内容はほとんど覚えているため初めて見たときよりも面白みを感じられない。心のオアシスは枯れ、俺の人生は再び灰色に戻ろうとしていた。
そんなとき、俺はインターネットと出会った。今から三年前、十四歳の時だ。
きっかけは親が買い与えたスマートフォン。今のうちに使い方を覚えておけと渡されたものだった。
最初は喜々として弄っていたが、ある程度機能を理解すれば興味が失せる。我ながら冷めた人間に育ったものだと、親の前で自嘲した。
が、しかし。それは俺の演技。スマートフォンに興味ありませんとアピールするパフォーマンスだった。
もはや俺の中では都市伝説と化していたインターネット。その未知なる領域に足を踏み入れるときが来たのだと思うと、興奮して夜も眠れなかった。
親に黙ってファンタジー小説を買おうとしたこともあったが、支払いは口座からの引き落としだったため断念。他に楽しめる要素はいくらでもあったため気を落とすことも無かったが、やはり自分に自由はないのだと認識させられた。
その後は、親の目を盗みながらネットサーフィンを楽しむ日々。悟られないよう勉強も手を抜かずにきっちりとこなした。
自由な時間はずっとスマートフォンが手にあった。小さな画面の向こうに繋がる世界がまぶしくて、楽しくて。この時間だけは自由になれたような気がした。
そんな毎日を繰り返すうちに、俺は第二のオアシスとの運命的な出会いを果たす。
インターネット小説投稿サイト。
この文字を見た瞬間、全身に衝撃が走ったのは今でも覚えている。
インターネットで小説を買えば口座に購入履歴が残ってしまうが、これならば親に悟られること無く小説を楽しめる。
その小説サイトは俺にとっておあつらえ向きで、ファンタジー系の小説が多く投稿されていた。俺はランキングの項目をタップし、ランキングの上から順に小説を読み始めた。一通り読んで分かった事は、どの小説も似たような設定が用いられていたことだった。
主人公がいじめられっ子で、特殊な力に目覚めた主人公が群を抜いた最強の存在となり、示し合わせたかのように次々と美少女に出会い、ハーレムを築く成り上がりの物語。まさに王道のストーリーだ。
力に目覚めた途端に主人公の口調が控えめ系から俺様系に変化したり、戦いの経験が少ないにも関わらず熟練の戦士のような振る舞いをしたり、立場的に上である国の騎士達に向かって初対面で説教をかましたりと、内容には色々と思うところがあったが、それでも俺はその物語達の虜になっていた。
特に興味を惹かれたのが『異世界に勇者として召喚される』という設定だ。物語の主人公達は現実世界の自分に絶望していて、それが異世界召喚と共にリセットされ、自分の新しい人生を手に入れた。
俺は新しい人生を謳歌する主人公達に憧れた。自分も異世界に召喚されれば、今の息苦しい毎日から開放され自由に生きられる。
小説内に登場する主人公を自分に置き換え「自分だったらこうする!」と寝る前に想像するのが、いつしか俺の日課となっていた。
そして今から二年前、高校受験を間近に控えたある日、俺は初めて親に意見した。
渋る両親に「いきなり社会に出るのは不安だから事前勉強をしておきたい」とそれっぽい理由をこじつけて、隣県の高校に進学し一人暮らしを始めることにした。
英才教育とは別に母から社会人として必要最低限の事は教わっていたため、家事洗濯もそつなくこなすことはできる。地理に関してはスマートフォンがあれば足りる。金銭も親からの初期費用と事前に見つけたバイトがあれば大丈夫。普通に一人暮らしをする分には問題無い。
しかし、俺はある問題を抱えていた。自分で言うのもなんだが、俺は格好いい。俗に言うイケメンというやつだ。身長も高く、取り巻きの女子達からよくモデルのような体系だと言われた。
だが、ニートと化した表情筋のせいで俺は常時無表情。面白いことがあっても、驚くことがあっても、悲しいことがあっても、余程の事では無い限り表情が崩れない。
そのせいで小学校のクラスメイト及び中学校のクラスメイト(主に同姓)から「ロボットみたいだ」と気味悪がられた。そこへ金持ちのエリートという家柄が加わり、近づくクラスメイト(主に同姓)は皆無。周りには他を蹴落とそうと牽制しあう色気づいた女子生徒のバリア。
結果、小学校中学校を含めた九年の間にできた友達の数は「0」だった。
自由になりたかったというのも理由の一つだが、俺が一人暮らしを提案した本当の理由は友達を作ることだったのだ。
隣県なら親の事を知る人間はいない。中学のクラスメイト達は地元の高校に進学して知り合いは誰一人としていない。ある種のリセット状態を意図的に作り出した。
あとは俺の表情筋が仕事をしてくれば、順風爛漫な学校生活が待っている。夢の高校生活を妄想しながら、俺は入学一ヶ月前から表情筋を動かす練習を始めた。
この時の俺はこれで大丈夫だと思っていた。俺がしっかりすれば全てうまくいくと本気で思っていた。自分が既に重大なミスを侵していることなど知らずに。
「うわっ!あの人カッコよくね!?」
「ヤバッ、チョ~イケメンじゃん!」
「ちょっと化粧してくる!」
「あんた声かけなよぉ」
女はどこに行っても変わらなかった。
瞬く間に形成された女子生徒のバリアによって、男子生徒との会話は一切できない。男子生徒達からは冷たい視線を送られ、友好的な対話の席につくことは一気に難しくなった。
一ヶ月訓練したにも関わらず、表情筋は職務を放棄し逃亡。自分の不甲斐なさに怒りを覚えると同時に、俺の無表情を「クールで素敵」と言い放つ女子生徒達に激しい怒りを覚えた。
バリアが弱まったのは約一ヵ月後。その頃にもなればクラス内のグループ分けは大方完了しており、もちろんそこに俺の属するグループは存在しない。
英才教育の一環で歌のレッスンをやっていたことが功を奏して、声だけははっきりと出せた。おかげで周りとの会話はなんとか出来るようになったが、俺に対する彼らの態度はどこかよそよそしかった。
こうして、俺の夢にまで見た高校生活は中学時代の焼き増しという形で幕を開けた。
女子生徒達が勝手に持ち上げてクラス代表となり、英才教育で培ったリーダーシップを無駄に発揮し、いつの間にか男子生徒からも尊敬されるようになり、半年経つ頃には俺はクラスの中心となっていた。
入学当初とは違い、男子生徒とも気軽に話が出来るようになった。取り巻きは相変わらず存在するが、同性の友達と一緒に昼食を食べたり一緒に下校したり一緒に勉強したりと、自分が憧れていた学生生活を送れていることに満足していた。
それから数ヵ月後。今から丁度七ヶ月前、何気なくクラスを観察していた俺はある重大な事実に気付く。
ウチのクラス構成、異世界に勇者召喚されるクラスにそっくりだ。
内気で本ばかり読んでいる男子生徒『緒方幸利』。緒方の幼馴染(人づての情報)であり学年一の美少女と噂の『西条茜』。西条の一番の友達である『島田真奈美』。
西条が好きで幼馴染の緒方を妬んでいる不良『大川真二』。大川の取り巻き一号『西辰巳』。取り巻き二号『山田幸助』。
他にもお調子者の男子生徒や、眼鏡をかけた知的な女子生徒、ギャルメイクと着崩した制服が特徴的な女子生徒、ギャルの取り巻き一号、二号、三号。見れば見るほど、異世界召喚モノの小説に登場するクラス構成にそっくりだ。
これは完全に偶然なのだろうが、それでも俺は喜ばずに入られなかった。クラスのリーダー的存在ということで、俺が主人公(緒方)の踏み台である噛ませ犬勇者ポジションとなってしまうのが少し嫌だが、物語の世界の住人になったような気分を味わえて嬉しかった。
クラスメイトに視線を向けあいつはどういう立ち位置のキャラだとか、あいつは暴走キャラだとか、頭の中で勝手に設定を作ったり物語を作ったり、本当に勇者召喚があったりするんじゃないかな、なんて考えたりもした。
だが、ここはフィクションの世界ではなく現実の世界だ。ピンポイントでウチのクラスだけが異世界に勇者召喚されるなどという都合のいい展開が起こるわけが無い。
俺はこの事は自分の中だけに留めようと決め、学校生活をより楽しくするためのスパイスとして密かに利用することにした。
今思えば、それのせいだったのかもしれない。その考えが、俗に言う『フラグ』というやつだったのだろう。
五月某日、俺達二年A組の全生徒は異世界に召喚された。そして、そこからはお約束な展開となった。
異世界『エターニティー』にある人間の国『アヴァンテ』の王宮地下にある祭壇で待ち構えていた王女『レイティス』から俺たちに勇者として世界を救って欲しいと言ってきた。
(マジかよ……)
俺は溢れ出る高揚感を必死に抑えていた。
今まさに、俺の夢は現実の物となった。夢にまで見た異世界召喚。本当なら手放しで大喜びしたいところなのだが、クラスメイト達の視線があるため自重しよう。
それに、今の状況は俺の新しい人生の始まりとも言える場面だ。あらゆるしがらみから開放される門出の時。そんな大事な場面で、一時のテンションに身を任せはしゃぎまわるという愚行を犯すわけにはいかない。
ここはクールに。これまで見てきた主人公達と同じように、冷静な態度で望まなければ。
「あの、いきないそのような事を言われても反応に困ります。皆混乱していて正常な判断が出来ないでしょうし、落ち着くまで少し時間をいただけないでしょうか?」
「ええ、かまいませんよ。客室を用意しておりますので、まずはそちらに移動しましょうか」
俺達は王女と王女の護衛であろう騎士達に連れられて王宮の中へと向かった。王宮内の作りは日本の家とは構造がまったく異なっており、自分は異世界にきたのだと改めて実感させられる。
そして、現在の俺の位置が王女のすぐ後ろ、生徒達の先頭を歩くというどこからどうみても踏み台勇者のポジションなのだが、それについては深く考えないことにしよう。
お約束ではのちにステータスカード的な便利アイテムもしくは「ステータスオープン」というキーワードで表示されるステータス画面の説明になるはずだ。
俺のステータスが踏み台勇者のように高いモノだとは限らない。そこさえ回避すれば、晴れて俺はエターニティーを自由に放浪する異世界人冒険者という存在になれるのだ。
魔物とか、エルフとか、ドワーフとか、ファンタジー全開の生命体と早く出会いたい。
「国王の準備が整い次第、皆様を謁見の間へとお連れ致します。それまでは、こちらのお部屋でお休みください」
俺達は部屋の中へと足を踏み入れた。
部屋の広さは学校の教室を長方形に六つほど並べた広さ。部屋の中央にはとても長い煌びやかな机があり、席も人数分以上ありそうだ。
部屋で数十分休憩と取った後、国王の準備が整ったという連絡を受けた。王女レイティスが再び俺達を引率し、国王のいる謁見の間へと向かった。
「我々は絶滅の危機にあります」
国王の説明もお約束通りだった。
世界各地に点在するダンジョンから湧き出る魔物が地上の生物を襲っている。魔物の侵攻を止めるにはダンジョン最深部にあるコアを破壊し魔物の発生源であるダンジョンの機能を停止させなければならない。
自分達だけで頑張ってきたけど限界が近いので、能力の高い人材を別次元からランダムで呼び出した。その結果、呼び出されたのが俺達のクラス全員だった。
しばらくは城に滞在してもらい力をつけてもらう。その後、それぞれダンジョンに向かってもらう。
元の世界に返す算段はついていないが、必ず元の世界に返す方法を見つけてみせる。
まさにお約束展開だ。国王が次に言う言葉を簡単に予想が出来るくらいお約束な展開だった。
さて、ここで踏み台勇者ポジションの人物が国王に向かって元気よく「僕達勇者やります!」と宣言するところなのだが、生憎ウチのクラスには特別正義感の強いヤツなんていやしない。
だが、異世界に来た影響でテンションがおかしくなっているヤツがいる可能性もある。一体誰が宣言するか、見ものだな。
「…………」
今、ざっと周囲を見渡してみた。
何で皆俺の方を見ているんだ?いや、確かに異世界にきた影響でテンションがおかしくなっているけど、だからってわざわざ俺に言わせようとしなくてもいいんじゃないかな。
「…………」
ああ、そうさ。俺の元の世界での立ち位置もこんな感じだったさ。クラス代表だったさ。
これじゃあ話も進まないし、仕方が無い。歴代の異世界召喚主人公達よ。俺に力を貸してくれ。
「俺はこの話を受けようと思う。皆はどうだ?」
「まあ、羽追がそう決めたんなら俺も別にかまわねえよ」
「私も羽追君が言うなら……」
「俺も……」
「私も……」
や め ろ。俺を立てるな。俺の一存で決まったような雰囲気を作るな。これじゃあ俺が本当に踏み台勇者みたいじゃないか。
「ありがとう勇敢なる若者達よ。これは私から、君達への贈り物だ」
国王から渡されたのはエナメルのような独特の輝きを放つ白いカードだった。
説明によると、この白いカードが『ステータスカード』らしい。小説と同様で、ステータス表示以外にも色々と機能がついているお助け道具のようだ。俺は本物のステータスカードが自分の手の内にあることに感動を覚えた。ああ、早く冒険がしたい。
クラスメイト達はそれぞれ自分のステータスを確認しあっている。俺はクラスメイト達のステータスを覗き見しながら、本命である緒方達の傍へと近づいた。
俺の姿に気付いた緒方、西条、島田の三人。軽く挨拶を交わした後、さりげなく三人のステータスを聞いてみた。
名前 :緒方幸利
レベル:1
称号 :幻
種族 :人間
体力 :1
魔力 :1
攻撃 :1
防御 :2
敏捷 :1
スキル:なし
でた、主人公特有の貧弱体質。称号も勇者じゃないしスキルも無い。
目が隠れそうなほど長い前髪に眼鏡。そして低いステータス。「私が主人公です」と言わんばかりに主人公要素を前面に押し出してくるな緒方。
こいつの素顔はイケメンだな。確信を持って言える。そして自分の事を不細工だと思い込んでる。これも確信を持って言える。
名前 :島田真奈美
レベル:1
称号 :勇者
種族 :人間
体力 :100
魔力 :70
攻撃 :80
防御 :80
敏捷 :100
スキル:【剣術 Lv2】【威圧 Lv1】
さすがは剣道娘だ。剣術が最初からレベル2になっている。威圧のスキルも剣道で培った経験が反映されたのだろう。
島田は強気で責任感が強いタイプの女子だ。魔物の恐怖に負けてクラスメイト達が逃げ出す中、一人で魔物の群れに戦いを挑んだりしそうだ。
そして、後から駆けつけた覚醒緒方に助けられ惚れる。そうなった場合は西条に「私、負けないから」とライバル宣言するんだろうな。
名前 :西条茜
レベル:1
称号 :大勇者
種族 :人間
体力 :100
魔力 :200
攻撃 :150
防御 :100
敏捷 :100
スキル:【剣術 Lv1】【体術 Lv1】【雷光 Lv1】
大勇者なだけあって少しステータスが高い。雷光というのはどんなスキルなのだろう。是非見てみたい。
と言うかこの人、周りが何と言おうと緒方の味方をするヒロインだよなどう見ても。
ああ、後からどんどん増えてくるヒロイン達を見て恐妻へと変貌する西条の姿が見える。
さて、気になる主人公勢のステータスは確認できた。あとは幼馴染のステータスの方が高くて少しがっかりする緒方を西条が気遣って、気遣われる緒方を快く思わない不良組が絡んでくるという展開になるのを待つだけだ。
「おうモヤシ!テメェのカード見せろよ!」
お約束通り、大川と取り巻き達が姿を現した。大川は緒方の持つカードを無理やり取り上げ、まじまじと眺める。
そして、下品でうるさい笑い声を発しながら緒方のカードを投げ捨てた。
「ブハハハハ!雑魚すぎんだろコイツゥ!ひよこにも勝てねえんじゃね?」
「モヤシだもんな!」
「幻……ぷっ……存在感薄すぎ……フフッ」
緒方は顔をうつむけ悔しそうな表情を浮かべる。
大川たちの態度に腹が立った西条は大川を怒鳴りつけたが、西条を下に見ている大川にはその怒号も無意味だ。
目には目を、カードにはカードをという作戦に出たのか、島田は大川にカードを提示するよう求めた。おそらく、大川のステータスが自分よりも低かったら「女より弱い」と馬鹿にするつもりなのだろう。
「あぁ?俺のステータスはテメェらとは一味違うんだよ。見ろっ!」
大川は島田に向かって自慢げにステータスカードを見せ付けた。
名前 :大川真二
レベル:1
称号 :大勇者 邪の道を行く者
種族 :人間
体力 :504
魔力 :304
攻撃 :654
防御 :504
敏捷 :454
スキル:【剣術 Lv1】【体術 Lv2】【威圧 Lv1】【邪雷光 Lv1】【狂化 Lv1】
称号は一人に一つだけってわけでもないのか。
西条と同じ大勇者なのにステータスも全然違う。『邪の道を行く者』という称号がステータスに大きく影響しているらしいな。
そして予想通り、コイツが踏み台勇者か。邪魔な緒方をダンジョンに置き去りにしたり、凶悪モンスターとの予想外の遭遇時に囮にしたりなど、何らかの行動を起こして緒方の覚醒を促してしまう。
緒方が力に目覚めたことを知らずに強者ぶって近づいた結果、コテンパンにやられ物語からフェードアウトするかわいそうな役回りだ。まあ、自業自得なんだけど。
大川は勝ち誇った笑みを浮かべた。当てがはずれ、何も言えなくなった島田は悔しそうな表情で大川を睨みつけた。
大川の勝利を見て調子に乗り出した取り巻き達がぎゃあぎゃあと騒ぎ出す。周りから嫌な視線を向けられていることにも気付かずに。
取り巻きに持ち上げられ更に調子に乗った大川が緒方を突き飛ばした。倒れた緒方に駆け寄ろうとする西条の腕を掴んだ大川は、西条を無理やり自分の下へと引き寄せる。
「いいかモヤシ!テメェと茜じゃあ不釣合いなんだよ!茜は俺が面倒見てやるから、テメェは邪魔にならない隅っこでおとなしくしてろ!」
「ちょっと大川君、痛いっ!離して!」
西条のあからさまな態度を見て何故気付かないのか。踏み台勇者は皆『朴念仁』なのか?早いとこもう一人の踏み台勇者を見つけたいのに、無駄なトラブルを起こさないで欲しい。
俺は大川の腕を掴んだ。
「大川、その辺にしておけ」
「あぁん?何だ羽追。テメェまさか、俺に歯向かおうってのか?」
「カーッ!真面目だねぇ委員長さんは」
「立場が違うんだよ。まだ学校にいた頃と同じつもりでいんのか?」
この手の相手は子供と一緒だ。おもちゃの剣を手に入れてテンションがおかしくなっているだけ。少しきつく当たればすぐに黙る。学校にいた頃と同じなのはお前達も一緒だよ。
「うるさいんだよ。お前達が騒いでたらいつまで経っても話が進まないだろうが」
「……チッ」
ほら、同じだ。ちょっときつく言われたらすぐに引き下がる。学校にいた時と何も変わっていない。
「いくぞ」
「……」
「チッ」
大川は取り巻きをつれて扉の方へと向かっていった。扉の前にいた騎士達となにやらもめていたが、力ずくで部屋から出て行ってしまった。
さて、邪魔者はいなくなったことだしそろそろ行動するとしよう。俺の中で話題沸騰中の『勇敢系踏み台勇者』はどこですかね?
彼の転落人生は見ていて悲惨なものだった。いつも上から目線で、自分は正しいと思い込んで、言われるがままに力を奮って、地位と名誉を手に入れて、自分が最強だと信じてやまない最高の噛ませ犬。
ひょいと現れた緒方を足手まといと詰るが、自分が手も足も出なかった相手を緒方が一蹴。強固な自信にひびが入る。
あれは何かの間違いだと否定するが、緒方は踏み台勇者に実現不能な実績をちゃくちゃくと積み上げる。
「俺は最強だ!」とやけを起こし、魔物に遅れをとって死に掛ける。もちろん助けたのは緒方だ。
そして、終盤では「ここは俺が引き受けた」という便利屋ポジションに落ち着きフェードアウト。
最初から落ちぶれている踏み台勇者とは違い、上げるだけ上げて後から一気にどん底まで突き落とされるというかわいそうな役回り。いわば、緒方(主人公)のベンチウォーマー。それが『勇敢系踏み台勇者』だ。
称号欄には他の奴らとは一味違った称号がつく。『光の』とか『最強の』などのありきたりなものから、『伝説を塗り返し』や『覇道を極めし』といった少しくどい感じの物まで、種類は様々。
スキルは最初からたんまり持っている。剣術や体術といった基本的なものは全て所持し、名前から能力を想像できないようなスキルを持っていたりする。
あと、基本ステータスが桁外れに高い。皆が百ちょっとなのに一人だけ一万とか。
俺は『この物語』の一読者として、登場人物達の姿はしっかりと拝んでおく義務がある。
踏み台勇者と主人公及びヒロインの紹介は最初に全部終わらせるもの。小説の作者がいちいち紹介してくれない『この物語』では、自分の足で登場人物を見に行くしかないのだ。
さあ、どこにいるんだもう一人の踏み台勇者様。そのご尊顔を是非とも拝ませてくれ。
「ありがとう羽追君」
「はあ~、やっぱ頼りになるね羽追は!」
「あ、うん。どうも」
西条と島田か。何ともタイミングの悪い人達だ。お礼は後からでも言えるのに。
俺は今、早く次のページをめくりたくてうずうずしているんだ。もう用は無いだろう。さっさとこの場を離れさせてもらう。
「ねえ、羽追のステータスも見せてよ」
そうだ。主人公と踏み台勇者達を探すことばかり考えていたから、自分のステータスの確認をまだしていなかった。とりあえず、ちらっと確認だけしておくか。
俺がステータスカードを出し、緒方、西条、島田の三人と一緒に自分のステータスを確認した。
名前 :羽追圭吾
レベル:1
称号 :光の加護を受けし最強の勇者 覇道を極め伝説を塗り替える者
種族 :人間
体力 :22412
魔力 :34525
攻撃 :55667
防御 :54453
敏捷 :56485
スキル:【剣術 Lv1】【体術 Lv1】【槍術 Lv1】【弓術 Lv1】【棒術 Lv1】
【騎乗術 Lv1】【魔術 Lv1】【精霊術 Lv1】【召喚術 Lv1】
【錬金術 Lv1】【威圧 Lv1】【雷光 Lv1】【夢幻 Lv1】
【強化 Lv1】【加速 Lv1】【解析 Lv1】【天運 Lv1】【直感 Lv1】
【探知 Lv1】【魅了 Lv3】【調合 Lv1】【威厳 Lv1】【龍気 Lv1】
【 気配遮断Lv1】【自動回復 Lv1】【全属性強化 Lv1】
【全属性耐性 Lv1】【状態異常耐性 Lv1】【覇撃 LvXX】
【光の加護 LvXX】【真実の瞳 LvXX】【限界突破LvXX】
【アギトLvXX】【ファイ LvXX】
これは一体どういうことだろうね。
確かに俺は世間で『イケメン』と呼ばれる部類に属する人間だ。高身長で、文武に長けたクラスのリーダーで、クラスを代表して国王に「勇者やります!」と宣言をしたりもした。
ついさっき「踏み台勇者は皆朴念仁なのか」と考えたけど、無口で無愛想な人を指す『朴念仁』は一応俺にも当てはまる。
極めつけはステータスカードに表示された情報だ。無駄に盛大な称号と、無駄に高いステータスと、無駄に多いスキル数。
ステータスカードの名前欄にははっきりと俺の名前が浮かび上がっている。つまり、このイカれたステータス表示は全て俺のものだということ。
以上の事を踏まえて、俺は一つの結論にたどり着いた。
……もう一人の踏み台勇者、俺だ。