活字ヤンキー
夕日が照りつけてあたりが赤く染まる帰り道、いつもの公園を通りかかった。
何となく、公園の中が気になってちらりと伺う。
木陰のベンチで本を読んでいる人に目がとまった。別に、本を読んでいることは不思議でも違和感もない。日が照りつける夏には木陰で本を読む人はまれにいる。
私が引っかかったのはその本を読んでいる人だ。
──久瀬、くん?
久瀬壬、高校3年生。
・隣のクラス
・すぐに睨みつける
・制服はYシャツではなくパーカーを着用
・ピアスあり
・前髪は右半分ピンで上げている(ガン飛ばし用と思われる。)
・授業中は寝てない、サボらない
・帰宅部
総合的に言うと、久瀬壬という人間は不良である。と、私の友だち榎波久流羽は言う。名前だけは有名なので知っていた。
そんな人が、夕方の公園で木陰のベンチに座って、読書。
不良が読む本って一体どんなものなんだろう……。
やっぱり、漫画かなにかなのかしら。それとも、ライトノベルとかいう小説なのかな。
少し気になったけど、昨日は聞けるわけもなかった。不良と聞いただけでお近づき難い。でも、何の本を読んでいたかがすごく気になるところである。
「久瀬壬なんてヤンキーの情報知ってどうすんのよ。」
「うーん、少し、気になるだけだよ。」
「……やめときなよ。」
「だって、不良だし、気になるの。」
「いや、ヤンキーだったら普通避けるでしょ。」
「久瀬くんはそんなことしてなかったよ。」
しばし間が空いた。
「ちょっと待て、あんた何の話してるの?」
「何って、久瀬くんが読んでいた本でしょ。」
隣に座っている情報源の友だちが深くため息を吐いた。
どうやら彼女は違うことを私と話していたみたいだった。
「そうでしたね。……ま、それなら本人に聞いちゃいなよ、めんどくさい。」
「……うー。」
話しかけてこいと簡単に言うけれど、そんなこと私にはなかなかできるはずもなく。そんな鋼鉄の精神があったらいいなと思う。そうしたら、本の内容が分かるのに。
「にしても、ゆい子も本好きよね。」
「あ、本で思い出した。今日は風那來未の新作発売日だよ。」
私は帰り道にある本屋さんに急ごうと帰りの支度を始める。
すると、またしても彼女がため息を吐いた。
「あんた、さっきの先生の話聞いてなかったの?HR終わってないよ。」
「え、あ……そう、だったね。」
すでに立ち上がっていた私はおろおろと席に着いた。幸いなことに一番後ろの席だったためクラスにはあまり知られていないようだ。
「あわてん坊。」
「……。」
残念なことに前にいる方には分かってしまったらしい……。
「本好きあわてん坊なんだよ、何とか言ってやって川岸。」
それを聞くと、川岸光介が笑っていた。
「光介くんにはさんざん言われますよ。」
「さすが幼なじみですねー。ゆい子に過保護だけど。」
「天然だから心配なだけだ。」
幼なじみの光介くんにはいつもいつも心配をかけている。今回のようなことはもう恥ずかしいので2度と見つかりたくない。
ふと、廊下を見ると久瀬くんが堂々と歩いていた。隣のクラスからまだ人が出ていないことを考えると、久瀬くんはHRをサボって帰ってしまっているようだった。
やっぱり、不良なんだ。
いまいち不良の定義が分かっていない私だけれど、サボってしまうというのはいけない行為で、そういうことをする人イコール不良、と簡単に考えている。
でも、少し憧れるな。規則に縛られない自由な生活。きっと、いろいろと楽しいのではないだろうか。そんな生活、私には当然できないけれど。
しばらくしてから、久瀬くんを怒鳴る先生の声が聞こえた。
「ゆい、俺今日日直で──。」
「私急ぐね!」
どちらかが日直の時も光介くんの部活がなければ一緒に帰ることが多いのだが、今日は待っていることができない。
私は一言だけ言って、そこからすぐに飛び出した。
緊急の会議がHR前にあったため、帰る時間が遅れてしまったが、お目当ての本を買うために少し小走りで道を進む。
今回はどんな話だろう。この間はファンタジーだったし、あの人の作品はノージャンルだから予想するのが難しい。
デビュー作だけれども、一番『廻らない季節』が好きだ。そして、その作品から風那來未のファンになってしまった。
夏に出会う2人、そこから展開する話。ちょっぴり伝説なんかの空想的な事も混じってくるのが素敵。
本屋さんに入って、新刊の書棚を見る。そこには風那來未の新刊がおいてあった。
本の状態、帯が破れていないことをさっと見てから、レジへと向かった。
「今回はホラーか……。」
確かに残暑は厳しいけれど、この時期にあえてホラー小説か。
全体的に黒を基調とした装丁で、ホラーの感じが出ている。風那來未だからこそ買ったが、普段はホラーなど読んだことがない。
それでも、よんだらはまってしまうかもしれないと思いつつ、家へと急いだ。
帰り道、公園に近づくと、昨日のことが思い浮かぶ。
今日もいるかもしれないと思い、木陰のベンチを探した。
「あ……。」
久瀬くんは今日もそこにいた。
彼の手には黒を基調とした装丁の本があった。
自分の手にある本を眺めた。
そして、もう一度彼の手にある本を見る。
間違いない。あれは、風那來未の新刊。
彼も新刊を買って、読んでいるのだ。
そう思った瞬間、私の足は動いていた。
「風那來未知っているの!?」
私の存在など知るはずもない彼は突然の質問に驚いていた。黒髪には水色のピンが2つつけられており、不審気に私の事を見ている。いや、睨んでいる。でも、今はそれより気になることがある。
「……何。」
「風那來未だよ、その本の作者。新刊だよね、私もさっき買ったばかりなんだ。……わ、結構読んでるね、もう半分だ!おもしろい?私、ホラーとかはいつも読まないからどんな感じなのかすごく気になるの。あ、でも、ネタバレはしないでね。おもしろいとか、おもしろくないとかでいいから教えてくれる?」
「あ、あの──。」
「風那來未のこといつ知ったの?ファン?ファンだったら嬉しいな。私もデビュー作読んでねそこからファンになったんだ。久瀬くんはたまたまこの本を手に取ったの?あ、もしかしてホラーが好きだったりするの?男の子ってホラーみたいな怖いもの平気そうだよね。他にもホラー小説読ん──。」
話し出したら止まらなくなっていたが、それは久瀬くんの手によって止められた。
久瀬くんはいつの間にか立ち上がって私を見下ろしている。
「……ちょっと待てよ。」
久瀬くんの低くて鋭い声が降ってきた。その声で頭が冷えた。
冷静になった私は沸騰寸前だった。
べらべらと、それも会ったことのない不良に話すなんて。
みるみるうちに頬が暑くなるのを感じて、どうしたらいいか分からなくなった。
「……っあ、ごめん、手。」
ばっと口元を覆っていた、彼の大きくて少しごつごつ手が離れた。
急だったために驚いて久瀬くんの方を見たが、彼も真っ赤になっていた。
それを見て、ぽかんとしてしまい、しばらくの間沈黙が続いた。
「……あ、あの、私の方こそ、その、ごめんなさい。」
ここはひとまず謝っておいた方が良いと思った。初対面でこんなに質問をぶつけてしまった無礼は消え去らないけれど、そこから逃げてしまうよりはまだ良いと思う。
「……あ、いや……お前、知ってんのか、風那來未。」
不良と聞いていたので一発殴ってくると思った。しかし、帰ってきたのは意外な言葉で、一発殴られた時の衝撃に似た感覚はあった。
「う、うん。知ってるし、好きな作家さん。」
「俺も。」
そう答えた久瀬くんの表情はさっきよりも柔らかく思えた。それでも、まだ顔は怖いけれど。
もしかして、元からこういう表情なのかな。
「これ、おもしろいと思うぞ。」
そういって、私の目の前に黒い一冊の本が現れる。
さっきまで久瀬くんが読んでいた風那來未の新刊ホラー小説だ。
それだけ言うとまたベンチに座って本をめくり始めた。
本を読んでいる邪魔をするのは悪いと思っていたが、風那來未のファンなんてそうそういないものだから、いろいろ聞きたい。
私はちょっと勇気を出して隣に座った。
久瀬くんはじりじりと端の方へずれていった。
「まだ用?お前も俺を馬鹿にしてるわけ?」
横目で私のことを睨みながら低い声で言った。久瀬くんはすごく不機嫌だった。
「……だ、誰を馬鹿にするの?わ、私は風那來未さんのファンで、だから、久瀬くんにいろいろ、その、聞きたくて……だからっ。」
「それだけ?」
私は首を傾げた。
彼を馬鹿にする理由が見あたらない。別に公園のベンチで本を読むことはおかしくないし、私だってたまに読む時もある。
帰り道待ちきれなくて公園で読んでしまうことは今までに何度もある。それに、久瀬くんがホラー小説を読んでいてもそれだけでは馬鹿にする要素は何一つないと思うけれど。
「……ふっ。」
久瀬くんはしばらく私を呆然と見ていたが、少し経ってから鼻で笑った。
今の話の中に何か笑える材料でもあったのかしら。
「俺もホラーはあまり読まない。」
その一言で、久瀬くんが私との会話を嫌がっていないと判断できた。
好きな作家さんのお話しすることができるということが嬉しかった。
「久瀬くんは作品で何が好きなんですか?」
「橘と同じでデビュー作の『廻らない季節』。」
軽く自己紹介をした後でさらに嬉しい事実が発覚したので私ははしゃぐ自分を押さえつけながら話を続けた。
「俺も避暑地に行きたい。」
「ちょっと似たところ探したくなりましたよ。」
「あー、分かる。」
「あとね、最後どう思う?私は複雑な気分になったのだけど……。」
「主人公的には良いんじゃないか?」
「うーん、やっぱりそうなのかな。その先も何かありそうに思えてしまって。」
「ああ。そう考えたことはなかった。」
「あの最後が久瀬くんにとっては引っかからないって事?」
「そうだな。」
「そっか、なかなか正解が見えないですね。」
「別に良いんじゃないか、いろいろあって。」
目から鱗の発言だった。
そうか、小説を読んで何を感じるかは十人十色。みんなちがってみんないいという事を忘れていた。
久瀬くんは本を読むことが好きと言っていた。特に、静かなところでじっくり読む事が好きらしい。私は基本的にはどこでも読める。というより、読んでしまったら本の世界に浸ってしまうから周囲を気にしていない、と久流羽に言われた。
「うん、ありがとう。私の中の問題が解決しました。」
「良かったな。」
あたりは少々暗くなってきており、帰らなければいけない時間に近づいている。新作も読みたいことだし、今日はこのあたりで帰らなければいけない。
「久瀬くん、またお話しようね。」
そして、私は新刊を胸に抱いてそのまま走り去った。
「……楽しみなんだな。……また、か。」
走り去る直前にそんなつぶやきが聞こえた。
私が何気なく言った言葉が彼の中でどれだけ嬉しい言葉だったか、その頃の私には到底分かるわけがなかった。
それからというもの、公園のベンチで本のことについて話すことはいつしか当たり前のことになっていた。
人見知りが激しい私だけれど、本のおかげでこうやって話すことができるようになるのは嬉しいことだった。
そこで明らかになったのは、久瀬くんはそこまで不良ではなかったということ。友だち情報でもあったが、授業はサボらないし、成績も目立つほど悪くない(目立つほど良くもないらしい……)。
「HRサボったのは、新刊が早く読みたかったからなんだね。」
そんな事実も知ることができた。私も危なくそうなってしまうところだったからあまり悪くは言えないけれど、そんな久瀬くんがなんだかおもしろかった。
本人にそれを確かめた時、彼は頭を抱えていた。恥ずかしかったのだろう。そんな様子も今まで見たことがなくて新鮮だった。
また、今まで誰とも本の話をしたことがないと言っていたのでそれも不思議だった。
こんなに本を読んでいるのだから、本好きな人とたくさんお話しできる機会は会ったのだと私は勝手に思っていた。
「俺、目つき悪いし、人付き合い苦手なんだよ。だから勝手に不良扱い。それで、本読んでると馬鹿にされんだよ。」
心底嫌そうにそう話していた。
「……でも、橘は──。」
と、そこまで言って久瀬くんは口をつぐんでしまった。
私がその続きを聞いてみたが、教えてはくれなかった。
なぜかすごく私を睨んでくるので、それからはやめることにした。
「この間言っていた本持ってきたよ。感想聞かせてくださいね。」
「俺も。」
最近はこうしてお互いにオススメの本を持ってきて後日感想を話し合うのが楽しみになっている。あれから2週間近くしか経っていないが、同じ趣味ということもあり、仲良くしている。
家に帰ってから借りた本を読むのが楽しみになった。他の人からオススメされる本、そのまえに、オススメしてくれる人もいなかったからこういう関係が嬉しい。
今日も読み終わった本を持っていつもの公園に行く約束をしていた。
「ゆい、今日一緒に帰らない?」
「ごめん、今日も用事があるから……。」
光介くんには久瀬くんと会うことは言っていない。久瀬くんに「俺が読書好きとか、あんまり広めんな。」と言われてしまったからだ。
久瀬くんはまだ、そういったことを払拭できないでいると思う。
別に良いと思うのに。第一、久瀬くんは不良じゃないと思うのだけど。
「そっ、か……。じゃあ、また明日な!」
「うん、またね、光介くん。」
私もそろそろ行かないといけないと思いつつ、日誌を書いた。早く終わらせて公園に行かないと。
「橘。」
後ろの扉を開けて入ってきたのは久瀬くんだった。
現れることのないはずの人間が教室にやってきたことでまだ教室に残っていたクラスメイトがざわついた。
久瀬くんは普段学校で会う時は話しかけても来ないし、目も合わせてくれないのにクラスに来て呼び出すなんて驚きだった。
「ど、どうしたの?」
他のクラスということもあり、入りにくそうにしていたので久瀬くんの元に駆け寄った。
「あ、いや、その……。ちょ、来い。」
「え。」
私は腕を掴まれてそのまま久瀬くんに連れられ、屋上に続く階段近くに来た。
屋上は閉鎖されており、この近くにはあまり人は来ない。
「悪い。人、いたから。」
「うん、大丈夫。……どうかしたの?」
「今日急にバイトあって。メールそういえば、なくて。」
「あ。」
よく考えてみれば、お互い会う時に次会う約束をしていたから携帯でやりとりすることもなくてアドレス交換をしていなかった。
「わざわざありがとう。」
「いや、こっちこそ。いろいろ悪かった。」
今後こういう急な用事があるかもしれないのでアドレス交換をしておいた。
久瀬くんは話が終わってすぐにバイトに向かってしまった。
何のバイトしているのか、今度聞いてみよう。
日誌の途中だったので教室に戻ると、いつもと違う雰囲気を感じた。
「橘さん、久瀬に脅されてるってホント?」
「昨日無理矢理連れて行かれたじゃん。」
「久瀬って女にも容赦ねぇの?」
「昨日何話したの?」
「橘さん昨日大丈夫だった?」
教室に入るなりわけの分からない質問だらけだった。
「な、久瀬くんは──。」
「無理しなくていいって。」
私の話などことごとく遮られてしまうだけだった。
「ち、違うから──。」
「正直にいいなよ。」
私は何も言えなくなった。周りから聞かれるのは答えが全て決まっているような質問ばかりな気がする。苦しくなって廊下の方に視線をそらすと、目が合った。
久瀬くんは気がついてこっちに近づいてくる。
『勝手に不良扱い。』
『本読んでると馬鹿にされんだよ。』
私は、私は、そうは思わないよ。
「みんなは知らなさすぎる!久瀬くんはそんな人じゃない!私は久瀬くんと本の話をするだけ。これ以上久瀬くんを傷つけないでよ!!」
3年間、クラスではおとなしい方だった。そんな私が急に大声を出したものだからあたりは一気に静まった。逆に私の心の中は荒れ始めた。
今までにないことをしてしまった。勢いで言ってしまったから後から考えると本のこと言ってしまったし、本人聞いてしまっているし、頭の中がパンク寸前だ。
「おはよう!……って、何事。」
このタイミングで入ってきたのは久流羽だった。
とりあえずもうここにはいたくなかった。向けられる関心が私から久流羽にそれたので教室から飛び出した。
「うわ……って、ゆい?おい!?」
廊下で光介くんとすれ違ったが、ここで足を止めることはできなかった。
「……と、久瀬?」
言いたいことはいったからそれは良いんだけれど、そんなことができる私に驚いているし、どうしたらいいか分からない。
その場にいたくなくて飛び出してきてしまったけど、今更戻っていってもいいものかどうか。
迷いながら、花壇の縁に座って考えていた。
「橘っ……。見つ、けた、探させ、やがって……。」
顔を上げると膝に手をついた久瀬くんが立っていた。
「一言っ。」
ふーっと息を吐き私をまっすぐ見つめた。
「ありがとう!」
「え。」
「……戻れ。始まる。」
それだけ言って久瀬くんは行ってしまった。顔が赤かったのは気のせいだったのだろうか。
教室に戻った時にいろいろと謝罪の言葉が降ってきた。
もしかしたら、本意じゃない人もいるかもしれない。それでも、その後は何事もなかった様にいつも通りになった。
「あんた、がんばったねぇ。」
「久流羽……。」
「ま、私は信じるよ?」
彼女は本当に疑いなく私を信じてくれた。こんな友だちがいるから私もあんな風に頑張ることができたのかもしれない。
そして、新しい友だちがいたから……。
──
「久瀬いるか?」
珍しく呼ばれたのでその方を見ると、見かけない男子だった。
またいらないところで、いらないケンカをかってしまったのだろうか。そんな覚えは一切ないのだが。
「何だ。」
「ちょっといいか。」
やってきたのはこの間橘と話をした階段だった。
俺があんな風にしてしまったから今朝の橘には悪いことをしてしまった。それでも、ああいう風に言ってもらえて嬉しかった。
「俺は川岸光介。橘ゆい子の幼なじみ。」
「……ああ。」
「お前はゆいを泣かせたのか?」
その目は俺を恐れてはいなかった。まっすぐに俺の目を見つめてきた。
そうか、そういうことか。
「泣かせてない。そんなことしない。俺と橘は……友だちだ。」
「久瀬は読書好きか?」
「……まあ。」
そこまで言うと川岸は笑い出した。
会って間もなくというのに話の最中に笑うとは一体全体どういう事なんだ。
「ごめんごめん、もしかしてあいつと本について放課後話をしてたか?」
「してたが、あいつは浮気のつもりとかはないと思うぞ。」
そう答えるとさらに笑い声はヒートアップした。マジなんなんだよ。
俺が変なこと言ったのか、こいつは幼なじみだし、わざわざ俺に言いに来たって事はそういう関係じゃないのか。
「俺は付き合ってないよ。」
「……そうか。」
内心ほっとした。
「これまたやっかいなのがいたなぁ。」
「は?」
川岸は笑っていたと思ったが、急に表情が硬くなった。
つられて俺も緊張して体が硬くなった。
「負けないけどな。」
川岸はニッと笑った。
なかなか、あからさまなライバル宣言である。俺の気持ちを察してしまったらしい。同時にその言葉で川岸にとって橘がどんな存在なのか分かった気がする。
「こっちのセリフだ。」
負けじと俺も言い返す。
こんな風に真っ正面から言ってくるやつはいなかったから新鮮で変な感じだ。
あいつのおかげでいろいろと退屈しない毎日に変わっていくようだ。
今日も公園に立ち寄った。そこには本を熱心に読んでいる久瀬くんの姿があった。
あれから変わらずに日々は過ぎている。でも、少々変わったこともあるけれど。
いつの間にか久瀬くんと光介くんは話すようになっているし、学校でも久瀬くんはあいさつしてくれるようになった。
「橘のまわりはおもしろいな。」
「どうして?」
「本が好きな俺を笑わない。」
「久瀬くん言ってたでしょう、『良いんじゃないか、いろいろあって』って。」
それを聞くと久瀬くんは柔らかく笑った。
変わったことも少々ある。あれから、自然に笑うようになったと思う。
「私は久瀬くんと友だちになれて嬉しいよ。」
「……お、おう。……友だち、ね。」
最後の方はぼそぼそと言っていたので聞き取り難かった。一体なんて言ったのだろうか。久瀬くんの表情も何となく渋い顔をしている。
「……本題。橘、そろそろ新作、出るぞ。」
「風那來未?……でも、そんな情報どこから──。」
「俺のお袋だからな。」
「……は、い?」
「俺のお袋は久瀬かなみ。」
久瀬かなみ、風那來未。
くぜかなみ、かぜなくみ……。
──アナグラムっ。
私たちの間で話題は尽きることはないみたい。
たとえ、季節が廻ったとしても。
<完>
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回は初めて挿絵を載せました。
イメージ的には久瀬壬という人物はあんな感じです。
また、この作品に登場する風那來未の『廻らない季節』も
書きましたのでよろしくお願いします。
どちらか一方だけでも、2つ読んでも楽しめると思います。
作中で『廻らない季節』について書くときはしんどかったです。
自分の作品を流れの関係で、自分で好評価するのは何とも言い難いです(汗)
それでは、別の作品でお会いできることを願っております。
2014/8 秋桜 空