Ⅴ
ウィアドの好むと好まざるとに関わらず、午後になり、厳かな空気の中、結婚式の開始は刻一刻と近づいていた。広間には、貴族や政府の関係者が多く集まっている。
できることなら、部屋を出て行きたくなかった。このまま眠ってしまうか、何も考える隙が無いほど何かに没頭して、気付けば夜になり式も宴も終わっていた、という事にでもなればいいと思っていた。だが、存在している事実もろとも消えてしまわない限り、いつまで経っても姿を現さない自分を、メグレスが呼びに来ないとも思えない。それに、自分が突然式を放棄してしまったら、ナウシズが悲しむだろう。自分の感情がどうであれ、彼女にとっては、大切な人との特別な日なのだから。不本意ではあるが、ナウシズの想いまで否定することはできない。
申し訳程度に正装したウィアドは、定められた席に付いて式の開始を待った。……こちらを見ながら囁き交わす来賓の人々の声が、嫌でも耳に入ってくる。
「これは珍しい。ウィアド殿にお目にかかるとは」
「ああ、あれが……」
「部屋の外にもほとんど出られないそうだ。気の毒に……もう長くないのだろう」
「それにしても、病弱な彼よりも先に、兄君のラメド殿が亡くなってしまうとは」
「アッシャーの行く末はどうなることやら……」
――うるさい。うるさい、五月蝿い。
ウィアドは立ち上がって叫びたかった。
……分かっている。そんなこと、他人に言われるまでもなく。自分が、一番よく分かっている。
この状況から、抜け出すことができたら。叶わないならいっそのこと、全部壊してしまえたなら。それができないから、ここに居るのではないか。この、用意された望まぬ席で、何も聴こえぬふりをしながら、肩身の狭い思いでじっと座っているのだ。
ただそこに在るだけのような生。これまでも、そして恐らく、これからも……。
定刻になり、式は開始された。広間の扉が開かれる。花嫁のナウシズが姿を現し、祭壇の前で待つザインの元へ歩み出した。
一同が立ち上がり、拍手をする音が、どこか遠くに聞こえる。――酷く気分が悪い。渦巻く感情をそのままに、集団に遅れて立ち上がった……。
その瞬間だった。突如襲い来る動機、目眩……視界が大きく歪む。
「が、はッ……」
激しく咳き込むと同時に、呼吸が困難になる。あの時ナウシズに言われたのに、昼の薬を飲むのを忘れていたことを思い出すが、どうしようもない。
ウィアドの異変に気付き、周囲がざわつき始める。発作は治まる気配がなく、終いには立っていることも不可能になって、膝から床に崩れ落ちた。
「ウィアド殿が倒れた! 持病の発作のようだ」
「早く、医者を呼べ!」
指示の声が飛び、人々が右往左往する。薄れゆく意識の中、群がる人の波を掻き分けて、目の前に現れる人物が居た。ナウシズだ。喘ぐウィアドの顔を、レース地の手袋の両手で包み込む。純白のドレスの裾が汚れるのも構わず、床に跪いて。
情けない。今日は、彼女の大切な日……。それなのにナウシズは今、こんな不幸そうな顔をしているのだ。自分が、そうさせた……。
「ウィアド……!」
頻りに呼ぶ声も、徐々に遠のいていく。
……ごめん、なさい。
絞り出した声は、彼女に届いただろうか。そんなことを思う間もなく、目の前が暗くなり、そのまま意識を失った。