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1-4

俺が新田と先輩を保健室へ連れて行っている間、教室に残ったみんなには殺人現場並みに散らばった新田の血痕をきれいに掃除してもらった。


「それじゃあ再開しよう。倒れたふたりのことはみんな知っていると思うから飛ばすことにする」


勧誘の際に顔は合わせているはずだから、問題はないだろう。


「――さて北条の次は、と。……なんだおまえか。おまえも飛ばしだ。次っ」


こんなヤツの自己紹介なんて誰も聞きたくないだろう。

事故詳解になっちまう。


「な、なんでよ! あたしにも自己紹介させろ!」


北条のとなりの席。

案の定騒ぎだしたこいつは、我が校が誇らない、ミス・逆パーフェクトである。

北条と並んでいることにより、彼女と自身のギャップがすさまじく際立ってしまっていることに気づいているのだろうか。


「いいか。おまえには名前も設定も用意されていない。モブですらないんだ。つまり、これから始まるときめき青春ストーリーに関わる権利はない!」

「ハァッ? なに意味のわかんないこと言ってんのっ?」

「第一おまえは萌えないんだよ、まったくな! そんなやつの紹介なんてして誰が得するというのか! この世はな、萌えなんだよ、萌え! このご時世、萌えの神に見捨てられてしまった女の子キャラなんてゴミだ! いやゴミ以下だ!」

「だから意味わかんないってば! あたしだってここにいるんだからちゃんと部員として扱えよ! 飛ばすな!」

「ギャーギャー吼えやがってこの狂犬めが! 親の顔が見てみたいわっ!」

「死ねバカ兄貴! かわいい妹を狂犬呼ばわりするなっ!」


そう。

こいつは俺の妹だ。

妹萌えというジャンルが巷で確立してからだいぶ月日が経っているが、こいつは……、こいつだけはそういうんじゃあない。

この愚妹は、恐らくどんな愚妹よりも愚妹だ。

だから『おにーちゃんだいすきっ!』とか『兄さん……、愛しています』みたいな展開は望むべくもないし望んでもいない!


「大体おまえ口が悪すぎるんだよ。どこの国にそこまで口の悪い『かわいい妹』がいるんだ?」


なんだってこいつが……。

新田のやつめ、よりによって……。


「あぁもう! なんで兄貴が監督なんだよ!」


頭をくしゃくしゃとかきむしりながら愚妹はほざく。


「じゃあ来なきゃよかっただろうが。『呼吸する事故め』!」


公然と兄妹げんかをおっぱじめた俺たちを、周りの生徒達はただただ呆然と見守っている。


「いっけ~! やれやれ~!」


訂正。足利だけ妙に盛り上がっている。

こいつの機転なんてものをおおきく飛び越えた明るさが、火花散り電流走るこの場の雰囲気を、少しだけ軽くしている気がする。


「ひなせに騙されたんだよっ」

「な、なんて言われて誘われたの?」


空気を読んだのか、北条が気を遣って間に入る。

よくできた子だ。うちの愚妹と交換したいぐらいだ。


「『超イケメン監督さんがいるですですー』って……」

「なんだ、正しいじゃないか」

「うっわ、なにその顔めっちゃ腹立つ!」

「うるせー! イケメン爆発しろ!」

「それ、ただの愚痴じゃありませんの……?」


いつ終わるとも知れぬ争いに辟易とした様子で斯波が呟く。


「醍醐先生。ちひろにもちゃんと自己紹介させてあげていただけませんか? かわいそうです」

「楓さんのおっしゃる通りですわ。あなたは血肉を分けた兄ではありませんの?」

「ブーブー! あはははー!」

「あ、あわわわ……。けんかこわいよぅ……。し、死ぬぅ……」

「タロットの真髄とはいかにして――」


男子を責めるときの女子の団結力ってのは恐ろしい。

まるで狡猾に獲物を追い詰めるライオンのようだ……!

このままでは俺がウサギになってしまう。やむをえんか……。


「はいはいわかりましたよ! それじゃあこないだイケメン美容師に告白して玉砕したばっかの17歳、彼氏いない歴=年齢の面食い処女のくせに特技は兄いじめ、趣味は兄いびり、典型的なB型で、現在兄に3万円の借金あり、最近ダイエットに挑戦するもリバウンドして逆に3キロ太ってしまった醍醐永遠〈だいご ちひろ〉さん、自己紹介どーぞ」

「おい! 三キロじゃなくて二キロだよ二キロ! しかも全部胸に行ったから問題ないの! ………ってかなんでそんなことまで知ってるのおおおおお!」

「おまえこないだ日記置きっぱなしだったぞ、居間に」

「……ミ、ミタノカ?」

「うん」

「ゴフッ……!」


盛大に吐血して机に突っ伏す愚妹。

机上に打ち付けた額が、ゴンッと鈍い音を上げる。


「ちょ、ちょっと、ちひろっ?」


心配そうに呼びかける北条。


「ふ、兄より優れた妹など存在せんのだよ……」

「多感な乙女の日記を勝手に見るだなんてひどいですわ!」


斯波が鋭い目つきで俺を睨む。

貧乳のくせになまいきだ。


「そうだそうだー! このきちくめー! あ、ねぇねぇ『きちく』ってどういう意味だっけ?」


……足利はただふざけてるだけだろう。

だが仕方がないんだ!

監督としてこの先この変人集団をうまくまとめていくには、心を鬼にして『この俺には何人たりとも敵わないのだ』という先入観をよりショッキングに脳内に刻み込んでやるくらいが望ましいのだから!


「うわぁあん! かえで~!」

「うんうん。よしよし」


おでこを真っ赤にした愚妹は号泣しながら親友の胸に顔をうずめている。

それを母親のように優しくあやす北条。


「さてと、続けようか」


あとふたりか。どうせみんな変人なんだろ? 

もうなんとなくわかるよ……。

「1-A所属、北畠藤〈きたばたけ ふじ〉じゃ。元水泳部である」


つづいて立ち上がった少女。

おかしいな、どこからどう見ても小学生にしか見えないぞ?

ちっちゃすぎて起立しても体が半分机に隠れてしまっている。


「野球経験はない。スリーサイズは計測したことがないが、言うまでもなくツルペタじゃ。パンツは履いていないぞ」

「……な、なんだと!」


ちょっと最近のマンガやアニメを見れば、ランドセルが何よりも似合いそうなツインテールロリロリヒロインなんてそこらじゅうごまんといるが、まさかノーパンはいまい!

もしも事実ならこれは事件であり、革命でもある!


「――き、北畠といったか! きみが主人公だ、おめでとう!」

「ま、嘘だがな。クマさんのイラストパンツで我慢するのじゃ、幼児趣味の倒錯者どもよ」


なんだ、嘘か……。

俺は目頭が熱くなるのを感じた。


「『ども』……?」


それには触れてやるな、名和。


「ふふふ。さて、なにか質問はあるかの?」


なんでこいつどことなく偉そうなんだ……?


「えっと、元水泳部ってのは一体どういうことだ?」


3つしかない我が校の運動部のうちのもうひとつだが。

まさかまた新田に拉致られてきたとかいうオチじゃないだろうな……。


「ふむ、妥当な疑問じゃな醍醐」


ちょ、呼び捨て……。

でも幼女に呼び捨てられるってのも、これはこれで趣があるというかなんというか。


「……変態」


斯波に心を読まれたようだ。

ジト目の碧眼と貧乳が俺を貫いている。


「――顔に書いてますわよ……。まったく」

「実は強制退部をさせられてしまっての……」


こいつ1年だよな。

まだ入学してから半年も経っていないような気がするんだが……。


「なにをやらかしたんだ? まさか、『実は小学生です』、だなんて言うなよ?」

「ククク……。その答えはあえて『秘密』としておこうかのう」


その幼さを何倍も助長させているツインテールを揺らして、いたずらげに笑う。

女は秘密の数ほど輝くとは言うが、北畠の場合『女性』というよりも『子ども』という印象の方が強すぎる。

こいつが何をしでかしたのかはわからないが、きっとあのファッキン理事長の差し金に違いない。

ヤツは体育会系の部員に対してはことさら冷淡だからな。


「……あんのババァ」


ますますこの部の前途が不安になる。

まだ仮設の段階だが我が校4つめの運動部であるこの野球部に、無論学校側からのバックアップなどは期待できない。

『まだ仮設』だから、なおさらなのだ。

なので部費や経費はこちらのやり繰り算段で捻出するしかないということだ。

きっとその辺の事情ですぐに活動不能になるだろうという目論見もあったのかもしれない。

でなければあの理事長がこんなにあっさりと、野球部などという体育会系のステレオタイプのような部の発足を認めるわけがない。

しばらくビールとタバコを控えるしかないか……。

それらは俺にとって愛と勇気以上に欠かせない存在だが、やむをえまい。

グローブやバット、ボールなど必要不可欠な道具類を最低限度集めるだけでも、決して少なくない費用がかかるのだ。


「もう質問はないようじゃの。静聴に感謝するぞ、みなのもの」


北畠藤は容姿にそぐわぬ独特な口調で最後まで締めくくると、ちょこん、と音をたてて着席した。

背が低すぎて脚が床に届いていない。

……今度しっかりと生年月日を確認しておかなければ。

さて。次が最後だ。

俺はもう一度教室を見渡す。

タロットメガネ――結城瀬里〈ゆうき せり〉。

テンション活火山――足利あしか〈あしかが あしか〉。

金髪碧眼毒舌貧乳――斯波エレナ〈しば えれな〉。

挙動不審小動物――名和絢子〈なわ あやこ〉。

麓原学園の象徴――北条楓〈ほうじょう かえで〉。

愚妹――愚妹〈ぐまい〉。

ノーパン(嘘)ロリ――北畠藤〈きたばたけ ふじ〉。

そしてここにはいないが。

ですです暴走少女――新田ひなせ〈にった ひなせ〉。

天然癒し系おっぱ……お姉さん――佐々木花織〈ささき かおり〉。


「……しかしまぁ」


揃いも揃って……。

よくここまで濃ゆいのばっかり集めたな、新田のやつ。

そしてめでたく、本日よりこの奇人変人怪人たちの末席に名を連ねることになった最後の少女が起立する。


「んじゃ最後、よろしく」


俺はすでに解脱している。

今なら何もかも受け容れられそうだ。


「御意!」


ほら、すでに変人だよ!

威勢の良い応答とともに、深々とお辞儀。

ちょんまげチックなポニーテールがらん、と揺れる。


「それがし姓は赤松〈あかまつ〉、名は観月〈みづき〉と申します。野球経験なしの、1年生でござりまする。どうぞお見知りおきくだされ」


慇懃にそう言って最後の変人は再度一礼した。

腰からなにか長いものをぶらさげているんだが、これは……。


「これでござりまするか? 愛刀の月輪丸にございます。剣に捧げたこの命、本来であらば剣道部に忠節を尽くしていたはずのこの身なのではありますが、本校に剣道部が存在していないという由々しき事態に遭遇いたし、真に遺憾ながらこれまで浪人の身に甘んじておりました。ですがそんな時でござります、新田どのに傭兵として拾われ、あぁありがたや! 不肖赤松観月と月輪丸。こうしてご城下への召集に馳せ参じ奉っているわけでござりまする!」

「うおー! もののふだ! みづっちかっこいいぞっ! あ、ねぇねぇ『もののふ』ってなんだっけ!」

「礼儀正しい子だね。でもなんか言い回しが時代劇っぽくない?」

「数百年前っぽい感じね。『奉る』だなんてはじめて生で聞いたわ」


どうやら時代錯誤の侍少女のようだ……。

ニッチすぎる……。

需要あんのか、これ。


「てことはもしかしてその腰にぶらさげてるのって……」

「は! 刀にござりますれば! これよりそれがしとこの月輪丸、我らが主君醍醐様のために粉骨砕身不惜身命滅私奉公いたしまするゆえ、どうかお側においてくださいませ! 必ずやご期待に応えてしんぜましょう!」


背筋をキリッと伸ばし、直立不動で気合たっぷりに言い放つ。

左手は刀の鞘に触れさせたままだが。

生まれてくる時代を間違えたようだ、かわいそうに。


「うむ、よろしく頼むぞ。そちの命、わしがしかと預かった!」


だが解脱済みの俺はひるまない。

面白そうなので乗ってみる。


「ぎ、御意! これより我が身と我が刀は、醍醐様の手の中の決死の駒とあいなりました!」


予想外の俺の言葉に、顔面を紅潮させながら赤松は応えた。

ウホ! なんだか楽しいぞ、この子! 

なんでも言うこと聞いてくれそうだ。


「ちなみに身の丈は5尺4寸。すりーさいずとやらはよくわかりませぬ。さらしの色は白でございます」


まさかふんどしとか履いてないだろうな……。


「その刀、まさか本物じゃないよね?」

「ご心配なく。真剣に相違ござりませぬ。警護の際はお任せを!」


俺は急いで携帯電話を取り出し、3桁のダイヤルをプッシュした。

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