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プロローグ

例えばある夜、目の前に、恐怖と絶望を操る悪魔が立っていたとしよう。

暗くてその表情は窺えない。

あなたには目指すべき場所があり、そこへたどり着くことを夢見てやまない。

だがその前途をふさぐように、顔の見えぬ悪魔は立っている。

彼は不思議な力を帯びた、とある呪文を唱える。

その詠唱を耳にしてしまったが最後、恐怖と絶望の呪いにかけられたあなたの足はすくみ、それ以上一歩も前へ進むことはできなくなってしまう――そんな恐ろしい呪文だ。

悪魔の声帯は人知を超えた伝達力を秘め、あなたが力いっぱい耳をふさいでもどんなに距離を取っても、ひとたび言葉が発せられれば、呪文はあなたの脳内へと絶対にたどり着く。

彼がひとたび口を開いたら、もう逃れる術はないのだ。


さて、夜道で運悪くそんな悪魔と対峙してしまった場合、どうやって彼をやりすごし目的地へとたどり着けばいいのだろうか。

――無視しろ無視しろと念じながら横を通り過ぎる?

彼の言葉はあなたの意思などあっさり砕いてしまう。

――近づいて殴り倒す?

距離を詰める前にあなたの足はすくみきってしまうだろう。

――目的地を諦め、一目散に逃げ出す?

あなたが踵を返すよりも早く、彼は口を開くだろう。

――泣いて許しを請う?

彼は悪魔。そんな慈悲など持ち合わせていない。

――だったらどうすれば……?

正解は。


彼の存在に、『気がつかない』ことだ。


人間の脳というのは実に便利にできている。

例えば視覚や聴覚から脳へ向けて送信された信号のひとつが、総合的な見地から今の自分にはまったく不必要、または無関係なものであると判断できるものの場合、脳はそれを認識せずに切り捨ててしまうことがある。

有象無象の数多の情報に溢れた外界において、適切に物事を判断し無駄なく賢明に生きていくための、これは人としての至って正常な営みである。

脳による情報の取捨選択。それは時おり『見ていても見えていない』という矛盾を生み、『聞いているのに聞こえていない』という逆説を孕む。

その状況をとても簡易に表現しよう。

『気がつかない』こと、と。

――無視しろ! 気にするな!

そう考えることは実際問題、その時点で強く対象を意識してしまっている証拠に他ならず、逆説的にその時点ですでに相手の術中にはまってしまっているようなものなのだ。

催眠術の極意もそこにあると言われる。まずは自分と相手の存在を意識させること、だ。

だが、立ちふさがるどんな障害にも気が向くことのないほどひたむきに、ただひたすらに一点を目指す――、そうしていれば、いつのまにかどんな壁をも越えているのだ。

余計なことは考えず、ひたむきな想いで目的地へと全力疾走していれば、人を惑わす悪魔の姿など、眼中に入らぬどころかこの眼前に現れることさえなかったのだ。


そしてあの時の俺は、そのことに気がつかなかった。


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