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なんて夢を見てんだ俺は!!  作者: rikka
西部動乱編
6/10

ニヤニヤ笑いのチェシャ・キャット

「――これが、今の西部を取り巻く環境よ。大変な時期だけど改めて……ユルフェイヌへようこそ、スレイ=リアフィード。あなたの噂はこの西部にも届いているわ。いずれ、帝国を支える支柱になるだろう傑物だと……」

「はっ、恐縮です」


 目の前で質素な玉座に腰をかける女性。珍しい青みがかった銀髪――どこか姉のソレに似ている髪に目を奪われながら、スレイはその奇妙な圧迫感に圧倒されていた。


(これが……知の女傑。母さんが言っていた、敵に回してはいけない人……)


 かつて母に、尊敬できる貴族は誰かと姉と共に尋ねた事が合った。いくつか上げられた名前の中で、姉よりほんの3つ年上とはいえ、当時まだ少女といってよかったリディア=ハウゼンの名が挙げられていたのだ。


「それほど畏まらなくてもいいわ。この会談は非公式なものだし、なによりよくこのタイミングで来てくれたわ。貴方はもちろん、貴方の母君にも直接お礼を述べたいくらいよ」


 ニッコリとほほ笑むハウゼン卿の言葉にスレイは感心し、誇らしさと共に改めて頭を下げる――などという事はない。

 返答しつつも頭は下げ、同時にスレイは言葉の裏の意味を取ろうとしていた。


(直接お礼……会いたいと言う訳か。今回の派遣のタイミングの良さを問いたいのか……)


 確かに、母の今回の派遣は自分も疑問に思っていた。

 少しは名が知れてきているとはいえ、所詮は士官学校を卒業したばかりで実戦経験のない――おまけに士官実習すらまだの小娘を、突然西部に向かわせるなど……。


(母さん――母上が、西部の詳しい情報を裏の裏まで知っていたと言う事か)


 それもまた不思議ではない。もはや公然の秘密となっているが、リアフィード家には情報収集を生業とし、腕の立つ者を囲い入れている。実際に自分は目にした事はないが、彼女達ならば西部の詳しい事情や裏の動きを調べる事も出来なくはないだろう。

 だが、仮に調べ上げて知っていたとしても、それならばなぜ自分を西部に送り込んだのかという疑問が出てくる。

 手柄を立てさせるためなのか、実戦を経験させるためなのか、それとも違う思惑があるのか。

 そしてそのことについて、目の前の美女が自分になに一つとして聞く事をしないのは、自分が母から何も知らされずにここに送られてきた事を察しているからなのだろう。

 母から、そして『知の女傑』からもゲームの指し手ではなく、精々が少し使える駒程度にしか見られていない。そう感じた。


(シノブなら……。あの娘が同じ立場なら一体どのように立ち廻るのだろうか?)


 気が付けば、妙に彼女にこだわる自分がいる。それこそこの一週間ほどの旅で、シノブという存在が多彩な技術を持った旅人だという事が良く分かった。

 狩猟はおろか、戦闘に使える程高い精度の投擲術、調理技術、生存技術、野草や毒物に対する知識の蓄積、剣の腕。様々な視点から見ていると思われる考察。時折見せる機転と決断力。

 

(あぁ、そうか)


 本当ならば、剣だけ預かってさっさとこの町に来ればよかったのだ。馬を走らせればとっくにこの町に着いていたはず。それでも――貴重な時間を割いてでもシノブとの旅を望んだのは……


 あの不審な女が、自分に足りない物を持っている事をどこかで分かっていたからなのだろう。


(無理は承知で、頼みこんででもここに連れてくるべきだったか)


 声を発することが出来ず、顔を晒す事を極端に嫌がる彼女がこの場にいたとしても出来ること等ない。むしろ、不審者を領主の前に連れてきた女としてこの上なく悪い印象も着くだろう。

 だがもし――もし彼女が自分の隣にいてくれれば、ただそれだけでどれほど心強い事か。


(さすがに機密を口にすることはできないが……。後で少し相談してみるか)







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







(……なるほど、こういう娘だったのね)


 リディア=ハウゼンは、自分がコケにされていると気付きながらも己を見失わず――それどころかどこか楽しげな雰囲気を醸し出す少女に対して、先ほど下した評価を一つ繰り上げることにした。

 確かに士官学校では高い評価は受けていたようだが、リディアの経験則としてそういった者は得てして、どのような者でも自尊心を刺激され野心的になりすぎる傾向があるものだ。

 だが、この少女にはそういった慢心の類を見受けられない。


(まぁ、少し頭は固そうだけど……)


 なんとなく、自分の騎士に――ベルヌーイに似ているかもしれない。

 これから経験を積めば優れた将軍になるのは間違いないだろう。先日部下のキュベレが連れてきた姉のテレーゼも才を感じさせたが、『面白さ』ではこの少女の方が一つも二つも勝っているだろう。 

 そして、部隊を率いる能力もある。お世辞にも高いとは言えないが、調べさせた訓練の内容を見る限りでは部隊管理から危機管理までよく出来ている。実戦でどうなるかは少し分からないが、そもそも今回彼女に望んでいるのは極論を言えば部隊の管理と命令の遂行だけなのだ。彼女に預けるのはベルヌーイが鍛えた兵士達と数人の副官。能力は十分だし、そもそも戦闘にならない可能性も高い。彼女の部隊にやってもらいたいのは相手の注意を引く事と、このユルフェイヌが手薄になっている可能性があるとどこかの『愚者』達に知らせる事だけなのだから。

 そんな簡単な任務になぜ自分の部下を使わないのかといえば、単純に信頼できる人手が不足していたからだ。

 他にもいる将軍は、例の『男』を探すために大森林の周囲を警戒していたり、あるいは愚者がこちらが用意する『餌』などお構いなしに暴発を起こした時のために伏せていたりと、誰もが下手に他人には漏らせない仕事ばかりを請け負っていた。


(信頼できない者が多いからといって、少数精鋭で強行してきた事が仇になったわね)

 

 とりあえずは外部の人間とはいえ、下手な貴族よりもよっぽど信頼できるこの少女に任せよう。

 ただ、一つだけ気にかかる事があるとすれば――


(報告にあった黒衣の従者って、一体何者なのかしら?)


 目の前で直立不動を崩さない騎士の卵を見ながら、この場にいない人間についてリディアは僅かに首をかしげた。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







 やはり活気のある街だと、品の種類も数も村のそれとは比べ物にならない。

 旅人用の頑丈な靴に地図、新品の火打石に小さな鍋、新しいスキットボトルを購入し、つい先ほどは狩猟具店でナイフ三本に刃物の手入れ道具、使用頻度の高いスリングは新調し、予備としてそこそこの質の物もいくつか買い揃えた。

 スリングは持ち物の中でも特に消耗が激しく、かつ使用頻度も高い。シノブは初めから、スリングには金をかけようと考えていた。


(でもやっぱり日本刀は置いてなかったか。まぁ、良い剣は一応買ったけど……)


 今シノブの腰に差さっているのは、ファルシオンと呼ばれる片刃の片手剣である。扱いやすい武器として傭兵にはそれなりに人気の剣らしいが、そのためか貴族や騎士からは『庶民の剣』として余り使われる事が無いらしい。

 銀の腕輪を付けていたためか貴族と勘違いされたシノブが、ファルシオンを選んでカウンターへと運んだ時に、店主がそのように言っていた。


(やっぱりそこらへんがよく分からん。実用性の方が大事だと思うんだけど……。騎士からすれば目立って見栄えのいい武器の方がいいのか?)


 ともあれ、最優先で買い揃えなければならないというものは全て揃えた。その気になれば今すぐに旅に出る事が出来るだろう。

 だが今日はすでに泊る所があるし、代金という形とはいえ、かなりの大金を支払ってくれたスレイに何も言わずに勝手に出て行くような不義理な事はしたくない。

 とりあえず待ち合わせの時刻までまだ時間はありそうだ。

 暇つぶしも兼ねてシノブは、宿や近くの市場を歩きまわって食料品に目を通していた。

 どういう物が食べられる物なのかを知っておく事は、シノブのように野宿が主軸となる旅人にとっては必須事項だ。それが、この世界の常識を知らない者からすればなおさらだ。

 現実世界のそれとは似て非なるものが多い世界、なんとなく似ているからと気軽に口にしたもので腹を壊すなどというみっともない事はしたくない。


――二度と、だ。


(この一週間で調味料も大分減ったし補充して……あぁ、保存食も買っておかなきゃ。金のあるうちに長持ちするものを買っておかないと)


 この街には海などないが、どうやら西部では海鮮物が豊富に取れるようだ。

 魚を開いた物や貝柱と思われる物が干物として売られていた。

 この世界で肉や野草、卵を主軸に食べてきたシノブにとって、海鮮物は非常に興味をそそられる食材だった。

 買おうかどうか、財布の中身と相談する。装備の方にかなり金銭を割いたので、少ない訳ではないのだがどれほど使えるのか、把握しておきたかった。

 

「あら、足りないのでしたら少しお出ししましょうか?」

「…………?」


 突然、背後からかけられた声が自分に向けてのものだという事に気がつくのに一拍かかった。

 恐る恐る振り向くが、人の姿は見当たらない。ふと、視線を少し下に向けると、


「代わりと言ってはなんですが、よろしければ少々お話に付き合って下さらないかしら。貴方の様な方、この街で見たことないですわ。外から来た方なのでしょう?」


 車イスに腰をかけ、右手で長い金髪をクルクルと弄っている少女がいた。

 質素ではあるが質の良い服装からして、ただの庶民ではないだろう。護衛や従者らしき人間が周りにいないのが少々気になるが――。

 シノブはマントの下のシャツの胸ポケットからいつもの葉を取り出し、火事のせいで声が変なため、あまり出したくないという事を書いて少女に手渡す。

 少女はそれを受け取り、目を通す。


「あぁ……。では、顔を隠すのはそのためなのね。ごめんなさい、私はこんな身体のせいで外はおろか街を歩くのにも不自由だから……」


 そういいながら少女はさきほどまで髪を弄っていた右手をブラブラさせる。


「話し相手が欲しいのよ。特に外から来た旅人の話は是非」


 少女は、シノブの身体を外套越しに透かして見るように眺める。

 ひょっとして、なにかに気がつかれたのかと、シノブが外套をそっと手繰り寄せる。


「私、こうみても人を見る目はあるのよ。あなたみたいに優しそうな旅人さんは初めて見るわ。それに――」


 少女はシノブの腕輪を指し示す。


「貴方にそれを渡した人は迂闊だわ。貴族と繋がりの在る旅人なんて、好奇心の的になっておかしくない。そんな人がブラブラと市場をうろついていたら良くも悪くも注目の的」


 とっさにシノブは、この少女がリアフィード家――スレイの家になんらかの害意を持っている人間ではないかと考えた。


「だったら、私とどこかでゆっくりとお話した方がいいのではなくて? もちろん、貴方の好きな時間に立ち去ってもらって結構よ?」


 そういって、少女はニッコリと笑みを浮かべる。とても可愛らしい、無邪気な笑みだ。だが――


(……確かに暇ではあったし、人目を引くのも不味いんだが……)


 色々考えた結果、シノブはもう一枚葉を取り出し、


『知っている人間がいる宿屋がある。そこの一階でなら』


 と伝えた。場所を限定させてもらったのだ。

 知っている人間というか、宿を取った時に受け付けてくれた女性の事なのだが、その人の目の届く範囲でなら、大事になる可能性は減るだろう。

 ここで無理矢理振り切った所で、リアフィード家の関係者が足の不自由な物を置いてけぼりにしたというような噂が経つのは拙い。


(やっぱりこれは手枷か。スレイもああ見えて中々やる……)


 腕輪一本に自分の行動がかなり制限されている事に気が付き、シノブはため息を吐く。

 逆に少女は、シノブの提案に頷いて『それでいいわ!』と喜んでいる。

 改めてため息をつきたい気分になりつつ、シノブはお礼や金銭の類はいらない事を伝え、手早く先ほど買おうとした干物を購入し、袋に詰めてから少女の後ろに回って車いすを押していく。

 少女は、シノブが車いすを押している間はろくに会話が出来ないためか独り言に近い事をひたすら話し、時折シノブの方を振り返って笑顔を浮かべるだけだった。

 可愛らしい笑顔。無邪気な笑顔。そうだ、確かに先ほどもそう感じた。

 だが、シノブにはなにか――具体的ではないが違和感を覚えていた。

 時折彼女が振りかえり、笑みを浮かべてまた前を見る。

 その時、すでに振り返って顔など見えないはずなのに、なんだか彼女の笑顔が――笑みがそこにまだ残っている様な印象を受けるのだ。


(なんだったっけ。何かの童話に出てきた笑みを残したまま消えていく動物……猫? あぁ――)


 しばらくシノブは色々と考え、そしてようやく思い出した。





――ニヤニヤ笑いのチェシャ猫だったっけか。







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