槍を振るう獣
難産でした。というかまた書きなおすかもorz
気になった点や批評がありませたら是非お願いいたします
「……騎兵を集めている?」
ユルフェイヌの中で城に次いでもっとも周囲が見渡せる場所。そこに彼女達はいた。
「あぁ、数だけならばかなりの物だが、どうも細かく部隊を編成している様だ。たぶん、別々の場所に同時に派兵するつもりじゃないかな。ついでに門も開いている。こんな混乱で無防備になるなど予想だにしていなかったのだが……」
ユルフェイヌの門はかなり大きく、そして頑丈だが、その分他の門に比べて動かすのに一苦労する。
かつての統一戦争時も、頑丈を重視したために他の一般的な城門に比べて重くなりすぎた門は扱いに困っていたと、当時の戦史記録に書かれていた。
それでも改良されずに残っているのは、それでも防御に重点を置いたためか、あるいは単にめんどくさかったからか……。
「逆よ、シオン。攻められるという事を確信して、そしてそれをほんの僅かとはいえ先延ばしにするために動いたのよ。それがどのような策か、これから調べる所だけど……」
静かに傍に控えている緑のローブを纏った女性から受け取った遠眼鏡を覗いて辺りを適当に眺めながら、車いすに腰掛けているその少女は答えた。
「私達が動かせる人間のほとんどはかつてこの国に虐げられた者たち。そして、今、彼らが求めているのは生活よ。彼らがもっと豊かになれば欲の芽も出てくるのでしょうけど、今の彼らは自分達の手で生きる道を切り開いている最中。当然だけど慎重になるわ」
「つまり……蜂起しようとしている強硬派は私達の言葉とハウゼンの言葉を天秤にかけていると。なるほど、しばらく見ないうちに随分と彼らも狡猾になったものだ」
「そうなるのが当たり前よ。……彼らだって生きたいし、楽をしたいもの」
少女が遠眼鏡で覗いているのはそれぞれの部隊の動き。どの部隊がどのように動いているのか、その動きを見ておくのが少女には楽しくて仕方がなかった。
それを自分の手で崩す瞬間を想像するだけで、まるで好みの女をベッドの中に誘い入れた時のように身体が熱くなる。
「だから、てっとりばやく彼らに利を見せるためにハウゼンのお膝元で大きな暴動を起こすつもりだったのだけど……あれ、荷馬車よね?」
少女はシオンに遠眼鏡を渡して尋ねる。
シオンは、どのあたりかとは問わずに数度観察する場所を変えてから、
「あぁ、そのようだね。乗せているのは……食料に金貨か? 結構な量だが……一体何をするつもりだ?」
「…………シオン、悪いけど遠眼鏡を貸して」
少女は言いながら、渡した遠眼鏡をシオンの手からひったくるように奪い取った彼女は、再び遠眼鏡に目を当てて、ちょうど荷馬車の辺りをくまなく調べ出す。
それまでもそれなりに集中していたが、今度はそれとは異質な集中。退屈そうに見える力を抜いた顔ではなく、今の彼女の顔に這いついているのは――あの、まぶたの裏に焼きつきそうな嗤い。
「……やっぱり、動いたのね」
その彼女もまた、その姿を瞼に焼き付けようと一人の人間の姿を捕らえていた。
黒としか言い表わすことのできない、その存在。漆黒の衣でその身を隠し、声すら発する事のない不気味な人物。
その不気味な存在の前に複数の警備兵が跪き、恐らく指示が書かれているのだろう白い木の葉を受け取り、敬礼をして走り去っていく。
少女は確信した。
あの不思議な人間が、ついに立ち上がったのだと。
望んだとおりに。
謀ったとおりに。
そうだ。そうでなくては、完璧を求めた計画を崩してまで行動を起こした意味がない。
見たいのだ。あの不思議な人物が、自分が立ち上げたこの舞台の上でどのような舞を見せてくれるのか。
それで死んでしまえば――まぁ、それだけだ。
「弱い者は堕ちていく。それが当たり前の事。この世界のアタリマエ。ねぇ……シノブ」
声だけを聞けば、それは恋い焦がれた者の名を呟く少女の声だ。
だが、ここにいる二人は知っている。
その声が、積み上げた積み木を崩したくてウズウズしている幼子のそれに近い物であると。
「ニキ」
少女はその名前を呼ぶと、緑のフードを被った女がひざまずき、そして顔を上げた。
フードの隙間から、まるで濡れたような潤いのある黒髪が零れ落ちる。
「貴女の槍、もう一度振るってもらうわ。もっと面白い時間にするために、もっと面白いあそびにするために。人員は任せる。いいわね?」
少女にそう問われたその女はただ静かに『是』と答え、被っていたフードを脱ぎ捨てた。
露わになったその目、その瞳は、まるで獲物を視界に捕らえた獣の様に紅く染まっていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「近隣の村々から薬を買う……か。本当にそれだけでこの状況の何かが変わるのか……変わるのだろうな。ハウゼン卿が許可をされたのだ……」
シノブが提示した策は単純な物で、相場より幾分か高めの金額で、各村々から医薬品や食料を、負担にならない程度に少しずつ買い集めてくると言う策だ。
テレーゼが今やっている仕事は、そのための荷馬車隊の編成だ。
かなりの大金を動かすために、当然ながら警備を付ける必要がある。そう考えていたテレーゼだが、シノブの意見とハウゼン卿の意見は奇妙な所で一致していた。
『一部隊における兵数は最低限で構わない』
それが両者の見解だった。
(自分に文官や参謀としての才能がない事は良く分かっているが……)
やはり知に長ける者というのは、自分の理解の外にある人間だとテレーゼは再認識していた。
それと同時に、なぜか脳裏にはある意味で妖艶な――ある意味では胡散臭い笑みを浮かべるハウゼン卿と、黒衣を纏ったシノブが肩を並べている姿がよぎった。
実に頭を抱えたくなる光景だ。
「テレーゼ様。準備の方が整いました」
「よし、各部隊長に行動を開始するよう伝達。斥候兵は連絡を密にするように努めろ、何が起こるかわからん状況だ。斥候の本分に徹せよ」
「はっ」
テレーゼが号令を下せば、兵士は即座に敬礼を取って走り去っていく。重い鎧を身につけているにも関わらず、普通となんら変わらない速度で走り去っていくその速度に、西部の兵の練度がいかに高いかを物語っていた。
しばらくしてから、荷馬車隊を含めた全ての騎兵が行軍を始める。
降りしきる雨のおかげで土煙は立たず、ただぬめった地面を抉っていく蹄の音が響く中、テレーゼは騎兵達が向かいつつある城門とは反対の方向、この旧城門前広場へと続く道の一つ。そして、ユルフェイヌ城とここをつなぐ、唯一の道でもある。
(……そっちは頼んだぞ)
妹が誇らしげに語る黒衣の不審者。その姿を頭に浮かべながら、今度は旧門広場にいる多くの民たちを眺めた。これから行うのは、今まで剣を握り、ただ敵を倒す事に専念してきた自分にはない経験。
動揺する多くの人間に声をかけ、適切な選択を選び混乱を最小限に抑えるという困難な大仕事が待っていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
もう何人斬り倒して来ただろう。
適当な布で剣にベットリとついた血と脂を拭いながら、シノブはこの街で恐らくもっとも高いであろう建造物――ユルフェイヌ城を見上げていた。
テレーゼから、万が一の時のためにとユルフェイヌ城の様子の把握を頼まれて城門前広場を出たのは、一体どれくらい前の話だろう? 思っていたよりも時間がかかってしまった。
錯乱した兵士達が殺し合っている道のりを、文字通り『斬り開いて』きたのだ。後ろに着いてきている兵士も息が乱れているのが聞こえる。ついでに、どうやら数名は吐いている様だ。理由は疲労から来るものなのか、同僚を斬った事による罪悪感からか――あるいは、
(ったく、ここまで派手にやってくれるとは)
ユルフェイヌ城は、守りやすく攻めにくい城とするために周りを掘りで囲まれており、中に入るのはその間に掛けられている長い橋を渡るしかない。
シノブはゆっくりと視線を上から前へと戻し、その橋へと目を向けた。
正確には、橋の前に出来ているまるで小さな山の様な物に。
「なんだよ……これ……。なんなんだよ……っ」
後ろで息を整えている兵士の一人が茫然とした様子で言葉を漏らした。
心なしか、その顔は少し青ざめているような気がする。いや、恐らく蒼褪めているのだろう。
(なんだよって……見りゃ分かるだろ)
強い異臭。流れ出る水の様な何か。散乱した武器や鎧の破片と――肉片。
この世界に来てから、何度も目にした物が『ソコ』に集まっていた。
(死体の山だ。文字通りの)
見覚えのある兵装――かつてシノブがこの城から逃げ出す時に散々目に入った軽装の兵士達が、その全てを真っ赤に染め、積み重ねられていた。
(……やってくれたな『どっかの誰かさん』)
混乱に乗じてこの城を襲う輩が出るのではないかというのは、真っ先に思いついた可能性だった。
ただ、これだけ大きな騒ぎを起こしていながら情報網がある程度確立するまで、そしてしてからもここに異変が起こっている、あるいは起こったという情報は確認できなかった。少なくとも、自分の考えを斥候兵の一人が一度城に向かい、ハウゼン卿の意見を聞いて戻ってくる時までは。
そこから、相手に工作員の類はいれど、直接的な戦力は『まだ』そう多くは持っていないと判断したのだが――
込み上げてくる吐き気を落ちつかせ、息を止めてから死体の小山に近づく。
人数はおよそ20名程、おそらくこの橋の守りについていたのだろう。
そのほとんどが矢による負傷を受けており、これが致命傷と見られる遺体が最も多かった。
(そして残りは……あのやられた貴族さん達と同じか)
残る遺体の傷跡は、四肢をやられていたあの無駄に着飾った兵装の貴族達と同じ槍のものと思われる傷だ。違う点があるとすれば、それが致命傷を避けていたか狙っていたかの違いくらいだろう。
「ど、どういたしましょうシノブ様……。き、近隣の部隊に援護要請を……」
着いてきた兵士の一人が、恐る恐ると言った様子で声をかけてきた。おそらく、まだ目の前の出来事を上手く飲み込めていないのだろう。
(テレーゼが言ってた、ボンボンの部隊ってのは結構的を得ているのかね……)
どうにも頼りない面々を一瞥する。戦闘訓練は一応受けていたものの、指揮官の性格もあって訓練と簡単な警備を主とする部隊だったらしい。言ってみれば兵士というより警備員だ。恐らく、人を捕まえる経験はあっても斬った経験はないのではないだろうか?
もっとも、今この状況でえり好みをしている暇はない。
少し首を横に動かすと、奇妙な物体が視界に入った。一瞬、農作業用の何かかと思ったそれは、いくつものクロスボウを束ねた様な物体に車輪を付けた物だ。数は一つ。
積み重ねられている兵士達の矢傷はこれだろう。このようなものを使うとなれば……人数は少ないのだろうか。
もう一度クロスボウを束ねた発射台の様な物に目をやり、そして遺体の山へと戻す。
(ひょっとすると……)
一つの仮説を思いついたシノブは小さく舌を打ち、少し悩んでから増援はいらないと、首を横に振りながら葉に言葉を書いていく。
『頼みがある』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ベルヌーイ将軍。門を開けておいて本当によろしいのでしょうか?」
民へと配る薬品、食料、水などの手配を済ませていたベルヌーイに、隻腕の少女――スレイが声をかける。
リディア=ハウゼンの命で二人が兵を率いて向かったのは、もっとも人の日常に近い場。居住地区だ。
「リディア様が考えなしに門を開ける様な真似はせん。我らは、任せられたこの地を死守するだけだ」
「……はっ」
本来ならば、近衛騎士隊長であるベルヌーイ。当然リディア=ハウゼンの傍にいなければならないのだが、彼女自身の命によりこうして居住地区の混乱を抑え、治安を回復させるために出陣することとなった。
(民に慕われている者がこの危急の時に民の前に姿を見せずしてどうするか……か。利には確かに叶っているが……)
クスクスと口元を扇で隠しながら笑う自らの主の顔を思い浮かべると、不敬と言われるかもしれないが頭が痛くなる。
ここ最近は特にその傾向が強い。なんというか、人をからかって遊ぶ癖が強くなったような気がする。
(あの女と会ってからだ。本当にあの不審者、どうしてくれようか……)
ここ最近、個人的に二人で話す時によく話題に上る女――シノブという不思議な響きの名を持つ不審者。自分の隣で帳簿をめくりながら兵士に指示を出しているスレイが連れてきた女は、どうやら主君にたいそう気に入られた様だ。
最近では、手紙――というには素っ気のない固い仕事のモノだが――を介して、互いの意見をやり取りしている。
どのような内容なのかと一度問いかけてみたことがあった。
『そうね……互いを理解しあおうとしている。といった所かしら』
主君は、こちらの反応をうかがう様な笑みでそう答えた。――正直、胡散臭い笑みと思ってしまったのは墓まで持っていくべき秘事だ。
『あの女性は警戒心が非常に強い。けど同時に好奇心も人一倍強い。良くも悪くも……ね?』
『でもそのどちらも根っこは一緒。生きたいがために警戒し、生きたいがために知らぬものを知ろうとする。本来ならば相反する二つの在り方を、あの黒衣の者はその胸に揃えて持っている。……あれは厄介な存在よ。だから――』
その後に続けた言葉に、あの時一度吐いた深いため息をもう一度吐きたくなる。
(だから、『彼女』は面白い、か)
「ベルヌーイ将軍?」
「いや、なんでもない」
まさか、「お前の所の従者のアクの強さに辟易していた」などとも天地がひっくり返ろうが口にするわけにはいかない。一応部下の扱いとはいえ、実質は客将なのだ。
「スレイ、この区域の暴徒兵達の鎮圧はどうなっている?」
「はっ。現在、一番から四番区域までは完全に鎮圧。避難も完了しているために、警備人員も最小としています。残る区域は……」
失った腕の辺りを触るかのように宙を手で撫でながら、スレイは言葉を続ける。
表情にこそ変わりはないが、これがこの隻腕が不機嫌……あるいは不安な時に見せる仕草であることにベルヌーイは気がついていた。
今の所失態らしい失態を見せた事のない若き騎士の卵の唯一の欠点といっていい。
注意を口にしようと思った事もあったのだが、大体そういう時に限って事務仕事や急な会議が入るために機会に恵まれなかったが――
(……今言う事ではないか)
他の区域は未だに混乱が続いており、民間人の避難が『完全』に終わったという確証は未だ取れていない。一応再編成した人員をそちらに向かわせたが、結果が出るには、もう少々時間がかかる。
要約すればその様な、新たな行動に出づらい報告が耳に入り、思わずため息をついてしまう。別に目の前の隻腕が悪いわけではないが……悩ましいものは悩ましい。
「騒動の原因はわかったか?」
並行して命令しておいた事柄についても聞いてみるが、ここで初めてスレイは額に皺を寄せる。
「いいえ、まったく手掛かりがつかめません。錯乱している兵士達がほぼ全員警備部隊の人員であることから、彼らの屯所や訓練所、寮などを徹底的に洗っておりますが、未だに痕跡の様なものは何一つ」
「……そうか」
警備部隊の面々の錯乱を状態を見た時に、真っ先に思いついたのは薬だ。
帝国がこの西部に侵攻した際、余りの原住民の抵抗が強かったためにとった原住勢力の力をそぐための手段。それが麻薬だった。
輸送隊に見せかけた中規模の軍勢に偽装撤退を行わせ、薬を混ぜた食料をわざと相手に略奪させる。この手段を数回使い相手方の士気をくじき、その後の奇襲作戦により帝国は勝利を収めた。
(これが薬によるものならば……原住民による過去の復讐の線が濃厚か?)
これだけの混乱を引き起こしているのだ。恐らく単独犯ということはありえないだろう。
もし、今しがた考えた様にこの騒動が原住民による復讐が原因となるものならば――それはもはやクーデターと呼べる代物だろう。
(ようやく……ようやくここまで来たというのに……)
主君であるリディアと共に、この地を復興させるために文字通り死に物狂いの努力を積み重ねてきた。
リディアは顔を見るのも嫌な有力貴族との間につながりを作るために走り回ったし、ベルヌーイは匪賊とかした原住民や旧開拓民たちをなだめ、抑え込むのにどれだけ槍を振るい、剣を抜いた事か。
「将軍?」
二度目となるスレイの呼びかけに、ベルヌーイは苦笑しながら、
「……すまん、考えることが多くてな」
そう応対してから、軽く息を吸い込んで呼吸を整える。
「ままならんな……。何もかも……」
血の匂いが未だ強く残るユルフェイヌの空気を吸い込み、自ら槍を振るい兵達の士気を揚げようとしたその時、十数名程の騎兵の蹄の音が遠くから聞こえてきた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「これは……シノブ様! いい所に――」
長い橋を駆け抜け、城の内部へと突入したシノブを待ち構えていたのは、困惑した目でこちらを見る女性兵士の姿だった。黒髪黒目という、どこか親近感を覚えるその女性の後ろには、観察するようにこちらを見る兵士が数名、いつでも槍を振るえるように構えている。その誰もが身体を血で濡らしており、異臭がこの一角に漂っている。
『リディア様は無事か?』
事前に書いておいた葉を叩きつけるように押し付ける。それに目を通すやいなや、女性兵はただちに頷く。
「賊はすでに深くまで入り込んでいます! 我々はここの死守を――」
その言葉を最後まで聞かず、遮るようにシノブは素早く剣を抜き、兵士に突きつけ――そして、
――カシャァァ……ン……
次の瞬間にはその剣は弾かれ、宙を舞った後に金属音と共に石畳の地面に転がり落ちた。
「……死守を命じられたのですが……これは一体どういうつもりなのでしょうか?」
「どういうつもりだ? しらばっくれるな『槍使い』」
普段ならば隠している声を出すシノブの額には、じんわりと汗が滲んでいる。
「ここに他の部隊の目を引きつけるように『どっかの誰かさん』に命令されてたんだろうが。おおかた、予想よりも早くこっちが城に来たんで碌に偽装工作もできなかったんで、城の中に誘い入れたんだろうが。……それより」
その首筋には、光り輝く刃が突きつけられている。――兵士達が持つのとは違い、刃がやけに細く、だが美しい刃を付けられた短槍だ。
「リディア=ハウゼンをどこにやった?」
「仮にも、この地を治める大貴族を呼び捨てとは豪気だな。なるほど、あの方が気に欠けるのも分かる気がする……が――」
先ほどの兵士達が自分を囲むように動いているのが気配でわかる。
黒い髪をたなびかせながら、一瞬どこか呆れた様な表情に女はにぃっと笑みを浮かべる。
刃を軽く動かし、黒衣を少しずらして首元に添える。
シノブの手に剣はなく、この状況では黒衣の下に隠してあるスリングも取り出せない。
動きを見せた途端にこの刃は自分の喉を貫くだろう。
シノブにはその確信があった。
「――生きてここから出られると思っているのか?」
そう囁くように言葉を紡ぐ女の眼は、先ほどまでの黒い瞳がうそのように真っ赤に染まっていた。




