第一節
僕、アルト・フェルマーは幼いころから勇者にあこがれていた。
数々の英雄譚を聞いて、物語の主人公、何度も言ってうるさくなるだろうが、決まって勇者に心を奪われていた。
いつかは、王様に勇者として呼ばれ、魔王討伐の旅に出るんだと。そう信じていた。
しかし、五歳ごろだっただろうか。祖父に無理言って、剣術を習ってみることにした。初めて剣を握ったとき、僕は確信した。
勇者には、なれないんだと。
「なーなー、お前、ヴィーヴォ魔法学院に通うんだろ?」
「うん、まあ、そうだよ」
「あぁー、いいなー」
僕は明日、王都にある魔法学院に通うことになっている。きっかけは・・・きっかけと言うのかな?
僕が弓使いの麒麟児であったからだ。
子供のころは勇者に憧れ、剣を握ったものの、無理と分かってからは得意武器を見つけるために槍、刀、フレイル、といろんな武器を手にした。その中で一番手にしっくり来たのが弓だった。
僕の麒麟児の名は決して伊達ではなく、三百メートル離れた鳥を射落としたり、文字通り百本の矢を百発百中にして見せた。
どうやら、王都の騎士隊弓兵に通用どころか命中に関してなら、比べ物にならないほどだ。
王都の方からの人から推薦を受け、入学を決意した。
僕は元々捨て子で、たまたま親切に拾ってくれた両親がいてくれたから、今がある。もう第二である父母は他界しており、妹は既に王都で魔法使いとして活躍して一人暮らし。水汲み、食材の確保から始まり、洗濯、金などの生活の全ては自分で行わなければならなかった。
だけど魔法学院は、衣住食、三点を保障してくれるようだ。
王都ヴィーヴォの魔法学院は大陸中でもかなり有名で、貴族や王族、一般人だが才能に優れた若者をよりよい環境で、よりよい成長を促すため、それぞれの個性に合わせた設備が整えられている。そこにいけば、まず生活に困ることは無いらしい。
そういうもろもろの事情が重なって、僕は魔法学院に通うことになった。この村では後一人通う子がいるらしい。刀を使う男の子で、『居合い』っていう極東の島国の剣技を使うみたい。
「あっ、そろそろ狩りの時間だ」
「お前は野生児か」
そんな男の子の突っ込みを背中で受けて、僕は弓を手で掴んで野山の方に翔って行った。
入学初日。
気持ちいい朝の目覚めだ。目的の場所に向かうと、馬車が一台停車していた。
その乗車スペースに背中からおもいっきし体重をかけて立っている少年の姿があった。
「君が・・・そうなのかな?」
「あ?お前みたいな奴が魔法学院に入学ァ?おいおい、そろそろ魔法学院も終わりに近いんじゃねぇか?」
失礼な。これでも『魔弾の射手』って呼ばれるほどに腕前だよ?
それにしても・・・この子すごいね。気配って言うのかな?僕が今まで倒した中での大物よりすごい気配を放ってるよ。近づいただけで身体が切れそうだ。
さらに、武器もすごい。鞘に入った刀は間違いなく彼より十センチは長い。あれをブンブン振るのか・・・。どうも想像できないね。
村長から聞いた話だと、この少年は、レガート・エトューフェという名前らしい。うん、レガート君と呼ぶことにしよう。
「きちんと帰ってこいよー!」
「達者でなー!」
「出世したら俺たちに奢ってくれー!」
「じゃーねー!」
身勝手な台詞多かったような・・・?
まあ、それはいいとして、僕はまだ肌寒い早朝に、村のみんなに出迎えられ、手を振り返して別れを告げた。馬車が上下に揺れる。鳥達も出迎えてくれるように飛び去っていった。
ただ、隣の男の子に送った言葉は一つも見つからなかった。レガート君は、席に腰をかけ、ただ全てを見下すような冷たい嘲笑を浮かべていた。
「これをもって、入学式を終わりとする。皆の者、文武両道に励むように」
あー、死ぬかと思った。眠い、この一言に尽きるよ。
先生方の話がまるで眠りを誘うセイレーンの歌に聞こえた。僕は金銭的理由で学校に通えなかったけど、こんなにも眠くなるのかな?
村から馬車で二時間ほど移動したところにあるヴィーヴォ魔法学院は、王城に匹敵するほどの面積の土地を持ち、校舎、学生寮共に豪華絢爛だ。
僕が通うことになる一年A組は校舎に入ってすぐにある教室だ。
「アルト・フェルマーです。スフォルツァンド村から来ました。特技は狩りで、趣味も狩りです。よろしくおねがいします」
このくらいが無難かな?
担任のアルモニコス先生の挨拶の後の自己紹介で一番に言うことになった。アルトだからなんだよね。
クラスメイトの拍手の嵐を浴びながら、自分の席に戻った。
その後も途切れることなく自己紹介が続いていく。最後に先生の明日の連絡で解散となった。今日のところは、これで終わりみたい。
この後は寮に行って、部屋割り登録して・・・後は各自で自由行動みたい。寝るもよし、勉強するもよし、身体を鍛えるもよし、だ。・・・多分この学院のことだから、生徒の大半は闘技場で自主トレだと思うけど。
この学院は中高一貫で、約九割が中等部からの進学者のようで、もう既に男女共に何人かのグループを作っていた。
残念ながら、朝一緒にいたレガート君以外は僕の暮らした村でこの学院に通う子はいないみたい。
一人寂しくぽとぽと歩いていた僕に、
「えーと、フェルマーだっけか?」
男の子が後ろから声を掛けてきた。
あれ?僕に金髪の知り合いはいないのにな?
「グラシア・クレッシェだ。グラシアって呼んでくれ」
「うん。僕はアルト・フェルマー。アルトでいいよ」
「ああ、そうか」
「でもグラシア君?」
「なんだ?」
「君、四大貴族のクレッシェだよね?」
金髪は基本的、貴族の証である。それでクレッシェなんて僕の村の住人でも知っているような名前を出されればすぐに気付く。
一瞬、彼は面を食らったような顔をして、苦笑いを見せた。
「そうだ。俺はクレッシェだけど、三男だから家を引き継ぐことは無いだろうし。何しててもいいんだぜ。まあ、俺が『速』のクレッシェって知るとそそくさ逃げていくからな。しかも中等部からの進学じゃないからな、俺は」
「つまりは誰も近寄ってくれないってこと?」
「ビンゴだ。だから友達になってくれね?このままだと寂しい学院生活送りそうでな」
僕は差し伸べてきた手を握り、握手を交わす。僕だってそんな気がしてたからね。一人寂しい目にあうのは嫌だし。
「なあ、お前ってやっぱ弓使うのか?」
「そうだよ。この弓は僕の家に合った宝具でね、もの凄く優れているんだ。硬さも飛距離も」
「見た感じ、普通の弓だけどな」
「まあね」
この弓は、世界樹の枝で出来ているらしい。白銀の弦もとっても高価のもので出来てそうだし、かなりの一品だ。
「お、着いたな」
「やっぱり大きいね」
ずっしりと目の前にそびえる建物。内部は、学生寮とは思えないほど豪華なつくりだ。
「こんにちは。新入生ですね?これから学生登録を行うのでお名前をお願いします」
「アルトです。アルト・フェルマー」
「グラシア・クレッシェだ」
「はい、分かりました。――――――完了です。右から二階、三階、四階に繋がる魔法陣ですので、どうぞご使用ください」
受付の人が指差す方向には、とても複雑な魔法陣が床に刻み込まれていた。
「グラシア君は何号室?」
「一緒に登録したからお前の隣じゃないか?」
「あ、そうなんだ」
転移術式の魔法陣に乗ると、一瞬にして視界が変わった。咄嗟に目を閉じてしまったが、目を開き、視界が空けると、既に三階に移動していた。転移術式は、スキルの中でも最高峰の部類に入る。これを描いた人は相当の実力者であるだろう。
「アルトってこのあとやることあるか?」
「ううん、特に無いけれど?」
「じゃあ、闘技場に行こうぜ」
「いいけど、確か寮を出て右手だよね?」
「ああ、部屋片したらすぐ行こうぜ。早くしないとすぐに人で埋まるぞ」
そういって彼は自分の部屋に入っていった。僕もすぐに入ると、ショルダーバッグの荷物を早々に片付けた。
部屋は相変わらず大きくて、家具もそれなりに備わっていた。広くて落ち着けないことが難点かな?こんなこと言ってたら、自分の部屋の無い男の子に怨まれそうだね。
「アルトー、いくぞー」
「うん。わかったー」
片付けて、弓の手入れをしていると、扉の向こうからグラシア君の声が聞こえた。
闘技場ということなので、学校支給の体操服に着替えた。
「こっちだぞー」
「あ、うん」
寮の外に出ると、もう既に闘技場の方にたどり着き大声で僕を呼ぶグラシア君の姿があった。そちらに向かって走っていく。
「お待たせ」
「いや、お前が自分の獲物の手入れをしていたのくらい分かってたからな。下手に監理された武器と戦いたくは無いからな」
彼が持っている剣は、日の光を反射する片手剣。かなり手がいきわたっていることが伺えた。
「広いな」
「確かに」
四方空間。そういうとなんとも迫力無いが、実際はかなり大きなスペース。軽装でちょこまか動かれたら一苦労しそうだ。僕は手にグローブを着けて、軽く弓の弦を引っ張ってみる。うん、大丈夫だ。
隣ではグラシア君が軽めに準備運動をしていた。僕もそれに倣って自己流のストレッチをする。
最後にストレッチとかねて、百五十メートルくらい離れたところにある試し切り人形を目掛けて矢を放った。
見事、というか当たり前のように矢は人形の眉間に吸い込まれた。
「お前なんか『スキル』使った?」
「いや、使ってないよ?このくらいじゃ『鷹の目』を使う必要ないから」
「あの距離を『スキル』無しで、しかも『このくらい』か。・・・なんかあれが未来の俺になりそうな気がしてきた」
「それは無いよ。あくまで止まってたから当たっただけで、動いてたら難しいよ」
さすがに目の前で頭に矢を叩き込まれるシーンを見せられたらそうなるかな?
ちなみに『スキル』っていうのは特殊な技能のこと。神の御技なんて言い方もするけど・・・今はいいや。
「余韻に使ってる場合じゃないか。なあ、ちょっと手合わせしないか?」
「要するに戦おうってこと?僕はいいけど、武器のタイプが違うからなー」
基本的に、剣や槍などが近距離、魔法系統スキルが中距離、弓が遠距離となっている。
剣の距離で戦ったら、基本的に僕には勝ち目が無い。
「じゃあ、三十メートルくらい離れればいいか?」
「うん、そのくらいなら」
魔法使いの距離の二倍。弓使いの距離、五十メートルには届かないけど、戦えないことは無い。
まだ早いのかもしれない。誰もいない闘技場のフィールドを大きくとることができた。
「じゃあ、いくぞ」
「問題ないよ」
僕達はそれぞれの構えを取り、物音一つない空間を生み出す。
瞬間、同時に僕とグライス君は動き出した。
僕はすぐさま矢をゆがえ、放つ。彼はそれを見切っていたかのように横移動で回避した。
「弓は線的、または点的な攻撃だ。弓をゆがえる方向が分かっていれば避けるのは容易―――っと、おわっ!」
まるで授業中の先生のように早口で僕に説明するグラシア君の肩の辺りに矢が突如飛来し、それを危なげなく回避する。
「お前、いつの間に?」
「当たら無そうだったから、同時に上に向かって一本矢を放ったんだよ」
「さっきのか?」
「うん」
「あっさりと答えるなー」
半眼でうめくグライス君を狙った矢は、あくまでもさっき放った矢であることは確か。同時二本射ちくらいなら、方向が違くても全然可能だ。彼が剣を構えた時点で、正面から射たのでは、剣で対処されるか避けられると判断した。だからあんなやり方を取ったんだ。
「つまりはどう動くか予想してるわけだろ」
「ほとんど勘だけどね」
「それ、事実だったら半分化け物の部類だぞ。『スキルは』使ってないのか?」
「変芸自在の弓使い、それが『魔弾の射手』と呼ばれる僕の技量だよ」
「ますます気に入った!」
楽しげに笑いながら、グラシア君が剣を片手に突っ込んでくる。
それに振り向きざま、僕は立て続けに弓を放つ。
「おい!弓弦が聞こえる回数より矢が飛んできてるぞ!」
「だって、乱れ打ちしてるからね」
「これは乱れうちじゃなくて同時打ちだ!」
「もう一発、いっけぇ『フレイムアロー』」
「―――っ!『一迅一薙』ッ!」
一瞬驚いたかのように身体を跳ねらせ、すぐさま一直線に飛ぶ火を纏う矢を一刀両断し、対処した。
目の前のグラシア君の顔には驚愕の色がにじみ出ていた。
「魔法も使えるのか、お前は」
「矢を媒介としたやつだけだよ。魔法剣士みたいな」
「ほんと呆れるくらいのやつだな」
そんな会話を繰り広げながらも、試合はまだまだ続いている。
僕が矢を放とうとして、気付いた。
「あ、矢が無い」
「好機ッ!」
後には引けないとばかしに猛烈な裂帛と共に剣を振って来た。避けれない、剣の距離だ。
矢が無ければ、僕は基本的『スキル』が使えないし、魔法も使えない。だから―――
キンッ!
剣戟。
金属と金属がぶつかり合い奏でる音だ。
その音を奏でるのは彼の剣と僕の短剣。基本的に弓しか使わない僕だが、それでも至近距離武器の、短剣くらいの心得くらいなら持っている。
「お前、弓魔法と来て次は短剣か?どれだけオールマイティなんだ?」
「弓以外は素人レベルだよ」
「俺と打ち合えている時点で素人じゃないんだが・・・」
二つの刃が重なり、火花を散らし、金属音を虚空に響かせる。
交錯。交錯。交錯。
切り結んではまた切り結ぶといった、いつまでも終わらないぶつかり合い。
十を重ねたころだろうか、
「そろそろ終わりにする」
「それならこっちも」
グライス君は一旦バックステップで僕から距離を取った。そして、
「『瞬突』ッ!」
「はあっ!」
不敵な笑みを浮かべ、おもいっきり距離をつめてきた。その直後、剣が消えたかと錯覚するほどの速さで突きを放ってきた。僕はそれを苦し紛れに剣を逸らすようにして受け流す。
「まだまだッ!」
「とぉ!」
グライス君の斬撃を剣の腹を叩くことで弾いた。彼はその勢いを回転することに利用し、ダメージを相殺してグルンと回転切りを放ってきた。膝を折って、掬い上げるような下軌道の剣撃を僕は半歩後ろし下がって回避する。
「『双牙』ッ!」
「『一迅一薙』ッ!」
僕の左方向から襲う短剣を、グライス君は『スキル』を発動し、ぶつけ合って相殺する。
その直後折り返し。
柔らかな手首は瞬く間に短剣を右方向に修正し、再度彼に襲い掛かる。
それを驚きもしたが、冷静に対処して僕の攻撃を防いだ。
「『流刃』ッ!」
「『察知』ッ!」
何も無い空間に、剣が振り下ろされた。そこに間違いなく空気の刃か衝撃波が出現した。
人の感覚器官を強化する『察知』を利用して、その攻撃をギリギリのところで回避する。
耳元で激しい轟音のような風切り音が鼓膜を震わせ、脳髄を刺激する。
「これで終わりだっ!」
「けりをつけるっ!」
お互いに構え、同時に駆け出す。
「『瞬天閃花』ッ!」
縦横無尽に剣閃が迸り、鋼の花を開かせる。
「『交叉法参式・剣殺』」
互いの剣が腹と腹で交錯した。