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「お嬢を次の神官長にする事を進言いたします」
水竜の神殿に戻り、長老に宣言する。
事の発端は、紅竜の神殿で行われた竜の大祭まで戻る。
祭宮配下の近衛とその父親の貴族に頼まれて預かったお嬢を水竜の神殿に送り届け、事後報告になるが神官のトップたる神官長様に報告するべく紅竜の神殿へと向かう。
巫女であった者を保護するという事に関しては、神官長様と長老の中では既に合意があったようなので問題ないだろう。
それが普通の巫女であったなら、特に問題を引き起こす事はないかもしれない。
しかしお嬢は先代の巫女。
最後の水竜の巫女にして、最初の紅竜の巫女。そして奇跡の巫女の二つ名を持つ。
今でも両神殿の中には、お嬢に心酔する者も多い。心酔しきった結果、神官を辞めようとした者までいる。
巫女在位中には、神官長様と神殿内の覇を争った事もある。
とんでもない火種になりかねない事はわかりつつも、長老が了解したのなら、俺が否とは言えない。
紅竜の神殿へと向かう道中は溜息が止まらない。
何て説明したらいいのだろう。
そもそも、もしも俺と祭宮側との接点について問われたらなんと答えたらいいんだ。上手く誤魔化す言葉も考えておかなくてはならないな。
紅竜の神殿につき、神官長様へご報告に上がる。
神殿外の情勢。気候。それから王族の動静など。神殿という閉鎖空間で過ごしている者には得がたい情報を神官長様へお伝えする。
一通りの業務連絡を追え、もっとも重要と思われる項目をお伝えする段になり、上手く言葉を紡ぎだすことが困難になった。
どうお伝えすればよいのだろう。
淡々と結果だけをお伝えすべきなのか、それとも今回の事にいたる背景までお伝えすべきなのか。
「どうなさいましたの」
神官長様は小首を傾げて俺を見る。神官長様の横に立つ、神官長様付きの神官は俺を見て眉をひそめる。そんなに挙動不審か。
「いえ。長老より伝言がございます」」
「あら、珍しいわね。伝令でも手紙でもなく、あなたを寄越すなんて」
ちらっと視線を横に立つ神官に送り、送られた神官は部屋の中にいる女官たちに下がるように指示を出す。
あまり公にすべき情報ではないが、その判断と機転に感謝する。
以前思わぬ形での情報漏えいにより、神殿は危うく根幹から崩れ落ちるところであった。その原因になったのが神官長様なのだから、その辺りの配慮は抜かりないということか。
部屋の中に三人だけが残され、神官長様がコホンと咳払いをする。
「何か厄介な事でも起きたのかしら。水竜の神殿に」
執務用の机の上で両手を組み、心持ち前に乗り出すようにして神官長様が問う。
改めて背筋を伸ばし、一礼をする。
厄介事といえば厄介事だ。同意する意味も籠めて頭を下げた後、神官長様を正面から見据える。腹を括るしかなかろう。
「水竜の神殿で、お嬢をお預かりしております」
神官長様の横に立つ神官の顔が、みるみるうちに曇る。その主は深い溜息をついただけで、何も口にしようとせず、俺を見つめている。
「王都の貴族の依頼により、お嬢の身に危険が差し迫っているという事でお預かりいたしました」
「その貴族の名前は」
息子の名ではなく、父の方の名を口にすると、神官長様は顔をしかめて視線を横に逸らす。整えられた指が顎を支え、考え込むような顔をなされる。
何か思うところがあるのだろうか。
横に逸らした視線を、今度は天井へと向ける。
ふーっと深い息を吐き出したかと思うと、険しい表情のまま神官長様は睨むように俺を見る。
「直接のご依頼かしら。それとも誰か仲介者がいたのかしら」
「直接です」
「……どういうことかしら」
独り言を呟き、神官長様は溜息をつく。
そこの息子とお嬢が恋仲っぽいから保護しなくてはならないのだろうと思ったが、それは俺の臆断に過ぎない。真相を聞いたわけではない。
十中八九そうだとは思うが、裏の取れていない事を報告するわけにはいかない。
見たものを、見たままに。
それが諜報員たる俺の役目なのだ。
「村に、戻ったのよね?」
今度は独り言ではない。諜報員であり、お嬢の監視役である俺だけが知りえる事実を確認なさるおつもりなのだろう。
「確かに村に戻っておられます。冬の頃には確かに村で生活していたのを確認しています。その後自分が水竜の神殿や紅竜の神殿などを行き来したり地方を周っている間に、王都に移られたようです」
「王都に知り合いはいたかしら」
ふとお嬢の幼馴染の近衛兵の事を思い出す。同じ村の出身で、今は祭宮付きの近衛兵だと聞いている。
「はい。幼馴染が王都で近衛で働いていると聞いています」
「そう。では貴族側から彼女に何らかの接触が、あなたの知る限りではあったのかしら」
「いいえ。自分の知り限りではありません」
王都への往復、両神殿間の往復、その他の業務で地方へ行く時なども、必ずお嬢の村へ立ち寄るようにしていた。
その間、王都に住んでいる人間との接触は幼馴染くらいしかない。
いつもパン屋で働き、たまに友達と夜食事をしていた。村の中の人間しか、基本的にはお嬢には関わっていない。一部の無法者を除いて。
「ではあなたの知らない間に何かあったという事ね。祭宮殿下が何か手回しされたのかもしれませんわね」
祭宮だと。
同意しがたいものがあるが、神官長様の手前、個人的感情を露にするわけにはいかない。そもそも、その感情の根拠でさえ確証のあるものではない。
過去にお嬢殺害を企て、今回もまたお嬢の命を狙っているのは祭宮ではないかと思うが、それはあくまで推測。
巫女在位中にあったお嬢殺害未遂事件についても、真相は明らかになっていない。事件の真相がわからない以上、憶測でものを述べれば、個人的感情に左右された客観的とは言いがたいものになってしまう。
「そろそろ大祭にあわせて祭宮殿下がお見えになられるでしょうから、その時にでもお伺い致しましょう。報告、御苦労様でした」
「はっ。失礼致します」
腹の中にモヤモヤとしたものを抱えながら、神官長様の執務室を後にする。
報告が終われば水竜の神殿に戻ろうかと思っていたが、予定変更。大祭を終えてから戻る事にしよう。
祭宮がどのように考えて今回の件に関わっているのかを、見据えなくてはならない。直接接触する事は不可能だが、神官長様が祭宮と対面する時に同席する事を許可されているから、その心中は多少なりともわかるはずだ。
大祭の前日、祭宮はぞろぞろと部下を引き連れて紅竜の神殿にやってきた。
その中には俺にお嬢を預けた張本人もいる。
しかし神官長様にお会いできるのは祭宮のみと決まっている。お嬢を預けた奴の真意も確かめたいが、ここでは不可能だ。
いつものように、優雅に衣をたなびかせ、祭宮は謁見室に入ってくる。
水竜の神殿では神官長様の執務室を謁見の間と兼ねていたが、紅竜の神殿を新築するに辺り、中央に位置する礼拝堂の横に新たに建設された。
勿論、外部の者が気軽に立ち入れないよう、二重三重の厳重な警備がされているが。
「お久しぶりです。神官長様」
笑顔を讃えて祭宮が挨拶すると、神官長様は礼をして応える。
「以前に比べ、お越しになる回数が減ったのではございませんか、祭宮殿下」
「申し訳ございません。王都で色々とゴタゴタがございまして片付けるのに手間取り、ご挨拶にお伺いする回数が減りました事、お詫び申し上げます」
「おほほ。それが事実なのかしら。もっと別の理由がおありかと思っておりましたわ」
別の理由? 別の理由って何だ。
「そのように思われておられるとは。以後、万難を排し、こちらに足繁く通わせていただく事をお約束いたします。我が婚約者殿」
婚約者だとー!?
思わず身を乗り出して、ソファに座る二人を凝視してしまう。
神官長様と祭宮が婚約者。確かに神官長様は王族でいらっしゃるし、まあそういう話があったとしてもおかしくはないが。
驚いて目を丸くしたのは俺だけではなかったらしい。
神官長様のお付き神官を始め、警備の為にこの部屋にいる神官全てが凍りついた。
会話をしている二人は、そんな周囲の様子も、そして凝視する視線も意に返さないようで、笑顔のままでいる。
「ああ、そういえば水竜の神殿で先の巫女をお預かりしておりますの。聞いた話ですと、王都のとある貴族の方からお預かりしているとか。心当たりはおありかしら、祭宮殿下」
ぴくっと祭宮の眉が動いた。
何か思うところがありそうだな。その反応。
「貴族からですか。はて……後程部下に確認しておきます」
とぼけた顔をしているが、絶対に何か知っているだろ。
「しかし神殿で預かるとは、一体先の巫女様に何がおありになられたのでしょうか」
「わたくしが知っているのは、命を狙われているという事だけですわ。真意をわたくしどもに話すはずなどないでしょう、王宮の方が」
「まあそうでしょうね」
同意し、祭宮はカップを手に取りお茶を一口飲む。
カチャっとカップを置く音がしたかと思うと、祭宮はにっこりと笑みを浮かべる。
「それよりも、今日は折り入ってお話がありお伺い致しました」
「あら。大祭にいらしたのでは無かったの」
「それも大切な業務ですが、我が婚約者殿に結婚についてのご相談に参りました」
神官長様の口角が上がり目尻が下がる。その様子を満足そうに祭宮も見ている。
笑いあっているのに、どこかぞくりと寒気のする笑みを二人ともしている。
「そうでしたの。ではそれは神官長としてのわたくしではなく、わたくし個人にお話があると思って宜しいのかしら」
「ええ、姫」
姫と呼ばれた神官長様が俺たち神官に目を配る。
それは、退室せよとの合図だ。
「少し個人的な話がありますから、呼ぶまで少し下がっていてちょうだい。用が済んだら呼ぶわ」
そう言われてしまっては、俺たちは二の句も告げられず、つき従うしかない。
神官長様付きの神官に何かを言い渡すと、神官長様が片手を上げる。
それを合図に、ぞろぞろと神官たちが部屋を後にする。
ちらりと祭宮のほうに視線を投げかけてみたが、奴の視線に俺は入っていないようだ。神官長様だけを見つめている。
邪魔者って事か。それとも恋は盲目ってやつで、周囲なんか見えてないってことだろうか。
兎にも角にも、お嬢のことうんぬんよりも、神官長様が祭宮と結婚するって事のほうが大事件だ。
大祭の準備どころではなく、紅竜の神殿の中は神官長様が結婚するらしいという話題でもちきりになった。
そんな騒動を横目に、ある決意を胸に水竜の神殿に向かった。
神官長様が結婚してその任を解かれる。
それは神殿を揺るがす一大事になりかねない事を、神官たちはよく知っている。
神官長とは水竜の神殿、そして紅竜の神殿の長。任命権は王家に与えられている。
神官のトップであり、神殿を束ねる最高位であるにも関わらず、指名するのは王家というのが神殿開闢の昔からの伝統だ。
しかも指名には条件があり、巫女経験者であり王族出身の者であること。
今現在その条件を満たしているのは、現神官長であり二代前の巫女。そして先の神官長であり、現在は王都で暮らしている方になる。
先の神官長は老婆といっても過言ではないお年を向かえ、体は衰えて車椅子を使っての生活を神官長時代もされていた。
退任されてから8年。
もう一度神官長の任に就かれることは、年齢的にも体力的にも厳しいだろう。
現神官長様が退任された後、その方以外に神官長の任に就ける巫女経験者の王族はいない。
ということは、神官長が空位になるということだろうか。
ピーンとひらめいた。
これはもしや、壮大な陰謀劇の一部なのでは。
王族にとって竜とは、そして神殿とは目の上のたんこぶに過ぎない。
完全なる王族によっての統治の為には、神殿の支配力を減少される事のよって国家への影響力を減らし、民の忠誠や信仰を王族に向けたほうが良いと考えるのが必然だろう。
王と竜という二つの支配系統があり、王は竜の神託により国を動かしているのだから。
だからこそ、神官長不在という内部崩壊を起こしかねない事態を引き起こそうとしているのだろう。
慣例を破れば、必ず綻びはおこる。
神官長に就任する為の条件を全て満たしている現神官長様の後任が条件を満たしていない者であるのなら、神官の忠誠も無く、発言権も無いお飾りの神官長になる事は目に見えている。
それだけならいい。
新神官長へ忠誠を誓わないだけではなく、反意を抱く神官も出てくるだろう。
そうなってしまっては、神殿は内部崩壊を起こす。
全神官が、条件を満たしていなくとも神官長に就任を同意できる人物。
それはお嬢しかいない。
先の巫女で、奇跡の巫女という比類ない二つ名を持つ女性。
竜に乗り、竜の声と聴き、二頭の竜に愛された印を持つ唯一の存在。
お嬢が神官長に就任すれば、お嬢がお傍にいることで紅竜様もお喜びになられるだろうし、神官たちも頭を垂れずにはおられないだろう。
水竜の神殿に戻り、祭宮と神官長様の結婚についての報告をし、お嬢に内々に神官長への就任を打診する。
まだ誰の同意も得ておらず、長老にこのことを報告してもいないが、ご本人がその気にならなくては話が進まない。
「お嬢、神官長になりませんか」
そう問いかけた時、お嬢はあっけに取られた顔をしていた。
寝耳に水だったのだろう。
反対される事も織り込み済みだ。しかしお嬢は出来る事なら神殿に残りたいと、巫女としての晩年に漏らしていた。
巫女を辞めてからまだ1年しか経っていない。
心中にはまだその思いが燻っているだろうと思っていた。
「嫌です。お兄様は必ず迎えに来ると言いました。私はお兄様と王都に帰るんです」
説得していると、怒り顔で必死にそう訴えてくる。
恋なんてどうだっていい。
きっと出会ったばかりでまだ恋人になりかけなのだろう。一番恋が盛り上がる時だ。そこにこんな水を差すような事を言えば、そういった反応をされても当然かもしれない。
しかし巫女だったのだから、神殿にとっても神官長というのがどれほど重要な存在かわかっているはずだ。
あのゴツイ男の事は諦めて欲しい。神殿と竜たちの為に。
俺の熱意は伝わらなかったようで、それきり俺とは極力接触しないようにしている。
この話をお嬢に話した後に長老にも話したが、積極的な同意は得られなかった。
「神官長様が全てお決めになられることじゃ。わしらがあれこれ口を挟むようなことではなかろう。そなた、この話、わし以外にしたか?」
「熊や傭兵など、お嬢がこちらにいる事を知る神官には話しましたが」
「そうか。下がってよい」
長老に背を向けると、背中に盛大な溜息が送られる。
この問題、簡単には解決できそうにも無い。神殿の中核を担う神官たちの意識の統一を図る必要があるように思える。
しかしやっと新体制が軌道に乗ってきたところなのに、また水を差すような真似を。祭宮め。
二週後、神官長様は近衛兵を引き連れて水竜の神殿へやってきた。
やはり結婚してしまうのだろうか。
神官長の座を投げ打って祭宮と結婚する為に、王都へ向かわれるのだろうか。
ならばお嬢が新神官長として磐石の地位を築く為に、助力しなくてはならないな。
神官長様がお嬢と例の貴族と話をする為に礼拝堂へと向かわれたと聞き、神官長様の警備という名目の下、礼拝堂の片隅に陣取る。
なるべく早く根回しする為にも、情報は最新のものを持っていたい。
きちんと目と耳で確認しなくては、真相がうやむやのままになってしまいそうだ。
神殿の中の回廊を通る神官たちに比べ、外を通ったお嬢と貴族は遅れて神殿の中に入ってきた。
二人、肩を寄せ合って手を繋いで。
「妹」と貴族は言うが、神官長様もそうだが俺も信用していない。
何故この男の妹にお嬢がなったというのか。接点がまるで見出せない。
もしも接点があるとするなら、祭宮くらいか。
お嬢は不安げに瞳を揺らしながら、自称兄を見つめる。兄のお嬢を見つめる視線はこの上なく温かい。
大切にしているのだと、その表情だけでも十二分に伝わってくる。お嬢も兄に全幅の信頼をおいているようで、巫女をしていた時のような凛とした姿というよりは、どちらかというと頼りなさげな女性にも見える。
恋ってやつは……。
そんな二人を引き裂こうとしてるんだよな。
チクリと胸が痛むが、神殿の為、水竜様や紅竜様の為、神官として為さねばならぬ事を果たさなくては。
神官長様とお嬢は礼拝堂の最前列の席で、祭壇を見上げながら話をしている。
少し離れたところから見守っている俺たちには、二人の会話の内容がわからない。ぼそぼそと話しているという事がわかる程度だ。
「いいえっ」
唐突に礼拝堂の中にお嬢の声が響き渡る。
何があったのかと、耳を澄ませて二人の会話を聞く。
「私は神官長になんてなりたくありません。あなたが捨てるものを下さい」
あー、やっぱりそうだよな。
お迎えのお兄様がいらっしゃっているわけだし、絶対にそう言うだろうと思っていたよ。
ならば神官長様が捨てるものとは一体なんなんだ。
再び声量が落ちてしまうので、ボソボソ会話しか聞こえてこない。
「彼を下さい。お願いします」
何だって。一体何の話をしているんだ。
彼をくださいって、彼って貰えるものなのか? え?
おほほと神官長様が笑い声をあげ、お嬢の手を握る。断片しか聞こえてこないから、余計に頭が混乱する。
神官長にならないって事で、二人の会話は終了したのか。
いや、それなら彼を下さいには繋がらないだろう。さっぱりわからん。
ちらりと横を向くと、長老が渋い顔であごひげを撫でている。うーむ。こっちも何考えてるのか、さっぱりわからない。
どうやら神官長様は「彼」はいらないらしく、お嬢にあげる話をしているようだ。
さーっぱりわからない。
もうちょっと傍で聞けば良かった。
結局笑顔で話す二人の会話は全く聞こえてこず、そのうち神官長様が自称兄を手招きして何やら話し出す。
蚊帳の外のまま話が進められ、そのうち神殿の天窓には紅竜様のお姿が見え、神官長様が礼拝堂から外へ出る。俺たち神官は、神官長様のご指示がないと一歩も動けない。
何が起こるのだろうと思っているうちに、神官長様は紅竜様に連れられ、空のかなたへ消えてしまう。
これは困った。どうやって二人の間で行われた話し合いの内容を知ればいいんだ。
残された俺たちの前に、手を繋いだ二人が歩み寄ってくる。
やはり「彼」とはこの自称兄の事なのだろうか。
「妹は連れて帰ります。大変お世話になりました」
「しかし、外ではお嬢の命を狙っている者がおるのじゃろう。わしらはお嬢がいつまでここにいらしても迷惑とは思いませんし、外の危険が排除された後でも良いのでは」
そうだそうだ。外の問題は解決したのかよ。解決してないなら返さないぞ。
お嬢を新神官長にするなら、ここにいたほうが好都合だしな。
自称兄はちらりと俺のほうを見るけれど、全くもって知らん振りだ。
お前が預かれって言ってきたんだろうが。それをなんだ、いきなり連れて帰るって。
「いいえ。次に会う時は迎えに来る時と妹と約束しておりました。突然の事で申し訳ありませんが、王都に早急に戻らなくてはなりませんので」
頬を染めながら嬉しそうにしているお嬢。
お嬢の指と自称兄の指には揃いの指輪が納まっている。王都で流行りのやつか、一つの石を二つにっていう。
ということは、やはり二人は恋仲で、お嬢は神官長にはならずにこの恋を貫くと宣言したんだな、きっと。
きっぱりと神官長にはならないと言い切り、お嬢は嬉しそうに兄の顔を見つめる。イチャイチャべたべたするなら、王都に帰ってからにしてくれ。
結局なんだ。こいつらの恋愛騒動に神殿が巻き込まれたってことか。アホらしい。
ああ、でももう一つの騒動は解決していないな。
いくら神官長様が祭宮と結婚しないと宣言していても、外野は黙っていないだろう。
事の成り行きを見守る為、長老に王都へ行く許可を貰い、近衛兵たちに連れて行かれたお嬢を追うように、王都へと向かった。