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彼と私は恋人なんてものじゃない……と思う。
もし恋人だと仮定するなら遠距離恋愛?
でも連絡先なんて知らない。手紙を送るにも送り先なんて知らない。それ以外、連絡を取る手段も無いのに。
元々そんなに頻繁に会っていたわけじゃないから、会わなくても結構平気だったりする。
うーん。日常に彼が存在するっていうのが、あんまり現実的じゃない。どっちかというと、ちょっとしたイベント気分。
ご褒美っていうのともちょっと違うかな。お客さんに思いがけずチップを貰ったときのような。
ううん。そういう欲まみれな感じじゃなくって。
何て言えばいいのかな。
あ、会えちゃった。みたいな。ちょっとほわっと嬉しい感じ。
でも、ほわっと嬉しいだけじゃ済ませてくれないんだけど。
彼は突然現れる。そしてあっさりいなくなる。
忙しいのも重々わかっているけれど。
寂しいような顔をすれば、お前が俺のとこにくればいいだろってニヤって笑う。
その笑いがまた余裕たっぷりで、絶対言いなりになんてなるもんかって思っちゃうのよね。
そういうのがダメだって親友は言うけれど。
だってさ、なんか手の上でいいように転がされている気になるじゃない。
負けたって感じがするじゃない。
恋愛は勝負事じゃないってわかってるんだけれどね。
正直、今のこの関係も嫌いじゃない。寧ろ好きかも? だから全然前進しない。私たちの関係。
彼はいつも夜明け前にやってくる。
「どうしていつもこんな時間に来るの?」
ふっと口元に笑みを浮かべ、腕の中に納まった私の頬を撫でる。
「別に昼間に来てもいいけど。正装で」
にやりと笑う彼に首を左右に激しく振って返すと、鼻で笑われる。
「予想通りの反応をどうも」
頬を撫でる手が止まり、心臓がドキリと音を立てて跳ねる。
一瞬の間。
視線が絡むのさえ苦しくて耐えられなくて視線を逸らそうとするけれど、頬に添えられた手がそれをさせてはくれない。
「俺の事、好き?」
わかってるくせに。
今、めちゃめちゃ鼓動が激しいのも、顔が赤いのも。
「そんなこと聞かないで」
細い声で答えると、彼は嬉しそうに微笑む。
「どういう意味かな? 俺、ちゃんと聞きたいな。それとも態度で示してくれたりするわけ?」
「いじわる」
「意地悪で結構」
彼の顔が近付いてきて、ぎゅっと目を瞑ると唇が重なる。
触れるだけから、最近では深いキスに変わったから、息をするのも苦しくなる。いつ呼吸をしたらいいかわからなくて、ついつい限界まで我慢しちゃう。
だって、この至近距離だよ。
口をふさがれてたら、当然呼吸できるのは鼻じゃない。
ぶほっと鼻息が彼に掛かるなんて、想像しただけでも恥ずかしい。
「ね……苦し……い」
息も絶え絶えに訴えると、一瞬目が合う。
「息すれば」
吐息が掛かり唇が離れるけれど、全く気にした様子も無く更に深いキスをする。
もう無理。
意識が朦朧としてくるよ。苦しい。
「……も、やぁっ」
トントンと彼の胸を両手で叩くと、抱きしめられていた腕の力が和らいで、やっと空気を思いっきり吸うことが出来る。
涙目で肩で息をする私を見て、彼はくくくと楽しそうに笑う。
「何がそんなに楽しいのよ」
「反応が新鮮で。お前面白いね」
「面白くなんか無いわよ!」
ぜーはー息をしながらも否定すると、大きな手で口を塞がれて耳元で囁かれる。
「大声出すと、起きちゃうよ」
ついでにふーっと耳元に息を吹きかけられて身を捩ると、彼がぎゅーっと腕の中に抱きしめてくる。
「くすぐったい?」
うぎゃぁと叫びたいけれど、家と家の間の僅かな路地裏。
大声を出して周囲に気付かれるのも嫌で、ぞわぞわとする感触に身を強張らせて耐えつつ、彼に抗議する。
「くすぐったくないわけないじゃない。もうっ」
「お前、本当に可愛い」
そうやって笑うから、嫌だって言えなくなっちゃう。
ずるいよ。
こうやって二人っきりでいると、居心地が良くて何もかもどうでもよくなっちゃう。
私と彼の事情。
私の事情。そして彼の事情。
そんな全てがどうでもいい瑣末なことに思えてくるの。
一緒にいるこの瞬間が、どうしようもなく愛しく思えてくる。
だから会えない時間、彼のことを思い出して恋しくなってしまう。
一度手に入れてしまった温もりは、手から離れてしまうと心許なくて寂しくさえ思えてくる。
覚えてしまった彼の手の大きさ。柔らかい声。いつもつけている香水の匂い。
知らなければ、こんな風に切なくなったりしないのに。
「好き」
彼の服の胸元を掴んで見上げると、目を細めて優しい顔をする。
「知ってる。でも俺のところには来ないんだろ?」
「……うん」
ポンと頭を軽く叩かれ、くしゃっと髪を撫でられる。
「いいよ。好きにすればいい」
それ以上彼は何も言わない。
ずっと夜明けまで二人で他愛もない話をするだけ。
最近の天気がどうだとか、情勢がどうだとか。
きっと本当にしたい話は違うはずなのに。本題に入ってしまったら、今のこの関係にも亀裂が入りそうで言い出せない。
本当にずるいのは私なのかもしれない。
今の、この中途半端な状態が居心地がいい。
たまに彼がふらっとやってきて、こうやってちょっとだけ話をしたりして帰っていく。
夜明け前の僅かな時間だけの逢瀬。
今の私たちには、ううん私には、人前に出て彼と並んで歩く勇気も無ければ、覚悟も無い。
私にはもう一人、とてもとても大切にしている人がいる。
けれど、その人はもういない。
二度と会うことは無い。友達には亡くなった人から会えないのだと説明している。
本当のことを説明しても、きっと理解はして貰えないと思うから。
でも二度と会えないという事には変わりないので、その説明でも十分かなって思う。
とてもとても大切なあの人。
あの人が私の前から姿を消して、春が来れば4年になる。
それでもまだ、一緒に過ごした時間が鮮明で、忘れる事なんて出来ない。
例えば家事を手伝っている時、仕事をしている時。食事をしている時、眠る前。
ふいにあの人の事を思い出すの。そしてぎゅーっと胸が苦しくなる。
思い出すあの人は、今もなお鮮明で、思い出すだけでも恋しさが募る。
彼とあの人。
今はもしかしたら彼のほうが比重は重いのかもしれないけれど、それでもまだあの人を忘れられない。
あの人との時間を捨てて、彼のところになんていけない。
「何、溜息ついてるんだい。ほら、お客さんだよ」
横から母の冷たい声がして、はっと現実に戻る。
目の前には商品を手にしたお客様。
「すみません。お会計ですね」
ふんと鼻息荒く、不機嫌そうな母が商品の整理をしつつこちらを見ている。
もう子供じゃないんだから、そんな監視してなくてもちゃんと出来るのに。
馴染みのお客さんは苦笑いを浮かべつつ、そんな親子の遣り取りを見ている。
「そろそろ結婚でもしたらどうだい。ここでお母さんと二人でずっと暮らしてくってわけにもいかないだろう。いい人がいないのなら紹介しようか」
ふいにそんな事を言われて面食らっていると、お客さんは更に続ける。
「ここの娘さんなら紹介して欲しいっていう人は沢山いるんだよ。どうだい? お見合いしてみないかい?」
ぎょっとしていると、母の不機嫌極まりない声が店内に響く。
「見たくれに誤魔化されてるんだよ。お見合いしたってこの中身じゃ、相手に申し訳ないよ」
「そんな事ないだろう。ちゃんと店も手伝っているし、この辺り一の器量よしじゃないか」
「ふん。見た目だけだよ。それにね、ちゃんと相手はいるんだよ」
「そうなのかい? それじゃ駄目だねえ。残念だ」
お客さんはそれ以上何も言わずに、店を後にする。
今、相手がいるからって断ったよね。何でその事知ってるの。
一通りお客さんがはけて、不機嫌そうな母にその事を問いただそうと口を開いたけれど、母の答えはあっさりとしたもの。
「娘の事なら見てりゃわかるよ。後生大事にしている定期的に届く手紙。あれは恋文だろう」
ば、ばれてる。
彼から、何日に会いに行くよと書かれた手紙。そんなに大切そうにしているように見えたんだろうか。
ぐるぐると頭の中に色んな考えが回っていると、母は呆れたような溜息をつく。
「あんたの人生なんだから、好きにしたらいいよ。あたしや店の事なんて気にする事は無いんだからね」
それだけ言い残して、母はさっさと店と続いている家の中へと姿を消していく。反論しようという隙さえ与えず。
母が消え、はーっと思いっきり溜息をつく。
別に母のことを気にしているわけじゃない。全く気にしていないと言えば嘘になるけど。
七年も家を空けていたせいか、今更一緒に住まなくたっていいと、戻った時に言われた。
ただ、私にはここしか居場所が無かった。
実家の家業の手伝いをし、趣味の延長程度だけれどお菓子作りなんてのも始めてみたりして、結構楽しく毎日過ごしている。
ちょっと人には詳細を説明できないような生活を実家を離れていた七年間していたせいなのか、今の生活に物足りなさを感じるのも事実。
けれどその生活には二度と戻れないのもわかっているから、戻りたいとは思わない。
人よりちょっと? かなり? 上流階級な生活。
もしも私が貴族に生まれたり、王族に生まれていたりしたら、あんな生活をずっと続けていたのかな。
今着ているものよりもずっと丁寧に作られた薄衣は肌触りがよく、化粧品も髪を整えるものも、今の生活では手に入れることの出来ないほど上質なもの。
花の香りのする香水を身につけ、沢山の色とりどりの宝石を身に着けていた日々。
舌触りのいいお茶に、口の中で柔らかくほどけていくお茶菓子。
一度間口の広くなってしまった財布は元には戻らないと言うけれど、一度体験してしまった上品な生活は、今の生活を物足りないと思わせるには十分すぎるほどの毎日だった。
その生活をやめた後の人生の足しにと、一生遊んで暮らせるだけのお金も貰ったけれど手をつけていない。
それに手をつけたら、きっと自分が駄目になると思う。
あれは夢のような日々で、現実に求めていい生活なんかじゃない。生きる世界が違うのだから、求めちゃいけない。
どうしてだろう。
そんな生活をしていた時には居心地が悪くてしかたなかったのに、今はこの生まれてから馴染みきっていたはずの家での暮らしが、どこか息が詰まる感じがする。世界が灰色で。
カウンターに頬杖をついて外を眺めていると、親友が店の扉を開く。
「いらっしゃい」
「ああ、ゴメン。買い物じゃないんだ」
片手を軽く謝るように上げ、ずんずんと店の最奥のカウンターに近付いてくる。
「あんた今、暇?」
「どうしたの?」
「あんたの王子様、見かけたよ」
親友の言う王子様とは、彼の事。
いくら私の王子様なんかじゃないって言っても、全然聞く耳持ってくれない。私のものなんかじゃないのに。
それにしても、何で見かけたんだろう。昼間の明るい時間にはここには近付かないはずなのに。
「店番はおばちゃんに頼んでおいでよ。王子様、さっさとしないと行っちゃうよ」
今朝会ったばかりだから、別にいいんだけれど。それに……。
渋っている私に、親友は呆れたように溜息をつく。
「もうっ。会いたくないの?」
会いたくないかと聞かれたら、会いたくないわけではなくて。
でも、きっと彼の前に出る事なんて出来ない。だって彼と私は、全てが違いすぎるんだもの。
俯く私の腕を親友が引っ張る。
「おばちゃん。ちょっと借りてくよ」
大声を張り上げると、奥から母が出てくる。
「ああ。行っておいで」
どこから話を聞いていたのだろう。ボンと背中を叩くように押し、母に追い出される。
カウンターにエプロンを置き、腕を引かれて小走りで村の舗装されていない路地を行く。
一体どこに彼がいるというのだろう。何をしにここにいたのだろう。
そもそもそんな事、私、聞いてない。
ほぼ一本道の路地を早足にしていくと、どんどん人が増えていく。
きっと彼が来ているからだ。
彼を警備する為に来ている兵士たちの姿も見える。中には幼馴染の姿もある。
ちらりと幼馴染と視線が合うと、軽く手を上げるだけでまた神妙な顔つきに戻る。
村にいた頃にはそんな険しい顔した事なかったのに、ちゃんと兵隊なんだな。変な言い方だけど。
親友は人垣を掻き分けて、私を連れて最前列までやってくる。
こんな衆人環視の元で、彼に会いたくなんか無いよ。
けれど、現実は無常だ。
彼を取り巻く群衆は、私の為に道を開けてくれる。
全然髪も整えていないし、服も仕事をしていたから薄汚れている。化粧だってろくにしていない。そんなみすぼらしい姿なのに。
明るい場所で、そんな姿見られたくないのに。思わず溜息が零れてしまう。
羞恥から顔を俯けると、ポンと親友に肩を叩かれる。
一歩前に出るようにと仕向けたそれを無視し、彼に気付かれないようにと願いながら最前列で遣り取りを見守る。
どうやらこの辺りの視察に来たらしいということが、村長との会話から伝わってくる。
群集である村人たちは、彼の一挙手一投足に目を奪われている。
優美。そして豪奢。
今の彼にはそんな言葉が似合う。
それに比べて、私は。
くるりと踵を返し、群衆の中に紛れ込む。
後ろから親友が何か声を掛けてきたけれど、聞こえないふりをして無視する。
どうか気が付かれませんように。
その願いは、どうやら叶わなかったようだ。
「こんにちは。お元気そうですね」
人ごみに紛れたはずなのに、彼との間には障壁が無い。
声を掛けられてしまったら、振り返らないわけにはいかない。
なんか、すごくいたたまれない。
こんな時どう繕ったらいいのだろう。
七年の間に学んだような、最上級の対応をすればいいんだろうか。それとも村娘として出来る範囲で無礼の無いように?
視線を周囲に向けると、みんな期待に満ちた顔をしている。
私にどうしろっていうのよ。
ぐっと奥歯を噛み締め、そして彼に笑みを向ける。本当は舌打ちしたい気分だけれど。
「お久しぶりです。お気遣いありがとうございます。お変わりございませんか」
とある事情で傅かれて生活をしていた七年で身についた行儀作法。
女性として優雅に見える所作。誰にも非を唱えられないような挨拶。
「ええ。もし宜しければ少しお時間を頂けますか」
「構いませんが、お忙しいのではありませんか」
「折角お顔を拝見致したというのに、ご挨拶だけで帰ったとあっては、土産話を楽しみにされている方々がガッカリされてしまいますから」
にこにこと笑う彼と社交辞令の応酬をしていると、村長が横から口を挟む。
「もし我が家で宜しければ、お立ち寄りいただけませんか」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
ああ、やっぱりそうなるんだ。
本当は肩を落としたい気分だけれど、出来る限り胸を張って笑みを讃えたままでいる。
横を見ると、親友は満足そうな顔をしている。お節介焼きなんだから。
最上級の挨拶をして村長が去ると、与えられた部屋の中で彼は不機嫌そうになる。
今朝会った時には身に着けていなかった、金糸や銀糸が施された衣を身に着けている姿は本物の王子様。
実際に王子様なんだけど。
向かい合ってテーブルを挟んで座っていると、ちょいちょいと手招きをする。
一応周囲を確認して、部屋の中には当然誰もいないけれど、外から誰も見ていないかも確認してから、少し距離を開けて彼の座るソファに腰を下ろす。
それもまた気にいらなかったようで、彼がぐいっと腕を引っ張って背中に手を回して体を引き寄せる。
「何で俺を見て溜息ついた?」
げっ。見られてた。気付かれないと思ったのに。
「そんな事無いよ」
誤魔化そうとして笑ってみたけれど、全然通用してない。寧ろ怒ってる。
何で怒るのよ。
体に回した腕とは反対の手で、むにっと鼻を掴まれる。
「なにするの」
ものすごい鼻声で聞くと、ぷすっと彼が吹き出す。あれ、怒ってたわけじゃないのかな。
「そんなに昼間の俺は嫌い?」
「え?」
「前にそう言っただろ。俺は俺なのに、お前は陽の光の下で会うと嫌な顔するんだよな」
怒ってたんじゃなくて、もしかしたら傷つけたのかな。
表情を曇らせるから、そう思って彼の顔を覗き込む。
「会いに来てくれたの?」
「別に。本当に視察。お前に会ったのはそのついで。一応お前の顔を見ずに帰るわけにもいかないからな」
私が期間限定の、国にとって重要人物だったから。
だからあなたは私の様子を窺いに来たのね。公的に。私的には何度か会っているけれど。
「みんなになんて伝えるの?」
「ん? 元気そうだったって伝える。少し太って恰幅が良くなりましたって」
「太ってなんかないもん。ひっどーい」
彼のことを叩こうと手を振り上げると、手首を掴まれる。
掴まれた瞬間、息を呑む間もない、ほんの一瞬で彼の腕の中に引き込まれる。
「変わらない。あの頃と同じだよ」
その言葉の意味を問い返すよりも早く、彼に唇を奪われる。
今日二度目のキスは、一度目よりもずっと容赦が無い。まるで追い詰められるかのように、息つく間もないほど激しくて。
息も絶え絶えになり、危うく酸欠で気が遠くなって気を失うんじゃないかと思った頃、やっと彼が唇を離す。
「なあ。どうしても駄目なのか」
「え?」
肩で息をしながら問いかけると、彼が今度は首筋に唇を這わす。
ぞくぞくする間隔に身悶えていると、首筋にぴりっと痛みが走る。
「俺のものになれよ。もういいだろう?」
私の首元に顔をうずめ、彼がぼそりと呟く。
わかっている。彼の望み。
共に歩んでいこうと、何度も言われた。
けれど、全然住む世界が違う彼のところへ飛び込む勇気が無い。
それに何よりも、心の中にもう一人の人が住んでいるのに、彼のところへ行くのは彼に失礼な気がする。
「もうちょっとだけでいいから、待って」
「嫌だ。このまま連れて帰る」
「えっ……まっ……」
抗議の言葉はキスによって遮られる。
何度も何度も繰り返し唇を重ね、彼は私が何かを言おうとするたびに、唇で塞いでしまう。
「嫌がらないくせに」
合間に彼がそんな事を言って、ずきりと心臓が痛む。
中途半端な私の態度が彼を苦しめている。そう思うと涙がこみ上げてくる。こんなんじゃ私たち駄目になる。
涙が頬に流れると、彼の唇が頬へと移る。
「ごめん」
彼の短い謝罪に首を横に振る。
「ううん、違うの。私がいけないの。ごめんなさい」
傷つけたくない。壊したくない。けれど、今はまだ心の準備が出来てないの。
好きだけど、等身大の私のままでは世界は受け入れてくれないでしょう。あなたの隣に相応しくないって拒絶されちゃうでしょう。
否定された時、それでもあなたと一緒にいたいと踏ん張れるくらいの愛情がないと、そこから逃げ出したくなるから。
世界中を敵に回してもいいと思えるくらい強くあなたを想えたら、絶対に傍を離れないから。
私と彼の距離。
住んでいる距離。馬を飛ばせば1週間。のんびり行けば10日くらい。
会う回数。
ニ、三ヶ月に一回。
私と彼の関係。
彼は王子様。私は村人もしくは村娘その1。恋人保留中。