第1話 神なんか存在しない
神なんか存在しない。
まだ小学生だった俺は変に悟りを開き、神の存在を否定していた。
「神なんか居ない」
そう言っては周りの女子をドン引きさせていた。
男子は「かっけぇ!」なんて言ってくれたのですごく気分が良かったんだと思う。調子に乗ってはその姿勢を6年生まで貫いていた。
今思えば当時の俺はだいぶイタイ奴だったと思う。幼馴染はそんな俺でも優しく接してくれていた。
ワンチャン俺のこと好きなんじゃね?
とか思ってた。恋仲になれると信じてた。
だが、現実は残酷だ。
中学に上がった頃、幼馴染は、俺の知らないところで俺の知らない男と仲良さげに触れ合っていた。喋っていた。キスまでしやがった。しかもDのほうだ!俺は逃げ出した。
俺は泣いた。
どうやら、惚れてたのは俺の方だったらしい……
小学生の頃の、純粋な幼馴染の顔がフラッシュバックする。俺は厄介な幼馴染だろう。最悪だな…
ドゥのテイな俺には余計に刺さる出来事だった。
俺は萎えた気持ちで家のドアを開けた。
ガチャリ
「ただいまー…」
返事などは返ってこない。リビングに置かれた父の遺影。そこに飾られた警察官のキーホルダー。俺が小さい頃にプレゼントしたやつだ。
父は警察官だった。
『警察官』…国家の犬だなんてネットではよく言われるが、俺は警察官をディスるのは好きじゃなかった。ネットと女子大好きなこんな俺でも気が引ける。
リア充なら余裕で、読書感想文ガチ勢の文字数を超えるくらいにはディスれる。決してディスるのが嫌いなわけではない。むしろ大好きだ。
しかし、こんなネットバカの俺にだって両親を思う気持ちはある。だから警察官はディスらない。
冷凍庫から冷凍弁当を取り出す。最近は便利だなと思いつつ600Wで5分半温める。
父子家庭だった俺は父が亡くなってから近所に住む叔父さんに引き取ってもらっていた。
叔父さんは夜は帰ってこない。
「もういっか…」
温め途中の弁当を食べながら俺はスマホを開く。
ネットのどこかでは、「ラーメンは醤油味一択」だの「バリカタが1番だろ!」とコート内でくだらない喧嘩をして…
「ラーメンすら食べれない奴がいるんだ!人の気持ちも考えろ!」と観客席から罵声を飛ばすバカがいる。
そして審判は冷静にレッドカードをくらわす。
テレビで見るサッカーの試合より面白い
人とは哀れでくだらない。だからこそ俺は好感が持てる。だから俺は神なんて居ないと言っていた。いたら多分世界一嫌ってしまうだろう。
ネットニュースには不幸な親子の話が載る。
神なんていてたまるか…
スマホの画面が切り替わり幼馴染の母親から電話がかかってくる。なんだなんだ…と思いつつイヤな記憶が蘇る。娘に彼氏できました報告的なやつかな…
「もしもし…」
「もしもし!うちの子どこ行ったか知らない!?遊んでたりしてない!?」
やけに焦る幼馴染の母親の話を聞くに、21時を過ぎても帰ってきてないそう。何してんだよ…
そう思いつつ俺はレインコートを着て雨の中
幼馴染を探しに行くことにした。
数時間後
雨の中、幼馴染は見つかったらしい。
幼馴染の母親から電話がかかってきて安堵した。
しかし、そんな俺を嘲笑うかのような出来事が耳に入る。
「…トラックに轢かれたそうなの……」
目の前が真っ白になった。
真夜中にあるまじき光景だ。
雨は止み、さっぱりとした夜空に満天の星が輝く。
そんな中、俺はまだレインコートを着ていた
数日後、幼馴染の訃報が届いた。トラックに轢かれたんだ。無事でいられるはずがない。
幼馴染の友達の話を聞くに、直前まであの男と遊んでいたそうだ。
しかし、自然と怒りはなかった。
「あぁ、そう」
俺は冷たく返した。聞いてきたのになんだと言う態度だった。文句を言われたっておかしくない…
そんな中、幼馴染の友達は俺を労った。俺を慰めた。幼馴染はよく俺の話を楽しそうにしていたらしい。
変なやつだけどいい人だって…
目立った取り柄なんか無いけど愛せるやつだって…
俺は泣いた。やるせなかった。どうしようもない気持ちを誰かにぶつけたかった。そんな時に都合のいい存在がいた。
『神様』とやらだ。
俺はただひたすら神を憎んだ。
かつて、神なんて居ない。と言っていた少年は今、哀れにも神の存在を認めて憎んでいる。
神は存在してほしい。
そんな欲望は頂点まで上がり、いつしか全て神のせいにすることにしていた。
38歳フリーター独身の彼の心にはまだ神への憎しみがあった。
ギャルゲーでヒロインの心を堕とせなかったのは神のせいだ。
好きな漫画が打ち切りになったのは神のせいだ。
爪切りが必要な時に限って見つからないのは…
頭が悪いのは…容姿が醜いのは…
父が死んだのは
幼馴染が死んだのは
全て神のせいだ。
彼は全ての気持ちを神にぶつけて、
46歳、疲労と睡眠不足で死亡した。
彼は神を最後まで憎んだ。
それは理不尽とも言えるやるせなさだった。