1-3. 蝉で童貞を捨てる
この物語はフィクションです。
作中の人物・団体などの名称は全て架空のものであり、
特定の事件・事象とも一切関係はありません。
ピクピク動くメスの蝉の周辺に赤いシミが広がっている。
この蝉が自分を刺したのだろうかと、蝉をつまみ上げたサトウの脳裏にいくつもの言葉が浮かび上がった。
「男女」「ワンナイト」「何も起きないはずがなく」「童貞」「破瓜」etc.
ハッチョーボリに来る前、地元キンキで偶然見たエロ本にあった言葉である。
彼は二九歳童貞。性知識に乏しいがいくつか知っていることがあった。
・男女でワンナイトを過ごせば何かが起きる
・そのとき男性は童貞を捨てることができる
・破瓜という現象により女性は血を流す
つまりは今夜。
彼と蝉でワンナイトを過ごした状況が無駄に整ってしまったことにより、サトウの混乱が加速していく。
「この血。僕の血じゃなくて蝉の破瓜ってこと?」
常識的に考えて普通にサトウの出血である。
しかし女性と親密になったことのないサトウに、そのような常識は備わっていなかった。
そう。彼は交尾についてあまりにも無知であった。
「僕の血か、蝉の血か。どっちなんだ?‥‥はっ、これがシュレディンガーの猫ってやつ?」
シュレディンガーの猫。
一九三五年にオーストリアの物理学者エルヴィン・シュレディンガーが発表した、量子力学のパラドックスを指摘するための思考実験である。
50%の確率で死んでしまう箱の中に猫を閉じ込めたとき、観測者が箱の中身を確認するまでは猫の生死は確定しない。
観測者による確認が終わるまで、この世界には生きている猫と死んだ猫が同時に存在していることになる、というような内容だ。
つまりこの世の全ての事象は観測されるまで、50:50なのである。
街中に出て辺りを軽く見回せば、ヤンキーとギャルが腕を組んで歩いている様子が目につく。
このカップルは後日、仲間たちに「昨晩はどんなセックスを楽しんだ」か陽気に話すだろう。
だが、誰もそのセックスの観測者となっていない以上、「ヤリチンのヤンキーと童貞のヤンキー」、「ヤリマンのギャルと処女のギャル」が同時に存在していることになる。
これは50:50である。
自らを「バキバキの童貞だ」と周知しているオタクくんでさえ他者に観測されるまでは「ヤリチンのオタクくんと童貞のオタクくん」が同時に存在していると言える。
これも50:50である。オタクくんが童貞かどうかなんて誰も興味ないのが悲しいところだが。
某アイドルグループにし所属しているアイドルが「アイドルになるまでは男と話したこともなかった」などとテレビで嘯いている。そんなわけがないだろう。オタクくんを馬鹿にするのもいい加減にしてくれ。
可愛い女は中学卒業までには必ずセックスしているし、アイドルになる程のルックスともなれば毎日のように枕営業してるに決まっている。
アイドルに関しては、謎の力が働き、シュレディンガー方程式を当てはめることはできない。
この事象に関しては観測するまでもなく、100:0だという結果を導き出すことができる。
「僕、蝉で童貞を捨てたのか?」
サトウが蝉で童貞を捨てたか悩んでいることと、シュレディンガーの猫云々は微塵も関係がない。
別に50:50でも何でもない。
ただ100:0である。蝉で童貞を捨てられるわけがないのだから。
恥知らずで常識知らずなサトウ。
その様子を部屋の隅から見つめる少女に、彼はまだ気づいていない。
当たり前ですが蝉に詳しいわけでもない。
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