1-2. 蝉で童貞を捨てる
この物語はフィクションです。
作中の人物・団体などの名称は全て架空のものであり、
特定の事件・事象とも一切関係はありません。
帝国。
極東の海に浮かぶ弧状列島に三千年近く前に建国されたとされる国。
帝国であるものの立憲君主制をとっており、行政府の長を務める「宰相」が事実上政治の最高権力者となっている。
前宰相は長きにわたり社会問題であった「帝国の超高齢化」対策として移民の受け入れを推し進め。元から住まう「帝国人」と、外からやってきた「移民」とを区別するために国民を階級制度で管理することを宣言。
それにより帝国に住まう人々がA~Fの階級で管理されることになった。
昨今では階級間での差別といった新たな社会問題が深刻化している。
そんな帝国の中心。帝都の端にある「ハッチョーボリ」。
最低ランクの下級国民の居住区であり、上級国民の居住区周辺には開店しづらい風俗店などが建ち並ぶ雑多な街。
このハッチョーボリのヤエス通りから伸びる裏道。
住民がくしゃみをするだけで建物全体が揺れるような、築一六〇年・風呂なし・木造二階建てアパートがあった。
そんな倒壊寸前アパートの二階、角部屋「204号室」に男が独り。
男の名はサトウ。二九歳。
下級国民である彼の左手の甲には、身分識別用に「F」の文字が刻まれている。
出身はキンキ地方。
全域が下級国民の農業地域・農奴の収容区になっている町に生まれ、一五歳のときに帝都へやってきた。
以降一四年間で蓄積された疲れやストレスにより、肌はカサつき、髪はパサつき。休日は部屋で膝を抱えて壁のシミを眺めて過ごしている。
八月初旬。ある日の深夜。
そんな冴えない彼の、日常をほんの少しだけ変えてしまう事件が起きた。
「イタッ」
突如首筋に走った刺すような痛みによりサトウが目を覚ます。
月明かりに照らされる室内。布団の上に座りなおすとどこからか視線を感じた。
痛みのせいか、夏の暑さのせいか、はたまた謎の視線に対してか、ドッと汗が吹き出す。
「あっ、あのぉ、すみませぇん」
情けない声で呼びかけてみるが返事がない。
痛む首筋をさすりながら恐る恐る立ち上がり、部屋の明かりを点ける。
いつも通りの散らかった自室だ。
サトウが職場のオーナーからもらった世界中のよく分からない土産物が散乱している。
「な、何だぁ!ビビらせやがってぇ!」
どこかに隠れているかもしれない気配の主に対して、精一杯強がってみる。
念のためと床を叩いて音を出し威嚇する男の背中のなんと情けないことか。
ため息をついたサトウが二度寝するため視線を下ろすと、枕元で一匹の蝉が今にも息絶えそうになっていた。久々に見た蝉に思わず「うっ」と声を漏らす。
「メスの蝉?」
蝉の雌雄は腹部を見れば判別できる。
帝都で見かけることはなかったが、夏の地元ではよく見かけていたし、よく食していた。
身が詰まっていて美味しいのはメスであるため、瞬時の雌雄判別は田舎出身の下級国民の必須スキルと言える。
別に八丁堀に詳しいわけではない。
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