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第6話 「堕ちるか、落とすか」

「タクくん、私の彼氏になりましょう♪」


 あと一歩で触れられるという近距離で見つめ合う、俺と天姫(おりひめ)


 この状態で俺は……滝のような汗を流しつつ、この場をどうやって切り抜けるべきか自分の脳みそをフル回転させていた。


 目の前で悪戯な微笑みを浮かべる女の子。

 手入れの行き届いた艶のあるやや茶色ががった長髪をサイドテールにくくり、碧く光る瞳をこちらに向けてくる。

 雰囲気そのものはいつも通りのはずなのに…… なぜか背中に寒気を感じる。

 

 ———こんな櫂天姫(かいおりひめ)を俺は知らない。


「天姫、なのか……?」


 思わず、震えた声。

 微笑む女の子が俺を見る。


「はい。pastel*loverのリーダーの櫂天姫であり、貴方の彼女の櫂天姫ですよ」


 まだ告白の返事をしてないのに彼女公言されているのだが……?


 やはり妙な違和感がある。言うとすれば、容姿は同じ。中身だけが変わったみたいだ。

 でもなんだがこの状態を知っているような気もする。


 プロデューサーの仕事は、担当する育成生の心のケアも含まれる。そのため以前、精神状態について色々調べたことがあった。あと、ライトノベルで学んだ。


 俺に告白しておかしくなったとすれば……天姫は《《ヤンデレ化》》している可能性がある。


 【ヤンデレ】

 病んでいるデレの略。

 相手への好意が強く高まり過ぎた結果、病的に一途となり、さらには関係が壊れることを恐れるあまり病んだような精神状態になってしまうこと。もしくはそうした精神状態を指す。


 そしてヤンデレと似たような意味合いで【メンヘラ】というのがある。


 メンヘラは自己中心的で自分の欲求を満たすことを目的とし、反対にヤンデレは相手至上主義で愛が強すぎて病んでしまう。

 つまりヤンデレは相手中心、メンヘラは自分中心なのだ。


 俺の勘だと今の天姫は両方の要素を少しずつ持っている気がする。


「俺なんかよりカッコいい男はたくさんいるだろ? ましてや芸能人なんだからイケメンモデルとかイケメン俳優とかの繋がりもあるだろうし……」

「私じゃダメなんですか?」

「いや、その……」


 今まで感じたことのない圧を感じる。しかも俺の話を聞いてない気が、届いてない気がする。


「……このまま私を選んでくれないならいっそ……」


 一瞬、ゾクッとするような低い声が聞こえてきた気がして天姫を見たのだが、彼女はいつも通りの笑顔を浮かべている。


 このままじゃヤバイ……。何が起こるか分からないが、俺の五感が警告を鳴らしている。

 好きな人がいると正直に伝えるべきか? バレている可能性もあるから言っても効果がない場合もある。


 ヤンデレとメンヘラに共通するものとして『とにかくすべて自分の思い通りにしたい』という感情が強いと聞く。

 つまり思い通りにいくなんらかのシナリオ的な物があるはずだ。もし、そのシナリオにない衝撃的なことが起これば少しは落ち着くのではないのか?


「タクくん……私から目を逸らさないでください」

「む!」


 頬を両手で掴まれ天姫の顔だけに視線がいくようにされる。


 やっぱりアイドルとあって可愛いよなぁ……って、見惚れてる場合じゃないわ!!


「もういっそこのまま奪っちゃいますね……」


 そう言ったと思えば顔をどんどん近づけてきた。今から何をされるかさすがの俺も分かった。


(こうなれば行くしかねぇ……!!)


「すまん、天姫……!」


 空いた右手で天姫の頭を後ろから押して、彼女の身体を俺の身体にすっぽり収まるように抱きしめた。


「ふぇ?」


 間抜けな声が胸の中から聞こえる。

 

 うん、掴みはOK。問題は——ここからどうすれば俺には分からないということだ!! 

 女の子を抱きしめるとか初めてやったし、なんかすごいいい匂いがする!


「——……くん」

「お?」


 頭の中が忙しかったが、天姫が何やら呟いたことで現実に引き戻される。


「あ、あの私……もう大丈夫になりましたから……」


 頬を真っ赤に染めながら、消え入りそうな声で呟く。その言葉に思わず安堵の息が漏れ出した。


「いつもの天姫か?」

「は、はい……」

「戻ったんだなぁ……」


 ふぅ、と再び息を吐き出す。


「急に性格が急変してびっくりしたぞ本当に……」

「す、すいません……。でも私はまだ《《自制が効く》》からいい方だと思います……」

「大体なんでそんな病むほどになんだ?」


 俺に好意を寄せてくれるのは素直に嬉しい。しかし病むほどに、ヤンデレになるまでそうなるかが分からない。


「そ、それは……《《みんな》》タクくんのことが好きなので焦って……」

「へ? みんな?」

「はい。タクくんが担当してきた女の子みんなです」


 み、みんなか……。それも驚いたが、もしかして俺が育てた国民的美少女が天姫みたいにヤンデレ化している可能性があるってことか? 

 いや、ヤンデレ化は天姫だけかもしれないし……。


「………」

「………」


 なんとも言えない気まずい空気が流れる。


「あっ、俺親父のところに行くんだった」


 スタジオ内に掛けてある時計を見ると会議が終わる六時をとっくに回っていた。


「もしかして辞める件についてですか?」

「正確にはしばらくの期間だけ事務所を抜けるだがな。辞めはしないよ」


 俺の言葉にホッとした様子の天姫。すると、彼女は俺に腕を絡めてきた。そして、ふにゅっと柔らかい胸を押し付けてきてにっこりと笑う。


「では私も一緒に行きます」

「お、おう……」


 またヤンデレになられたら困るから連れて行くか……。




「タクちゃ〜ん?」

「お察しの通りバレた」


 社長室に行くと、親父がにニコッと。いや、ニチャアと強面の顔面を活かした笑顔を披露していた。

 ちなみ俺以外の人間がいるときは基本的に(すぐる)からタクに呼び方が変わる。


「社長。タクくんがバラしたのではなく、私の変な勘が働いてしまって彼を問いただしてしまいました。申し訳ありません……」

 

 先程のヤンデレモードとは違いいつもの正統派でほのぼのなアイドルモードだ。


「みんなには私が誤魔化しておきます」

「そうねぇ〜。天姫ちゃんなら信頼があるから上手く騙せそうね」


 遠回しに俺に信頼性が無いって言ってるなこのオネエ親父。あとで金玉もぎ取ってやろうか。


「で、本題に戻るけどタクちゃんが事務所をしばらく抜けさせて欲しいって言った件は〜」

「おう」

「会社内で話し合った結果、しぶしぶOKになったわ……きっ!」


 地団駄踏むなよ、どっちだよ。


「ただし条件があります!」

「む、条件?」

「週間に一度は事務所に来ること!」

「それ、抜けるって言わなくね?」

「当たり前でしょ! 急にタクちゃんが事務所に来なくなったら怪しまれるじゃない! このことは複数人しか知らない極秘情報なんだから。ちなみに来てもらう理由は事はタクちゃんが担当してきた子たちとのコミュニケーションのためよん♪」


 俺が抜けるのが会社の極秘情報なのか。

 よんってなんだよ。あと片足浮かすなよ。


「つまり、新人育成活動自体はストップってことか」

「そういうこと♪代わりに今まで担当してきた子たちともう一度過ごすこと♪」


 まぁ新人の育成はないし、今までより遥かに仕事量は減った。そのおかげで自由時間がかなり増えたことは嬉しい。


 しかし……これからヤンデレ化したあいつらをうまく交わしながら、九重さんにアプローチしないといけないのか……。しかも週に一度は顔を合わせることになるから、その一日を乗り切れないと今日みたいにヤンデレモードになり暴走する。


 国民的美少女が《《堕》》ちるのが先か。好きな人を《《落》》とすのが先か。いわばこの《《堕落》》のラブコメを俺は後者の方で制してやる!


 見てろよ! この敏腕プロデューサーのTakの意地を見せてやる!!


 ん? それは関係ない?




「ふぅ、これで良し……」


 スタジオに戻った後、今日の分の日記を書き終え閉じる。


「天姫ちゃーん! 会議始めるよ〜」


 練習着に着替えた桐花ちゃんが手を振りながら呼びかけてくれる。


「今日は随分書くのが早かったわね」

「書く内容が決まってたからね。さて、まずは会議から始めよっか」





【七月七日】


 、、、、、、、、もうこの日記を更新する必要は無くなりました。


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