第一部:銀龍の覚醒 炎国の矢(2)
夜が明けきらぬ薄闇の中、勇三郎たちは静かに宿坊を離れていた。
光都の東、赤月の渓谷――。
海斗が残した地図に記されていたその地は、古くから“魔の気が溜まる”とされ、誰も寄りつかない場所だった。
「……あの灼魂獣、明らかに軍事目的の試作体だな」
蓮が歩きながら呟いた。
「まるで“熱と魂”を直接編み込んだような構造だった。戦場の外から送り込まれてくるなら、これ以上に厄介な兵器はない」
「それを、もう『正規の試合に見せかけて』使ってきてるってことか……」仁が奥歯を噛み締める。「どこまで腐ってんだ、上層部は」
セリナは、険しい表情のまま、何も言わなかった。
ただ、フィーナがその足元に寄り添いながら、静かに嗅覚を研ぎ澄ませている。
勇三郎は、一歩後ろから皆の背を見つめながら、テクノに思念を送った。
『……なあ、昨夜のあれ……蓮の太刀、すごかったよな』
『うん。すごかった。でもあれは、蓮の中にずっとあった“風”が、勇三郎の“磁場”に触れて、初めて自分の形に気づいたんだよ』
『……磁場がきっかけ、か』
勇三郎は拳を握った。
この世界の“理”は、決して固定されたものではない。
――魂が強く願えば、その在り方ごと変えられる。
テクノの力も、仲間の魂術も、その延長線上にあるのだ。
赤月の渓谷に差しかかる。
石と砂利が崩れたような、異様に乾いた音が耳に届いた。
「……音だ。誰かいる」
蓮が手を上げて、停止を示す。
フィーナが前に出て、低く喉を鳴らした。
その先に、いた。
黒ずくめの装束に身を包み、顔を覆面で隠した数人の影。
ただの野盗には見えない。動きが洗練されすぎている。
「お前たちか……蓮・蒼牙。日の国、光都の試合参加者」
一人が前に出た。男の声。年齢は不詳だが、声に宿る殺気は老獪な剣士のそれだった。
「……名を名乗るつもりも、無いようだな」
蓮が刀を引き抜く。蒼が背後から風を吹き上げる。
「ふん。じゃあ聞かせてやろう。我々は“炎の国、影獣隊”」
「……聞いたことあるぜ。政敵の粛清から魂獣泥棒まで、何でもやるっていう……裏の連中」仁が唾を吐いた。「やっぱ来やがったな、掃除屋」
「試合で勝てば次に進める? そんな建前、我らには関係ない」
影獣隊の男たちが一斉に魂術を起動させる。漆黒の煙と共に現れたのは、人ならぬ形の魂獣たち――鋭い牙と棘、そして炎に包まれた異形。
「蓮、やろうぜ。こっちは四人いる」
「いや……あいつら、“個”で動いてない」
蓮は眼を細めた。「奴らの魂獣……共有されている。まるで、複数の術者が“ひとつの魂”を操っているような……」
「合成術式か!?」
勇三郎の脳裏に、ぞくりと悪寒が走る。
通常、魂獣は一人一体。魂術は、持ち主の魂との共鳴によってのみ発動する。
だが、目の前の存在は違う。まるで、魂術そのものを“共有物”にして、全体で回す前提で設計されていた。
「テクノ……」
『……うん、こいつら、“誰かのために”動いてる。意思が薄い。命令に従うだけの、魂のかけらだ』
蓮の刀が閃く。仁がそれを追うように跳ね、蒼と紅羽が舞う。
戦いが始まった。
テクノが勇三郎の腕にしがみつきながら囁く。
『勇三郎、僕たちも……行こう?』
勇三郎は頷いた。
「……試合じゃない。これは、戦争の予行演習だ」
その頃、神殿の奥深くでは、非常警報を知らせる使いの報せが駆け巡っていた。
「……赤月の渓谷で戦闘……? 予定より三ヶ月も早いだと……?」
神官長の顔が強張る。
「天覧試合の最中にこの動き……くっ、炎国め、ついに牙を剥いたか」
「……天覧試合どころではない!」
事態は、急転直下で『国防会議』へと引き上げられた。光龍の巫女も、もはや無視できぬ脅威としてこの件に耳を傾けざるを得なくなる。
勇三郎たちが挑んでいる戦いは、やがて国家そのものの命運を左右する、炎国との戦争の“火種”となるのだった――。




