第一部:銀龍の覚醒 炎国の矢(1)
――その日、神殿の夜は不穏な静けさに包まれていた。
天覧試合の余韻はまだ街に残っていたが、勇三郎たちの宿坊には、海斗が残した「地図」と「言葉」が、重くのしかかっていた。
「“掃除屋”……表に出られねえ汚れ仕事専門ってとこか」
仁が渋い顔で言うと、紅羽が低く鳴いた。
「見せしめだな」蓮は短く言い切った。「次の試合で俺が死ねば、“偶然”ということにできる。だがその死が、今の俺たちにどれだけの意味を持つか……やつらは試そうとしている」
セリナは拳を握りしめ、唇を噛んだ。
「……王城の意志か、神殿の誰かの独断かはわかりませんが……勇三郎様の存在は、すでに“脅威”として記録されているのでしょう」
勇三郎は、地図に記された〈赤月の渓谷〉の名を見つめていた。
「今夜、確かめに行こう。――先に動く」
蓮が一歩前に出た。
「俺の戦いだ。俺が行く。勇三郎、お前と仁は後方で構えろ。万が一……“何か”が来ても、対応できるようにな」
「ふん。面白ぇ。なら俺も先に飯を腹に詰めとくか」
仁は口では軽口を叩きながらも、腰の刀に手を添えたまま、決して警戒を解かなかった。
そのときだった。
『勇三郎……ちょっと、変だよ』
テクノが、声を潜めて思念を送ってきた。
「何が?」
『何かが……もう、近くにいる。……ほら、空気が、焼けてる』
仁と蓮も同時に気配に気づいた。建物の外、風が一瞬、熱を帯びる。
「火の匂い……いや、違う。これは“魂が焼かれる”ような――」
次の瞬間、壁が爆ぜた。
轟音とともに飛び込んできたのは、黒鉄の甲殻に炎の筋が這う、獣とも機械ともつかぬ異形。四足でありながら、頭部には人のような瞳と“意志”が宿っていた。
「なんだ、こいつ……!」
「魂術で造られた……人工の魂獣か?」
セリナが叫ぶ。
「……違う、これはもう魂獣じゃない。“意志だけ”を詰め込んだ、処刑装置だ……!」
灼魂獣――。
蓮が、一瞬で間合いを詰める。蒼が風のように駆け、その脚を支える。
「右から来る……仁!」
「わかってるよ!」
仁の一太刀が、獣の動きを削ぐ。だが――。
「効かねえ!? 鎧じゃない、“外殻”そのものが魂力の盾だ!」
「俺が開ける!」
蓮が刃を引いた瞬間――風が逆巻いた。
否、蓮の刀の軌跡に、ほんのわずか、空気の“密度”が集中したのだ。
時間が止まったかのような静寂の中、獣の動きが凍りついた。
その刹那。
斬撃。
音すら追いつかぬその一閃は、獣の核を穿ち、その巨体を“沈黙”へと還らせた。
誰もが、言葉を失った。
蓮自身が、その瞬間の“何か”をまだ理解できていなかった。
勇三郎は、テクノを見た。
『今の……』
『ううん、僕は何もしてないよ。蓮の“風”が、自分で気づいたんだ』
夜が、再び静けさを取り戻した。
だがその沈黙は、ただの“間”に過ぎない。
蓮の背に、紅羽が降り立ち、くちばしでそっと彼の肩をつついた。
「……まだ名前もない技だけど」
仁がぽつりと漏らす。
「……きっと、すげえことになっちまったな」
――彼らの闘いは、すでに「試合」の枠を超えていた。




