第一部:銀龍の覚醒 天覧試合(17)
「――勝者、間原勇三郎!」
審判の声がようやく、時が止まったかのような練兵場に響き渡った。
その瞬間、観客席は爆発した。
「馬鹿な!」「ありえない!」「今のは一体何だ!?」
熱狂と混乱、そして未知なるものへの畏怖。
そのすべてが巨大な渦となって、試合場の中央に立つ一人の名もなき少年へと注がれていた。
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その日の夜、神殿の宿坊は、昼間の熱狂が嘘のような奇妙な静けさと、それ以上の興奮に包まれていた。
「いやー、それにしてもすげえぜ勇三郎!見たかよ、あの孔雀野郎の間抜けな顔!」
仁は手に入れたばかりの串焼き肉を豪快に頬張りながら、何度も勇三郎の背中をバンバンと叩いていた。
その顔は、まるで自分のことのように喜びと誇りに満ちている。
『そうだそうだ!主の言う通りだ!あの気取った孔雀め!』
紅羽が主の肩の上で同意するように、翼をバタつかせている。
「……だが、勇三郎。お前の魂獣の力、やはり異質すぎる」
蓮は冷静に、しかしその瞳の奥に隠しきれない興奮を宿して分析を始めた。
「磁場、と言ったか。光を屈折させる幻術に対し、その光が通る『場』そのものを捻じ曲げて無効化する。……そんな芸当、聞いたことがない。あれは魂術の全く新しい応用体系だ。いや、あるいは……」
蓮の探究心に満ちた言葉を、蒼がまるで「今はよせ」とでも言うように、その鼻先でそっと遮った。
「……勇三郎様。お体は大丈夫ですか?」
セリナが薬湯の入った椀をそっと勇三郎へと差し出した。
その瞳には心からの心配と仲間への深い信頼が宿っている。
「無理をなさらないでくださいね。あなたの戦いは、わたくしたち全員の戦いなのですから」
「……ああ。ありがとう、セリナ」
勇三郎はその薬湯を受け取った。
その温かさが、魂を削った疲労感をじんわりと溶かしていく。
その時だった。
腕の中で、すっかり元気を取り戻したテクノがもぞもぞと勇三郎の腕から抜け出した。
そして彼はトテトテとセリナの足元にいるフィーナの元へと歩み寄った。
『ねえ、ねえ、フィーナ!僕、やったよ!勇三郎と一緒に悪いキラキラをやっつけたんだ!』
テクノは、その小さな胸を精一杯に張り、覚えたての言葉でフィーナに自慢げに語りかける。
フィーナは、そんなテクノの姿を、やんちゃな弟を見守るような優しい目で見つめ、くすくすと笑うようにその喉を鳴らした。
『ええ、存じておりますわ、テクノ様。あなたはとてもお強く、そしてお優しい龍ですもの』
そのあまりにも愛らしい、魂獣同士のやり取り。
四人の間に、自然と穏やかな笑みがこぼれた。
どんなに過酷な状況でも、この温かい光景がある限り、彼らはまだ戦える。
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そんな和やかな空気を破ったのは、宿坊の扉をコンコンと叩く軽い音だった。
全員の表情が一瞬で引き締まる。
蓮が音もなく刀に手をかける。
勇三郎が扉の前に立つと、外から聞き覚えのある飄々とした声がした。
「よぉ。いるんだろ?さっきの試合の、お礼参りに来たぜ」
扉を開けるとそこにいたのは、やはり**海斗**だった。
彼は試合の時とは違い腕を包帯で吊りながらも、その顔には相変わらず人の悪い笑みを浮かべていた。
「……何の用だ」
仁が警戒心をむき出しにする。
「まあまあ、そう尖るなよ。今日はあんたたちに礼を言いに来た」
海斗はそう言うと、部屋の中央にどかりと座り込んだ。
「おかげで目が覚めたぜ。俺の幻術が完璧じゃなかったってことを教えてくれて、感謝する」
彼は勇三郎をじっと見つめた。
「……あんた、面白いな。あんたの魂術は、この国の誰とも違う。まるで世界のルールそのものを書き換えるみてえだ。……退屈しなくて済みそうだ」
海斗は立ち上がると一枚の地図をテーブルの上に置いた。
「これは貸しだ。……明日の蓮の旦那の対戦相手。そいつのねぐらだよ」
「……何?」
「そいつは、この試合の参加者じゃねえ。どっかの誰かさんが送り込んだ、“掃除屋”だ。……まあ、誰が、とは言わねえけどな」
海斗は意味ありげに神殿の方角を指差した。
「俺は退屈なのは嫌いなんでね。あんたたちがここで消えちまったら、つまらねえ。……じゃあな。また試合で会おうぜ」
それだけを言い残し、海と風のように去っていった。
後に残されたのは、一枚の不吉な地図と、そしてこの光都の巨大な闇がすぐそこまで迫ってきているという冷徹な現実だけだった。




