第一部:銀龍の覚醒 天覧試合(16)
「――《夢幻泡影》を使ってみろよ、海斗!」
勇三郎の挑発的な叫びが熱狂に満ちた練兵場に響き渡った。
その言葉に海斗の軽薄な笑みが初めて凍りつく。
なんだこの小僧は。何を企んでいる?
海斗の脳裏に一瞬戸惑いがよぎる。だが観客たちの期待に満ちた視線、そして何より目の前の名もなき少年に二度も後れを取るわけにはいかないという彼のプライドがその戸惑いをねじ伏せた。
「……面白い。その余裕、いつまで続くか見ものだな!」
海斗は不敵に笑うと魂力を最大限に高めた。
「見せてやるよ。本物の幻をな!――《**夢幻泡影**》!」
彼の魂獣、七色の孔雀がこれまでで最も美しくそして禍々しくその羽を広げた。
眩い光の粒子が奔流となり試合場全体を包み込む。世界が再び歪む。
勇三郎の周囲に何十人という海斗の幻影が現れそして消えていく。
だが今度の幻影は以前とは明らかに違っていた。
いくつかの幻影がぐにゃりとまるで熱せられた飴のように歪み、あるものは色が滲み、またあるものは輪郭が激しく明滅していた。
「な……!?」
海斗が驚愕の声を上げる。
自分の魂術が完璧に機能していない。何かがこの空間の光の屈折を乱している。
(なんだ……?この地面に置かれたただの石ころが……!?)
その海斗のコンマ数秒の混乱。
それはこの頂上決戦において致命的な隙となった。
勇三郎はその好機を見逃さなかった。
彼の目にはもう無数の幻影は映っていない。
テクノが生み出した磁場の乱れ――それが光の屈折という「理屈」を狂わせ、ただ一つだけ歪むことのない“本物”の海斗の姿を浮かび上がらせていた。
(――そこだ!)
勇三郎はもはや刀を使うまでもなかった。
彼はただ一直線に本物の海斗へと向かっていく。
そしてそのがら空きになった胴体へと渾身の拳を叩き込んだ。
「……が、はっ……!」
海斗の体はくの字に折れ曲がり今度こそその意識を完全に手放した。
しん――と静まり返る練兵場。
誰もが今目の前で起きたことが信じられなかった。
幻術使い・海斗の完璧な魂術が敗れた。
それも名もなき少年の魂術でも刀技でもない、全く未知の「力」によって。
貴賓席でその戦いを見つめていた橘の、凪いでいたはずの瞳が初めて大きく見開かれていた。
その隣で小夜の護衛である藤堂が、信じられないというように何度も目を瞬かせている。
そして小夜は――ただ一人。
その戦いの本当の意味を理解し、勇三郎の腕の中で誇らしげに胸を張る小さな銀龍の姿を見つめて微笑んでいた。
「……勝者、間原勇三郎!」
審判の声がようやく響き渡る。
その日この光都で一つの伝説が生まれた。
そしてその伝説は、この国の光と影の中で蠢く様々な者たちの思惑を大きく揺り動かしていくことになる。




