第一部:銀龍の覚醒 天覧試合(15)
運命の歯車は、もはや誰にも止められない速度で回り始めていた。
宿坊の一室は、トーナメント表がもたらした衝撃で凍りついたような沈黙に包まれていた。
「……どうなってんだよ、これ……」
最初に沈黙を破ったのは仁だった。その声は怒りと、それ以上に純粋な混乱に満ちていた。
「なんで、勇三郎の相手が、またあの孔雀野郎なんだ!あいつは予選で、お前に負けたはずじゃねえか!」
そう。予選――それまでの戦いは、すべて本戦に出場するためのふるいに過ぎなかった。
そして海斗もまた、勇三郎に敗れた後、別ブロックで危なげなく勝ち上がってきていたのだ。
「……どうやら、俺たちはとんでもない奴らに目をつけられたらしいな」
蓮が、壁に貼られたトーナメント表を冷徹な瞳で睨みながら言った。
「この組み合わせ、偶然であるはずがない。何者かが意図的に俺たちを潰し合わせようとしている……あるいは、試しているのかもしれない」
蓮の視線は、自らのブロックの頂点に記された――**筆頭武官長「橘」**の名を真っ直ぐに射抜いていた。
そのあまりにも重い空気に、セリナはただ唇を噛みしめることしかできなかった。
(わたくしのせいだ……。わたくしさえいなければ、この方たちが、こんな過酷な運命に巻き込まれることは……)
『主よ、お気を確かに!』
フィーナが主の心の揺らぎを感じ取り、その足元に必死にすり寄る。
だが、そんな絶望的な空気の中――
勇三郎だけは、不思議なほど冷静だった。
いや、それは“冷静”というよりも、むしろその逆。
彼の魂の奥底で、前世の三十四歳のサラリーマン「前田健太」が、何度も経験したあの感覚が蘇っていた。
――絶望的な状況、不可能な要求。
(……なんだ何かが仕組まれている、ただそれは神殿ではないはずだ、、、)
勇三郎の頭が思惑を探る。
(ただ前回は奇策で勝っただけだ。だが、今の俺とテクノは、あの時とは違う)
彼は腕の中の相棒へと視線を落とす。
テクノは遺跡での覚醒を経て、その魂の輝きを、明らかに増していた。
『……ゆうざぶろう。あのキラキラした孔雀、また会うの?』
テクノの思念は、どこか楽しげですらあった。
「ああ。今度は、こっちから仕掛けてやるさ」
その夜、四人は眠る間も惜しんで、明日の戦いに備えた。
仁は、誰よりも海斗への怒りを燃やし、誰よりも真剣だった。
紅羽と共に、海斗の幻術を破るための、無謀で――だが、友情に満ちた特訓を夜通し繰り返す。
蓮は、膨大な思考の末に、一つの結論へとたどり着いていた。
彼は勇三郎に、ただ一言だけ告げる。
「……信じろ。お前の“理屈”と、テクノの力を。そして何よりもお前自身を」
そして、セリナもまたうつむいてはいなかった。
彼女はフィーナと共に薬草を煎じ、傷に効く軟膏を作っていた。
それは彼女ができる、彼女だけの戦い方――仲間を守るための、気高い祈りだった。
運命の本戦、初日。
練兵場に、勇三郎と海斗が再び向かい合う。
会場の熱気は最高潮に達していた。
誰もがこの因縁の再戦を固唾を呑んで見守っていた。
「よぉ」
海斗は相変わらず軽薄な笑みを浮かべていた。
だが、その瞳の奥には、予選の時とは違う、本物の闘志が燃えていた。
「今度は、あんたのその訳のわからん奇策は通用しねえぜ」
「――それはどうかな」
勇三郎もまた、不敵に笑い返す。
試合開始の鐘が鳴り響く。
だが――先に動いたのは、海斗ではなかった。
勇三郎が動いた。
彼は剣を構えるでもなく、ただ静かにその場にしゃがみ込んだ。
そして懐から、小さな、しかし硬質な黒い石を数個取り出す。
それは、彼が嘆きの山脈で拾い集めていた――**磁鉄鉱**だった。
観客がどよめく。
「なんだ、あの小僧は!?」
「また何か小細工をする気か!?」
勇三郎はその石を自分の周囲に正確な円を描くように配置していく。
そして、腕の中のテクノに強く念じた。
(――テクノ!やれるな!?)
『うん!僕と勇三郎の秘密の遊びだもんね!』
次の瞬間、テクノの体が淡い銀色の光を放つ。
だがそれは魂術の光ではなかった。
もっと無機質でそして物理的な力の光――**電気**。
テクノが発生させた微弱な電気が地面に置かれた磁鉄鉱へと流れる。
そして、その周囲に目には見えないしかし確かな磁気の場が発生した。
海斗がその異様な気配に眉をひそめたまさにその時。
勇三郎は、叫んだ。
「――《**夢幻泡影**》を使ってみろよ、海斗!」




