第一部:銀龍の覚醒 天覧試合(14)
翌朝、宿坊の部屋に差し込む光は、昨日までとは違い、どこか重苦しい色をしていた。
炎の国。影の一族。そして、見えざる空からの監視者――。
あまりにも巨大で、得体の知れない敵の存在が、四人の心を鉛のように重く沈ませていた。
「……どうすんだよ、これから」
仁はほとんど眠れなかったのか、目の下に濃い隈を作っていた。
「このまま試合を続けて、本当に意味があんのか?俺たちは、ただ敵の掌の上で踊らされてるだけじゃねえのか?」
その弱音とも取れる言葉。
だが、誰も彼を責めることはできなかった。
「……意味なら、ある」
静寂を破ったのは蓮だった。
彼は壁に自ら書き出したトーナメント表を睨みつけていた。
「敵が我々を“観察”しているというのなら、好都合だ。こちらも奴らを“観察”できる。この試合には、奴らの息のかかった者がまだいるはずだ。そいつを見つけ出し、正体を暴く」
その言葉は、もはやただ試合に勝つという次元を超えていた。
これは――**情報戦**だ。
蓮のその一言に、全員の瞳に再び光が宿った。
そうだ。ただ怯えているだけでは何も変わらない。
彼らは、この鳥籠の中から、自らの意志で戦うことを選んだのだ。
予選最終日。
その日の仁の試合は、これまでで最も過酷なものとなった。
対戦相手は、神殿兵の中でも実戦経験が豊富とされる屈強な大男。
その魂獣は、巨大な猪。魂術は単純――だが、それ故に強力な突進力を誇る《**猪突猛進**》。
試合開始の合図とともに、男と猪は一体化し、一本の巨大な槍となって仁に襲いかかった。
圧倒的な質量と破壊力。
仁は紅羽の《天眼》で動きを読みながらも、完全に防戦一方に追い込まれていた。
(くそっ……!速さが足りねえ。一撃でもくらえば終わりだ!)
焦りが、仁の判断を鈍らせる。
その一瞬の隙――男の猛進が、仁の肩を掠めた。
「ぐあっ!」
仁は吹き飛ばされ、練兵場の壁に叩きつけられた。
勝負あったか。誰もがそう思った、その時。
仁は、血を吐きながらも、笑っていた。
「……へっ。ようやく捕まえたぜ……」
その瞳に、もはや焦りの色はなかった。
そこに宿っていたのは、獲物を罠にかけた狩人の、獰猛な光。
そう――仁は、わざと攻撃を受けたのだ。
その一撃を、体ごと受けることで、相手の魂術の癖、リズム、魂力の流れを、完全にその身に刻み込むために。
「――紅羽!今だ!」
魂の叫びに応じて、紅羽が羽ばたく。
二人の魂が、これまでになく深く、強く、一つになった。
仁の《天眼》が進化する。
それはもはや上空から見る視点ではない。
相手の筋肉の収縮、魂力の予備動作、呼吸のリズム――すべてが、攻撃の数瞬前に、彼の脳裏に映し出される。
――**未来予測**。
「終わりだ」
仁が立ち上がる。
男が、とどめを刺そうと、再び突進してくる。
だが、その動きは、もうすべて見えていた。
仁は、その必殺の突進を、まるで舞うようにかわした。
そして、すれ違いざまに、無防備となった背中に、渾身の一撃を叩き込む。
轟音と共に、男の巨体が地面に沈んだ。
その劇的な勝利に、観客席が揺れた。
だが仁は、もう歓声を聞いていなかった。
彼の視線は、観客席の一点に注がれていた。
そこにいたのは――あの、**海斗**。
彼は驚くでもなく、ただ面白そうににやりと笑い、仁に向かって親指を立ててみせる。
そして、その隣。
一人の、フードを深く被った見知らぬ人物がいた。
その目は、海斗ではなく――貴賓席に座る、橘をじっと、値踏みするように見つめていた。
仁の視線に気づいたその人物は、ふっと微笑むと、人混みの中へと、静かにその姿を消した。




