第一部:銀龍の覚醒 天覧試合(13)
「――お前をここに送ったのは誰だ?」
蓮の凍えるような声が、崩れ落ちる男の耳元で静かに響いた。
その瞬間、それまでガラス玉のように無機質だった男の瞳に、初めて人間らしい感情の色が浮かんだ。それは――**恐怖**だった。
男の唇が、かすかに何かを形作ろうと動き始める。
だが、その言葉が音になることはなかった。
男の傍らで倒れていたカマキリの魂獣が、突如黒い光を発したかと思うと、まるで陽炎のように音もなく、塵となって消え失せた。
そして、それに呼応するかのように、男の体はビクンと一度だけ大きく痙攣し、その口から一筋の黒い血を流して、完全に意識を失った。
「なっ……!?」
蓮はとっさにその場から飛び退いた。
これはただの気絶ではない。魂獣との繋がりを強制的に断ち切られ、その魂に致命的な傷を負わされたのだ。
審判や神殿兵たちが慌てて駆け寄り、男の体を担架で足早に運び出していく。
観客たちは何が起きたのか理解できず、ただその異常な光景に、不気味な沈黙を保つばかりだった。
蓮は冷たい汗が背中を伝うのを感じながら、仲間たちの元へと戻った。
「……今の、見たか?」
「ああ……。ありゃ尋常じゃねえ。自分の魂獣を、自分で消しやがったのか……?」
仁が信じられないといった顔で呟く。
「違う」
蓮は静かに首を振った。
「あれは呪いだ。おそらく口を割ろうとした瞬間に、魂獣ごと、その魂を破壊する非情な仕掛けが施されていたんだ」
その言葉に、全員が息を呑んだ。
自分たちが今、戦っている相手は一体何なのだ。
その夜、宿坊の空気はこれまでになく重かった。
「……つまり、俺たちは炎の国だけじゃなく、全く別の、わけのわからん連中にも目をつけられてるってことかよ」
仁が吐き捨てるように言う。
「その可能性が高い」と蓮が応じた。
「目的は、おそらく俺たちの……特に勇三郎とテクノの力の分析。そして、セリナ殿の身柄。あるいは――」
「……あるいは、この天覧試合そのものに、何か裏があるのかもしれません」
これまで黙っていたセリナが、震える声で、しかしはっきりと告げた。
「わたくしの国にも、古くから噂がありました。魂を縛り、人を意のままに操る、禁じられた魂術を使う**影の一族**がいると……。もし彼らが、この日の国にまで、その手を伸ばしているのだとしたら……」
その言葉が、部屋の空気をさらに冷たくさせる。
彼らの敵は一つではなかった。
炎の国の軍事的な脅威。
そして、この光都の“光”と“影”の中で蠢く、得体の知れない巨大な悪意。
勇三郎は、ただ黙って窓の外を見つめていた。
そこには、月明かりに照らされた荘厳な光龍の神殿が静かに佇んでいる。
だが、今の彼の目には、その白い壁がまるで――**巨大な鳥籠**のように見えていた。
自分たちは、この中で、一体何と戦わなければならないのか。
その答えは、まだ深い闇の中だった。




