第一部:銀龍の覚醒 天覧試合(12)
その視線は蓮の遥か頭上、空を舞う紅羽を、そして観客席にいる仲間たちを観察するかのようにじっと見つめていた。
(……俺じゃない。俺たちを、見ているのか)
その事実に気づいた瞬間、蓮の全身を悪寒が走った。これは試合ではない。相手の目的は蓮に勝つことではないのだ。彼らの能力、連携、魂術の特性、その全てを観察しデータを収集すること。それがこの感情のない人形に与えられた任務だった。
「……面白い」
蓮の口から氷のように冷たい声が漏れた。
「俺を、そして俺の仲間を、ただの観察対象と見くびるとはな。良いだろう。お前たちのその『処理』とやらが、俺の魂に届くかどうか、試してみろ」
蓮の雰囲気が変わった。
それまでの防御に徹していた動きではない。彼は自ら一歩前に出た。
「行くぞ、蒼」
『ああ。いつでも』
蓮と蒼の魂が完全に一つになる。
相手の魂獣、カマキリが再び姿を消し、蓮の死角である背後からその刃を振り下ろした。だが、今度の蓮は違う。
彼は振り向かない。ただ、その手に持った短剣を無造作に背後へと突き出した。
キィン!という甲高い金属音。
蓮の短剣の切っ先は、まるでそこに目があるかのように、虚空から現れたカマキリの刃を寸分の狂いもなく受け止めていた。
「なっ!?」
観客席から驚きの声が上がる。
人形使いの男のガラス玉のような瞳が、ほんのわずかに揺らいだ。
「……お前の動きは、確かに速く、そして正確だ」
蓮は静かに語り始めた。
「だが、それ故にあまりにも正直すぎる。生き物ならば必ずそこに、ためらいや迷い、あるいは恐怖といった一瞬の『揺らぎ』が生じる。だが、お前にはそれがない。だから、俺にはわかる」
蓮の瞳が、蒼と同じ深い青色の光を宿した。
「お前の魂獣がどこに現れ、どこを狙うのか。その魂力の流れのほんの僅かな予兆がな」
蓮はもはや相手の姿を見ていなかった。彼はこの空間に満ちる魂力の流れそのものを読んでいたのだ。蒼との完全な同調が彼の感覚を人間を超えた領域へと引き上げていた。
「終わりだ」
蓮がそう呟いた次の瞬間。
彼の姿は、まるで最初からそこにいなかったかのように消え失せた。
《**神速**》――。
それはもはやただ速いだけの移動術ではなかった。風そのものと化した彼は、魂力の流れを読み、未来を予測したかのように動く。
人形使いの男の目の前に、青い残像が現れる。
「……しまっ……」
男が初めて焦りの声を上げた、その時。
蓮の短剣の柄が、男の鳩尾に深くめり込んでいた。
勝負は決した。
だが、蓮はまだ戦いをやめてはいなかった。
彼は崩れ落ちる男の耳元で、静かに、しかし凍えるような冷たい声で尋ねた。
「――お前を、ここに送ったのは、誰だ?」




