第一部:銀龍の覚醒 天覧試合(10)
「……ああ……。そういえば見えたぜ。雲の、ずっとずっと上に……一つの赤い、星のようなものが光っていたのを……」
仁の青ざめた顔から絞り出されたその一言は、宿坊の部屋の空気を、再び氷点下へと叩き落とした。
“赤い星”。それは自然の星々とは明らかに異なる、不気味な光だった。
海斗の謎めいた警告と、仁の記憶の断片が、最悪の形で一つに繋がる。
「……監視、か」
蓮が、誰に言うでもなく呟いた。その声はこれまでになく重く、冷たかった。
「我々は逃げ切れてなどいなかった。あの山頂から……いや、もしかすると、それよりもずっと前から。奴らは、我々を空から見ていたのだ」
その事実は、これまでに感じたどの恐怖とも、質が違っていた。
追われているのではない。
――飼われているのだ。
まるで、巨大な箱庭の中で虫けらの動きを観察するかのように。
彼らの行動は、すべて、敵の掌の上にあった。
「……なんでだよ……」
仁が、震える声で言った。
「だったら、なんで奴らは、俺たちを見逃した? いつでも殺せたはずだ。なのに、なぜ……」
その問いに、答えられる者はいなかった。
(……観察、か)
勇三郎の脳裏に、前世の嫌な記憶が蘇る。
新製品の開発、その効果を確かめるための徹底的なユーザー観察。
被験者は、自分が観察されていることなど、知りもしない。
――そうだ。これは観察だ。
敵は、自分たちを……あるいは自分とテクノを、
まるで新しい「製品」や「兵器」のように、その性能を確かめている。
「……天覧試合」
勇三郎の口から、その言葉が漏れた。
全員が、はっとして彼へと視線を向ける。
「奴らの目的は、俺たちを、ここで“戦わせる”ことなんだ。
この国中の猛者が集う、最高の舞台で……俺たちが、どれほどの力を持っているのか。
特に、テクノの力がどこまで通用するのかを、確かめるために」
それは、あまりにも悍ましい仮説だった。
だが、それ以外に、この不自然な状況を説明できる言葉はなかった。
彼らの旅は、もはや彼ら自身のものではなかった。
それは、巨大な、見えざる“観客”によって監視される――残酷な見世物だったのだ。
「……ふざけやがって……」
仁の拳が、ぎり、と音を立てて握りしめられる。
「俺たちの戦いは、お遊びじゃねえ……!」
その時だった。
コン、コン。
宿坊の扉が、控えめに叩かれた。
四人の間に、緊張が走る。
こんな夜更けに、誰が来るというのか。
蓮が音もなく短剣を手に取り、扉の脇に身を潜める。
勇三郎が、静かに扉へと近づいた。
「――どなたですかな?」
勇三郎が声をかける。だが、返事はなかった。
ただ、扉の下のわずかな隙間から、一枚の折りたたまれた書状が、すっと差し入れられる。
勇三郎は仲間たちと顔を見合わせ、おそるおそるそれを拾い上げた。
書状には、差出人の名も、印もなかった。
ただ、震えるようでいて気品のある筆跡で、こう記されていた。
『――明日の、第三試合。蓮殿の対戦相手に、ご注意を。彼は、“神殿”の者では、ありません』




