第一部:銀龍の覚醒 天覧試合(7)
海斗が闇の中へと消えた後、部屋には彼の放った謎と重い沈黙だけが残された。
その沈黙を破ったのは、仁の怒りに震える拳が机を叩く音だった。
「……なんなんだよ、アイツは! 俺たちを、さんざんもてあそびやがって!」
仁の怒りはもっともだった。だがそれは同時に、海斗の言葉が彼の心の、そして全員の心の的を射ていたからこその苛立ちでもあった。
「……だが、彼の言っていたことは、おそらく事実だ」
蓮が静かに呟く。
彼の思考はすでに、海斗という男の評価から、彼がもたらした情報の分析へと移行していた。
「橘殿の言葉とも重なる。我々の存在は、この光都の権力者たちにとって、無視できない『異物』になっている。良くも悪くもな」
「だとしたら、どうするんだ?」
勇三郎が問いかける。
「この試合、俺たちが勝ち進めば進むほど、注目度は高まる。それは、敵をさらに呼び寄せることと同じじゃないか?」
「だとしても、退く道はない」
蓮はきっぱりと言った。
「退けば、俺たちはただの“災龍を宿した、得体の知れない田舎者”として処理されるだけだ。だが、勝ち進み、巫女様への謁見権を得れば、そこに交渉の余地が生まれる。俺たちの運命を、俺たちの手で決めるための土俵に上がることができる」
その言葉に、誰もが頷いた。
そうだ。もう後戻りはできない。
彼らの覚悟は、この夜、改めて一つになった。
天覧試合の予選は、その後も続いた。
二日目、三日目と、彼らはそれぞれの戦いを勝ち進んでいく。
仁は紅羽の《天眼》を駆使し、持ち前の野生的な勘と剣技を融合させ、対戦相手を圧倒的な情報量で翻弄した。
蓮は《神速》という切り札を一度も使うことなく、卓越した体捌きと、相手の力の流れを読む天才的な戦術眼だけで、すべての敵を完璧にいなしていった。
そして勇三郎は、魂術も剣技も持たない。
だが彼は、前世の記憶とテクノによるわずかな魂の感知能力、そして何よりその場で最適解を導き出す異常なまでの危機察知能力を武器に、格上の魂術使いたちを次々と奇策で打ち破っていった。
無名の田舎者たちの快進撃。
その噂は日を追うごとに光都中を駆け巡り、彼らの試合には日に日に多くの観客が集まるようになっていた。
そして、その中には――橘、小夜の侍である藤堂、そして、あの掴みどころのない海斗の姿もあった。
彼らはただ黙って、四人の戦いを、その目に焼き付けている。
そして、ついに迎えた予選最終日。
三人が見事に勝ち抜いたことで、彼らの本戦への出場が決定した。
練兵場に、大きなどよめきと歓声が上がる。
だが、彼らの心は少しも晴れやかではなかった。
本戦――
そこはもはや、ただの腕試しではない。
国の未来を左右する魑魅魍魎たちが、牙を剥いて待ち構えている、本当の戦場だ。
その日の夕刻。
神殿の宿坊で、四人は張り出された本戦の組み合わせ表を見ていた。
そこには、彼らがこの数日で耳にした、有力な貴族の子息や、神殿の師範代たちの名が、ずらりと並んでいる。
そして、彼らは見つけてしまった。
「……おい、これ……」
仁の声が震える。
彼の指差すトーナメント表の、一番端。
そこには、確かにこう記されていた。
一回戦第一試合:海斗
対
一回戦第二試合:間原勇三郎
運命の悪戯か。それとも、何者かの意図か。
勇三郎の本戦、最初の相手は、あの謎に満ちた天才――海斗。
そして蓮の視線は、別の名前に釘付けになっていた。
彼のブロックの頂点。もし勝ち進めば、必ず当たることになるその場所に刻まれていた、一つの名。
筆頭武官長――橘。




