第一部:銀龍の覚醒 天覧試合(6)
「特に、そこの姫様のこと、かな」
その一言が、部屋の空気を完全に凍りつかせた。
青年は相変わらず人の悪い笑みを浮かべている。
だが、その瞳の奥は彼の軽薄な態度とは裏腹に、すべてを見透かすような冷たく澄んだ光をたたえていた。
「てめえ……何者だ」
仁が鞘に納めていた刀の柄を再び握りしめる。
その全身から放たれる敵意に反応するように、青年の魂獣である孔雀が七色の羽を威嚇するようにわずかに広げた。
「おいおい、そんなに殺気立つなよ。俺はあんたたちと事を構えに来たわけじゃない」
青年はひらひらと手を振りながら、部屋の中央にある椅子へ、まるで自室のようにどかりと腰を下ろした。
「俺は海斗。まあ、しがない魂術使いさ。あんたたちと同じ、この天覧試合の参加者の一人だよ」
「しがない魂術使いが、こんな神殿の宿坊に、何の用だ」
蓮が短剣に手をかけたまま、低い声で問い詰める。
「それに、あんたが今口にした言葉。どういう意味か、説明してもらおうか」
海斗と名乗った青年は、その問いに肩をすくめてみせた。
「どういう意味も、何もないさ。ただ、事実を言っただけだ――なあ、氷の国のお姫様?」
彼の視線が再び、セリナを射抜いた。
セリナは息を呑んだ。
バレている。この男には、すべてが。
その時だった。
勇三郎が、セリナの前にそっと立ちはだかった。
「……何のことかな」
勇三郎の声は驚くほど冷静だった。
彼の頭脳は、前世の百戦錬磨のサラリーマンとしての危機管理能力を、最大限に引き出していた。
「俺の妹は、見ての通り、少し人見知りでね。驚かせないでやってはもらえないだろうか……海斗殿」
その、あまりにも堂々とした態度に、海斗は一瞬虚を突かれたように目を見開いた。
だが、次の瞬間には腹を抱えて大笑いし始めた。
「は、ははは! こいつは面白い! あんた、最高だな! 気に入ったぜ!」
一頻り笑った後、海斗は涙を拭いながら言った。
「まあ、いいさ。あんたたちがどこの誰だろうと、俺には関係ない。……ただ、忠告しに来てやっただけだ」
その表情から、笑みがすっと消える。
「……気をつけな。あんたたちに目を付けているのは、俺だけじゃない」
「……どういうことだ」
蓮が問い返す。
「この光都には、いろいろな奴らがいる。権力に飢えた貴族のボンボン。腕試しをしたいだけの戦闘狂。そして……」
海斗はそこで言葉を切ると、意味ありげに天井を見上げた。
「……神殿の連中もな。奴らは、いつだって新しい“力”を欲しがってる。特に、それが自分たちの知らない規格外の力であれば、なおさらだ」
その言葉は、橘のあの言葉と奇妙に重なった。
――災いとまで呼ばれたその銀色の龍が、一体どれほどの輝きをこの光都で見せるのか。
「あんたたちの戦いは、今日の試合場にいた全員が見ていた。
そして、あんたたちは間違いなく注目される。……良くも、悪くもな」
海斗はそう言うと、すっと立ち上がった。
「俺からの忠告は、それだけだ。じゃあな」
彼は瓢箪の酒を一口あおると、来た時と同じようにひらひらと手を振りながら部屋を出ていこうとした。
その背中に、勇三郎が声をかけた。
「……なぜ、そんなことを俺たちに?」
海斗は扉の前で一度だけ足を止めた。
そして、振り返らずに言った。
「言ったろ。あんたたちが、面白いからだよ」
その声には、彼の本音が、ほんの少しだけ滲んでいた。
「……退屈なんだよ。お行儀のいい、お坊ちゃんたちの試合ごっこにはな」
それだけを言い残し、海斗は今度こそ、闇の中へと消えていった。
後に残されたのは、彼の放ったいくつもの謎と、そしてこの光都に渦巻く、得体の知れない巨大な陰謀の気配だけだった。




