第一部:銀龍の覚醒 天覧試合(5)
そのあまりにも不躾な態度に、仁の額に青筋が浮かぶ。
魂獣の孔雀までもが主の心を読むかのように、七色の羽を優雅に、しかし挑発的に、一度だけ大きく広げてみせた。
「……あの野郎……!」
仁が今にも飛び出しそうな勢いで腰を浮かせるのを、蓮がそっと肩を押さえて制した。
「待て。相手の挑発に乗るな。奴は俺たちを試している」
「だが!」
「お前の気持ちはわかる。だが今は耐えろ。ここは試合の場だ」
蓮の冷静な言葉に、仁は歯ぎしりしながらも、なんとかその場に留まった。
青年はそんな彼らのやり取りを面白そうに眺めると、やがて観客席に再び笑顔を振りまきながら試合場を後にした。
だがその去り際に、彼はもう一度だけセリナへと意味ありげな視線を送るのを忘れなかった。
「……一体何者なんだ、あいつは」
勇三郎が呟く。
ただの軽薄な男ではない。
その魂術の練度、そして何より、あの孔雀の魂獣が放つ魂力の質は、これまでに出会った誰とも違っていた。
その日の予選がすべて終わった後、四人は橘が用意してくれた宿坊へと戻った。
初戦を突破した安堵と、謎の青年との遭遇による新たな緊張感が、部屋の中に奇妙な沈黙を生んでいた。
「それにしてもよぉ」
沈黙を破ったのは、仁だった。
「気に食わねえ野郎だったぜ、あの孔雀男! 次に会ったら、ぜってえ叩きのめしてやる!」
『そうだそうだ!』
紅羽が主の言葉に同調するように翼をバタつかせる。
「……だが、厄介な相手なのは事実だ」
蓮は腕を組み、分析を始める。
「奴の魂術は幻。おそらく光の屈折を利用して、相手の距離感や位置感覚を狂わせる。仁が戦ったあの女の上位互換――それも遥かにだ。正攻法ではまず勝てない」
「なら、どうすりゃいいんだよ!」
「……策はある。だがそのためには、お前の力が必要不可こ……」
蓮がそこまで言いかけた時だった。
宿坊の扉が、とんとん――と控えめに叩かれた。
四人の間に緊張が走る。
こんな時間に訪ねてくる者などいるはずがない。
蓮が静かに短剣に手をかけ、勇三郎がセリナを庇うように立つ。
仁がゆっくりと扉へと近づき、勢いよく開け放った。
「……よぉ」
そこに立っていたのは、昼間、彼らを散々挑発した、あの孔雀の青年だった。
彼は試合の時とは違い、少し着崩しただけの、しかし上質な夜着を身につけていた。
その手には酒の入った瓢箪が一つ。その顔には、相変わらず掴みどころのない笑みが浮かんでいる。
「なっ、てめえ! なんでここが!」
仁が驚きと怒りで声を上げる。
「まあまあ、そういきり立つなよ、赤毛の旦那」
青年はひらひらと手を振りながら、ずかずかと部屋の中へ入ってきた。
「ちょっとばかし、気になっちまってな。あんたたちのこと」
青年の視線が部屋の中を巡り、そして最後に、頭巾を深く被り直したセリナの上で止まった。
「特に、そこの姫様のこと、かな」
その一言に、部屋の空気が再び凍りついた。




